ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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505 暴力はいつも理不尽に

 

 

「な、何事だっ!?」

 

 屋根を丸く切り抜き、ジグルベインは建物へと伝法な侵入を果たす。

 突然に天井が落ちてきた礼拝堂では軽く混乱が起きているようだ。そりゃ警笛鳴り響く賑やかな夜とはいえ、まさか賊が空からやってくるとは思うまい。

 

 まして舞い上がる埃から現れるのは、長い白銀の髪をなびかせる金眼の女。奇しくもその姿は先日に大聖堂を襲撃した悪魔と同じなのだった。

 

「そうか、この騒ぎの犯人はお前か。一体何をしに来た!?」 

 

 タイミング良く礼拝堂には彼一人らしい。ウィッキーさんは目を大きく見開き、戸惑いと敵意を浴びせてきた。けれど、そこは魔王様。相手の事情なんて全く気にすることがなく、マイペースに声を張り上げる。

 

「ウィッキーさん見っけー!」

 

「わ、私に会いに来たというのか……?」

 

 床に転がる男は上機嫌に指をさされて、理由が分からずに目を白黒させてしまう。

 だが、もう起き上がる体力も無いようで。警戒心を見せるも、ぐったりと倒れたままだ。

 

 寝転がるウィッキーさんは、ダングス教の白衣も、自身の象徴的な鳥仮面も剥がされて、礼拝堂の凍てつく寒さに震えている。見た目に外傷は無いけれど、精神は大きく疲弊をしているように見えた。

 

(尋問でも受けていたのかな)

 

「正体がバレたのであれば当然であろうよ」

 

 身内に悪魔が居たとなれば、疑われるのは当たり前だと切って捨てるジグルベイン。

 そうだねと相槌を打つことしか出来なかった。もし同じ状況であれば、俺だって信じることは難しかったのだろうから。

 

 なにせ悪魔への対策として人員を動かしたのはウィッキーさんなのに、実は彼が悪魔だったと来たものだ。本人がいかに無実を訴えようと、聖国はマッチポンプと捉えるに違いなかった。

 

「まぁ儂はその辺りはどうでもいいわ。ホレ、ミサキチが待っておる。帰るぞ」

 

(ミサキチって……アサギリさんのことか?)

 

 意外にも幽霊仲間としてのシンパシーでもあったのだろうか。ジグはそう言いながら、ウィッキーさんの体を引き起こす。

 

 背後に回されていた両腕だが、どうやら神聖術で拘束をされているようだ。光の鎖に黒剣を突き立て、グイと押し込めば、いとも容易く弾けて消えて。

 

「……ムッ」

 

「いま、ミサキと言ったな――」

 

 突如に襲い来る風の鉄槌。全身を激しく叩く衝撃に、さしものジグルベインも弾き飛ばされて受け身を取る。遅れ、背後の壁が軋み。ガシャンと窓ガラスが割れる音がした。

 

「何故その名を知っている。彼女に手を出すのであれば私は許さんぞ!」

 

 持ち前の正義心ゆえか、悪魔には屈しないという姿勢を見せる男。ただ彼はすでに満身創痍。モアとの戦いで見せた魔法のキレは無く、ただの一撃を放っただけで膝をつく有様である。

 

「カー。説明が面倒じゃな。少しボコすかね」 

 

(コラコラコラー!)

 

 そんなウィッキーさんにジグは静かに刃を向ける。お前は助けに来たのだろうと思うが、二人の間の空気はドンドンと張り詰めていくではないか。

 

 まるで膨らんでいく風船を眺めている心地。いつ破裂するのやらとヒヤヒヤしていれば、横からバンと大きな音が響いて、俺の心臓は爆発してしまう。

 

 どうやら扉が開かれたようだ。流石に物音を立て過ぎたようで、白衣を着た男が聖騎士を引き連れて部屋へとなだれ込んで来る。

 

 助ける絶好の機会を逃したと舌打ちをしたい気持ちになるが、叫ばれた一言は予想の斜め上を行き。不覚にも俺は思考が真っ白になってしまった。

 

「やはり貴方は悪魔と通じていたのではないか。この、この背信者めが!!」

 

「ち、違う。ゲオルグ司教、これは違うのだ!」

 

 か細い声で呟かれる、信じてくれという言葉。ウィッキーさんは泣き崩れそうになりながら、恨みがましい視線をコチラへ向けてくるではないか。

 

 ああ。この状況を第三者が見れば、悪魔が悪魔を助けに来たと思うはず。

 濡れ衣を着せられる彼に、更に追い打ちで水を掛けたに等しいのだ。絶句をしていれば、ジグルベインが心を見透かしたように、気付かなかったのかと問うて来た。

 

(だって、こんな……)

 

「ならばそれは、お前さんが見たくなかっただけよ。そもそもイグニスの馬鹿垂れが、城を壊すのに罪悪感など覚えるはずがあるまいや」

 

 そこは人間として覚えて欲しいところだが。つまり魔女は、最初からこの事態を予想していたのか。悪魔と同じ姿のジグがウィッキーさんを助けるのは、彼から居場所を奪うに等しい行為であることを。

 

 お願いの真の意味を理解して、俺は目を塞ぎたい気持ちになる。

 けれど魔王は言った。どうせ正体が明るみになった時点で手遅れだったぞと。

 

「イグニスは、汚名を着せてでも生きている方がましと選んだ。まぁアイツの場合は、異世界転移が失われると困るとか、腹黒い考えしかなかろうがな」

 

 お前さんはどうなのだと問われ、脳裏に寂しそうなアサギリさんの顔が浮かぶ。このままではウィッキーさんは、ろくに抵抗をするこもなく裁きを受け入れてしまうのだろう。

 

 だから俺は。

 

(あの人を家に連れて帰るぞ。邪魔をするなら、暴力を見せてやれ!)

 

 自分の意志で悪を命じる。カカカと喉を鳴らして答える魔王が、ギロリとやって来たダングス教徒へ目を向けて。何をするか察したウィッキーさんは止めろと叫んだ。 

 

 悪魔とは戦うなとお触れを出した彼らではあるが、襲撃されれば話も変わるらしい。

 剣を抜き放ち、司教を守れと飛び出す聖騎士。背後ではすでに詠唱を始める者も居るのだが。

 

 遅い。闘気を纏ったジグルベインの戦闘能力は、聖騎士を子ども扱いするほどに圧倒的だった。屈強な男たちが神聖術を使う間もなく蹴散らされていく。

 

「こんな、馬鹿な……」

 

 ポカンと立ち尽くす司教は、白の衣を返り血で斑に染めて。悲惨な現実を祈るように膝を床につく。この男も間違いなく聖職者なのだろう。自らの首筋に刃が立てられる中、戦士たちに死ぬなと必死に回復魔法を使うのだ。

 

「許さんぞ……貴様ら……!!」

 

 けれど同時に人間でもあり。彼は床にボロボロと涙を溢しながら、何故だと恨み節をぶつけて来た。その相手は地獄を招いた魔王ではなく、背後で成り行きを見守ることしか出来ぬウィッキーさんであった。

 

「僕は、信じていたのに! 大司教に成るならば、貴方しか居ないと本気で思っていたのに! なんで、どうして!?」

 

「ゲオルグ……」

 

 ウィッキーさんは、いくら責められても目をきつく結ぶことしか出来なかった。

 襲撃の件は無実にしろ、ずっと身分や正体を偽っていたことに違いは無いのだから。

 

 俺は信用の裏返しだったかと、事態の全貌を飲み込む。

 聖人として茨の道の進んだ悪魔は、その人柄と能力を誰からも認められていて。だからこそ教会も裏切られた気持ちが強いのであろう。

 

(あるいは聖遺物の奪還を優先するのも、信じたものを取り返す為なのかもね)

 

「さてな。それは儂らの物語の外の話じゃ」

 

「止めろー!!」

 

 司教を背中からバッサリと斬りつけるジグルベイン。俺は自分が命じたことだと、彼女から伝わる感触を苦く噛み締めた。

 

 ポタポタと剣から血を滴らせたまま、ジグは涙し嘆くウィッキーさんの前に立ち塞がる。

 するとキッと強い殺意を向けてくる男性。顔の至る場所から棘のように魔石が生えるも、凛々しく真っ直ぐな正義を宿している目であった。

 

「なんぞ言いたそうであるなぁ」

 

「同じ悪魔であるが、私にはまるで分らない。お前は何が目的で、何故こんな酷いことが出来るんだ」

 

「愚問だな。暴力というのは、いつだって理不尽なものであろうよ」

 

 最後まで抗う姿勢を見せるウィッキーさんに、魔王はもはや言葉をかけるつもりは無いらしい。鳩尾へ容赦なく拳を叩きつける。もとより疲弊していのだ。グルンと白目を剥き昏倒する長躯の男性。

 

 足元に零れる胃液には何も混ざっておらず、食事さえ満足に摂っていなかったようだ。それでも懸命に、ただ自分の無実を訴えていたのだと思うと胸が痛い。

 

(ごめんね)

 

「やれやれ。尽くした組織に捨てられたというのに真面目なことだ。儂から言わせりゃ立派に聖人だわい」

 

 ウィッキーさんを肩に担ぐジグ。その際にポツリと溢した「帰るかね」という言葉。本当に何気なくなのだろうが、彼には確かに待っている人が居るわけで。俺は「そうだね」と心からの同意をした。

 

 

 

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