ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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506 立ち上がれと叫んでいるんだ

 

 

 窓縁からゴテンと床へ転げ落ちた俺は、息を切らせながら、やっと自分の部屋に着いたと泣きべそをかいた。

 

「覚えてろよ、お前……」

 

(ほえほえ~?)

 

 同時、頭上に浮かぶ魔王の無法ぶりを呪う。この野郎、走るのが嫌だと言って、城から脱出するや変身を解きやがったのである。

 

 ジグルベインが俺に戻るには、魔力を完全消費する必要があるわけで。余った力を全て魔法に込めてぶっ放なしやがったのだ。

 

 魔導師団の尽力により、なんとか城の倒壊こそ免れたが、打ち上げた花火は大きい。

 襲撃の騒ぎは城下町にまで広がって、鳴り響く警鐘と押し寄せる兵士。巷を混乱の渦に飲み込んでしまう。

 

 お陰で俺は、反動で体が軋む中、全力で逃げ出すはめになった。

 ウィッキーさんの救出こそ果たしたものの、当初の方針である穏便という言葉は地平線の彼方へ吹き飛んでいる。ちょっと猛省をしてよね。

 

(気持ちよかったわー。まぁいいじゃろ。どうせ全ては悪魔の責任よ、カカカのカ)

 

「このクズ野郎めっ!」

 

 ジグは被害など興味ありませんとでも言うように、鼻をほじっていやがる。

 そんな姿を見ては、呆れて溜息も出てこない。自分から交代を頼んだのもあり、しょうがなく反論を飲み込んだ。

 

「はぁ~少し仮眠を取るかな」

 

 感じるのは、ただただ疲労である。もうすぐ日の出の時間なのだけど、頑張ったのだし一休みくらいは許されるだろう。

 

 俺はのそりと冷たい床から起き上がり、愛しのベッドちゃんへと向かった。

 けれど、布団にはまたリュカが忍び込んでいるようで、すでにこんもりと盛り上がっているではないか。

 

「ったく。ほら、ちょっと詰めろ」

 

(……む?)

 

 真ん中に居座る太々しい侵入者を、尻で押し込んで強引に主導権を奪う。すっかり人肌に温まっている布団の中は、ぬるま湯にでも浸かったかのように心地良いのだが。

 

 目を瞑れば、ジグの暴れた感触が鮮明に蘇ってきた。

 罪無き人を斬り、ウィッキーさんの居場所まで奪ってしまった。あの嫌悪と侮蔑の視線は久しぶりに堪えたものだ。

 

 すると、とたんに体が冷たく思えて。俺は布団の中で震えながら丸くなった。

 

 

「ツカサ、起きろ。ウィッキーが帰ってきたぞ!」

 

「んがっ」

 

 少しばかり、うつらうつらとしていたか。微睡む意識は、ゴンゴンと扉をノックする音と共に覚醒をした。一瞬なにごとだと焦るけれど、これはウィッキーさんを回収したという魔女の合図だと思い出す。

 

 なにせ悪魔に攫われた設定の彼である。そのまま連れて帰ってくるわけにも行かないので、成功したら厩舎に運ぶ手筈であった。あそこは毎朝、馬や駝鳥の世話に行く場所。イグニスが早朝に足を運んでも不審ではないのだ。

 

「うん。いま行くから、ちょっと待ってね……」

 

 俺は目を擦りながら、とりあえず返事だけはする。さもないと魔女が部屋の中へ入って来てしまうからね。そうして、まだ寝ぼけているのかなと、もう一度目を擦った。

 

「あのね……これはね……違うんです」

 

 布団の間から顔を出すのは、何故か金髪の少女なのだ。フィーネちゃんは顔を林檎のように真っ赤にして、潤んだ瞳で事情を説明させてくれと言う。

 

 彼女はどうにも、俺の不在を知って、不注意を叱ろうと部屋の中で待っていたらしい。けれど、あまりに帰りが遅くて気付けば寝落ちしてしまったと。

 

「なるほどね」

 

(ほぉ、人の布団の中で寝落ちなぁ)

 

 一方で俺は人肌を求めたか、リュカと勘違いして勇者を放さなかったようである。

 いまも抱き枕のようにガッシリとホールドされている少女は、ふと目を逸らし、何とも言い辛そうに伝えてきた。

 

「さっきからお腹に……なにかとても固いものが当たってましてぇ」

 

(ほう?)

 

「せ、生理現象。ただの生理現象だから!」

 

 そう言い訳をするものの、どうだろう。

 腕の中に居るフィーネちゃんの存在感はリュカとは大違いだ。そもそもに奴は、少年に見えるほどに中性的であり絶壁。こうして抱きしめていても興奮などは全くしないのだけど。

 

 布団の隙間からフワリと香る、石鹸の甘い匂い。触れ合う柔らかな体からは、温度はおろか早打つ鼓動まで伝わってくるではないか。

 

 指にサラサラと流れる金色の髪。白い肌が桃色に染まるや、碧色の大きな瞳は一層に潤んで揺れて。艶ある唇からは熱い吐息が漏れ出してる。その姿は勇者ではなく、あまりに女の子だった。まぁ控えめに言って興奮しますよね。

 

「らめぇ、そんなに強く押し付けないでぇ。私壊れちゃうよ~」

 

「……はっ!?」

 

 良からぬ妄想をしてしまい、ごめんねと慌ててフィーネちゃんを解放する。

 イグニスはもう下に降りたのだろうか。なによりも恐ろしいのは、この事態が彼女に知られることであろう。

 

 ランデレシアの過激な流儀を聞いてしまった俺は、脳裏へ明確に死の一文字が思い浮かんだのだった。

 

「フ、フィーネちゃん。バレたらやばいから、早く布団を出て!」

 

「やだー私もうここに住むのー!」

 

 しかし、勇者はなかなか動いてくれない。確かに朝の布団の魔力はもの凄いものがある。出たくない気持ちはとても分かるのだ。でも命が掛かっているからと、胸板で猫のように爪とぎでも始めそうな少女の肩を揺らす。

 

「へぇ、見られたら何か不都合でもあるのかな?」

 

「せめて下半身が静まれば言い訳も出来るんだろうけどさ!」

 

 ちょっと無理なの。俺はてっきりジグに言い返した気でいたのだけど、声のした方向を向けば、そこには赤髪の少女が腕を組んで立ち尽くしていた。

 

 赤い瞳に睨まれると、恐怖でスゥと表情筋が固まっていくのを感じる。きっと今の俺は死んだ魚よりも無表情で。けれど笑わなければと思い、無理矢理に卑屈な笑みを作って見せた。平常心だ。平常心でいけ。

 

「オオオ、オハヨウゴザイマス、イグニス様。足をお舐めしますー」

 

「イグニス、これは……」

 

「ああ、お早う。みんなもう、下で待っているぞ?」

 

 魔女がニコリと微笑むその顔は、さながら舞踏会で披露するような表情だった。

 つまり作り物なのだが、どんな奇跡か命は助けてくれるようだ。むしろ怖いと思い、二人で硬直をしたものの。そのままイグニスはツカツカと部屋を出て行ってしまった。

 

「うわっドアノブが溶けてる!?」

 

「私は、なにかとんでもない貸しを作った気がする……」

 

 

「あら、やっと来たのねフィーネ」 

 

「ごめんね。どんな状況?」

 

 寝起きに少しドタバタとしてしまったが、ウィッキーさんの容態はとても無視出来るものではない。俺たちはイグニスとさして間を置かず、いそいそと居間へ向かう。

 

 そこにはすでに勢揃いする勇者一行と、そんな彼らに見守られるように暖炉の前で火に当たるウィッキーさんが居た。

 

「ちょっ、一体何があったのですか!?」

 

 彼の姿を見たフィーネちゃんは、驚きに目を張り、すぐさまに近くへ駆け寄る。

 肩に毛布を掛ける偉丈夫だが、ダングス教の白衣も仮面も失い、まるで追い剥ぎにでもあったかの如くなのだ。

 

「ミサキ、メンゴだ。彼女たちと話をしたい。少し静かでまじよろ」

 

(ちぇー)

 

 幽霊ギャルに絡まれていた男が、アサギリさんを諫めて勇者と向き合う。

 一体どんな感情が湧き上がるのか。俺たちの顔を見たウィッキーさんは、ホロリと魔石化した瞳から一筋の涙を落とし。

 

「すまない勇者一行。全てを話すが、私は地位も信用も全てを失ったのだ」

 

 彼は懺悔をするように、自身が悪魔であること含め、城であった出来事を洗い浚いに吐き出した。イグニスやフィーネちゃんはこそ、ある程度の事情を知るが。初耳の物は戸惑うばかりの情報だ。

 

 ざわざわと意見が割れて、勇者すら唇に手をあて思考に明け暮れる中。赤髪の少女は烈火の勢いでズカズカと身を乗り出し、枢機卿だった男の胸倉を掴む。

 

「なにを男がめそめそとしている。いいか、その涙は悔し涙というんだ。聞こえないのか、名誉を傷つけられ、お前の魂が慟哭をしている。立ち上がれと叫んでいるんだよ!」

 

「……馬鹿な。君は聖職者に復讐をしろというのか」 

 

「元、だろう。じゃあなんだ。貴方はその広い心で、悪魔も許そうというのかい?」

 

「許せるわけが――無いだろう!」

 

 男の魂の咆哮を聞き、魔女はその言葉が聞きたかったとばかり、ニチャリと頬を吊り上げる。

 

 

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