ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
ウィッキーさんがスヴァルさんと話している間にも、馬車は目的地に到着をした。
フェヌア教の聖地は小高い山の開けた岩場に、ひっそりと存在し。荷台から赤土の舞う殺風景な場所を眺めていると、以前と同じように崖に掘られた巨大な彫刻がお出迎えしてくれる。
ただ、変化と言えば、修行僧たちが誰も居ないところが気になるか。
暑苦しく感じた筋肉共の熱気と掛け声も、無ければ無いで寂しいものだと、冷たい空風に吹かれながら思う。
「まぁ非常時だから仕方ないか。あれでも立場のある人達らしいもんな」
(いや、待てよ。ならなんでヤツらは平日に修行に来れていたんじゃ?)
ジグの抱いた素朴な疑問に、答えを返せなくて唸ってしまう。確かに司祭と言ったら教会を預かるレベルの人のはずだが、そんな人材を野放しにしていてフェヌア教の運営は大丈夫なのだろうか。今まさに司教まで抜け出しているもんな。
まさか修行という名の職務放棄。芽生えた疑念に遠い目をしていれば、両肩にポンと手が置かれた。俺の背筋はピンと真っすぐに伸びた。振り向けば僧侶が過剰な反応にやや面を食らっている。
「どうしたのよ。後が詰まってるわよ?」
「別にやましい事なんて考えてないんです。本当です」
「ツカサくん、それは考えてないと出て来ない言葉だよ……」
いいから早く降りなさいと、睨まれながら俺は外に出た。
続くカノンさんにフィーネちゃんは、地面に足を付けるや、やっと重苦しい空気から解放されたとばかりに深呼吸をしている。
「なんていうか、全部話しちゃうなんてウィッキーさんも律儀だよね」
金髪の少女が心配そうに馬車の荷台を覗き込む。
そう。あの包帯男は、こちらの申し出を話す前に、最低限の誠意と言って自身の正体を打ち明けてしまったのだ。
結果は長い沈黙だった。スヴァル司教は、大人しく話を聞いてくれたけれど、胡坐をかいて腕を組み、不動にウィッキーさんを見下ろし続けている。
そんな巨女と一緒の馬車に居るのは、爆弾と相席しているようなもの。俺なんて真っ先に出口へ逃げたよね。
「よし、分かった。ひとまずアンタの事を信じてやるよ」
「ほ、本当かね。思い切って相談をして良かった!」
どうやらスヴァルさんの中で答えが出たようだ。悪魔と知っても信じてくれると言われ、包帯男は声からでも分かるほどに喜んでいる。だけどそれは「じゃあ一発な」そう言われるまでだった。
「……は?」
何を言っているとばかりの一瞬の間。すぐさまに止めてくれと抵抗の声が上がるが、それも悲鳴に早変わり。やがて馬車の荷台からは砲弾のように人体が射出される。
「南無南無」
ウィッキーさんの通り過ぎた風圧が、はらりと俺の前髪を捲った。これは死んだなと星になった悪魔へ合掌だ。
◆
「フェヌア教のすぐに力で解決しようとするところ、私は好きではないね」
自分じゃなければ死んでいたと抗議するウィッキーさん。実際に頭部は大きく陥没をしていて、包帯からは黒い魔力が漏れ出している。俺は改めて彼が悪魔なのだと実感をした。
「これでもだいぶ手加減したんだが、相変わらずダングス教の奴らはひ弱だねぇ」
スヴァルさんは、そんな包帯男を煽るようにガハハと豪快に笑う。フェヌア教を基準に考えれば、大半の人間はひ弱ではなかろうか。
ちなみに体罰は一般的にはただの暴力だけど。フェヌア教では罰を与えた者に罰を受けた者。つまりはこれで解決と捉えるらしい。なんて雑な世界観だろう。
「おっ、話は済んだみたいだな」
「ああ。スヴァルさんも協力してくれるってよ」
「連れて来た俺らが言うのもなんだが、世間的に見りゃ真っ黒だろう。よく信じる気になったもんだ」
馬を繋いで戻ってきたヴァンが司教の器を素直に感心している。
無駄にならずに良かったなと投げ渡される鞄。匿って貰うにあたり用意した日用品の一式だ。
受け取る包帯男は、そうだねと複雑そうな声色で答え。スヴァルさんはふぅと大きく肩を竦めて言った。
「コイツが悪巧みをする男だとは思っていないけれど。ぶっちゃけ、ずっと騙されていたと思うと気分はよくないさ。それでも、相手が罪と向き合い、許しを請うのであれば、手を取ってあげるのが聖職者だろう」
「耳が痛いな……」
名誉挽回のために戦うと決めたウィッキーさんだ。自分は許せなかった側だと自嘲気味に空笑いを浮かべた。
包帯男とて司教を務めていた者。普段ならば復讐は負の連鎖しか生まぬと説き、煮え湯すら飲み込んで見せるのだろう。しかし、全てを失った故に、ただ一つの名誉を求めるのだった。その覚悟というべきか、彼はもはや白の衣を纏うことはなくて。
「いいさ。きっとセージだって復讐などは求めていまい。それでも、私が納得する為に戦うしかないのだ」
理解など要らないと寂しそうに呟く悪魔。では部屋を借りると、彼はいそいそと逃げるように山小屋へと向かうのだが。偉丈夫の小さく見える背中に、銅鑼のような声が「いや」と大きな声で否定を告げた。
「ダングス教では復讐を否定するだろうけれど、うちは違う。カノン、フェヌア教に手を出したらどうなるか教えてやんな!」
「はい! 目には指を。歯には膝を。右頬を打たれたら倍の力で殴り返せ、です!」
「応とも。だからアタシだって、モアも悪魔も許す気なんてまるで無いのさ」
(つまり許しを求めるまで殴るのを止めないってこと!?)
魔王が茶化すけれど、言っていることはあながち間違ってはいないと思う。
要するに復讐へのスタンスだ。堪えるのも立派だが、痛い思いをさせるのも大事という話だろう。
振り向くウィッキーさんは、「そういうところだぞ」と苦笑いをしながら荷物を置きに行ってしまうが。
他所は他所、うちはうち、だなんて家訓でも語るように教義を言うスヴァルさんに、どこか遠いと思っていた宗教というものが、なんだか急に身近なものに思えてきた。
「ところで、作戦を考えたのは誰だい。どう考えてもアイツじゃないよね」
包帯男の背を見送った巨女が勇者へ訝しげに問いかける。金髪の少女は、やっぱり分かりますよねと目を逸らしながら「うちの馬鹿です」と早口に言う。
疑問はもっとも。なにせウィッキーさんの持ち掛けた作戦というのは、騎士団に先んじてモアに突貫をするというものだ。
「大聖堂に居た、あの赤髪の子か。悪魔をおびき寄せる為だけに三大天へ喧嘩を売れなんて無茶言うね」
「けど、聖国の要望通りですよね?」
どこかの性悪魔女、とまではいかないけれど。してやったりと強気な笑みを見せる勇者。
聖遺物を回収するまで悪魔と戦うなと警告をしてきた教皇だ。だからモアの討伐に手を貸してやるというのが建前だった。
実のところ、鎧さんの居場所は分かっている。奴は聖遺物を取り返して見せろとばかり、人気のない山に堂々と陣取っているらしい。ならば籠っている悪魔を時間を掛けて探すより、引き摺り出す方が早いという考えである。
「まぁ少し揉めたので、向こうも協力は言い出し辛いかなって思い、勝手に始める予定ですけどね。今頃イグニスが明後日に攻めると手紙を出してる頃かな」
「アハハ! そりゃ知らされた方は大慌てだろうね!」
スヴァルさんは痛快とばかりに手を叩いて笑う。
城が襲われて内部がガタガタなところにダメ押しのような一撃だった。勇者に死なれては困るだろうから、教皇はなんとしてもコチラにスケジュールを合わせようとするだろう。
これはもはや嫌がらせ。ウィッキーさんの捜索に割く人員を減らすための妨害だ。あの魔女は本当にろくなことを考えないね。
「しかし、それで君たちは良いのかい? 悪戯に手を出すには、相手はあまりに強大だよ」
「私は早く平和になって欲しいだけですので。むしろ悪魔を引き受けてくれるなら助かるというか。いずれにしてもモアとは決着を付けるつもりでしたし」
自分には頼もしい仲間が付いていると、ウインクして俺たちを見回す金髪の少女。
勿論、君の為なら死んであげるさ。頼られて誇らしい気持ちになるものの、胸に押し寄せるのは一抹の不安。
なにせ、当日の俺はウィッキーさんと一緒に悪魔と戦う予定だ。
流石にジグルベインに似た姿は無視出来ないというか、教会の惨状を目の当たりにした以上は、一発ぶちかましてやりたいのだった。
「なぁヴァン。前にこの場所で俺が言ったこと、覚えているか?」
「当たりまえだ。むしろ、まだかまだかと待ちわびていたぜ」
二手に分かれて死地に挑む。ならば互いに悔いの残らぬようにしておくべきだろう。
そうだ、決闘しよう。そう思い至り、俺は虚無よりゾルゾルと黒剣を引き抜く。