ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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511 剣しか無いんだ

 

 

 俺の剣をよそ風と言った男は、いよいよに二刀を持ち上げる。やや斜に構え、左手の剣が前へと突き出された。

 

 来るか。こちらも光式を纏い、接触の瞬間に備える。

 俺たちの距離は、おおよそ5メートルほど。一蹴りで縮まる間合いとは言え、まだ互いに剣は届かなくて。

 

 ジリジリ。それは爪先から相手ににじり寄る音であり。いつ始まってもおかしくない斬り合いに焦がれる音。たった30センチの距離を詰めるだけだというのに、額には大粒の汗が浮かんでしまう。

 

「知っているぜ……」 

 

 見慣れたヴァンの基本姿勢。向けられる剣はさながら盾で、こちらの攻撃を的確に捌いては、本命の右に繋げてくるだろう。

 

 何度も何度も苦汁を舐めさせられた、二刀流の神髄とも言える攻防一体の型だ。

 しかし。耳元でジャリンと鋼の音が鼓膜を揺らす。突き出した左をフェイントに、初手から右で首を落としに来やがったのである。

 

「だから、知ってるつうの。お前ならそう来るよなぁ!」

 

「ハッ。当たり前だ!」

 

 気性の荒い少年が、ただ後手に回るとは考えられなかった。

 光式の反応速度によって攻撃を受け止めるも、内心は舌を巻くばかり。この野郎、真正面から奇襲を仕掛けて来やがったのだ。

 

 それと言うのも、ヴァンが攻めてきたタイミングは、まさに俺が出ようと考えた瞬間だった。なんて見事な後の先か。動こうとした矢先に出鼻を叩かれ、ペースを強引に持っていかれてしまう。

 

「オラオラ、さっきの勢いはどうしたよ!」

 

「うおっ、にゃん、ちゅう……」

 

 始まる攻勢はまさに風雨の如し。手数だけでも十分に脅威なのだが、若竹髪の少年はそこに足を交えてくる。凌ぎながら反撃しようとしても、こちらの剣は空を斬るばかりで一方的に攻め立てられた。

 

 身体能力では圧倒的に俺が勝っている。

 だからこそ辛うじて致命傷を防ぐ事が出来るけれど、掠る刃はかまいたちのように体を刻む。

 

 まるで嵐に身を晒した心地。一度距離を置いて態勢を整えなけば、とてもではないが耐えられない。そう思うのだが。

 

(あっバカ!)

 

「マジかぁ」

 

 見守るジグルベインが思わずに叫んだ。 

 瞬間、ドンと背中に襲い来る衝撃。剣を避けるために後退したはずが、どうやら俺は追い詰められていたらしい。

 

 相変わらず戦いが上手いことで。力で劣るならば、全力を出させないという訳か。

 驚きに目を張りつつ、やってくれたなとヴァンの顔を睨み付ける。

 

 そこには余裕など少しも無く。まるで全神経を尖らせるように、目に入る汗すら気にしない男の顔があった。

 

「嗚呼――」

 

 俺はその姿に感動すら覚えてしまう。

 技量で完封する。言葉にするだけならば簡単だけど、本人はまさに命懸けの綱渡りをしているのだ。

 

 剣術が暴力に抗う人の知恵であるならば、ヴァンはまさに魂を燃やして剣術を実行していて。瞬間に嫌でも理解をしてしまった。

 

「俺じゃあお前には勝てないのか」

 

 なにせ、厚みが違う。剣に懸けてきた覚悟も時間も情熱も、まるで比べ物にならない。

 本当に何を自惚れたのか。剣を握り一年も経たない人間が挑むには、あまりに積み重ねたものが違いすぎたのである。

 

「どうした、降参かよ。なら死ねよ!」

 

 俺を壁に追い詰めたヴァンは、二刀で逃げ道を塞ぐように斬りかかってきた。

 もう後退は出来ない。ならばと前進に活路を見出し、敢えて自分から打ち合いを挑むのだが。

 

 それすら奴の読み通りらしい。刃を止めるべく繰り出した黒剣の背へ、被せるように攻撃が合わせられる。予想外の力が加わり、ヴァニタスはカランと俺の手元を離れ。

 

 これで終わりだとばかりに、もう片方の刃が襲い来る。

 さながら武術大会の焼き直しのような展開に、トラウマがくすぐられた心地だ。

 

「ああ降参だ。やっぱり剣じゃあ、お前には勝てねえらしい」

 

 でも、俺もあれから少しは成長したよ。

 ヴァンの生き様を尊敬し、憧憬すら覚えるからこそ。俺の生き方も見て欲しい。

 相模司は駄目な奴だったけど、ツカサ・サガミはちっぽけなりに、必死になって生きてきたんだぜ。

 

「剣じゃあな!」

 

「……イカれてんのか?」

 

 咄嗟にとった行動に、この戦いで初めて若竹髪の少年は驚愕をしたようだ。

 ならば右頬を犠牲にした甲斐もあったというもの。まさかに歯で剣が止められたヴァンは片眉を下げて苦々しい顔する。

 

 俺は間髪入れずに拳を伸ばし、やっと捉えた憎たらしい顔面。

 剣士としては残念だけど、背中で地面に跡を残す姿を見ては、少しばかり留飲も下がるか。

 

「俺も、この世界で得た全部をぶつけてやるよ」

 

「本当に楽しませてくれる奴だぜ。ああ、来い!」 

 

 闘気の力でぶん殴ったのだ。魔力防御をしていても立ち上がる脚はふらついていた。しかし闘志は微塵も衰えないようで、ヴァンはフンと力んで鼻血を抜く。

 

 立て直す間なんて与えてやるか。俺は地面に落ちる黒剣を拾うと、すぐ様に投擲をした。

 黒い凶器は弾丸かくやの速度で少年に向かうが、直線的な軌道など奴には通じるはずもなく。ヴァニタスはカンと高い音と共に明後日の方向へ飛来して。

 

「これが一人時間差攻撃ー!!」

 

 既に駆け出す俺は、虚無を通して黒剣を回収。その手に握り締めて斬りかかる。

 ヴァンは体勢が崩れていた。得意の足では躱せず、二本の剣で防御に回る。剣から伝わる鋼の手応えに、やっと受けたなと渾身の力で押し切って。

 

「くっ……!?」

 

 さながら万歳でもするように弾ける少年の姿勢。がら空きの胴に向かい、止めとばかり返す刃を奔らせた。切っ先は僅かに横腹に食い込むも、剣士は竹とんぼのように回転しながら、回避と反撃を両立させる。

 

 回転斬りとは格好いいことをしやがって。

 頭を下げて剣から逃げるが。風式を使うヴァンを正面から捉えるのは、やはり難しいようだ。

 

「なら、こんなのは見たことあるか」

 

「あ?」

 

 俺は体を曲げた拍子に、片手で地面を掴み、倒立をしながら顔面へ蹴りを放つ。

 無駄とも言える大きな動き。首を捻るだけで躱すヴァンだが、突然発光する足に注意を奪われ、襲う二の矢が頭頂を叩く。

 

 見事に決まった踵落としに薄ら笑いを浮かべていれば、俺のこめかみには剣の柄尻がメリ込み。二人して地面に倒れこんでしまう。

 

「けっ、お陰で嫌な記憶を思い出しちまったぜ。吐きそうだ」

 

「カノンさんの拳は本当に重いからなぁ……こう、内臓潰されるみたいに響くんだよな」

 

 フェヌア流、跳魚(はねうお)。これは言わば目隠し攻撃のようなもの。顔の前に拳を残して、視界を覆いつつ本命をぶち当てる技だ。応用をして使ってみたが、僧侶の技くらいそりゃ知っているか。

 

「ヌフフ」 

 

 決闘の最中だと言うのに、無性に笑いが込み上げてきて、思わず声に出てしまった。すると隣から、少年が呆れの混じりに言ってくる。

 

「お前はいつも笑ってやがるな。真剣にやれねのかこの野郎」

 

「そりゃ楽しいさ。俺の努力の成果がちゃんと出ているんだ」

 

 そもそもにヴァンの猛攻を凌げたのも、浮遊島で老騎士と鎬を削った経験が大きい。

 この男に通用するならば、自分の人生も捨てたものじゃないなと思いながら立ち上がる。

 

「馬鹿言え。こっちはいい迷惑だっつうの」

 

 時を同じくして剣を構える、若竹髪の少年。

 俺は続きをやろうと微笑むのだけど、発言が気に障ったか、その顔には戦いを楽しむような余裕は無かった。

 

「なぁ、俺は今年。武術大会を二連覇したわけだが――」

 

 なんの自慢を始めたのかと思ったけれど、ヴァンはその意味が分かるかと問うてくる。

 4年間。つまり勇者が卒業するまでの間、自分は一番になる事が出来なかったのだと。奴が連覇にかけていた意気込みを知って、押し黙ることしか出来ない。

 

 勝つさ、と。まるで口癖のように、己の強さを誇るヴァンであるが。そんな自分に誰より納得していないのも、この男で。

 

「俺はお前を舐めてねえよ。あの時のド素人が、剛活性まで覚えて挑んでくるなんて、背筋すら震えるほどの才能だ。それでもよぉ、俺には剣しか無いからよ――!!」

 

 負けたくない。負けられない。

 普段口の少ない無愛想な少年が。感情を剥き出しにして吠え立てる。

 

 勝手に追うばかりだと思っていたけれど、お前もそんなに俺を想ってくれていたのか。

 けれど道を譲る気は微塵も無し。これは決闘。ならばどちらが強いかを決めるのは、コレ()だけだ。

 

「勝つのは」

 

「俺だーー!!」

 

 互いに叫びながら直進し、剣で押し合いながら額をぶつける。

 腕力勝負ならばこちら有利。弾き飛ばしてペースを取り戻そう。そう考えるのだが、後ろに押せたのは、僅か数十センチばかり。

 

 少年に自覚はあるのだろうか。俺の闘気の出力に拮抗する程の力なんて。コイツ、英雄の領域に足を踏み入れやがったな!?

 

 

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