ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「んぁあああーー!?」
足元から、なんとも汚い悲鳴が上がっていた。
あの強くて誇り高い勇者一行の剣士が、襲う苦痛に耐え切れぬとばかり、陸に上がった魚のようにピチピチと悶えているのだ。
その姿には恥も外聞もあったもので無く。俺は自分で技を放ちながら、威力にゴクリと唾を飲んで慄いた。背後より強襲せし不可避の閃光。どうやらここに凶悪な必殺技が完成してしまったらしい。
「ふっ魔銃の奥義に開眼してしまったか」
(なに格好良く言おうとしておる! カンチョーだろうが!)
「魔銃肛殺法の名付け親はお前だけどね!?」
あんまりな決着に、魔王すら肩を下げて呆れる始末だった。
俺だって、こう。もうちょっと、こうね。胸張ってドヤ顔の出来る勝ちが欲しかったんだよ。
しかし、こんな状況になっても勝負ありの声は掛からない。どうなっているのだろうと、俺は審判こと、見届け人である勇者へ視線を向ける。
すると金髪の少女は、まるで感情を落としたように無表情だ。いや、良く見れば、口元をきつく結び、全身がプルプルと震えているか。神聖な決闘を笑わない為に、努めて真顔を貫いてくれているらしい。
「ああ。試合じゃないから、止められないんだ」
なるほど。故に見届け人。決着はどこまでも俺たち両人に委ねられているのである。
チラリと地面に転がる若竹髪の少年へ目を落とせば。奴は顔を両手で覆い、消え入りそうな声で言ってきた。
「いっそ殺してくれ」
(であろうな。お前さん、これも情けよ)
「うーむ……」
勝負の最中は、それこそ頭をカチ割ってやるつもりで剣を振っていたものである。
けれど、今の俺のテンションでは刃を突き立てるのは絶対に無理だろう。しばし考えた挙句、よしと神妙に頷き、両手の人差し指を合わせた。
そして成仏しろよと尻に照準を定めれば、意図を察したヴァンが慌てて後退りをする。もう、殺せと言ったり嫌だと言ったり我儘な奴だねぇ。
「テ、テメェー。その指をどうするつもりだよ!」
「お望み通り、止めを挿してやるつもりだが?」
「分かった。分かったから、やめろー!!」
(カカカ!)
流石に死因がカンチョーは嫌だったようで、少年は心の底から悔しそうな顔で降参を宣言した。
「え、えー。勝者はツカサ・サガミである。正当にして公正なる戦いであったことを、フィーネ・エントエンデの名において、ちか…誓います!」
(一瞬躊躇いおったな)
その様子を見届けた勇者がオホンと喉を鳴らして宣誓。決闘はこれで正式に終了のようだ。瞬間、弾き出されたように駆け出してくる青髪ポニテのお姉さんの姿が見えて。
さては熱い抱擁が待っているのかな。そう考えると、勝利の実感も湧いてくるもの。宿敵への初白星に、魂が叫べと言っているように胸が震えた。
「いぃよっしゃあー!」
俺は吠えながら、やったぜと腕を掲げて見せるのだけど。ところがどっこい、カノンさんはコチラをスルーして倒れるヴァンに寄り添ってしまうではないか。おやおや。何故かとてつもない敗北感に襲われた気分だったね。
「アンタ、痔は……痔は大丈夫なの!?」
「え、誰が? まさかヴァン?」
(おー。色んな意味でクリティカルであったか)
しかし、めちゃくちゃ面白そうな話題が耳に届く。ぜひ詳細を聞かせて欲しいと思い、僧侶に声を掛けようとするのだが。
動くな。そんな言葉と共に、スヴァルさんの大きな手で顔面を挟まれてしまった。万力のような力で掴まれると、そもそも動けませんよ。
「あ~あ~。こんなに裂けちまって。剣を歯で止める馬鹿がどこにいるかい」
「まったくだ。思い付きで始める戦いでは無かったぞ」
返事をしようにも、神聖術で治してくれている最中なので喋ることが出来なかった。なので包帯男は代わりに勇者へ問う。どちらかが死んでいてもおかしくない、本当の決闘だったじゃないかと。
仲間を失っていたかも知れないと言われ、金髪の少女は、碧の眼を伏せる。けれど髪に付く砂埃を払いながら、明瞭な声で答えていた。
「では、決闘をしなければ死なないと? いいえ、死はいつも理不尽でしょう。納得の死を迎えられるのなら、それは上等ですよ」
それが騎士の生き様だ。言い切られ、俺はウィッキーさん共々に絶句をしてしまう。
なんという死生観を持っているのだろう。彼女は、そうだよねと同意を求めて来るのだけど、ノリでしたとは怖くて言えなかった。
確かに、戦いに絶対は無い。ならば、約束された明日というのも幻想だ。事故に巻き込まれるかも知れないし、魔獣に食われるかも知れないし、うっかり魔銃が尻に直撃することだってある。
それでも、その理不尽を市民に向けさせない為に、勇者は戦場に向かうのだった。心構えが余りにも違いすぎて恥ずかしくなるね。
「ツカサの戦い方は、素人は何するか分からないっていう典型だったわね。怖いわー」
「……分かる。特に最後のアレは絶対に読めないよね」
「いはー照れまふね」
「喋んなっつうの。あと褒めて無いと思うぞ」
カノンさんは治療が終わったようで、ヨシと剥き出しになっているケツをぺしりと叩いた。けれどズボンに大きな穴の開く少年は、起き上がる気力も湧かないか。まるで死体のように倒れこんでいる。
そこに情けだと言わんばかりに、スヴァルさんが尻へ上着を被せた。
俺の方も頬の裂けは塞がったのだけど、如何せん全身が傷だらけ。これじゃどちらが勝者か分からないと苦笑を浮かべながらも丁寧に治してくれて。
「でも、これが戦士なんだね。二人の姿を見て、モアに負けた理由が分かった気がするよ。アタシたちは所詮、聖職者だったんだろう」
なぁと話を振られる包帯男は、腕を組みながら、確かになと意見を肯定をし。感覚的に話す司教の言葉を補足するように言葉を継いだ。
「私たちは、そもそもに殺し合いを前提としていない。宗教の根幹にあるのは、許しであり、生き方を示すことである。それは野蛮なフェヌア教ですら同じさ」
「一言多い奴だな。うちの信仰を馬鹿にするならボコすぞ」
「ハハッ、そういうところだよ」
笑いながら軽口を叩くウィッキーさんであったが、喉を引き締めて、硬い声色に変わるのが分かった。だからこそ極限で生まれる覚悟の差。確かに私は戦士では無かったと、過去形に語るのだ。
「まさに死に物狂いというものを見せて貰ったよ。相手が同じ気持ちで戦いに臨むであれば、私たちも覚悟を決めねばならんのだろう」
そう締る包帯男に、赤銅髪の巨女は静かに頷く。
黙って話を聞いていた勇者一行であったが、そんなスヴァルさんがカノンと大声で名を呼ぶと、青髪ポニテのお姉さんが声を上ずらせてハイと答えた。
「アタシは明日いっぱい、ここで鍛えぬくつもりだよ。お前はどうする?」
「是非お供させて頂きます!」
修行の成果を見て貰いたいとボヤいていた僧侶だ。司教から直々にご指名を受けて、体にやる気を滾らせて駆けていく。その背を見送ったフィーネちゃんは、俺たちを見てどうすると言って来た。
「……仕方ねえな。俺もやるよ。猛活性の感覚を忘れたくねえ」
不貞腐れていたヴァンもやっと体を起こす。
猛活性は、極限状態の先。火事場のバカ力などと呼ばれる類の領域を無理矢理引き出すらしい。酷い頭痛がすると手で額を抑えていた。
「俺も少し、混式の精度を上げとこうかな……」
この戦いで、また色々な課題が見えて来てしまったものだ。けれど、お陰で一つだけ胸を張って言えるようになった事がある。俺は強い。ヴァンの名誉まで背負ってしまったからには、気軽に負けられないぜ。
「よろしい」
金髪の少女は、優しく微笑みながら。なら稽古をつけてあげるよと聖剣を引き抜く。
どこぞの剣鬼を連想する構えと圧に、若干たじろぐが。
「これで一勝一敗一引き分けか。いいか、決着は次だ。ぜってえ俺が勝つんだからそれまで死んでくれるなよ」
「残念だったな、俺は勝ち逃げするぜ」
「させるかっ!」
俺たちは少しでも強くなる為に、勇者へ挑む。
なにせ決戦はもう明後日。相手は悪魔に三大天。どちらも強大で、死闘になることは想像に容易いから。生きるためには足掻くしかないのだ。
「「ぐえー」」
(口ほどにも無いとはこのことじゃな)
なおフィーネちゃんには二人掛かりで普通に負けました。その、怪我がね。えへへ。