ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「なーにが、お嬢様は油断するとすぐにお腹が出ますよね、プッ。だ、ゴルァー!」
「ちょっ苦しい苦しい」
「耐えろフィーネ。令嬢はこの苦しみを乗り越えて成長するんだ!」
私の部屋には怨嗟の声が漏れていました。もっと具体的に言うのであれば、背後で、ですね。
イグニスは胴巻きに対し、思うことがあるようで。親の仇でも討つように、力強く紐を引き絞って私の腹部を圧迫するのです。普段はされる側なんだろうけれど、こんな時ばかり身体強化を使いおってからに。
そもそも体形の補正具ではないので別に細く見せる必要がありません。私は誰かさんと違って腹に贅肉など無いしね。程々でいいよと声を掛けると、心なしか残念そうに手が止められました。
「ちぇっ。じゃあ、こんなものでいいかい」
「うん。少しキツイけど、まぁいいかな」
皮の胴巻きが腹部を隙間なくピタリと覆います。やや苦しさはありますが、今日はこのくらいの方が安心出来ますね。
コレも並みの攻撃なら防いで見せる頑丈なものですが、モアの剣の前では紙ペラも同然でしょう。それでも意味くらいはありました。巻いておけば、斬られても内蔵が零れ落ちないのです。これ大事ですよ。
「ありがとう、もう大丈夫。そっちも準備してきちゃって」
「私は済んでいる。あと帽子を被るだけさ」
上から軽鎧を身に着けていると、イグニスはついでだし手伝うと申し出てくれます。別に一人でも慣れているのですけど、ここは好意に甘えちゃいましょうか。
拙い手付きで胸当てと肩当てが付けられ、最後に篭手がはめられます。仕事自体はとても丁寧で、細かい金具の位置まで調整してくれているようでした。
私は、この防具が装備されていく瞬間が結構好きだったりします。
纏われていく鋼の光沢と手足に感じる重さは、なんだか自分が強くなったと勘違いしてしまうような頼もしさと安心感があるのです。
同時。ああ、これから戦いなのだなと。心まで引き締めてくれるようでもありました。
「ふむ。前から思っていたけど、鎧を身に着けるなら兜も欲しくなるな」
「一応持ってるよ。でも私は髪が長いから、邪魔であんまり好きじゃないんだよね」
「ふーん。なら髪は切らないのかい。動くなら、それこそ邪魔だろうに」
イグニスはそう言って、楽でいいぞと自分の後ろ髪を軽く撫でます。肩を少し超える程度の長さで、確かに手入れも簡単そうですね。
意外にも、イグニスは勇者一行の女子の中では一番髪の毛が短かいのでした。冒険中の利便性を考えてとのことなので、もう呆れるばかりの行動力ですよね。
「私も前は短かったんだけど、ずっと剣ばっかり握って来たからさ。せめて髪くらいは女の子らしく伸ばしたいなぁって」
「なるほど、カノンと一緒だな。アイツも、男と見分けがつかないからって理由で両親に伸ばさせられたんだ」
「……へぇ」
背後でカラカラと笑う声がします。あまり一緒にして欲しくないですね。私の乙女心が分からんのかよ。
そしてイグニスは、今は立派な胸部装甲が付いているけどなと、自分の発言で腹を立てているようでした。面倒くさい女。
「なら結ってあげよう。多少は動きやすかろう」
「……うん。ありがとう」
鎧の扱いとは打って変わり、イグニスは慣れた手つきで髪を纏めてくれます。
これが女子力かと心が打ちひしがれる中、ついついツカサくんは、どう思ってくれるだろうかと考えてしまいました。褒めてくれるといいなぁ。
「ねえ、本当にツカサくんに付いて行かなくていいの? ウィッキーさんが居るとはいえ、上級悪魔だってかなりの強敵でしょ」
「その彼の申し出さ。俺の分までフィーネちゃんの力になってくれって言われたよ」
同時に、終わったと声を掛けられて。私は分かったと力強く頷きました。
ああ、お互いに信用しあっているんだ。少し羨ましい気持ちになりながら、ならば行こうと聖剣を腰に佩きます。
「おっ、準備は終わったみてえだな」
「ごめん。待たせたみたいだね」
「いいのよ。相手は三大天なのだわ。完璧な状態で挑みましょう」
部屋を出ると、廊下には既に準備万端なヴァンとティアが居ました。一緒のところを見ると、彼も私のように着こむ手伝いをして貰っていたのでしょう。
ピカピカに磨きこまれた鎧からは、ティアの愛情を感じて微笑ましい気持ちになりますね。だからこそ、胸元に残る傷がかえって目立っていました。
先日の決闘で付いた、ツカサくんに切り裂かれた痕です。防具としては大きな欠陥。でも、直す時間も無かったのですが、むしろ直す気も無かったのではと感じてしまいます。
「俺は弱え……が。だからこそ今日は全力で行くぜ。最後までよ」
一日経って敗北を受け入れた少年は、新しい舞台に立ったようでした。
正直なところ、誰にとってもあの戦いの結末は意外だったのではないかと思います。なにせ終始圧倒していたヴァンが、それでも負けてしまったのですから。
では、敗因はなにか。
ヴァンの慢心。ツカサくんの意外性。いえいえ、私はこう読み取ります。ツカサ・サガミは諦めなかったから勝ったのだと。
決着の瞬間まで勝負を投げずに手を出したからこその逆転劇だったのです。
思い返せばツカサくんは、ずっと格上とばかり戦いを繰り返して来たんだもんね。そりゃ諦めの悪さは一級品というわけですよ。
「アイツの一番の武器は、勇気だったんだな。見習わねえと」
そう呟くヴァンに、私は少しだけ目を細め。なにも言わずに廊下を進みました。二人分の足音に、もう二人加わり。古びた廊下が早くも行進曲を響かせるようです。
(あっ、サガミン。みんな来ちゃったよ)
「ええ~どうしよ。まだお弁当出来てないんだけど!?」
階段を下り玄関が見えると、ちょっと待ってと黒髪の男の子が台所から飛び出して来ました。戦装束に身を包む我々と違い、前掛けをして腕まくりをする姿は、あまりに家庭的。空気の温度差に皆で苦笑いを浮かべてしまいます。
「どうして貴方はそうなのかしら!」
「だってカノンさんが、お腹空かせてるんじゃないかと思ってー」
ティアが私の気持ちを代弁するように突っ込んでくれました。私たち、遠足に行くんじゃ無いんだけどね。
でも、その優しさがあってこそのツカサくんでしょう。ちょっと待ててねと足早に戻った彼は、抱えるほど大きな包みを持って来ます。漂う素敵な香りに、そういえば朝食もまだだったと思い出しました。
「これサンドイッチとおにぎり。いっぱい作ったから、時間あったら皆で食べて」
なにせ今は日の出前です。ならばこの人は、この量を作るのに一体何時から作業をしていたのやら。移動中にありがたく頂かなければ。
「うん。カノン……とスヴァルさんも喜ぶと思う」
「うおっ、唐揚げあるじゃん。やりぃ」
受け取るヴァンは目敏く中身を確認すると、好物を発見して、パクリと口に運びます。ねぇそこは普通、勇者が一番でしょう。
殺意が漲るのですが、ツカサくんが玄関の扉を開き、行ってらっしゃいと見送ってくれます。彼に免じて許してやるか。騒ぎを聞きつけ、リュカとマルルも顔を見せてくれました。
「一緒に行けなくて申し訳ない。勇者様、ご武運をお祈りします」
「マルルもツカサくんをよろしくお願いします」
そしていざ扉を潜ろうとすれば、通り過ぎる間際に横から手が伸ばされました。
一瞬なんだろうと考えこみますが。確かハイタッチ。ツカサくんの国の喜びの表現でしたね。こういう時でもするのだろうかと思いながら、パシリと手を合わせます。
「ツカサくんも、頑張ってね」
「うん。こっちは任せて、存分に暴れて来てよ。俺の勇者様」
どうして彼は、こうも私の欲しい言葉をくれるのか。気合、入っちゃいましたね。
パシリ、パシリと背後で激励の音は続き、勇者一行が中庭へ出ると喇叭が響いて、私たちを迎えます。
騎士団と魔導士団が敬礼をしながら馬車への道を作っていました。総勢で30名ほどでしょうか。迎えの為だけに、よく集めたなと感心するやら呆れるやら。
イグニスが提案した三大天への電撃作戦ですが、聖国からのお返事は、非常に助かるというものでした。どうにも大聖堂が襲撃された日から既に戦力を集めてモアへ小規模な攻撃を仕掛けていたらしいのです。
「まぁ悪魔に割く戦力が無いのは当然というか……」
聖騎士まで使い、ツカサくんを拘束しようとしたのは、結局のところ勇者一行をモアにぶつけたかったのでしょうね。
皮肉にも私の参戦が、国の意志を固めたようで。ならば日付を合わせ戦地に戦力を集結させるとの回答でした。内心では予定が早まり大慌てでしょうけど。
「おっ、間に合ったようだね。おーい、その馬車にうちらも乗せてくれい!」
「え?」
私たちが迎えの馬車へと歩を進めていると、門の方から人影が見えてきます。背の高い女性が、大きな声を張り上げながら手を振っているではありませんか。
彼女は一汗かいたとばかりに爽やかな笑顔を見せますが、後ろではなんとウチの僧侶が死にそうな顔で息を切らせています。
「オイオイ。体力自慢のカノンが苦しむなんて、どんな速さで来たんだよ……」
「それよりも、あの山奥から走って来たことに驚くのだわ」
感想はそれぞれのようですが、私が驚いたのは二人がここに姿を現したことにでした。そもそもカノンは走ってフェヌア教の聖地に通っていましたし。
私たちは昨日一日を休養に充てていますが、カノンが時間いっぱい修行したいと言い。現地集合する予定だったのです。
「いやー腹減っちまってさ。戦いの前だ。何か食べないと力出ないだろう?」
「昨日あんなに差し入れ持っていったのに、全部食べたちゃったのかしら!?」
驚きに目を張るティアの横で、早くも美味そうな匂いがするなと料理に勘付く司教。ヴァン、隠せ。私たちの分が無くなっちゃうよ。ちなみにカノンは喋る余裕も無さそうで、イグニスに背を擦られておりました。
「み、水……」
◆
「見えましたぞ、勇者様。あれがモアの居座る教会跡です!」
「そのようですね」
馬車に揺られた時間はおよそ1鐘分くらいでしょうか。館が結構な山奥にあるので、この辺りまで来ると人の住む気配もありません。
ご丁寧にも住民を巻き込まないための配慮なのでしょう。敵は山の麓にポツンとある、古びた山小屋に陣取るようでした。
聖遺物が奪われてから早3日。その間にも小競り合いをしていたとうのは事実のようで。既に兵の包囲は完成し、度重なる戦闘の痕が見て取れます。
「かく言う私もすでに5回負けております! しかし動く気は無いのか、深追いをしなければ敗走者に手を出すことはありませんね。魔王軍ながらこう、非常に紳士で困惑するほどですよ」
「それも、そうでしょうね……」
ツカサくんの話では冒険者ギルドで労働するほど、気性は穏やかと聞きました。
聖遺物を奪った理由も、悪魔の標的を自分に向けるため。正直、驚くほど害の無い存在なのです。
まぁ、それでも国として無視は出来ないのでしょうが。だからこそ私たちは悪魔を優先しようと考えたわけですしね。
「では幌を畳んでください。先制攻撃は私から行きます」
「了解であります!」
食べかけのおにぎりを口に放り込み、籠手に付いた粒までペロリと舐めました。これは良い戦飯ですね。ツカサくんが握ったと思うと美味しさも倍増ですよ。
走りながらに畳まれていく馬車の幌。剥き出しの荷台は簡易戦車といったところでしょうか。冷たい風がなだれ込んで来て、山道で暴れる車輪から、立ち上がると今にも振り落とされそうなほど不安定でした。
船での旅を思い出します。
そう。彼に初めて会ったのは、アリファン諸島でのことで。
「勇者の責務を自覚しろって?」
魔王軍のくせに好き勝手に言ってくれますよね。既に一度敗北をし、力の差は瞭然。
でも、お前がどんなに強かろうと。強大であろうと。悪であるのなら、私たちは挫けるわけにはいかないのだ。
「返して貰うぞ聖遺物。デウス、エクス。マキナーーーー!!」
今日、勇者一行は、魔王軍が大幹部。天に等しき者。あの最強三大天に挑みます。