ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
聖剣を通して放たれる虹色の魔力が、山の麓を横薙ぎに走ります。
触れる箇所を全て消し飛ばしたか。一瞬ふと、奥に地平が覗き。けれど下層の消失した山は、自重によりドスンと再び大地に座りました。
私は会心の手応えを覚えるのですが。次には凄まじい振動と共に、嵐のような砂塵が巻き起こって。ええと。二次災害は想定外というか。茶色に染まる風が壁のようにそびえて迫って来てですね。
「ちょっと、フィーネ……」
「ごめんなさい。縦に振ればよかったかな」
「そういう問題かしら!?」
ティアが慌てて水盾で守ってくれたものの、馬車は強風に煽られてひっくり返ってしまいました。
周囲の森はいまだ舞踏でも踊るように、バサバサとその幹を揺らし。モアの包囲をしていた騎士までが、穂の折れた稲みたいに倒れこんでいます。控え目に言って、被害は甚大ですね。本当に反省です。
「こ、これが……勇者様の力か!?」
転倒した馬車の騎手は地面にへばりつきながらも、幾分か低くなった頂を見上げて茫然としていました。しかし、はたと気づいたように、あわあわと呟くのです。
「もしや、モアごと聖遺物も消し飛んでしまったのでは……」
「それなら、それで良かったんだがな」
私が答える前に、イグニスが返しました。けれど、妙に下から聞こえるその声は。
まさかと思い視線を向ければ、案の定、黒づくめの女も倒れています。勇者一行の中で、一人だけ着地に失敗したようでした。なんでその体勢で格好付けられるんだよ。
「おいフィーネ。お前、まだ戦えるんだろうな?」
「当然。今のは私が来たっていう挨拶程度だよ」
ヴァンは、ならいいと、私の号令を待つこともなく二本の剣を抜き放ちます。彼も当然に向けられる殺気には気づいているみたいですね。
挨拶とはいえ、先制攻撃をする絶好の機会。霊脈を痛めるギリギリまで高めた威力はご覧の通りで。けれど、何事も無かったかのように土煙から姿を現すのが、モアという男なのでした。
「おのれ勇者。貴様は鎧の整備の大変さを知らんのか。中に砂が入り込むと後で面倒なのだぞ!」
「怒るのはそこなんだ……」
ガシャンガシャンと重々しい足音を立てて全身甲冑が麓より歩いて来ます。
その怒りの矛先は奇襲ではなく、汚れにあるようでした。あーもうと苛立ちながら砂埃を叩く様に、むしろこちらの腹が立ちますね。
鎧の表面には傷一つありません。やはりマキナおも相殺する手段を持ち合わせていると考えるべきでしょう。私は緊張を声に出さないように努めながら、左手を挙げて皆に戦闘準備の合図を出しました。
「軍勢の魔王軍、【泡沫】のモア。すでに再三の要求が告げられているだろうが、聖遺物を聖国へ返還せよ! さもなければ、この勇者一行が相手だ!」
「ああ、君もこのガラクタ目当てか。まったく。本命は釣れずに、余計な相手ばっかり寄ってくるな」
これだろう。モアはそう言い、鉄仮面を持ち上げて見せました。中には情報の通りに、金属製の骸骨が収められているではありませんか。
私は初めて目にする聖遺物です。へぇあれがと思うと同時、あまりに兜へピッタリと填まりすぎていて、もうモアの素顔のようにも感じちゃいますね。事実上、聖遺物を奪うというのは奴の首を取ると同義でしょう。簡単じゃありませんよこれは。
「少しガッカリだな。まさか悪魔を放置してこちらに来るとはね」
やはり素直に返す気は無いようです。右手に闇の魔力が集い、一振りの大剣を形成していきました。そして、やや刃が持ち上がり。来るか。そう身構えた所で、ゴンと鈍い打撃音。
「安心しな、そっちも動いているよ。それより、アタシはお前に借りがあるんでね」
「はて。結局斬れず終いだったはずだが」
「舐めるな。手を抜かれりゃ気づくってもんさ!」
司教の後ろ回し蹴りが大剣で防がれていました。その重さ、モアでも受け止めるのがやっとのようで。地面には轍のような深い跡がズリズリと引かれていきます。
一方で軽やかに着地するスヴァルさんの、なんて頼もしい背中でしょう。
以前、あまり背負いすぎるなと言われたのを思い出します。私が固くなっている事がバレて、一番槍を引き受けてくださったのですね。
私は緊張を解きほぐすように、フーと大きく息を吐き出し、皆に号令を掛けました。
「司教に続け! 敵は最強三大天、相手に取って不足は無し!」
応と私と共に前へ飛び出すのはヴァンでした。猛活性の入り口に辿り着いた彼は、目を見張る速度でモアとの距離を詰めて行きます。いいですね。充実する気迫に頼もしさを感じます。
「完全にものにしてるね。もう英雄の仲間入りかな」
「はっ、肩書になんぞ興味は無ぇよ!」
勇者としては負けていられませんね。こちらも火精の魔力を解放します。身の内に昂ぶる火焔は、火竜の名に恥じぬ力強さを発揮して。接敵はほぼ同時、左右へ分かれて駆け抜けざまに剣を叩き付けました。
しかしながら、私たちの剣は虚しく空振りしてしまいます。甲冑という動きづらそうな外見に反して、なんて俊敏さでしょう。モアは跳躍し斬撃を躱すや、両の脚を開いて私たちを蹴りつけたのです。
「【清らかに澄み渡り】【無垢に降り注ぎ】【静寂に飲み込む】【破限・精霊昇華】」
私とヴァンは勢いあまり地面に転がされました。
ですが僅かでも足を宙に浮かせたが最後。その隙を見逃さぬとばかり、水の矢が射られます。
「む、あれはウィンデーネ?」
水はティアの周囲を回遊する鯨から吐き出されていました。あれは本家の水精を参考に編み出した、疑似精霊ですね。大きな魔力が溜め込まれた水の塊は、盾になり矛にもなる自在の武器なのでした。
まさに雨
地味ながらに岩さえ穿つ威力。命中させたティアから「やった」と喜びの声が聞こえるのですが。気のせいかな。私には自分から当たりに行ったように見えたんだよね。
「ふぅ、綺麗になったかな。君たちの正義も信仰も尊重しよう。だが、その上で言う。この聖遺物は0の座標にも繋がる、扱いを誤れば危険な代物だ。どうか手を引いて欲しい」
水圧で埃を落としピカピカになったモアは、ぬけぬけとそう言い放ちました。
ならば尚更に魔王軍へ渡せるか。私は聖剣で斬りかかるのですが、容易くに受け止められてしまい。
「0の座標だと? フィーネ、退け。私がぶちかます!」
「出来ないんだよ……」
背後から叫ばれるイグニスの声。しかし鍔迫り合いの形で押し合うものの、こちらが脳の血管が切れるかと思うくらい力を込めようと、奴はピクリとも動かないのです。片腕一つでですよ。
「そうだな。確かに私は魔王軍。そこは否定しまい。だが、私の行動理由は常に正義だ」
「なに!?」
「信念をもって行動していると言っている。その点、お前はどうなのだ勇者よ。貴様にクエント・デ・アダスを握る資格が本当にあるのか?」
押していたはずなのに、私はいつの間にやら押され返されていました。聖剣を通して伝わる圧に押し潰されそうで、必死に堪えてもミシミシと足が地面に埋まっていくのです。
のらりくらりとしていた男ですが、ここに来て仮面の奥から、はっきりと怒りの感情が伝わってくるようでした。
「どういう、意味だ」
「そのままだよ。あの愚かな男の意志を継ぐと謳うからには、世界を滅ぼす覚悟があるのだろうなと問うているのだ!」
そして気合と共に振り切られる大剣。感情のままに放ったような狂暴な一撃が襲ってきました。その威力は、まさかに自らの大剣をへし折るほどです。
私は聖剣の強度に救われたのでしょうが、矢にされたように遠くへ弾き飛ばされ、山肌に深く埋め込まれます。背後から全身がバラバラになりそうな衝撃。流血が視界を赤く染めました。
ヴァンとスヴァルさんが、なんとかモアの前進を止めようと阻むのですが。闘争の火が入ったか、まるで荒ぶる軍馬のように、あの二人を相手取りながらも私のもとへ突き進んで来ましたね。
「どうした勇者。正義を掲げるのであれば、悪い魔王軍から聖遺物を取り返してみせろ。我はモア。肉と骨はとうに朽ち、がらんどうの体は明日も知れぬ泡沫の身。されど、この魂が燃え尽きるまで道を譲る気は無いぞ」