ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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516 その為に来た

 

 

 俺たちが街に向かって移動をしていると、背後で空が一瞬チカリと輝く。

 こんなに快晴だというのに雷だろうか。思わず振り返ると、続き天を裂く轟音が大地まで揺らして駆け抜けていった。

 

「おいおい、何が起こってるんだよ!?」

 

 灰褐色の髪の少女は衝撃に驚き、俺と同じように馬車の荷台から体を乗り出すのだが。目の当たりにする光景にあんぐりと口を開いて、後に言葉は続かない。

 

「そうか、リュカは見たこと無かったな」

 

 山の奥では、さながら山が噴火でもしたかのような、凄まじい土煙が立ち上っているのだ。もはや天変地異を思わせるレベル。あれが一人の少女の斬撃と言っても、きっと信じてはくれまい。

 

 あれこそ勇者の伝家の宝刀、デウスエクスマキナであった。どうやら向こうでは、いよいよにモアとの戦いが始まったらしい。吹き荒れる風からフィーネちゃんの気迫や覚悟さえ感じとれるようで、俺は空に向かい呟いてしまう。

 

「みんな大丈夫かなぁ」

 

「スヴァルくんが居るのだ。彼女なら最悪は皆が逃げるくらいの時間は稼げるだろう」

 

 包帯男ことウィッキーさんは、そんな俺を優しい声色で慰めてくれた。流石は本物の聖職者。彼に大丈夫と背中を支えられると、不思議に安心感が沸いてくるようである。

 

 けれど急ぐに越したことはないのだろう。目的地にはまだ着かないのかと思っていると、逸る気持ちに応えるように、マルルさんが口を開いた。

 

「みんな、見えて来たぞ」

 

 

 到着した場所は大聖堂である。

 此処は、聖遺物を奪われた日に、モアの手により両断されていた。その斬撃の鋭さにより、建物は奇跡的に直立を維持しているが。風が吹けば今にも崩れかねない為、敷地内は立ち入り禁止になり近づく者もいない。

 

 だが、それが良い。

 ウィッキーさんは悪魔の手下としてお尋ね者で、俺も最後の天啓により危険人物扱いである。真っ当な手段では城に近づけもしないだろうが、ここには誰も知らない隠し通路が存在するのだった。

 

「では、私は正面から伺うよ。城で合流しよう」

 

「よろしくお願いします」 

 

 俺たちを建物の隅で降ろすや、聖騎士は馬車を牽いて先回りをしてくれる。そんな彼女の背を見送り、さてとこちらも行動を開始した。

 

 先導してくれるのは包帯男。枢機卿として活動していた彼にとって、大聖堂の中など実家のようなものだろう。真っ直ぐに地下墓地へ向かい、迷路のような構造もなんのその。王家御用達という避難口に辿り着く。

 

「へぇ、こんなところに」

 

(こりゃ知らねば気付けんわなぁ)

 

「何度も言うけれど、口外無用で頼むよ本当に……」

 

 そりゃ聖国のトップシークレットですもんね。魔王さえ唸る巧妙な隠し場所は、棺の中だった。無数に並ぶ棺桶の一つに、そんな仕掛けがあるなんて少しばかりロマンがあるではないか。

 

 ではお邪魔します。俺は暗闇に続く階段へ、早速に足を踏み入れるのだが。僅か数歩で違和感に歩みを止めてしまう。

 

「これは……」

 

「剣に服か。なんでこんな場所にあるんだ?」

 

 床に散乱するのは衣類と大量の灰であった。リュカが足元に積もる粉を救い上げて、首を捻る。しかしクンクンと匂いを嗅ぎ、青褪めた表情で、人間の匂いがすると言うのだ。

 

 俺は、だろうなと目を細めた。これは悪魔憑きの残骸なのである。恐らくは奇襲の日に待機をしていたのだろうが、運悪くモアと遭遇してしまったらしい。

 

「服装からすると、どこぞの貴族か。差し詰め、聖遺物を餌にでもされたかな」

 

「まぁ、天啓を自分勝手に使えたら便利でしょうしね……」

 

 蔑むように言いつつも、包帯男は積みあがる灰の為に祈った。

 やがて前進を再開するけれど、通路自体の構造は単純そのもの。頑丈そうな石造りの道がひたすらに直線で続くだけである。

 

「なんかつまらねえな……」

 

(であるな)

 

「いま面白さはいらねえよ」

 

 けれどリュカがそう呟くのも無理はないか。本当に罠もなにも無くて、代わりに距離は妙に長い。避難経路なので迷わないための配慮なのだろうが、警戒が馬鹿らしくなるほど危険は無かった。

 

「そういえばこの通路、出口はどこに繋がっているんですか?」

 

「正確には入り口になるのだが、実は私も詳しくは知らないんだ」

 

 小走りで駆けること数分。確かに辿り着いたのは、ゴールというよりスタート地点であった。最奥には金属の扉が見えるが、側面には小道があり。これを使えとばかりにランタンの魔導具や鞄が用意されているのだ。たぶん非常時の備えなのだろう。

 

「どうしたツカサ。早く開けろよ」

 

「いや、ちょっと待て」

 

 狼少女は平坦な道のりですっかり警戒度が下がっているらしい。早く表に出ろと背中を押してくるが、俺の経験から言わせれば不用意に扉を開けたが最後。騎士とバッタリ遭遇し、初手で警笛を吹かれる可能性があった。

 

(おお、そんな未来が見える見える)

 

 他人事のようにカカカ笑う魔王であるが、お前のことじゃい。

 しかしながら俺はコイツほど間抜けではない。こんな時の為のジグレーダー。霊体の魔王を扉の奥に先行させて探りを入れる。

 

(ここは宝物庫かの。誰もおらんようじゃぞ)

 

「ふっ、これぞ知的犯行というものだよ」

 

 そうして安心して扉を開ければ、出たのはマーレ神の像の足元だった。なるほど。大聖堂へ駆け込む道としてはピッタリか。ジグの言った通りに室内は誰もおらず、金や宝石を始め、壺や絵画まで高そうな品物が綺麗に整理されている。

 

「すげえな、高そうなものばかりだ!」

 

 おお、とその余りの豪華さに目を輝かせるリュカ。盗っちゃダメよ。

 俺的には一時とはいえ、モアもここに飾られたのか考えて苦笑いが漏れた。三大天の鎧とか計り知れない価値がありそうだもんね。

 

「じゃあ早速……」

 

「お、お前らは!?」

 

 上手く城内に侵入出来たと思った矢先の事だ。バンと扉が開け放たれて、俺たちは固まった。ふーんそうか。時間差で来たか。

 

 事情はどうあれ、絵面的には宝物庫に侵入している賊である。これまた言い訳不可能であろう。騎士団と鬼ごっこをする忌まわしき記憶が刺激されていると、ウッィキーさんも心底驚いたような声を響かせる。

 

「教皇猊下! なぜお一人でこんな場所に!?」

 

「その声は枢機卿……いや、元か。フフ、よもやこれも其方の計画か?」

 

 部屋に飛び込んで来たオジサンが教皇と聞いて、俺は目玉が飛び出しそうになった。いや。法衣も着ていないけれど、言われてみれば見覚えのある顔なのだ。

 

「アイツがオレたちの会おうとしていた奴か?」

 

「うん。そうだけど、アイツとか言うと不敬罪で首が飛ぶぞ」

 

 労せずして目的の人物に出会えてしまったわけだが、そのシュチエーションからは既にトラブルの匂いがプンプンとする。包帯男は何があったのかと事情を伺うも、白々しいとばかりに後退りされてしまった。

 

「先日といい、あの悪魔を手引きしたのはお前なのだろう!」

 

「なるほど。やはり動いたようですね」

 

 恐怖により激高する教皇の姿は、まるで逃げ道を塞がれた小動物のようだ。いまにも牙を剥かんばかりの態度だが、ウィッキーさんは逆に冷静に諭すように語り掛ける。

 

 当然なのだと。モアに勇者一行が挑み、司教を始め多くの戦力が一か所に集中している。そう。城の守りはいま、かつて無い程に手薄なのだ。

 

 まぁその状況を作ったのは魔女であり、だからこそ俺等はここに来たわけだが。言えば怒られそうなので、リュカの口を塞ぎながら、話の進行を包帯男に任せた。

 

「危険を承知で悪魔を放置しようとしたのは貴方ですね。更に加えるならば、それでも聖遺物を優先しようとしたのは罪の意識でしょう」

 

 教皇は一度悪魔と接触している。そんな言葉を突きつけると、「知らなかったのだ!」と事実を認めたも同然の返しがあるではないか。

 

「天使様だと思ったのだ。だから聖遺物の事を話したが、まさかこんな事になるだなんて……」

 

 どんな事だと思っていると、廊下からフンフンと陽気な鼻歌が聞こえてきた。

 やがてドシャリと扉の前に倒れこんで来るのは、白いマントを付けた騎士である。聖騎士。上級騎士の戦闘力に、上級魔導士の魔法を併せ持つ、ダングス教の誇る優秀な戦士で。

 

 そんな男が血塗れなりながら、教皇に手を伸ばして必死に叫ぶ。「早く逃げてください!」と。だが、献身は空しく、廊下の奥より現れる者にグシャリと頭を踏み抜かれて絶命した。

 

「カッカカー。おや、もう逃げるのは終わりでごじゃるか?」

 

 白銀の髪をした金眼の悪魔がそこ居た。

 教皇は藁にも縋るというやつか。敵対していたはずの包帯男に助けてくれと泣きついて。ウィッキーさんは何も言わずに手を差し伸ばす。

 

「無論です。もとよりその為に来ました」

 

 

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