ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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519 残酷な悪魔のテーゼ

 

 

 ウィッキーさんの意地とでも言うべきか。繰り出す岩砲は、さながら蛇のように連なり敵を追尾し。遂にはニセベインを捉えた。

 

 それは大質量にして大物量。最初こそ抵抗を見せた麻呂であるが、すぐに手が追い付かなくなる。防御で必死に堪えようにも、衝撃が加わる毎にその体にはヒビが走っていき。

 

 やがて厚化粧が崩れるようにボロボロと外皮は朽ちて、悪魔はとうとう内に秘められし素顔を晒す。だが、あれはなんだ。俺だけでなく、同じ悪魔のウィッキーさんまでもが、その異形に言葉を失った。

 

「そうか。ソチがラヴィエイを消したでおじゃるか。武人気取りのいけ好かない奴であったが、強さだけは認めていたのにのう」

 

「これからが本気ってところか?」

 

「如何にも。この醜き姿を見られたからには鏖殺よ」

 

 地獄の底から響くような声に思わず鳥肌が立つ。

 溢れ出す闇が人型を作り出していくのだが。黒く艶のある体表は甲虫を思わせ、頭部に伸びる角からカブト虫を連想してしまう。

 

 体型は意外にもやや小柄。というか天使の体を魔力資源として吸収したのだろう。全体にジグの面影が残る女性的なフォルムで、背には無機質な4枚の翼まであった。

 

 お世辞で言えば堕天使という比喩でも通用しそうだが、俺は目を逸らしたい気持ちに駆られる。直視をするだけで、内臓を弄られるような悪寒があったからだ。

 

「ウィッキーさん、あれは……?」

 

「恐らく、寄生先の魔力が馴染まぬうちから無理矢理に取り込んだのだろう。奴もモアの出現には随分焦っていたと見えるね」

 

 悪魔の表皮の下では、無数のミミズが這いずり回るように蠢いているのだ。

 その一つ一つが、他人から奪った魔力。ひいては命。まるで寄生虫が逆に寄生されているような絵面は、この世の呪詛を一身に背負うが如くであった。

 

 戦闘開始僅かながら、すでに破壊し尽くされた城内。両断され、穴あきにされと、もはや崩れかけの積み木の様なありさまに果てた部屋を、麻呂はひたひたと裸足で歩いて来てボソリと言う。

 

「世界の革命」

 

「は?」

 

 それはもしや、俺の問いへの答えであったのだろうか。だが追及する間も無く、悪魔は万歳でもするように両腕を宙に掲げた。すると奴の頭上には、黒い球体が暴風を伴いながら形成されていくではないか。

 

 ふざけるなと言いたくなるね。あれは以前に大聖堂を吹き飛ばそうとした魔法だ。ならば今度の標的は城だろう。まさかに初手から一帯を薙ぎ払いに来たのである。

 

(お前さんよ。気づいたか?)

 

「な、なにが?」

 

(麻呂のあの角、立烏帽子に見えるでおじゃる)

 

 まるで平安貴族じゃと、隣で呑気笑うクソ魔王。ぶっ殺すぞ。俺が強風に煽られながらも怒りにプルプルと震えていれば、ウィッキーさんはすかさずに背後の歯車を回転させて、魔法陣から火の鳥を射出した。

 

 イグニスをして芸術とまで言わしめた回転型魔法陣だ。豊富な組み合わせもさることながら、発動の速度も尋常ではない。麻呂は魔法が完成しきる前に火鳥の迎撃に黒球を消費し、俺たちの間には激しい爆風が渦巻く。

 

「カッカカー。よく防いだが、ソチはあと何発持つかや?」

 

「……なるほど。魔法の空打ちが目的だったか」

 

 カラスの悪魔が苦々しい声で漏らす。するとどの口で言うか、ジグは勝負を急いだ方がいい等と抜かした。直感めいた不安が頭を過り、俺はまさかとウィッキーさんの顔を覗き込んでしまう。

 

「魔力……ですか?」

 

(そうじゃ。悪魔は魔力そのもの。だが放てば消えるは道理でおじゃる)

 

「麻呂の口調を真似するのやめろ!」

 

 彼からの答えは無い。全てを承知で臨んだ戦い。言い訳はしないということか。代わり、カブト虫から嘲笑する不愉快な声が聞こえた。

 

「我らにとって、魔法はその身を削りながら使うものでごじゃる。それにしては先ほどから随分と大盤振る舞いよなぁ?」

 

「畜生め」 

 

 魔力生命体である悪魔は、魔力の貯蔵量が命の残量そのものだったのだ。

 ならば両者はどうか。方や聖者として清貧に過ごし。方や暴食のままに貪った。なんて皮肉で、なんて残酷。奪ってきた命の量に差があり過ぎたのである。

 

「悪魔は奪うことが宿命よ。見ろ、信仰なんぞで何が得られるものか」

 

 愉快とばかりに喉を鳴らす麻呂は、溜め込んだ魔力量を見せつけるように、手のひらより黒球を連射する。ウィッキーさんが負けじと迎え撃とうとするもので、俺は急いで彼を担いで逃げ回った。

 

「あんまり無茶しないで下さい!」

 

「大丈夫だ司くん。私もまだ数発なら撃てるさ」

 

 襲ってくるのは、初撃と違い野球のボールくらいの大きさ。随分と手頃なサイズだが、壁や床に着弾すると衝撃波を出して破裂しやがる。まるで千本ノックでもされている気分だ。

 

 足場は既に崩落が始まっていて。迂闊に踏むと、そのまま階下に落ちてしまいそう。高笑いする麻呂から不本意ながらに距離を取る。

 

「貴方に死なれたら、アサギリさんに合わせる顔が無い」

 

「……すまない。熱くなった事は認めよう」

 

 幽霊ギャルの名を出すと、ウィッキーさんはそうだねと湿った声で言った。けれど、だからこそ戦わなければと、車輪を回し反撃をする。

 

 やはり魔法戦では分があるようだ。カラスの悪魔が振り回す風槌は、視界の黒球を軒並みに薙ぎ払い、部屋の壁ごと麻呂を吹き飛ばしてしまう。

 

 伊達に枢機卿を務めていなかったというか。彼の魔法の実力は、俺の知る中でも段違いに優れていた。だからこそ、この状況は悔しいはず。

 

「それに、これは君も無関係ではないかも知ない」

 

「何がです?」

 

「座標0の件だよ」

 

 知っているのかウィッキー。やや前のめりになり、一体何なんだと聞く。俺が初めてその単語を聞いたは、ジグルベインの過去を見た時のことだ。

 

 もし牢屋の翁が、浮遊島から投げ捨てたのであれば、このシェンロウ聖国に流れ着いていてもおかしくは無いと思うのだが。

 

「それは別に、聖遺物だけを指す言葉ではない。0の座標に繋がる物のことをそう呼ぶ」

 

(……)

 

 転移には座標が必要らしい。この世界には転移陣というワープ出来る代物まで存在するわけだが、それも必ず入り口と出口でセットになっているという。

 

「つまり、本来は異世界転移というものは不可能なんだ。それは分かるかな?」

 

「異世界に行く為には、異世界の物が必要ってことですもんね」

 

(……待てよ。ならば儂が日本へ飛んだのは、果たして偶然なのか?)

 

 よろしいと頷くウィッキーさん。しかし、時たまに有り得ないソレを可能にしてしまう物が存在するようだ。世界樹同様に、別の世界を繋げてしまうもの。それがこの世に無い、0の座標だと。

 

「するとアサギリさんのスマホも含まれるってことか」

 

「そうなるね」

 

 そこで俺も無関係ではないという話に戻る。聖遺物こと金属髑髏には、どういう訳かメイドインジャパーンの文字が刻まれていたではないか。

 

 つまり聖遺物を転移の媒体にした場合。高確率で奴らは日本へ行ってしまうということだった。絶対に時代が違うけど、まぁ行かせられないよね。

 

 とはいえ、あまりウィッキーさんに無理はさせらない。ならば俺があのカブト虫を倒すしかないのだろう。

 

「そういえばアイツ、どこ行った?」

 

 魔法で吹き飛んだきりの悪魔を、頭を振ってキョロキョロと探す。答えはすぐに判った。足元から生える棘が、腹部を貫いて来たからだ。なるほど下ね。思えば翼は飾りではなく、ちゃんと飛行能力も持っているのである。

 

「無知だな知神の使徒よ。ソチが言うは紛い物の話。我らが求めるは、天使の悲願、始まりの大地に繋がりしアイリスのみぞ。これだから混沌検定を受けていないものは困るおじゃー」

 

「お前、異世界に行きたいのか?」

 

「まさかだ。だが我が魔王が決めたのならば仕方あるまい。偉大なる魔王【混沌】の意志はここに継がれ、成就するのだぁ!」

 

(儂の意思どこー!?)

 

 麻呂が不格好な羽をバサリバサリとはためかせて、俺たちの居る階にまで戻ってくる。

 そんな奴を見ながら、思ったものだ。天使の羽は、高い純度を誇る魔力の結晶。食べたら霊脈が破裂しそうなくらい濃厚です。

 

「ウィッキーさん、魔力なんとかなるかも」

 

「え?」

 

 

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