ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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522 弱き者が紡ぐ糸

 

 

「おい、大丈夫かよツカサ!」

 

「リュカー!」

 

 教皇を無事に逃がした狼少女は、頼もしき増援を引き連れて戻って来てくれた。

 だが、彼女が俺に向かい駆け出すと、頭上で響くゲェープと汚い音。犯人は当然のように魔王の魔力を食べすぎた麻呂なのだが。

 

「「はぁ?」」

 

 その口から黒い閃光が迸るや、地面を抉りながら直線にあるもの全てを消し飛ばしてしまう。舞い上がる埃をパラパラと浴びながら、あまりの衝撃的な光景に二人して間抜けな声が出てしまった。

 

 ここは城のど真ん中。三方を教会に囲まれ、更には城壁にまで覆われていて。けれどゲップが過ぎ去った後には、何も残らず地平が見えるのだ。いやいやいや。ジグルベインの奴、どれだけの魔力を流し込んだんだよ。

 

「破裂したら大変なことになるぞ。もしかして、俺はとんでもないミスをしたんじゃあ……」

 

(これはやっちまいましたなぁ。カカカのカー)

 

「お前じゃい! なに他人事のように言ってやがるんだ!」

 

 麻呂は山のように膨れている。増した自重により、もはや身動きも取れない状況だった。

 これにて勝利を宣言したかったのだけど、目の前にあるものが巨大な爆弾だと知っては青褪める他無い。

 

 俺のせいで国に被害が出るって。最後の天啓が伝えたのは、こういう意味か。

 悪魔に止めを刺しては破裂をするし。かと言って今の奴は闇の魔力を食らい、その重さはとても測り知れない。移動をさせる事さえ困難だろう。これ詰みじゃね。

 

「や、やべぇ。どうしたらいいんだ!?」

 

「司くん、君はまず治療を優先しなさい。後は私が引き受けよう」

 

「ウィッキーさん。その姿は……」

 

 狼狽する俺の前に、ひらりと舞い降りて来たのはカラスの悪魔である。どうしたことか、その背には小さな黒い翼が存在していた。

 

 聞けば、天使の羽根を取り込んだ事で進化をしてしまったらしい。肝心な時に動けず、申し訳ないと頭を下げられてしまう。

 

 それはいいのだが。問題はやはり麻呂だろう。俺は縋るように解決策はあるかと尋ねると、ウィッキーさんは一軒家ほどに膨れ上がった悪魔を見上げながら言った。もう爆発させるしかないねと。

 

「気付かないと思っているのか。お前も羽根を使ったな」

 

「ぐふふ。少しばかり誤算があったものの、これだけの魔力があればモアとて倒せるでおじゃる。取り込む邪魔をするならば即座に自爆をしてやろうぞ。カッカカー」

 

「この野郎っ!?」

 

 麻呂はジグの魔力を抑え込むのに、全ての羽根を消費して意識を保っているようだ。先のプールを染める例えであれば、水を追加し墨を薄めたというところか。

 

 時間を掛けすぎて魔力を吸収されれば、もはや手の終えぬ怪物が生まれてしまう。それは何としても阻止せねばなるまい。

 

 唯一の不幸中の幸いは、まだ時間が残されているということで。先ほどのゲップを見た聖騎士が、慌ててウィッキーさんに指示を求める。

 

「枢機卿、ですよね。猊下より話は聞いております。私めに出来ることがあれば、何なりとお申し付けください」

 

「うむ。助かるよマルルくん。私に考えがあるのだが、最悪に備えて、残るダングス教徒全員を集めて来て欲しい」

 

 その言葉を受けて、浅葱色の髪のお姉さんは渋い顔をして言い淀んだ。首を傾げるウィッキーさんへ、代わりに答えるのがフェヌア教の按摩師ことマオさん。彼は悪魔の襲撃時に最前線で戦い、職員たちを避難させていたらしい。

 

「聖騎士を含め、城に居るダングス教はほぼ全滅しております。それはフェヌア教も同じ。奴は聖職者は皆殺しにし、残る数百の人間から魔力を奪っておるのです。我とて、この筋肉が無ければ危ういところでした」

 

「なんだと……」

 

 衝撃の告白に、今にも涙せんとばかり額を抑えるウィッキーさん。

 戦えるような者はすでに居なかった。俺たちの出会った聖騎士は、本当にギリギリのところで教皇の命を繋いでくれたのだ。そうかと、男は彼から譲り受けた白のマントを強く握りしめる。

 

「ほらお前はまず治して貰えって!」

 

 狼少女は死んじゃうぞと言いながら、俺の足を拾ってきてくれた。

 ウィッキーさんが他の二人に作戦を説明している最中、こちらは聖女ちゃんが治療してくれるらしい。

 

 足を失い、胴体から流血する姿は刺激が強かったか。まるで自分が怪我をしたかのように表情を曇らせるも、次には何か言いながら、もう大丈夫と言わんばかりの笑顔を見せてくれる。言葉が通じ無いのだなと思いつつ、荒む心まで癒してくれるようであった。

 

(む。くっつけようとしている左右の足、逆ではないか?)

 

「うわぁあ、待った待った!?」

 

「ブウジイダ、ブウジイダ」

 

 しかし聖女ちゃんは、怪我が痛くて叫んでいると勘違いしているようだ。やめろ、ドジ子って呼ぶぞ。へい通訳、こっち来てー!

 

「ツカサ、ごめんな。オレ、なんの力にもならなくて……」 

 

「いや、リュカが助けを呼んでくれなかったら、今頃はもう死んでたさ」

 

 流石はマーレ教の神聖術。物があるのも大きいのだろうけれど、足もくっつき完治してしまった。ただ体力まではそうはいかず、地面に寝そべる俺をリュカは膝枕してくれて。

 

 灰褐色の髪の中性的なイケメンが、その顔を近づけ、無力に表情を歪ませる。俺はそっと手を伸ばして、馬鹿めと頭を撫でつけた。

 

 リュカの嗅覚は間違っていなかったのだ。多くの魔力を取り込んだ麻呂の強さは、魔王軍でも幹部クラスの戦力だったことだろう。

 

 それでも、この世は腕力で回っているわけではない。奴を正義と認めてはいけない。

 強さにもいっぱい種類があって。怖いのに仲間の為に駆けつけてくれたこの少女が、弱いはずなんてないではないか。

 

「……うん」

 

 狼少女は、その整った顔をくしゃりと崩し、無理やりに笑ってみせた。そしてお返しとばかり俺の髪を弄びながら言うのだ。いつかはツカサみたいになりたいと。さては俺の言いたいこと伝わってないな。

 

「良いことを言うね、司くん。そうさ、強ければ偉いなど大きな間違いだ。人々は弱くとも、懸命に生きて繋いでいる」

 

 しかし肯定するのはウィッキーさんであった。彼はずっと麻呂に反論をしたかったのだろう。それは宗教も同じだと、頭上の悪魔を睨みつけながら口を開く。

 

「コイツは悪魔と三柱教の在り方が似てると言うが、真逆(まさか)さ。神とは、弱き者の祈り。幻想を共有することで、我々は神を支えているのだ。搾取し、人を踏みつける神など居ない」

 

「カッカカー。良く言うわ。それは救う神が居ないと言うも同義であろう!」

 

「げっ!?」 

 

 麻呂の膨らんだ体の表面が、ウネウネとうねるや、まるでウニにでもなったかのように全身へ棘が生える。

 

 変形があったか。ともすれば皆が串刺しになっていた所だが、伸びた瞬間に、べちゃりと地面に落ちるソレ。やはり重さで動けぬようで、上からはチッと大きな舌打ちが聞こえた。

 

「それで、コイツどうするんですか?」

 

「簡単だよ。言っただろう、爆発させるんだ。ただし、属性を塗り替えてね」

 

 なるほど。重力や質量を司る闇属性だからこそ凶悪な爆弾に化けているわけだが。

 問題はその方法で。ウィッキーさんは自分が悪魔と同化し、内より全ての魔力を光に変換すると言うのだ。

 

 俺は空いた口が塞がらない。だって、それはつまり。

 

「つまり麻呂に憑こうと? バカめ、下級悪魔が調子に乗るな。貴様如き、丸ごと食ろうてやるわ!」

 

「ふっ、外から魔力を消費させてもお前が動ける手助けをするだけだ。ならばこれが一番確実だろう。羽根を取り込んだ時に、すでに同調は終わっているのだよ」

 

 そうは言うが、悪魔が悪魔に憑く。なんとも不穏な発想だ。

 互いに魔力生命体ならば、仮に出来たとして。はたして片方が魔力を使い果たした時に、もう片方は生き延びることが出来るのだろうか。

 

 待って。そう口に出たところで、ウィッキーさんは先を言うなとばかりスッと手を伸ばして俺の言葉を遮る。

 

「私は生涯で、二度も大切な物を貰った。一つは、セージから体を。そしてもう一つは、美咲の付けてくれた、この名前さ。大丈夫、私はなんでも知っている!」

 

 リスクなど全て承知の上と、カラスの悪魔は大見得を切った。

 皆が繋いだ、か細い希望の糸。次は自分の番だと、目が優しく細められるのだ。

 

 

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