ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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523 聞こえたかよ

 

 

 今度は私の番と、爆弾さながらになった麻呂へ歩み寄っていくウィッキーさん。

 本を正せば俺のやらかした事態だ。自分でなんとかすると言いたかったが、他に代案も無く、ただ進む彼の背を眺めていることしか出来なくて。

 

「よろしく頼む」

 

「委細承知。では行きますぞ……ここだ、ほぉあた!」

 

 カラスの悪魔は霧状になるや、フェヌア教の司祭に纏わりつき。やがてラオさんは片腕になろうと些かも衰えぬ豪速の突きを披露した。

 

 霊脈按摩なる妙技を持つ彼。左手の指先は麻呂の横腹にブスリとめり込むと、精密無比なコントロールにより、暴発を避けて悪魔の内にウィッキーさんを送り込む。

 

「ぬぉあぁああ!?」

 

 瞬時上がる悲鳴はウィッキーさんのもの。当然だろう。飛び込んだ先は、麻呂とジグの魔力の境目である。強力な二つのエネルギーに挟まれ、まるで己が擦り潰されるような苦痛を味わっているはずだった。

 

 だが本人曰く、そこが良いとのこと。

 消化に忙しい麻呂が、いま一番活性化している場所こそ、魔王の力を蓄えている部分だからだ。いわば自ら吸収される為に胃袋へと忍び入ったに等しい。

 

「この声。ま、まさか本当に麻呂へ入って来たでおじゃるか? しまった、分からぬ。吸う魔力が多すぎて、羽虫など混入しても分からぬぞ!?」

 

(カカカ。的確な表現ではあるかもな)

 

 作戦の通りに狼狽する声が頭上から響く。流石はウィッキーさん。悪魔の習性や特性は知り尽くしているようだ。

 

 しかし、耳に届くのは業火に炙られるような苦悶の声で。とても聞くに堪えず、俺はそっと視線を地面へと逃がしてしまう。すると手が肩に添えられ、聖騎士があの人を信じなさいと声を掛けてくれた。

 

「君はよくやった。けれど、もう我々だけの問題じゃない。処理を誤ると国に大きな被害を及ぼすだろう」

 

 マルルさんは言葉にはしないけれど、とっくにこの事態と天啓を結び付けているようだ。国の一大事と認識し、だからこそウィッキーさんに任せるべきと諭される。そう簡単に割り切れればいいのだけどね。

 

 基本俺なんて、根暗のウジウジ系。誰かが傷つくのは見たくない。まして自分の代わりなど良心が痛むにもほどがあった。

 

 曖昧な笑みで頷くと、今度は遠慮しがちに袖を引かれ。見れば、聖女ちゃんがそんな時はこうするのだとばかり、地面に膝をつけてお祈りを始める。

 

 なるほど、実に聖職者らしい。人事を尽くして天命を待つというが、結局のところ最後はソレに頼るしかないのだろう。どうかあの優しき悪魔へ祝福を。真似て俺も両手を合わせ。

 

「おい、ツカサ。見ろよ!」

 

「おじゃ!?」

 

 神にも縋る時間を過ごしていると、リュカが声を荒げて頭上を指さす。

 麻呂の腹は、張り詰めた風船のようにパンパンに膨らんでいて、その高さや二階建ての家ほどあるのだが。ちょうど天頂。ヘソのあたりから、巨大な魔法陣が展開したのだ。

 

 歯車を模した独特な術式は誰のものかなど一目で分かる。

 ウィッキーさんは無事に、麻呂との同化に成功したのだろう。お祈り、効くじゃないか。俺は自然、両の拳をグッと握り込んでいた。

 

「危ない危ない。先に羽根を取り込んでいなかったら、あっという間に消化されるところだったよ」

 

「貴様少しでも邪魔をしてみろ。麻呂が魔力を抑え込んでいなけば、この一帯は灰塵と成すのだぞ!」

 

「ああ、せいぜい抑え込んでいてくれ。こっちは勝手に消費するとも。美咲風に言うならば、マジウケルーというやつだな」

 

 煽るウィッキーさんであるが、悪魔はぐぬぬと歯噛みすることしか出来ない。

 なにせ奴が取り込んだのは魔王の魔力。本当に破裂しないようにするので精一杯なのだ。

 

 先ほどは自爆すると脅してきたものだが、プライドの高いアイツが人間に負けを認めるようなことはしないのも読みの通りで。

 

 言う間にもガコンガコンと回転を始める魔法陣。

 選んだのは宣言通りに光魔法か。打上げられていく眩い輝きは、まるで悪魔に憑いていた魂が昇華していくように美しい光景だった。

 

「あっあっ、やめっ止めるでおじゃる! 麻呂の蓄えた魔力が減っていく! あんなに頑張って殺したのに!?」

 

(おお、凄い速さでダイエットしていくのう)

 

 魔力の塊である悪魔にとって、魔法は己を千切り放つようなもの。

 町から城から、大勢から奪ってきた命に等しいエネルギーが、大盤振る舞いにばら撒かれ。風船の空気が抜けていくように萎んでいく麻呂は、溶けていく財産に耐えられず絶叫をする。

 

 同じ悲鳴でもなんて心地の良いことか。

 暴れようにも首くらいしかまともに動かせない麻呂だ。駄々を捏ねるように頭を振っては、カブト虫みたいな角が地面を撫でるだけだった。

 

 やがて無駄な抵抗と諦めたか、自身から放たれていく光の魔法を奴はぼうと眺め言う。

 

「悔しいが認めよう。ソチは悪魔としては失格だが、魔法使いとしては一流よ」

 

「聖遺物を諦め、降参をするのならば命までは奪わない……」

 

「諦めるじゃと、それは異な理屈だ。そもそもにアレは天使の所有物でおじゃる。天使の祖アイリス。悠久の時を超えし彼こそ、全ての始まりなり。故、我が主は最後の天使として責務を果たし、王として楽園へ帰還するのだ。カッカカー!」

 

(……なあお前さん。儂の先祖は、未来の世界の天使型ロボットだった?)

 

「俺に聞くな。なんでお前が知らねえんだよ。それより責務ってなに」

 

(さぁ、だって聞く前に殺しちゃったし……)

 

 生憎だが銀髪の魔王は、天使の事情にまるで興味が無さそうである。

 しかし、麻呂は何故そんな事を口走るのか。まさか本当に諦めたのであろうか。薄気味の悪い挙動に警戒を強めると、奴はズシンと大きな音を立てて寝返りを打つ。

 

「なっ、もう動けるのか!」

 

 だいぶ縮んだとは言え、まだ腹の膨らむ悪魔。立ち上がることまでは出来ないようだが、両手を地に付きなんとか身体を起こしていた。

 

 慌てふためくリュカが抱き着いて来るが、その行動は一応想定の範囲内だ。

 今までの麻呂は、食べ過ぎで動けなかったようなもの。ならば消化が進み、身が軽くなれば再び反撃にも出るだろう。

 

「【硬きは砕かれ】【脆きは千切れ】【薄きは容易く引き裂かれる】【ならば、軟きを束ねて覆え時雨の鎖】破段2章4、封鎖水重縛(ふうさすいじゅうばく)!」

 

 すぐさまに動く聖騎士。宙より激しい雨が降り注ぎ、それが鎖のように繋がっては悪魔を拘束していく。

 

 だが残念かな。浅黄色の髪のお姉さんは血管がはち切れんばかりに魔力を注ぐのだけど奴の力が強すぎるらしい。あと数秒も持たないと音が上がってしまった。

 

 一方で麻呂は憤怒に燃え。絡みつく鎖をブチブチと裂きながら、体が太い触手を伸ばしていた。本体が腹の膨れた球体だけに、さながら蛸の化け物でも見ているかのようだ。

 

「すまない。あと少し、あと少し皆で耐えてくれ!」

 

 ウィッキーさんからまだ時間が掛かると言われ、俺は出番かとコキリと首を鳴らす。

 こうなればもはや忍耐力の勝負。麻呂の魔力が尽きるのが先か、俺たちが死ぬのが先か、だろう。

 

「行くか。ジグ、魔力貸してくれ」

 

(いや、あれは……)

 

「急段、氷剣封刃(サスツルギ)

 

「……っ!?」 

 

 踏み出した矢先、持ち上がった触手は全てが氷の剣に貫かれ、地に縫い付けられた。突然の乱入者に麻呂だけでなく俺たちも驚き、一斉に声の方向へ振りかぶる。

 

 嗚呼、と泣きそうな声を漏らすのは聖女ちゃんだった。城の今にも崩落しそうな廊下に居たのは、先日にジグルベインが斬りつけたダングス教の司教で。確か名はゲオルグと言ったか。

 

 でも聖女ちゃんの声は、生きていてよかった。という意味ではないはずだ。

 なにせ、その男はもう死んでいるからである。顔の半分が無い。胸には大きな穴が開いていて、臓物が犬のリードのように伸びている。むしろ、なんであれが動いているのかと疑問になるほどの死に体だった。

 

「ば、馬鹿な。見覚えがあろうぞ、貴様は聖騎士共と一緒に殺したはず……」

 

「死の間際、友の声を聞いたのだ。ならば死んでなどいられるか。奇跡起こしてなんぼの聖人じゃろがい。なぁ、枢機卿(ウィッキー)!」

 

 それは、お前も奇跡を起こしてみせろと発破をかけているようで。それは、彼を聖人と認めているようで。それは親友へごめんなさいと言っているようで。

 

 悪魔の動きを封じた男は、たったそれだけを言いたかったとばかり、前のめりに倒れ。ぐしゃりと二階から地面へ落下した。

 

 ここまで辿り着いたのは気合になるのだろうか。なるほど、いかにも頑固そうな大した執念。けれど、熱い魂だ。

 

「聞こえたかよ、ウィッキーさん!」

 

「ああ、聞こえた。聞こえたとも!」

 

 思えば、この戦いはカラスの悪魔の復讐劇。もとより、俺も魔王だって出しゃばる幕では無いようで。お前がぶちかませ。友にそう説教をされた男は、声を張り上げて叫ぶ。

 

「君の想いは無駄にしない。急段!」

 

 

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