ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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526 閑話 泡沫夢幻

 

 

 ガシャンガシャンと金属の擦れる重い音。

 スヴァル司教の拳を真正面から受けて、なお泡沫は健在でした。崩れる山を背後に、巻き上がる砂埃の中から一歩一歩こちらに近づいてくる姿は、もはや悪夢のようです。

 

 しかし、無傷でもない。拳のぶつかった胸部装甲は大きく裂けて、鉄仮面も衝撃波にやられたか聖遺物が覗いていました。金属髑髏の貌が合わさり、死体が詰め寄ってくるように見えて。どこか本能的な忌避感を覚えますね。

 

「……どういうことだ?」

 

 そんなモアの姿を見て、イグニスが赤い瞳を見開きました。もう立つ体力も無いのか、ティアに肩を借りる赤髪の少女は、ありえないと眉をしかめて言葉を飲みます。固まるな、説明をしろ。

 

 私からすれば、奴の存在自体が異質なのです。

 見えている鎧の中身は、やはり空っぽで黒い空洞でした。動く鎧。聞いてはいましたけれど、改めて目にしても何も理解が出来ません。

 

 無理やりに納得をするならば、モアが【軍勢】の魔王の配下ということでしょうか。

 古にして最強の魔王は、その名の通りに不死の軍勢を率います。世界の理を塗りつぶし、死すらも拒絶する力であれば、鎧くらいは動くでしょう。

 

「私も、そう思っていたんだよ。モアは軍勢の能力で動いているのだろうと。けれど、違う」

 

「なんで断言出来るのよ?」

 

 肩を貸すティアが胡散臭さそうに言いました。けれどイグニスは、見たことがあるからとキッパリ答えます。なるほど。ルギニアを襲撃した腐竜も、確かに不死の呪いを受けていましたね。

 

「あの能力は、いわば究極の回復魔法。魂を縛ることで、逆説的に肉体の崩壊を防いでいる。私も参考にしたので間違いない」

 

「おいおい。人体に影響ねえんだろうな……」

 

「ご心配なく。さんざんツカサで試したよ」

 

 テメェ。問題しかない思考と行動に、イグニスはみんなから蔑みの視線を集めます。それでも心の強い女は、大事なのはソコじゃないと首を横に振り言いました。死ねよ。

 

「軍勢の力が働いているのは鎧のほうだ。アレはモアの中身を拘束するものでしかない」

 

 推測は当たっているのか、モアの銀の甲冑は散った破片が集まるように復元していきました。いまいち要領を得ない説明ですね。私は正直な話、奴をぶっ殺す方法を知りたくて長話を聞いたのですが。それこそ参考にはなりそうにありません。

 

「……つまり貴女はこう言いたいのね。魂を縛る術が働くのならば、鎧の中身はモアの魂そのものだと」

 

「半分は正解だよスティーリア。ただ、だからこそ理解出来ない。いま漏れ出した魔力は、ジグルベインの、【混沌】の魔王のものだった」

 

 赤髪の女はどういうことだとモアに吠えます。すっかり修復の終わった鎧は、怒るでもなく、嘲るでもなく、静かに声を響かせまて。

 

「そうか、エルツィオーネはアイツの特異点を管理していたのだったな。皮肉なものだろう。今の私は、自分を殺した力に生かされているのさ。だが死ねぬ。仲間はみんな逝ってしまった。どいつもこいつも、お前なら出来る、後は任せた、なんて簡単に言いおって」

 

 悲壮感すら漂う声色に、私は目を細めることしか出来ませんでした。彼は出会ったときより、何一つ嘘を言った事はないのです。

 

 自らの正義を成す為に。背負いし義務に、死ぬことすら拒み続ける。誰が見たか泡沫の夢。もはや現象に成り果てた男は、強固なようで、本当に泡のように儚いのかも知れません。

 

「いいでしょう。貴方の正義も私が背負う。もう、終われ」

 

「それが出来たならば……いいのだがな」

 

 私とモアの足元が弾けたのは、ほぼ同時でした。だと言うのに圧倒的な速度で間合いを踏み潰されます。驚愕ですね。絶界を使っても、まだ身体能力は及ばないようでした。

 

 いえ、こちらの疲労もあるのでしょう。全力を出しているつもりですが、その実、力は本来の7割程度しか発揮出来ていないと感じます。でも、こんな時。彼ならば、ツカサくんならば、こう言うんじゃないかな。

 

「だから、どうした!」

 

 水精や火精の力は確かに強力です。けれど手にしたばかりの、まだ探りながらにある力。

 けれど雷は、私自身が鍛えて研ぎ澄ませてきた刃でした。熟練度が違います。

 

 高速で放たれる攻撃に剣を合わせて迎撃。モアはほうと短く声を漏らし、まるで遊ぶように手数が増えて。私は歯を食いしばりながら更に加速、これも全て切り落としましたとも。

 

「それが本来の力か。年の割には随分と洗練されている。良い師がいるようだな」

 

「私の、偉大な母に鍛えて貰ったからな」

 

 認めるのは、照れ臭さがあり誇らしさがありますね。本人にはまだ言えそうにありませんけれど、今度一緒に食事くらいはしたいものです。あまり意識してこなかった家族というものですが、彼の思いを今さらながらに理解した心地でした。

 

 その為にも、まずは生き延びなければ。来いと聖剣を構えて睨みつければ、なにが可笑しいかクツクツと兜を震わせるモア。笑うな、ぶっ殺すぞ。

 

「勇者に家族か。けれど血の繋がった親ではあるまい。お前は本当の両親の顔も名も知らずに、マーレ教の教会で育った。そうだろう」

 

「……なんで、それを」

 

 私は過去を唐突に暴かれて、呆然としてしまいました。一瞬とは言え致命の隙。ほとほと自分の無能に嫌気がしますね。

 

 とはいえ相手は待ってなどくれないもので。迫りくる甲冑から立て直すべく後退を考えた時でした。ゴイン。モアの持つ盾が、さながら鐘にでもなったかのように鳴り。ど真ん中には足跡が深々と刻まれていました。

 

「私も前に出るけど、いいわよね?」

 

「大歓迎」

 

 そこには、長い髪を結びなおして気合を入れるカノンの姿が。普段は意外や後ろで大人しくしている彼女ですが、司教の奮闘に心騒ぐものがあるのでしょう。疲労など知らぬと意気揚々に構えています。

 

「フィーネ。もうその男は特異点と同等の、闇の精霊とも言える存在だ。終わらせる方法は一つしかないぞ」

 

 マキナの力を使え。イグニスはそう言いました。

 出来ればやっていると文句を言いたいところですが、相殺する秘密も見えましたね。簡単な話、モアという特異点を倒すには出力が全然足りていなかったのでしょう。

 

 私は今度こそ終わらせようと、構える聖剣に魔力を込めていきます。

 霊脈が過負荷で暴れました。骨が軋み、血管が裂けて、肉が灼ける。けれど、足りない。まだ足りない。

 

「モア。貴方には聞きたいことが沢山ある。けれど一つだけ聞くならば、その身体を突き動かす目的でしょう。終わりなき物語とは、なんだ」

 

 太陽の如き輝きを纏う宝石剣を見れば、流石に相手も私の狙いをすぐに勘付くようでした。させるかと飛び出す甲冑は、けれどカノンに道を阻まれて。繰り広げられる脅威の光景。

 

 モアの剣を掌底で弾き、剣筋を逸らしてみせるのです。その背はスヴァルさんの戦いぶりを確かに彷彿させますね。

 

 元からあった基礎。聖地で学びし技術。そこに、心が追い付いて。まるで全ての歯車が噛み合ったかのように、僧侶は聖職者としての高見に登っていました。

 

「安心しろ。時間くらい死に物狂いで稼いでやる。私たちは勇者一行なんだぞ」

 

「悔しながら、その意見にだけは同意なのだわ」

 

 緑の胴着の聖職者が。二刀を構える剣士が。黒の外套をはためかせる魔女が。水精の力を振るう魔法使いが。傷だらけのみんなが、一歩も進ませないと魔王軍幹部に立ち塞がっていて。

 

 ありがとう。頼もしい背に、不覚にも目に涙が溜まり。私は最強の一撃をぶつけるために全身を灼熱の太陽に捧げます。

 

 そして、ああと短い呟き。モアはまるで、懐かしい思い出に浸るような声を出しながら、眩しいものをみたとばかり勇者一行を眺めていました。

 

「詳しくは、その聖剣に聞くといいさ。彼らの遺言を、私如きが語るわけにはいかない。だが、いいか勇者よ、これだけは忘れるな。大いなる力には大いなる責務がある。正義を常にその目で見極めろ!」

 

 語るべきことなど無い。モアは、言語外に私を勇者失格と詰っているようでした。

 ティアの放つ水精の力が甲冑を押し流さんと、濁流を作ります。しかし剣の一本で両断をするのは、どんな剛腕か。

 

 大地を砕き、水の流れを反らしたモアですが。奴は少し低くなったその場所で、右から左へと視線を動かしました。

 

 奴の頭上で多重展開される魔法陣。まるで城でも落とすかの勢いで、砲塔が並べられていたのです。そして火を噴く、火炎槍の雨。

 

「今更その程度の魔法で仕留められると思ったか!」

 

 地形を変えるほどの爆撃を食らいながら、鎧が吠えます。蒸発で生まれた湯煙が、ほんの一瞬視界を遮りますが、剣を振るう風圧だけで、ゴウと勢いに巻き込まれて霧は晴れて。

 

「でしょうね」

 

 モアの目の前には、すでに腰を下げて構えるカノンの姿。放たれる破段の技、象踏(しょうとう)磊崩山(らいほうざん)は盾に防がれながらも、大きく後退させる快挙を見せました。

 

「だから、舐めるな」

 

 その言葉を向けられたのは、頭上から攻撃を仕掛けようとしていたヴァンです。

 奇襲したカノンすら囮にしたのに、それでも三大天の目は欺けないようですね。宙に向け剣を走らせるモアは、緑髪の少年の肩口を斬り裂き。

 

「あー。イグニスめ、相変わらず無茶ぶりばかりしやがってよ」

 

「き、貴様。いま、何を入れた!?」

 

 一体なにが起こったのでしょう。カランと小さな金属音が響いたと思えば、全身甲冑の男はかつてないほどの狼狽を見せました。変わりに、頬を歪に吊り上げる赤髪の女。

 

「でかしたヴァン。なんでも習っておくものだよなぁ。【連結】【陸牢(りくろう)】【山灰(さんはい)】【弾けや火炎】!」

 

「嘘……」

 

 魔法の遠隔発動なんて可能なんですね。

 モアは体内で爆発をし、鎧の関節からボンと火花と煙を噴出しました。同時、僅かに浮く兜に、初めて三大天はたたらを踏みます。

 

 なんて性格の悪い女だ。私は改めてイグニスという女の警戒度を高めました。

 奴は、この場に及び聖遺物の破壊を狙ったのでしょう。それは心理戦でもあり、モアは無事を確認すべく己の兜へ手を伸ばし。

 

「やっと、隙を見せたな!」

 

「!?」

 

 斬られたヴァンは、落ちる前に空中を蹴りつけ剣を突き出します。倒したはずの相手の反撃。これも意識外からの攻撃であり、その刃は首。兜と鎧の間にある伽藍洞の空間へと刺さりました。

 

「後は任せたぜ、カノン」

 

「おっしゃー!!」

 

 少年の剣を狙い、振り上げられる僧侶の脚。テコの原理により倍増された衝撃は、聖遺物の収まる兜をメリメリと鎧から引き剥がして。浮いたが最後、華麗な回し蹴りにより、頭部は蹴球のように弾き飛ばされるのです。

 

 皆の視線が、一斉に私へ集まりました。分かっている。

 胴体だけになったモアへ雷を纏い接近し、極大魔力の収まる聖剣を振りかざします。

 

「デウス」

 

「油断は無かったのだが。ああ、まったく。仲間という奴は、眩しいな」

 

 ソレは顔が無くても喋れるようで。首の無い騎士姿のままで、私にだけ聞こえるほどの小さな声で言いました。

 

「エクス――」

 

「俺は常に正義の為に行動をした。あの聖遺物にしてもそうだ。初代勇者は大魔王を倒してなど居ない。別の世界で、アレはまだ終わらずに存在する。だから」

 

「っマキナーーーー!!!!」

 

「星が滅びる前に、お前が壊せ」

 

 男は、直接に叩き込む聖剣を受け入れるように迎え。そして跡形も無く消滅したのでした。

 

 

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