ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
というわけで今日は遊びに行く。
国葬をしたばかりだし、被害者を思うと大変に心苦しいのだが。それはそれ。今、俺たちには癒しが必要なのである。勇者だってそう言っている。
「よし。今日はもう、美味しいものを沢山食べて、ゆっくり休みましょう!」
「……おー」
金髪の少女は長く握りしめていた筆を投げ出し、ベタリと机に頬を付いて言った。どこか、やけくそ気味な宣言だ。それもまぁ、仕方ないのだろう。結局、礼状の返しを書き終わったのは明け方だったからね。
シェンロウ聖国へはプライベートでの訪問で、社交に全く顔を出さなかったのが不味かった。三大天への勝利祝いに
「これだけあれば、一財産になりそうだよね」
「実際になるさ。この酒なんてご覧よ。容器だけでも価値があるぞ」
(肝心なのは味じゃろ。ちょっと儂に飲ませてみい)
俺が分け終わった大量の贈り物を見て言うと、赤髪の少女は惚れ惚れとした表情で酒瓶を掲げた。ガラスで出来た竜は、そのまま美術館にでも飾れそうなほどに緻密で精巧な作りをしている。一本おいくら万円なんでしょうね。
このレベルの物を貰っては、返しの品とまではいかなくても、感謝くらい伝えなければ失礼というもの。パーティーの誘いなどはバッサリと断ったそうだが、返事を書くだけでも本当に大変であった。
「よく言うぜ。お前は書いてねーだろうが」
「紙や墨の調達に行ったし、夜食だって作ったじゃん」
「まぁまぁ。そこは役割分担なのだわ。とにかく休むのには賛成ね。ひと段落ついたのだし、皆でぱーっと遊びに行きましょう」
「……へぇ、何処に行くんだい?」
白藍髪の少女が大きく伸びをして言うと、思わぬ方向から声がかかり、黄色い真ん丸な瞳をギョッとさせる。いつ入って来たのやら、部屋の扉の前には聖騎士が静かに佇んでいたのだ。
俺はヤバイと唇を噛み込む。ぶっちゃけ、存在を忘れていた。目の下に隈を作り、げっそりとやせ細った頬を見ていると、罪悪感が湧いて視線を合わせられない。
「マ、マルルさん。お仕事の方は片付いたんですか?」
「ああ。昨日の葬儀で山は越えたから、一旦開放してもらえたんだ……けど、もう嫌だよう。うぉおん。うぉおおん!」
浅葱色の髪をしたお姉さんは、よほどに辛い思いをしたのか、もう働きたくないと泣き崩れる。彼女と別れたのは、そう。麻呂を倒した後だった。
悪魔のウィッキーさんが城に残っても話をややこしくするだけだ。俺たちは早々に館へと逃げ帰ったのだけど、マルルさんは脱出が叶わなかったんだよね。だって、生き残った貴重な聖職者だもん。
「しかしマルルくん。書類仕事ならば、持ち帰ってくれば私も手伝えたのだが?」
「はっ、その手があったか!? い、いや。これは我々がこなすべき職務ですので」
聖騎士が毅然とした態度で返せば、カラスの悪魔は少しばかり寂しそうな顔で、そうだねと頷く。彼は書類上では死んだことになった人間。一線は引くべきであるし、いつまでも頼ってはいけないのだろう。
「その……マルルの姉ちゃんも、一緒に行くか?」
狼少女にも置き去りにしたバツの悪さがあったか、慰めるように声をかける。すると待ってましたとばかりに表情を明らめるマルルさん。現金だね。
何処に行くのと話しは戻り。フィーネちゃんがドヤ顔で指に挟んだ紙を振った。
受け取る券に視線を落とした聖騎士は、さながら落雷でも浴びたかのように衝撃が走り慄いている。
「こ、これは……貴族御用達の高級湯屋。それも、施設や食事が無料だと!?」
「贈り物の中に在ったんです。栄養たっぷりの湯は美容にも良く、全身の按摩もあるとか……」
優待券。食品や高価な物もありがたかったが、中でも勇者一行の目を惹いたのがこれ。
何処に行くか悩んでいる所に、割引するから来てね、なんて誘われてしまえば、行くしかないよね。
「他にもいっぱいあります。観光において我が軍は無敵と言っていいでしょう。さぁ、出掛ける準備を」
「ありがとう、ありがとう!」
金髪の少女がキリリと言うと、聖職者は跪いて祈りを捧げた。安い神だなと思ったのだけど、口には出すまい。彼女もきっと、疲れているのだろう。
◆
早速出発をすれば、マルルさんが上機嫌に手綱を握ってくれる。
荷台にはちょっと狭いけれど、皆で乗り込んだ。その皆には、約束通りにアサギリさんも含まれていて。幽霊ギャルは駝鳥が馬車を牽く姿に目を輝かせていた。
(アハハ。鳥に乗るとか、いつ見てもファンタジーだよね。ウケるー)
(儂からすれば、鉄の塊が勝手に動く自動車の方がファンタジーなんじゃが?)
街並みに興奮するならば分かるのだが、シュトラオスに驚くとは想像以上に初心な反応だ。聞けば今まで2回ほど外に出てはいるのだけど、どっちも夜だったのだとか。もしかしなくても館に移った時も含まれているのだろう。
(1回目は、こっちの世界に来た時だよ。なにも無い真っ暗な部屋で。最初は何が起きたのか分からなかった。その内、青い服着たお婆ちゃんが私を見つけてくれたんだよね)
「……聖遺物のあった部屋か。ああ、それでウィッキーさんの手にスマホが渡ったんだ」
一緒に景色を眺め、うんうんと相槌を打ちながら話を聞いた。
揺れる荷台から覗くのは、そこかしこから湯気の立ち昇る町。建物は煉瓦造りでも、色とりどりの豊かな配色で。過ぎ行く雑踏から耳に届くのは異国の言語。
ここは日本とは遠すぎる。アサギリさんが初めての観光で抱いた感情は、哀愁だった。
正直、理解の出来る感情だ。土地勘の無い見知らぬ街に、一人で立つ孤独感というか。違う文化を知るごとに、慣れ親しんだ地元が恋しくなる時もある。
「おいツカサ、着いたぞ」
「分かってる。いま降りるよ」
(えっ、これちょっと凄くない。写真撮りたかった~)
二人でしんみりと異国情緒を味わっていれば、馬車はいつの間にか目的地に着いてしまったらしい。出入口を塞いでいた俺に、ヴァンが早く出ろと背中を押してくる。
そして降りれば、ははぁ。これが温泉とは信じられないような店構えの建物が広がっているではないか。一言で言えば、もう貴族の館だ。大きな門から伸びる石畳は、館の前でロータリーを作り、入口の前まで馬車で乗り付けられてしまう。
「俺たち、風呂入りに来たんだよね?」
「いやぁ。オレこういう場所、初めてだし……」
「いらっしゃいませ、お客様。お名前を頂いてもよろしいでしょうか」
扉の前でたじろぐ勇者一行の前に、すかさずスタッフが出迎えて、予約の確認をしてきた。フィーネちゃんはあからさまにヤバッという顔をする。
そうだね、予約なんてしてるわけないもんね。しかし、恐る恐るに優待券を見せれば、どうぞと通してくれるではないか。強いぞ優待券。
「ごめん。ここまで高級志向だとは思ってなかったよ」
「まぁまぁ、入れたならばいいのだわ」
「むしろ得した気分だ」
驚くことに湯屋というのは本当らしい。中は石造りの内装で、受付の時点でムワリと湯気の湿気を感じた。
二階にはレストランなどもあるとのことだが、せっかくならば、ひとっ風呂浴びるしかあるまい。これには全員同意で、じゃあまた後でと男女に分かれる。
「そうだ。イグニスにスマホ預けとくね。湯気くらいなら大丈夫だと思うけど、水没には気を付けて」
「ああ。彼女の移動範囲は広いから、風呂までは持ってかないことにするよ」
ギャル幽霊の依り代を魔女に預け、俺とヴァンは男湯の方に向かった。文字の読めないリュカが後に続こうとして、アンタはこっちと僧侶に引っ張られていくのが見える。何してるんだか。
そして更衣室でパッパと脱ぎ捨てて、タオル片手に扉を開けばどうだろう。
俺のイメージしていた温泉とはあまりに規模の違う。建物が温泉によって水没したかのような光景が、そこには広がっていた。
「ハハッ、こりゃすげえな」
「どこが温泉かと思ったら、まさか全部かよ」
館内には幾つもの湯があるようだ。そのまま奥にも行けるのだけど、階段を降りて湯に入れば、水路のように伸びる廊下からも移動出来るらしい。俺たちは何処から入ろうかと目移りしながら、最奥を目指し。
「こんなにあると、入るのに迷うわねー」
「美容に効く湯っていうは、どれだろう」
「ああ。それは外にあるみたいなのだわ」
バッタリと出くわす女性陣。キャーと甲高い悲鳴が室内に木霊する。
彼女たちが湯着を着る中、こっちは全裸でブランブランさせていたからね。そうか、ここ混浴なんだ。