ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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53 黒か白か

 

 

 悪意がこの町に居るのではないか。

 イグニスがシャルラさんにそう話を切り出すと、酒で緩んでいた表情はどこへやら。

 幼い子ども顔が、土地を治める者の貌へと切り替わる。

 

「イグニス殿。助言はありがたく受け取ります。事実の確認もしましょう。しかし確証が無ければその先は言ってはいけない。この町の者は皆我が子も同然。ただの噂でそれ以上を口にするのは止めて頂きたいが」

 

 抑えているがシャルラさんから怒りの感情が滲み出る。

 件の獣人は、この領の者からすれば、金策に苦労し薬を買ってた功労者だ。

 実はその者が領への支援を断ち、悪い噂をバラ撒いていたと言われても、はいそうですかと信じる訳にはいかないか。

 

 今日出会った俺達よりも、ずっと信用を得ているのだろう。あるいは信用をしたいのだろう。

 

 幼い外見につい惑わされるが、この人は300年以上の時を生きている。この町で生まれて育った人達を何世代も見守ってきたのだ。愛してきたのだ。よもや町を貶める一因を担っているとは思いたくあるまい。

 

「無論ですシャルラ殿。しょせん我らはただの余所者。何より裁くも裁かざるも領主である貴女の仕事。ご判断はお任せします」

 

 だからまずは話を聞けと、圧に圧を持って魔女が返す。

 いつもならば足を組み背もたれにふんぞり返るイグニスであるが、今日ばかりは背を伸ばし悪態も無い。実に貴族然とした態度である。

 

 こんなに行儀よくできるのならば普段からもう少し心がけて貰いたいものだが、今はまぁ置いておこう。

 

 そして魔女は赤い瞳をチロリとこちらに向けると、顎をクイと動かす。

 言ってやれ。そう言う意味の動作なのは分かる。しかし肝心の内容までは伝わらない。

 え、本当に分からない。なんで目だけで全部伝わると思ってるの、馬鹿なの?

 

 とりあえず、獣人の動きがどれだけ変で、どんな不利益を領に与えたかを伝えてシャルラさんに納得して貰うしかないか。

 

「この首飾りの飾りは吸血鬼の牙なのですが、シャルラさんの物で間違い無いですか?」

 

「おお! なんと買ってくれたのか! そう、私のです! 加工された品は初めてみるけどなかなか格好良く出来てますね」

 

 礼服に着替えたのでポケットにしまっていた首飾りを見せる。

 牙だけを渡した様で、加工されたネックレスに興味津々と身を乗り出すので見やすい様に手渡してあげた。

 

「それを買ったのはサマタイなんです」

 

「なんとサマタイ!!……ってどこ?」

 

 俺もイグニスもズッコケかけた。そうか、領から出ないなら他所の領の町までは分からなくても仕方がない。

 

 何と言ったら伝わるだろうかと考えて、エルツィオーネ領で一番王都に近い町だと伝える。ここからでは山脈があるために王都まで行き峠を越えなければならない町である。それを聞き、シャルラさんの表情が曇る。

 

「なんでわざわざエルツィオーネ領まで……」

 

 そうだろう。その行動は余りにもおかしいのだ。

 物を売ってお金を得るのは分かる。そして物を売りに行くのに王都を選ぶのも分かる。

 

 町にギルドがある以上、余所者は町で店を開けないからだ。影市という裏技や旗の日を待つ方法もあるが、商売をしたいのならば王都だろう。

 

 そしてお金を得たのならば、普通は山なんて越えずに戻るのだ。

 王都で薬の大量注文は確認出来なかった。値段が高いという事も考えられるが、それでも峠を超えてまでサマタイに行く理由は無い。

 

 いや、本当に何故だろう。しばし考えて思いつく。

 

「サマタイの近くには獣人の村があるんですよ。王都でも獣人の夫妻の所に寄ったらしいし、たぶん村に寄ったんじゃないかと」

 

「なるほど、獣人の村が。行く理由は納得出来ます。しかし、この領の噂を流すのと、魔法陣にどう関係が?」

 

 薬はちゃんと買ってきてくれた。破談になって援助が受けられ無かった事で内容を誤解している可能性もある。シャルラさんはそう獣人の弁護に回る。

 

 これではすっかり討論である。もはや本人に確認するのが一番早い気がするのは俺だけだろうか。

 

 しかしなんだ。確かに本人が誤解している可能性もあるのだろうか。

 言われて見れば獣人が直接何かをした訳ではない。薬も届いている。強いて言うならば、薬が遅れたのと他の獣人達に誤解を振りまいているくらいである。

 

 ふむ、と一考していると、イグニスに脇腹をツンと突かれた。あふんと声が出た。

 

「良い線行っている。変わろうか?」

 

 魔女にはこの一件の全貌が見えているのだろうか。別に譲っても構わないのだけれど、そう言われると少しだけ悔しくて。最近役に立っていないのもあり、脇腹を突き返してイグニスを引っ込ませた。

 

 体は大人、頭脳は子供な俺の灰色の脳細胞を見せてあげよう。

 

「手がかりは時間だよ。君が見てきた情報があれば、その獣人が真っ黒だと言うのが良く分かるはずだ」

 

 時間?何のだと腕を組み考え込んで、何もかもだと理解する。

 

「シャルラさん、病気が流行ったのは30日程前、何ですよね?」

 

「ええ。正確にと言われると難しいですが、大体そのくらいです」

 

 そう、自分で言った事だが、良く考えて見れば首飾りをサマタイで買っているのである。

 獣人がこのラルキルド領からサマタイに行くまでに何日掛かるだろうか。俺達が王都からここまでに4日。そのペースで考えれば峠越えを入れて5日くらいだろうか。

 

(ああ、なるほど。儂も分かったわ)

 

 俺とイグニスがサマタイに着いた日から逆算するならば、5日前、俺はまだルギニアの町で軟禁されていた頃である。何が言いたいかと言うと、その時はまだ悪魔が生きているではないか。

 

 そうだ。そうだそうだ。

 盗賊が悪魔の手先だった事を考えても、盗賊を倒してから悪魔が動くまでに7日程の時間があった。

 

 何処で、何をしていた?この町で、悪さをしていたのではないか?

 

「時系列に並べるなら、この町が一番最初の被害者だった」

 

「正解。けれど、もう少し踏み込める。そこから計画を並べてご覧」

 

 突然話が切り替わりポカンとしているシャルラさんだが、ごめん少し待って欲しい。これ多分凄く大事な奴だ。

 

 悪魔は最初にこの町の作物を食べられなくした。そして獣人が薬を買いがてら嘘の噂を広める。

 

 内容はこうだ。領で病気が流行っているのに人間が助けてくれない。貴族のせいで教会も駄目だ。そうして獣人は苦労しているのを見せつける様に首飾りを売る。んー。今一である。これから骨竜復活の流れが良く分からない。

 

 いや、そもそも骨竜は本当に計画の内だったのだろうか。

 魔王の爪痕が消えて魔王城が解放されるのは誰も想定出来ないはずである。

 ラルキルド領がメインだったからこそ、盗賊なんてお粗末な連中を使ったのではないか。

 

 これは、ありである。

 俺達にとっての一番最初の深淵との接触。だから、次のゴブリンハザードとの関連性を探してしまった。

 

 言わば、事件が続いたから連続事件だと勘違いしてしまった訳だ。

 だから飛ばしてゴブリンハザードを考えよう。

 

 鉱山という獣人にとって貴重な資金源が襲われた。俺達がいなかったら、獣人の村も無事だったか分からない。何より、イグニスの説得で貴族が動かなかったら村だけでなく獣人との関係が悪化していただろう。

 

 そこで思う。単語がやけに重複してきた。

 

「ん。敵の狙いが見えてきたよね。そう、獣人。いや異種族かな」

 

「待って欲しい。君達は一体なんの話を?」

 

「「ちょっと黙ってて!」」

 

 獣人が不遇を嘆く中で、更に畳みかける様に襲う獣人の訃報。

 そして、忘れて行けないのが王都レースで何かが運ばれたという話。

 

 たぶん分かりやすいものだ。普通の兵士が見ても、一発で危険だと思うような。

 普段では大手で運べないような何か。 

 

「王都レースで運ばれたのは武器? 獣人を迫害して煽り、反乱させるのが狙い?」

 

「良く出来ました。まず間違いないさ。今まで直接的な手段に出なかったのも納得できる」

 

 あくまで追い込み、獣人に武器を持たせてるのだ。と魔女。

 これにより、正当防衛が成立し、同時に種族としての危機感が増す。やはり獣人とは一緒に暮らせないのだと人間に思い込ませるのだ。

 

「深淵とは、文字通りに深い溝なんだろう。人間と他種族とのね」

 

「盛り上がっているところすまない。これは、そう言う話なのですか?」

 

「ええ。その買い出しに行った獣人は黒。作物を駄目にした相手と繋がっていて、町の為と言いつつせっせと燃料を振りまいていたのですよ」

 

 最後で台詞を取られた!いや、どうでもいいか。

 愕然とするシャルラさんに追い打ちを掛けるようで悪いが、これだけは聞いておかなければなるまい。

 

「シャルラさん。これはあくまでも想像です。こうすれば辻褄が合うという仮定です。だから知っていたら教えてください」

 

 その獣人が黒ならば、必ずどこかで悪魔と接触しているはずなのだ。

 最近領に訪れえた者が居ないか、あるいは、ソイツは領を出た事はないか。

 シャルラさんは質問に、紫の瞳を床に向け、顔を伏せて答えた。

 

「出戻りです。商人になるのだと外に出て、辛くなり戻って来ました。買い出しは外に出た経験があるからと買って出てくれたのですが……」

 

 捻りだす小さな言葉。確定的な情報だが、それ見た事かとは笑えない。

 小さな手が首飾りを握りしめて震えている。その光景だけで心が張り裂けそうだ。

 

 シャルラさんは領を思っての行動なのだと信じていた。

 ところがどうだ。悪い噂を撒くどころではない。流行り病の犯人と密通し、反乱の支度を整えていた。手口から見て、この領を戦いに巻き込む気満々ではないか。

 

 小さな領主は立ち上がり、告げる。

 

「まずは本人に事実確認を。私が黒だと判断ししだい、ラルキルド領領主として裁きましょう」

 

 

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