ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
少しばかり間が悪かったのだろう。
勇者と雪女のもとへ差し入れを運んでみれば、二人はガールズトークの最中だった。足湯で肩を寄せ合い、キャッキャッと男の下半身について盛り上がっているのだ。
「だってツーくんの、これくらいあったじゃない。絶対無理よあんなの」
「そうだね。あれから更にとなると、ゴクリ」
その姿を一言で表すならば、油断としか言えまい。泥パックをしながら猥談に花を咲かす様は、あまりに普段のイメージからかけ離れていて。デリカシーの無いヴァンですら、
一体なんて声をかければいいんだと固まっている。
「やっぱり私は大きさなんて普通でいいから、好きな人と~……っは!?」
足でばしゃばしゃとお湯を蹴っていた白藍髪の少女が、何気なく視線を持ち上げた。
するとバッチリと目が合ってしまい、雪女は白目を剥いて石化する。これでも真面目な清純派で売っていた彼女だ。乙女の大事な何かが死んだのかも知れない。
だが俺はヴァンと違って気遣いの出来る男。
注意すべきは第一声だろう。なるべく傷つけないように、脳みそをぶん回して言葉を選ぶ。
「ティアのあんよは、小さくて可愛いねぇ」
「どういう意味よ!?」
(駄目だコイツ。足湯のことしか考えていない)
俺がグッと親指を立てると、ティアは足を抱え込んで、猫のようにフーと威嚇してくる。
警戒心を高められてしまった。野良猫への餌付けが失敗した心地でしょんぼりとしていれば、遅れて今の無しといわんばかりに手を振るフィーネちゃん。
「いっ、いい一体いつから聞いてたの?」
「ツカサのチンコデカイ、辺りだ」
ヴァンが、どこか切なそうに答えると。勇者は、もう終わりだ。そう言って両手で顔を覆った。憂愁に暮れる少女二人を前にする剣士はガリガリと頭を掻くと、彼らしくぶっきらぼうに言う。
「まぁ今更だろ。こう言っちゃなんだが、俺は別にお前らを綺麗なだけの人間だとは思ってねえよ」
その言葉に、より一層赤くなってプルプルと震えるフィーネちゃん。
けれど、俺はそんな奴の言い分に、確かにと同意をした。これでも共同生活をしているのである。
みんなの寝起きの顔も見ているし、お風呂やトイレが長いのも知っているし。他のだらしない部分だって把握しているのだ。
清濁併せ呑むと言うが。俺たちはもう上辺だけの付き合いではない。
多少汚いところを見せられても、それ以上に大好きだと確信を持って言えて。改めて自分の中での勇者一行という仲間の価値を思い知る。
「ごめんね。話の前に泥を落とさせて欲しいな……」
「ああ、それで顔を隠していたのね」
(お前さんは、この際乙女心も知った方がいいのう)
魔王には分かるってのかよ。
◆
気を取り直して俺とヴァンも足湯に浸かる。
正面の席では泥パックを落としてきた勇者と雪女が、差し入れの果実水をチューチューと吸っていた。
やはり会話の内容がアレだったので、気恥ずかしさが残るようだ。しきりに前髪を触ったりと仕草に落ち着きが無い。けれど血色の良くなったフィーネちゃんの顔を見て、どこか安堵の気持ちが湧いてくる。
「良かった。温泉は楽しめてるみたいだね。最近張りつめていたから、少し心配だったんだよ」
「えっ。し、心配してくれてんだ……」
勝利祝いの返信に、ではない。それは三大天に勝利して戻ってきた時からだった。
モアは、戦いの中でも徹頭徹尾に己の正義を貫こうとしたという。その上で、何度も彼女に勇者としての責任を投げかけてきたそうだ。
金髪の少女は、目を細めて右手を見つめる。
聞けば、死ねないという一念だけで動いていた鎧。一体どれほどの覚悟を持って戦っていたのかと、勇者は己の手で味わった剣の重みを反芻するように握りしめていた。
「私には、最後は自分から刃を受け入れたように見えたの。そんな彼を倒したからには、ちゃんと想いを背負わないとなぁって思って」
「はっ、気にしすぎだろ。しょせんは魔王軍の言うことだぜ」
「でも訳知り顔だったわよね。泡沫のモア。魔王殺しの英雄。彼は生前、どんな人物だったのかしら?」
ティアが、さぞ名のある武人だったのだろうと言うが、俺はそうだねと曖昧に頷くことしか出来なかった。なんと鎧さんは混沌の魔王に挑んで死んだらしいけれど、本人に聞いても、人間なんて殺しすぎて分からないと言いやがるのだ。
(カカカ。儂に挑む奴など山ほどおったからな。唯一の別格はファルスだが、あの男ならば腐っても軍勢には属さんじゃろ)
「まぁ、伝説の勇者ならねぇ」
勇者ファルス。ジグルベインこと混沌の魔王を倒したとされる人物。そして、フィーネちゃんが目指す理想像でもある。だがモアはそんな英雄を愚かな男と嘲笑ったらしい。
終わりなき物語。0の座標。そして勇者。動く鎧が胸に潜めたまま死んだことは数多く、それが最近のフィーネちゃんを悩ませていた理由だった。
「けれど、お陰で指針は得たよ。彼は聖剣に聞けと言った。そうだよね、ダングス教の枢機卿でも知らないことなら、もう精霊王にでも直接聞くしかないよ」
私の始めた精霊巡羅は間違っていなかった。そう確信して顔を上げる少女の顔は、すでに凛々しい勇者そのものだった。俺は眩しいものを見る気持ちになりながら、うんと相槌を打つ。
「へへ。そんな顔しても、頭の中はチンコでいっぱいなんだろ?」
「やめてヴァンくん。それは私にも効くのだわ……」
からかう調子で言う若竹髪の少年。俺はわざわざ避けていたのに、なぜ自ら地雷を踏みに行くのだろうか。男子ってやーねー。
フィーネちゃんは虚無な顔でハハハと空笑うのだが、目元に楽という感情は一切無い。碧の瞳はどんよりと曇り、「……殺すぞ」なんてぼそりと聞こえ。まるで殺意が形を成すように、揺れる金の髪がバチバチと帯電していた。
「……電気」
俺はその様子を見て、頭上にピコーンと電球がついた気分になる。
足湯で寛ぐ美少女たちを見たときから、この光景を撮影したいと。スマホの電源が入らないことが残念で仕方なかったものだ。
けれどバッテリー空であるのならば充電すればいいのではなかろうか。
より激しい戦いに身を投じる仲間たちを、全員が揃っているうちに集合写真が撮りたい。
これは邪な気持ちなど一切無い、心からの本音だった。
「お別れ前になんとかならないかな。出来るなら、みんなの顔を家族にも見せたいや」
(スマホの電源入るの!?)
「おわっ!?」
二人の生足を見ながら思考していれば、呟きが漏れていたか背後から大声で叫ばれる。
アサギリさんには先ほども驚かされたが、幽霊には気配が無いので本当にびっくりするのだ。その点ジグは意外と配慮をしてくれているのだろう。
「いや、まだ可能性の段階だけど。試してみていいかな?」
(勿論だよ。なんならウチからお願いしたいくらだし!)
ギャル幽霊は切迫した声で、スマホの復旧を願い出てきた。俺も現代人だ。利便性は重々承知しているつもりであるが、その上で電波が無いなら、ただの板ではとも思う。これまで充電を考えなかった理由もそこにある。
でも、違うのだとアサギリさんは言う。
彼女が欲しかったのは、異世界に来ていたという思い出では無く、証拠。写真が撮れるのであれば、まさにウィッキーさんの姿を残したいのだと。
(だってウチ、実感が無いの。もし日本に帰れても、この生活が全部夢だったんじゃないかと思うと怖くて!)
「ごめん。俺はまだ、幽霊の辛さを分かっていなかったよ」
今の彼女の体は、恐らく寝たきりの状態のはずで。だからこそ、目が醒めた時に、何も残らない可能性もある。それこそ夢だったと言われれば、否定する材料が何一つとして存在しないのだった。
ウィッキーさんから受けた恩を忘れたく無い。そう悲痛に叫ぶ少女を見て、心動かぬはずもなく。
「うん。みんなで集合写真を撮ろう。足湯で!」