ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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531 やって駄目元

 

 

 二階のラウンジで長椅子に腰掛けていると、口元に食べてごらんとフォークが運ばれてくる。皿に盛られてるのは一口大のフワフワ饅頭。温泉饅頭ならぬ、温泉マンといったところか。

 

 白く柔らかな生地が包むのは、果実の沢山入ったジャムなのだけど、味付けは意外にも塩っぽい。食感こそ熟れた桃のようだが、塩味が仄かな甘みを引き立て、味の奥行がグッと広がっている。

 

「へぇ海桃って言うんだ。これは新味覚だね」

 

「だろう。具だけつまみに欲しいくらいだよ」

 

 隣には魔女が居て、まだ昼前だというのにガパガパと酒を開けていた。貴族御用達の保養施設だけあり、質も種類もイグニスのお眼鏡にかなったらしい。もはや温泉そっちのけで飲み食いを楽しんでいて。

 

 けれど、そんな俺たちをギャル幽霊は何寛いでるねんとばかりに睨め付けてくる。ジトリと向けられる視線には、重ささえも感じるような圧が含まれていた。

 

(スマホを充電してくれるって言ったじゃん。嘘つきー!)

 

 言ったけど、今すぐは無理でしょ。なにせまだ出先で、解決策すら無い状態だ。たとえ魔力で電気が作れたとして、そのままスマホに流せば壊れる事は確実だもんね。

 

「イグニスに頼れないのが痛いよなぁ」

 

「いや、無茶を言いすぎだろ。私はソレがどんなものかも、よく分かっていないんだぞ」

 

(せやな。カカカ)

 

 手元に戻ってきたスマホを弄りながら、ですよねと思わず遠い目をしてしまう。

 そうだ充電しようと思い立った俺は、早速に魔女へ泣きついたのだが。どうしたいと言われて上手く答えを返せなかったのだ。

 

 アサギリさん曰く、充電器はあるらしい。しかし、当然この世界には100Vのコンセントなど無い。そもそも魔法で生み出す電力は、交流なのか直流なのか。考えてみれば一重に電気と言っても、工業規格に合わせなければ適応するはずが無かった。

 

「おっ居た居た。二人で何してるんだ?」

 

「リュカに説明をするのは、難しいな……」 

 

 階段から姿を現したのは狼少女である。体を冷ましに来たようで、熱いと胸元を開きながら棒アイスを咥えていた。いいな。俺も後で食べよ。

 

 灰褐色の髪の少女は、そのまま俺の隣に座り、珍し気にスマホを覗き込もうとしてくる。まだ服から水が滴る状態なので、やめろと遠ざければ、つまらなそうに唇を尖らせていた。

 

「そういえばフィーネから伝言。もう少ししたら昼飯食って、町中を散策しようだってさ」

 

「午後からは他の客も来るみたいだし、丁度いいんじゃないかな」

 

 了解とポンと頭に手を置けば、あっという間に機嫌を直すリュカ。ちょろいぜ。

 結局のところ、温泉は勇者一行の貸し切り状態であった。本来は会員制で予約が必須らしいが、国がごたごたしているせいもあって、キャンセルが相次いだそうだ。

 

 だからこそ招かれたのだろうけれど、お陰でこちらはだいぶゆっくりとすることが出来たと思う。柵越しに下を見下ろせば、湯で温まった体を按摩で揉み解され、気持ちよさそうな声を上げる聖騎士たちの姿が見えた。

 

「むう。もうそんな時間か。お昼ご飯入るかなー」

 

 イグニスは調子を確かめるようにそっと自分の腹を撫でる。そりゃずっと飲んでいれば、食欲も湧かないだろう。むしろ恐ろしいのは、机上には空き瓶が5本も6本もあるのにケロリとしているザル具合だ。

 

「なら俺は最後に一風呂浴びて来ようかな。充電方法をちゃんと考えないと」

 

「ふーん。この前みたいに、魔力を送り込むだけじゃ駄目なのか?」 

 

「そもそも魔力じゃないんだって」

 

 狼少女は、麻呂との戦いを思い出すのだろう。俺がイグニスへ渡そうとしたスマホに、はぁーと念波でも送り込むように手をかざす。

 

 その様子を見たジグルベインが、文明を知らぬ犬だと、大上段から鼻で笑って見せるのだが。

 

(やはり駄犬。そんなんで充電出来れば苦労せんわなぁ)

 

「……いや、ありかも」

 

(出来るのぉ!?)

 

 ぎょっと目を剥く魔王。そうか、彼女が日本に居た時代には、まだ普及していなかった技術かも知れない。定格電圧を作ることばかり考えていたが、思えばワイヤレス充電という方法もあるのだ。

 

 コイルに磁石を近づけると磁界が変化して電気が生まれる。これは発電の基礎だけに、原理だけは中学生でも習うものだった。

 

「誘導起電力。今のスマホには本体に発電する機能が備わっているんだよ」

 

(いやぁワイヤレスは知ってるけど、原理まではちょっと……)

 

 ねっ、とギャル幽霊に視線を向ければ、難しい話は分からぬとばかり顔を逸らされてしまう。大丈夫かこの高校生。

 

 まぁとにかくだ。内部のコイルに磁界を送り込んで、スマホ自体が電気を生み出しているのがワイヤレス充電なわけで。この方法ならば、下手に電気を流して壊す確率は少ないのではないか。

 

(お前さんから久しぶりに知性を感じたわ)

 

「ハハハ。これでも受験生だったんだぜ。この世界じゃ全く役に立たない知識ばかりだけどな」

 

 俺は苦笑いを浮かべながら、お手柄だとリュカを褒めた。狼少女はたぶん何も分かっていないけれど、応と元気に答える。だがその姿に、赤髪の少女が納得いかないとばかり片眉を下げて不平を漏らした。

 

「まるで私が役立たずみたいじゃないかよ。要するに磁界を作り出せばいいんだろ?」

 

 目的が決まれば自分の出番だ。恐らく魔力を直接磁力に変えたのか。先ほど握っていたフォークがピンと手に張り付いていた。

 

 そして魔女は指を伸ばし、静かにスマホへ近づける。

 

 

「あっ……いいよイグニス。そう、その調子で……」

 

「もう。いつまでやらすんだ。早くしてくれ」 

 

「……ねぇ、何してるの?」

 

 背後から聞こえる声は、ヘドロのように重く纏わりついてくるようだった。

 戦士の勘が命の危険を感じ、バッと振り返る。そこには、階段を上る勇者が、瞳孔の開いた眼でこちらを見ていた。

 

 先ほど昼食にすると言っていたし、呼びに来てくれたのだろう。それにしては殺気立つ剣呑な雰囲気を放っている。はて。

 

(言うまいとは思ってたんじゃが。お前さんたちの姿勢がちょっとな)

 

 ジグに指摘されて俺の恰好を見る。腰元に持ったスマホへ、赤髪の少女が懸命に手を上下に振っていた。フィーネちゃんの視点からでは、少々いかがわしい事をしている様に見えなくもないか。

 

「ご、誤解だよ。これはただ充電しているだけだから!」

 

「もう手が疲れた……」

 

 発電にはまず磁界に変化が必要なので、このように上下へ動かさなければないのだ。

 しかもちゃんと内部コイルを狙わなければならず。なにより、それだけ苦労しても発電量が少ないということだろう。

 

 アサギリさんのスマホは充電中のランプが付かないので、充電が成功しているかも分からないまま、イグニスは頑張ってくれていた。

 

「思えば、だから交流使ってるんだよな」

 

「ふーん」

 

 説明をすれば、誤解はあっさりと解けるのだけど。それでも面白くなさそうなフィーネちゃん。何故だか今日は、みんなが機嫌良さそうで悪い日である。

 

(お前さんは、あまり人に頼らんからな。みんな力になりたいと思うとるのよ。勿論儂もじゃ)

 

 魔王に遠慮せずに言ってみろと諭された。結構おねだりはしているつもりなのだが、そういうものだろうか。力を貸してと勇者へお願いすれば、金髪の少女はどんとこいと笑って見せる。

 

「なにすればいいの?」

 

「これは手動じゃ埒が明かん。そうだな、磁界を回せ」

 

 イグニスの指示は奇しくも交流の概念に似たものだった。磁界を動かすために、電気そのものを脈動させようと言うのだ。頷く勇者は「絶界」と呟き、体内に発生する雷の魔力を、身体強化の要領で循環させて。

 

 上手くいっていれば、そろそろ電源くらい入らないだろうか。俺はやって駄目元の気持ちでボタンを押してみる。

 

(あ、あー!!)

 

 聞こえるのは、今にも泣きだしそうなギャル幽霊の声。

 遂にバッテリーは起動する電力に足りたか。ずっと真っ暗だった画面に、林檎のイラストが映し出された。

 

 

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