ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
トイレの帰り道、ふと居間から明かりが漏れている事に気が付いた。
こんな夜更けに、まだ誰か起きているのだろうか。何気なく中を覗き込むと、暖炉の前には、火に当たるイグニスの姿があるのだが。
(さては新手の妖怪か?)
「やめろよ。もう、そうにしか見えないじゃん……」
赤髪の少女は金属のドクロを膝に置き、落ちない落ちないと涙目で汚れを磨いているのだ。名付けるならば、妖怪ドクロ磨き。まさに怪談にでも出てきそうな不気味さであった。
暗闇でこんな生物と遭遇したら、ちびっちゃうよ。俺はトイレに行っておいて良かったと、心から思い。魔女の奇行を扉の隙間からドン引いて眺めていると、ふいにギョロリと絡みつく視線。イグニスはニヤと瞳を歪めて、地獄にでも引き摺り込みそうな声で言う。
「見ぃ~た~な~?」
「……っ!?」
怖いよジグぅ。思わず、ひぃと小さな悲鳴が出てしまった。
するとクスクスと笑いが聞こえ、入りなよと優しい声が届く。とっくに俺の存在など見透かされていたらしい。
降参して部屋に踏み入れば、イグニスは気持ち椅子を横に動かして、暖炉の前を空けてくれる。隣に来て火に当たれと言うのだろう。もう寝るつもりだったのだけど、たまにはいいか。
「いつから気が付いていたの?」
「そりゃあ、この床だからね。足音を立てずにいられるのは、幽霊くらいだろうさ」
(カカカ。言いおるわ)
俺は手頃な椅子を持って、魔女の隣に腰を下ろした。イグニスは見ての通り、聖遺物を磨いているわけだが。そっちは何をと、赤い瞳がチロリと視線で問いかけてくる。
スマホちゃんで遊んでたの。夜更かしの理由を素直に答えれば、ほどほどにねと呆れられてしまい。ほいと手渡されるのは、使い古した鍋のように焦げ付く金属製の骸骨。
「ちょうどいいから聞きたいんだが、君はコレをどう思う?」
「どうって言われてもなぁ」
シェンロウ聖国の秘宝にして聖遺物。日本製など気になる事は多々あるも、現状ではそうとしか言えないだろう。
充電の切れたスマホがただの板だったように、何も語らぬドクロなど置物としての価値しか無いのである。
「正直、スマホは私の想像を遥かに上回る性能だったよ。だから磨いていて思ったんだ。これの真価を理解できるのは、ツカサだけなんじゃないかってさ」
(同じメイドインジャパンだしな)
「いくらなんでも括りが雑すぎる!」
だが、俺はなるほどねと、手の中の金属ドクロを改めてまじまじ眺めた。
機能。即ち、何が出来て、何が出来ないか。それがイグニスには、いや。電子機器に触れた事の無い異世界人には、想像すらも付かないという話だ。
「……俺にも、コレがどれほどのスペックを持っていたのかは分からない。ただ、麻呂は天使の祖って言ってたよ」
浮遊島でもアイリスは天使の姿で伝えられていたらしい。君にも翼があったのかな。俺はなんとなしにドクロを撫でるが、察しの良いイグニスはその一言で、ふむと顎に手を当てて。
「相手は機械だ。子供が生まれるはずがない。つまり天使は意志や目的を継いだと考えるのが自然か」
「怖いほど物分かりがいい」
そう。アイリスこと、この金属ドクロは、恐らく完全に独立した思考を持つ、人工生命体だったのだと思う。
もはや俺の時代より遥か先の技術であるが、妙に確信をするのは、あまりにリアルな人骨のせい。仮にこれが動いていたのであれば、皮膚はもちろん筋肉さえも完璧に人類を再現していたのだろうと伺える。
考古学者は骨から生きた当時を想像出来るというが、この聖遺物も人相が思い浮かびそうなほどに妙な生々しさを持っていた。だからか。俺はつい日本語で、彼にこう語りかけてしまう。
「君はこの世界に、何をしに来たんだい。【アイリス】」
『RRRR……』
「ひょわー!?」
「おい、ツカサ。今度は何をしたんだ!?」
室内に突如鳴り響く電子音に、心臓が破裂するかと思うほど驚いた。
どれくらいかと言えば、手にあった聖遺物を床に放り投げて、イグニスに抱きつくくらい。赤髪の少女も相当面を食らったか、珍しく、ひしと俺の腰にしがみついていて。
やがて俺は、電子音の発生元が骸骨ではない事に気が付いた。
スマホ。トイレに行くからとポケットにねじ込んだソレが、ブルブルと震えているのだ。恐る恐るに取り出せば、画面には非通知での着信が確かに来ている。
「どうしよう、すごく出たくない。なんか呪われそう」
(やかましいわ。早く出んかい!)
発信元は明らかだろう。あの骸骨が語り掛けているに違いない。
ちょうど機能の話をしていたが。思えば未来の日本製品であるならば、音声認識はもとより、ネットや通話などの通信機能を備えていてもおかしくは無かった。
ならば彼はずっと訴えていたのだろうか。
しかしもう喋ることは出来ず、電波という形になったから、誰も受け取ることが出来なかったと。
俺は死者から電話が掛かってきたような薄気味悪さを覚えつつ、ええいと通話に応答した。スマホはノイズまみれの音を出すが、辛うじて言語のようなものも聞き取れる。
『ジ……ジジ……西暦……年、地球の資源は底尽き、人類は……しました。終焉を回避すべく……プロジェクト……ネバーエンディングストーリー……けれど、忘れないで二度目の皆さん。いつか愛しき星に……私はまだ、彼女にただいまを伝えられていない……』
「えっ、ちょっと。アイリス、アイリス? もしもーし!」
通話は一方的にブツリと切れて、いくら呼びかけても二度と反応することは無かった。
おそらくは録音した音声が自動再生されたのか。けれど語る内容に、俺たちはメッセージを聞き終わっても呆然としてしまう。
「人類が、滅びた?」
「そう言ったな。その事実を回避すべく、過去に遡る。なるほど、初代勇者と同じ手口だ」
「違う。違うんだよ、イグニス……」
まさにアイリスを参考にしたのだろうと魔女は頷くが。俺が気付いてしまったのは、もっと別の問題だった。この金属ドクロが短時間とはいえ作動した点である。
見誤っていた。或いは日本製品だからという思い込みか。
聖遺物のエネルギーは、電気ではなく魔力だったのだ。つまり、これは分類上、魔道具に含まれ。人類は遠い未来、化学技術の先にとうとう空想の領域に踏み込むらしい。
「嗚呼、クソ。だから過去に、その産物を送ったのか。自分たちのように、星を滅ぼすなよって。アイリスの居た世界は、俺の暮らしていた日本の、未来の話……」
自分が紛れ者だと思っていたばかりに、背後からグサリと刺された心地だった。
現代人の俺が魔力を扱える。それは言い換えると、地球人でも魔力に適応する証明に他ならないのだ。
金属ドクロに刻まれた、メイドインジャパンの文字が重く圧し掛かる。
二度目の皆とは上手く言ったもの。地球は遥か未来にバッドエンドを迎え、魔力を備えてニューゲームする機会を与えられたらしい。それがこの世界の始まりであり。
「なら天使が帰ろうとしている先も、結局は地球ってわけか。ある意味ジグは目的を果たしたのかな?」
(……どうでもよいよ。それより、もっと大事な単語があったじゃろ)
俺があったかなと眉を寄せていると、床に転がる聖遺物を拾い上げたイグニスが言う。
「終わりなき物語。まさかここでその名を聞くことになるとはね。モアはこの話をどこで知ったのだか」
そうだ。三大天【泡沫】のモアが壊せと言い残したもので。今はフィーネちゃんがその意志を継ぐと宣言した。ならば勇者も無関係では無いのだろうか。
聖遺物の残した遺言は、さながらに天啓の如く。バラバラのように見えたピースが少しづつ補われ、まるで一枚の大きな絵になっていくような感覚を味わった。