ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
二日なんて何をしなくても、あっという間の時間だ。皆で遊んで過ごせば、瞬きのように終わってしまう。という訳で、早くも帰還の当日である。
勇者一行は聖遺物の返還式典も被っているので、館内は朝からドタバタとしていた。
とりわけイグニスは頻りに荷物や格好を気にしていて、もう何度目かの確認を俺にしてくる。
「ツカサ。こんな感じで大丈夫なんだよな。変じゃないよな?」
「……そんなに気合入れなくてもいいんだよ。別にうちは貴族とかじゃないし」
ソファーに座り準備を待つ俺の前で、赤髪の少女はくるりと回って見せた。
髪のセットから初めて、舞踏会にでも出るのかと思うくらいにバッチリ決めた化粧。首元では宝石付きのネックレスがチャラリと揺れて、薔薇の豊な香りが届く。
そんな上品な仕上げに比べると、確かに服の釣り合いは取れていないかもしれない。
なにせ普通のブラウスと膝丈のスカートだ。馬子にも衣装というが、これでは衣装が人に飾られているようである。
「しかしな。君の両親と顔を合わせるわけだろう。やはり第一印象は大事というか……」
(なんじゃコイツ。もう嫁気取りか)
イグニスなりに緊張をしているのだろう。普段は黒づくめの魔女とは思えない反応だった。ちなみに服は一緒に買いに行っていて、今日は俺も下ろし立てを着ている。無難にシャツとジャケットだが、ギリギリ日本でも通用しそうなデザインを選んだよ。
俺の場合は体面というより、手や脚を切り落とされたので、まともな服が少なかっただけなのだけど。
「というか、お前はそんなに手ぶらでいいのか?」
隣で同じく待機するリュカが呆れて言ってきた。こいつはまだ勇者一行ではないので、式典の参加は免れている。なので最後まで見送ってくれるそうだ。
「あまり変なものは持ち込まないほうがいい気がしてね。持って帰るのは宝石だけにしたんだ」
「ふーん。まあ残りはちゃんとオレが預かっておくさ」
俺は持ち物のほとんどを、この世界に置いていく事にした。
旅の荷物を含め、ボコの世話なども、彼女が引き受けてくれることになっている。灰褐色の髪の少女は、ツカサの居場所を守るのだと、鼻息を荒くしていて。なんとも頼もしい限りだった。
「ごめんね、手間取っちゃって。そっちはもう大丈夫?」
「うん。じゃあ行こうか」
そんな会話をして時間を潰していると、居間にゾロゾロと集団が降りてきたので、俺はよいせと腰を上げる。イグニスがなにやら不服そうだが、勇者の準備が終わったならば、流石に諦めて欲しい。
金髪の少女はドレスに鎧を組み合わせた、いつもの式典用の恰好をしている。普段と違うところがあるすれば、鋼に残る生々しい傷痕だろう。
彼女はモアとの戦いの後で補修するのをすっかり忘れていたそうだ。式典慣れした勇者一行が慌てた理由で。朝から「何を着ていてけば……」と大変であった。
「ハハ、戦士の傷だ。いい箔になんだろ」
自分も傷だらけの鎧を纏ながら、ヴァンは呑気に笑っている。
なんというか、今日に至ろうと勇者一行の態度は実にサバサバとしたものだった。
別れの寂しさなど微塵も表さず、あの優しい僧侶でさえ、見て見てと司祭の恰好を見せびらかすほどだ。だからか、狼少女はやや眉を寄せて不快そうに言う。
「お前らはツカサの仲間なんだろ。お別れが寂しく無いのかよ」
「ええ。この子たちの別行動なんて今に始まったことじゃないもの。すぐにまた元気な顔を見れると確信しているわ」
青髪ポニテのお姉さんは、こちらを見ながら目を細める。
俺とイグニスが無言に頷けば、僧侶の言葉に便乗するように、勇者が待っているからねと言ってくれた。絆と信用を強く感じながら、俺はまたねと勇者一行の馬車を見送って。
◆
「しかし、返還式典を利用するとは悪い聖職者が居たものだな。まるで火事場泥棒だぞ」
「仕方あるまい。今の私は正面から大聖堂に入れる身分では無いのだから」
からかい混じりの魔女に、ウィッキーさんが肩をすくめて答える。
カラスの悪魔の恰好は、深い帽子にブカブカなコートと完全に不審者のソレで。人目を気にするのか馬車の中でも縮こまっていた。
勇者の後にすぐ出た俺たちだが、実は目的地は同じ大聖堂だ。城が崩れたというのもあるけれど、聖遺物は元から三教の所有物なのである。返却先としては妥当だろう。
しかし、困ったことに転移の儀式を行うのも、アサギリさんが最初に現れたという聖遺物の保管場所。ウィッキーさんが聖職者であれば問題は無かったのだが。今の彼は葬式も終わり、戸籍すら無い状態だ。
「おい。なんかもう太陽が欠け始めているけど大丈夫なのか?」
(おっ本当じゃ)
「よく見えるな。俺にはまだ眩しいだけだ」
なので、いっそ式典と、この天体ショーを利用する方針にしたらしい。観衆が空に釘付けになっている内に、地下でさっくりと目的を遂げるというのである。うーん、たしかに火事場泥棒の発想。
「問題無い。完全に重なるまでは、まだ時間が掛かるよ」
ウィッキーさんは、手綱を握るリュカへ答えると、ついでだと言って儀式の内容を詳しく説明してくれた。
用意した魔法陣の魔力がピークに達するのは、月が太陽を覆い隠すその瞬間らしい。けれど前後でも魔法陣を起動するだけの余力がある見通しなので、時間的な猶予は割とあるそうだ。
面白いことに転移には時間の概念が含まれないそうで。天啓も過去に向けて発信しているというよりは、受信した先が過去だったという結果になるのだとか。
「つまり媒体は非常に重要なのだよ。今回はスマホを使う。これも座標0だし、美咲の依り代でもあるからね。君たちも帰ってくるのならば、この世界と強い縁を持つ何かが必要だろう」
「ええ。イグニスにも言われたんですけど、たぶんこれ以上無いのがあります」
俺が用意したのはヴァニタスである。妖精界を圧縮して作った凶器は、この世界と深い関わりを持つはずだった。そんなこんなでレクチャーを受けながら、馬車は大聖堂に到着をする。
入口はすでに式に集まった貴族や、見学の民衆でいっぱいである。
以前来た時は警備が厳重であったが、それも祭りごとでは多少手薄だ。人手は貴族の警護に割かれ、敷地内へ入るのは簡単だった。
「……仮補修の後が痛々しいですね」
「倒壊しなかっただけ幸運さ」
どの道、モアに斬られた建物に人は入れられないか。広場に集まる人たちを尻目に、俺たちはこっそりと大聖堂の地下を目指し。
「レマト!」
「……」
警備員に捕まった。ウィッキーさんが不審者すぎたのだろうか。
いや、俺もイグニスも、如何にも市民という恰好だ。教会関係者に見えないのは仕方ないのかもしれない。
どうするんだ、これ。頭を突き合わせて相談していると、ちょうど見慣れた人物が通りすがる。ババ、いや。マーレ教の大司教こと聖女様だ。
(あっお婆ちゃんだ。やっほーお久さー!)
「ヤオヤオ」
お婆ちゃんは微笑むと、鶴の一声という奴で俺たちを中に通してくれるのだが。
聖女は去り際に元気でねと言ったらしい。それは誰に当てた言葉だろう。悪魔は深々と帽子を被り、合わせる顔が無いとばかりに目を伏せていた。
◆
(ねぇウィッキー。お願い、最後に顔を見せて欲しいな)
そして辿り着く、大聖堂の地下最奥の間。
以前来た時は、四方を壁に囲まれた閉鎖空間であったが、今は誰かの魔法により、地上までの大穴が開通している。
物一つ無い白い部屋は、差し込む日により僅かに照らされ。その中で悪魔はグルグルと包帯を解いて、カラスに似た素顔を晒した。
(ありがとうね、ウィッキー。こんな、何も返せない私に良くしてくれて、本当にありがとう!)
アサギリさんは触れられないと分かりながらも、彼に抱き着くように近づく。
せめて、何か感じたいのだろうなと思った。誰にも触れられない、他人の熱を感じない。幽霊は、ただそこにある映像のようにしか存在出来ないから。
「そんな事は無いさ。君が名をくれたお陰で、私は自分の人生を歩み始められたんだ」
いまにも涙しそうなギャル幽霊の頬を、悪魔は壊れ物でも扱うようにそっと撫でる。
瞬間に見開くアサギリさんの黒い瞳。流し込まれる魔力の熱を、彼の体温のように愛おしそうに味わい。互いに今生の別れを告げて。
「うん、どうした?」
「お前らは、ちゃんと帰って来いよ……」
「君はいつの間にか甘えん坊になったな」
「うるせえ。今更格好をつけても、意味ないだろ」
そんな二人に感化されたか、狼少女が俺とイグニスに抱き着いてきた。
仕方のない奴だ、と肩に手を添えて慰める魔女。でも、俺はいやと首を横に振る。
「正直な話、親に会うのはちょっと怖いんだ。だからベルモアでちゃんと気持ちを伝えたリュカを俺は尊敬している」
お前はちゃんと、強くて格好いいよ。ポンと頭を叩くと、灰褐色の髪の少女は、端正な顔をぐしゃぐしゃにして見上げてくるが。「司くん、そろそろ」と静かな声が会話を断ち切った。
天井から差し込む日がスウと消えて、部屋の中が真っ暗になっていく。
地上ではいよいよ、日食が本格的に進行してきたということだろうか。俺は頷き、背面に魔法陣の描かれたスマホを掲げ。魔女が声を張り上げて詠唱を紡ぐ。
「【展開・接続】【星の巡り、宇宙の彼方、それは誰の始めし物語】【永劫をここに。時を組み伏せ、我は不滅不屈の太陽と成る】【そして、変わらず宙を彩る月のような。永遠の輝きを君に】」
「いいぞ。後は起動魔力さえ集まれば!」
俺はイグニスが展開した図形の複雑さに息を飲む。ウィッキーさん謹製の魔法陣が、部屋いっぱいにまで広がって、仄かに発光しているのだ。暗い室内で輝くさまは、まるでプラネタリウムだった。
荘厳な宇宙の息吹すら聞こえてきそうな光景には、悪魔すらも会心の手応えを覚えるようで。だからスマホから不意に放たれる警告音が、全員の心臓をドキリと跳ね上げさせる。
『コード:エラー。コード:エラー』
「な、なんだね!?」
「もしかして、また聖遺物の声を拾ったのか?」
「ぐぬっ。急に魔力の流れが乱れた……外部から干渉されているぞ!」
おいおい、どういうことだ。イグニスは魔法の持続すら困難になり、床に膝をついて息を切らせている。大丈夫かと身を案じるが、同時にまさか儀式は失敗なのかと不安も過り。
「「キャー!?」」
地上から届く大勢の混乱の悲鳴に、失敗どころの騒ぎではないのだと知った。
魔女が背を押し、確認しろと言ってくる。俺は慌てて駆けて、部屋を出た先の大地で空を見てしまう。
「オイオイ。俺たちは何を開けちまったんだ」
言葉が出なかった。宙では太陽と月の軌道がピタリと重なり、まるで世界に穴が開いたかのような景色が広がるのだが。なんと頭上の虚空には本当に大きな穴が出来ているのだ。
そこには、ギョロリとこちらを覗き込むような眼球があった。
次元の奥に、何かいるのか。正体不明の化け物を見て、生理的な恐怖と嫌悪が脊髄を駆け巡る。
やがて目当ての物を見つけたのか。視線が定まるや、目玉が穴からスポンと飛び出したように見えた。正確には違う。穴から伸びたのは、光沢のある巨大な腕だ。なんと瞳は、その掌の真ん中についていたらしい。
相手の姿勢が動いたことで、やっと少し敵の全貌が掴める。
奴を一言で集約するならば、機械仕掛けの神と呼んだところか。頭部の無いロボットは、しかし妙に生物的な生々しさを帯びていて。
まるで失し物を探すように、乱雑に地上をひっくり返そうとした。