ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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536 タイムリミットは30分

 

 

 機神は空間に開いた裂け目から腕を突き入れて、いまにも地上を鷲掴みにしようとしていた。

 

 ビルさえ握れそうな大きな手を先端に、長い巨腕が金属の重々しい光沢を纏う。それはまるで、天空からショベルカーのアームでも生えているかのような光景だ。

 

 皆既日食の生み出す暗黒の空に君臨するのは、世界観を無視した機械的な外見で。巨大さも相まって不気味で異質な存在感を放っている。

 

 奴にとって、この町など子供の砂場のようなサイズだろう。もしあの重機みたいな腕が暴れたら、手の届く範囲は瞬く間に平となってしまうと容易に想像がつく。脳は恐怖と困惑に、身体を動かすことを忘れて立ち尽くしてしまった。

 

「おいどうしたツカサって、なんじゃこりゃー!?」

 

「転移陣が空に。ではこちらの術式が失敗したのは、魔力を横取りされたのか」

 

「そのようだ。しかし、なんだねあの姿は……」

 

 背後にイグニスたちが追い付いたのは間もなくのこと。 

 彼女らなりに分析をするも、流石に頭上から迫る巨大な手には、冷や汗が隠せていない。

 

 とりあえずは勇者と合流しよう。そう言われ、確かに眺めていても状況は好転しないと反省をする。幸いに式場は目と鼻の先。四人で大慌てで移動を開始した。

 

「うぉおい。来てるぞ、来てるぞー!」

 

「知っとるわ。とにかく走れ!」

 

 一方で地上は大混乱かと言えば、案外そうでもなかった。見れば参列者の多くは、先ほどの俺のように逃げることさえ忘れて跪いている。或いは祈っているのだろうか。

 

 アレは頭部が無い代わりに掌に眼球を持ち、高くから地上を見下ろしていた。

 太陽がどこでも見ていると錯覚するように、天に開く瞳には、どこにも逃げられぬと感じる圧があり。絶望の果て、もはや助けてくれと命を乞うことしか出来ないのだ。

 

 しかし相手は機械、慈悲など無い。

 魔導師団がとっくに迎撃を試みるも、撃ちだされる魔法は梨の礫で。巨腕は、蟻など視界に入らぬとばかり、式場を目掛けて一直線に振り下ろされる。

 

「くっこれはまずいぞ……」

 

「キィーエーーーー!!」

 

 だが天に通じる祈りもあった。

 大司教。最も神に近づきし者は、声帯がはち切れんばかりの叫びを響かせて、マーレ教の究極奥義を展開する。

 

 驚愕すべきは領域の広さ。薄水色のバリアーが町全体を覆い尽くしてしまう。

 機神の手はガラスのような膜にビタリと張り付き、行く手を阻まれて忌まわし気に力んだ。それはいかな怪力か、モアの攻撃でもびくともしなかった聖域が、指の形にベコンと歪み。

 

 でも、やった。変形をしたものの、なんとか持ち堪えたようだ。思わず俺もマーレ教に入信したい気持ちになったよね。ババア最高だぜ。

 

(安心するのはまだ早かろう。とても保てん。もってあと数秒が限界じゃろうな)

 

「む、むぅ……」

 

 やはりというか、魔王の宣告通りに聖域は徐々に萎んでいってた。それでも聖女様の生んだ数秒は、まさに値千金の奇跡の時間。

 

 式場に駆け込んだ俺たちは見る。金髪の少女が既に膨大な魔力を、その手中に集めている所を。

 

「デウス、エクス――!」

 

 そう、この場には勇者が居た。

 彼女の腕へ七色の煌めきが宿り、虹でも掴むかのように光剣を構え。振り上げられし希望の刃。世界さえ断つ極限の一撃が、機械の神に放たれる。

 

 思わずヤッホーと叫びたくなるような、豪快にして爽快な光景。

 空に蓋をするように伸びていた巨大な手は、弾かれて再び大きく距離を取る。衝撃は腕を走り、肩まで抜けたようだ。

 

 俺を含め民衆は、砕け散った装甲の破片がパラパラと降り注ぐのをポカンと眺めた。

 相手の被害は甚大。外殻は吹き飛び、中の人工筋肉と骨格とまでが露出して。機能不全でも起こしたか、もはや上空でギシギシと僅かに揺れるだけだった。

 

「うぉおん。フィーネちゃーん、信じてたよー!」

 

(やっば! あんなの倒しちゃうなんて、勇者やっばー!)

 

「えっツカサくん達、なんでまだ居るの!?」

 

「もしかして、この騒ぎって貴方が原因なのかしら……」

 

「テメェは里帰りも静かに出来ないのかよ」

 

 驚きはもっともで、予定通りならば俺たちはすでにこの世界に居ないはずである。

 つまりトラブル。それを知った勇者一行は再会を喜ぶどころか、得心がいったとばかりに詰ってきた。なんて奴らだ。

 

 しかし一概に否定することも出来なくて、俺は気まずさに視線を宙へ彷徨わせた。

 状況を説明してくれるのはウィッキーさん。あくまで推測だがと前置きをしてアレの正体を語る。

 

「とんでもない失敗をしたのは私だ。モアが何故あれほどまでに聖遺物に固執したのか。それはあの化け物に通じると知っていたからなのだろう」

 

 スマホという媒体よりも、余程に強力な縁があったから、転移の座標がそちらに引き寄せられた、と。「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」なんてニーチェの言葉を思い出す。

 

「つまりあの腕の目的は聖遺物。と言うより、頭部という認識でいいのかしら?」

 

「相手は首の無い化け物だ。まともに考えれば、そうなるよな」

 

 雪女の質問に、それならば式場が真っ先に狙われたのも説明が付くとイグニスが答える。

 聖遺物は最初から頭部だけだったので、その身体がどうなったのかなど考えたことも無かったけれど。そりゃあ首から下もあって当然だったと妙に納得をしてしまう。

 

「きゃー!」

 

(なんじゃ?)

 

 だが、そんな呑気なことを考えていられるのも少しの間だった。

 始まりは観衆から上がる一つの悲鳴。それは水面に波紋を生むように広がり、やがて四方八方から逃げ戸惑う声が聞こえてくる。

 

 頭上の機神にはまだ動きが無い。ならば何が起きているんだ。

 原因を探ると、とんでもない事実が見えてきた。破片。フィーネちゃんが損壊さえた片が。今も小刻みに上から降り注ぐ、奴の身体の一部が。獣へと姿を変えて人を襲い始めたのである。

 

「嘘だろ、部品まで生きてるってのか!?」

 

「まずいわね。ここには一般人も沢山いるのよ」

 

「ヴァン、コレ使え!」

 

 素手で戦えるフェヌア教はともかく、式典で武装をしている人間は一部だ。武器を取ってくると駆け出す少年に向けて黒剣を投げ渡す。

 

 私も行くとティアが魔法で参戦していくが、式典は一瞬の内に地獄絵図。まさか破片を落とすのでさえ攻撃だったとは。勇者は機神の第二波に備えて、魔力を貯めながら悪魔に対処の策を求めた。

 

「壊しても敵になって甦るなんて。私達は一体どうしたらいいんですか?」

 

「……月食における干渉魔力は今が頂点。相手もこれを利用しているならば、もう少し耐えれば自然に次元は閉じるだろう」

 

 30分ほど持ち堪えれば勝ち。そう告げられて、フィーネちゃんは頭の中で算盤を弾くか。なるほどと、神妙な顔つきで頷いた。けれどウィッキーさんは、後30分しかないと、表情を曇らせて肩を震わせる。

 

「この機を逃したら、美咲の帰還は間に合わない。静かに薄れて消えていってしまう。クソ、私は、なんて愚かなことを!」

 

(ウィッキー……)

 

 そうか、アサギリさんに次は無いのだ。だからこそ悪魔は、この日のためにずっと計画を練っていたのである。

 

 帰らせてあげたかった。ただただ善意から漏れる慟哭が胸を打ち、俺はどうにかならぬのかと魔女を見た。

 

「方法は……ある。これは賭けだけどね。転移門は今、開いてはいるだろ」

 

 赤髪の少女は目を伏せて言う。座標を持っているならば通じる可能性はあると。

 まさかあの機神の通っているゲートを利用して、日本へ帰還しろなんてね。無茶振りもここに極まりだ。

 

 それでもイグニスは、冗談だとは言ってくれなかった。

 タイムリミットは30分。それまでに何とか上空へ辿り着き、化け物じみた門番が居るなかでタッチダウンを奪い取らないといけないらしい。

 

(カカカ。日本へ帰るのは楽じゃないのう)

 

「本当だよね。浮遊島が可愛らしく見えるよ」 

 

 しかし、ここが踏ん張りどころか。ツカサ・サガミ史上、最大のミッションが開始されようとしていた。

 

 

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