ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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537 助けたいから助けるだけ

 

 

 

「イグニス、後で覚えてろ~!!」

 

「なはは。上でなんか言ってるなぁ」

 

 日食が終われば、アサギリさんが日本へ帰る機会は失われてしまう。それはつまり、実質的に彼女の死を意味した。やらなければ失うだけ。ならば、たとえ賭けだろうと作戦に挑む価値はある。

 

 転移の失敗に、機神の登場と想定外が重なったけれど、困惑をしている間にも時間は過ぎていくもので。俺たちは早速に行動を開始しするのだが、問題はその方法。

 

(うーん。儂、アニメでこんなシーンを見たことがあるような)

 

「ジ●リかな。母さんの好きな作品だし」

 

(それじゃ、もののけのデイダラボッチ!)

 

 俺は馬車の幌に乗り、聖遺物を頭上へ掲げていた。

 やはり相手の目的は金属ドクロか。駝鳥が走り出せば、空の瞳はギョロリと動き、逃がさぬとばかりに腕が追従してくる。

 

 気分はまるで、ヘリコプターに追われる犯罪者になったようだ。

 天空を覆う追跡者の迫力には泣き言しか出てこないね。捕まれば一巻の終わりだと言うのに、自分の身すら囮に出来るとは、俺はまだイグニスの頭の飛び具合を見誤っていたよ。

 

「文句を言うなら代案を上げなさい。ほら、聞いてあげるから言ってみろよ」

 

「無いよ。ちくしょー!」

 

(カカカ。あれば、やらんわな)

 

 課せられたミッションは、日食の終わる30分以内に次元門へ飛び込み、日本へ帰還することだ。問題は、どう次元門に到達するかであった。なにせ出現している場所は遥か上空。とてもではないが、飛んでも跳ねても届きはしない。

 

 一応、この世界にも飛行の手段はあるのだけど、ネックはやはり時間で。残念ながら空馬車というレアアイテムを探している暇は無かった。

 

 そこでだ。賢者の末裔が閃いた、最高に冴えた方法こそ、空から伸びる巨腕を足場にするというもの。

 

 今の機神は小さい穴から手だけを突っ込んでいる状態。ならばピンと腕が真っすぐになる位置へ誘導が出来れば、ゴールまでの直通路に早変わりという見通しである。頼むからもう一度考え直して欲しい。

 

「いや、乱暴だが最善なのかも知れない。アレに街中を狙われては被害が多すぎる。少しでも移動させて、市民が逃げる時間を稼がなければ」

 

「そうかもですけど~!」

 

 俺がヒィーと泣きながらドクロを抱いていれば、隣で腕の動きを観察する悪魔が言った。奴の存在はあまりに未知数。なにか行動を起こされる前に市街から引き離すのは正解だと。

 

 その点については否定しまい。

 宙を追ってくる巨手は、勇者の反撃により傷ついていて、今も動くたびにボロボロと破片が落下している。その部品はどういう訳か、獣に姿を変えて動き出すのだ。

 

 先ほどは式典で人が集まっていただけに、周囲は大混乱。俺たちの馬車が通った後もすでに機獣の列となり、イグニスが荷台から迎撃をしている最中だった。

 

(むっ動いたな。少なくとも知性はあるようじゃ)

 

「っ!? リュカ、前に行ったぞ。回り込まれた!」

 

「……こんなのオレにどうしろってんだよ!」

 

 ボコの手綱を握る狼少女が声を大にして泣き叫ぶ。

 気持ちは良く分かる。上空から掌が降りてきて道を阻んだのだ。その様子は目の前に突如としてビルでも建ったようである。

 

「ちっ、前は完全に塞がれたな。なら脇道はどうだ?」

 

「駄目だ、馬車が通れるような広い道は無え!」

 

 マジかぁ。随分大人しく付いてきたと思ったけれど、どうやら相手もこちらを観察していたらしい。上空から俺たちの走るルートを想定して、逃げ道の無い場所で通せんぼをしやがった。

 

 リュカは慌てて馬車を止めるのだが、時すでに遅し。馬車は小回りが効かないので、U

ターンをする空間も無い。被害を抑えるために大通りを避けたのが仇となったか。

 

「どうしよ、追い詰められたな……」 

 

 巨大な手は地面を擦るように近づいて来た。軽い動きだけで建物が倒壊して、石畳の道がひっくり返されながら波のように押し寄せる。その有り余るパワーはまさに重機を連想してしまう。

 

 見方を変えれば、接近する今こそ飛び移るチャンスではあるのだが。全てを薙ぎ払いながら迫りくる壁を見ては、「コレに?」と理性が拒んだ。

 

「リュカ、このまま進め。私がなんとかする!」

 

「このままって、アレに突っ込めって言うのかよ。お前馬鹿じゃねえの?」

 

「心から同意」

 

 イグニスが勇気付けるように、御者台に座るリュカの肩へと手を添える。

 涙目で馬車を前に出す狼少女は、嫌と暴れる駝鳥を力で捻じ伏せて、無理やりに瓦礫の津波に挑ませた。俺とウィッキーさんは抱き合いながら、顛末を見守り。

 

「【構えるは城壁崩す弩が如く】【番えるは騎士を貫く重長(おもなが)槍を】【放てや、穿ち、焼き払え】」

 

 放たれるのは爆炎槍。目の前で起こる大爆発が視覚も聴覚も奪っていく。

 幌に上に居る俺は、煽る風に振り落とされないように耐えるのがやっとで、その時の様子を把握する事が出来なかった。

 

 どんなトリックを使ったのやら。気づけば機神の手は背後にあって無事にやり過ごしたことを知る。リュカはパチクリと瞬きをし、万歳をして生還を喜んだ。

 

「なるほど。地面を抉って馬車の入る空間を作ったのか。咄嗟によく思いつくものだ」

 

 悪魔が関心した口ぶりでイグニスを褒める。この咄嗟の機転こそ、修羅場を潜ってきた経験値なのだろう。

 

 けれど一つ問題もあり。穴に雪崩れ込んできた土砂で、馬車が埋まってしまった。段差程度であれば、俺が力で押し出すのだけど、掘り出すのは短時間だと無理だな。

 

「しゃーねえな。ツカサとイグニスは、ボコに乗って先にいけよ」

 

 灰褐色の髪の少女は、馬車に早々に見切りをつけて、駝鳥から止め金を外していく。それがいいとリュカの意見に賛成するのはウィッキーさん。

 

 こうも機神に動かれたら乗り移る隙は無い。当初の予定通り、腕が限界まで伸びた姿勢を作るべきだと。

 

「大した援護は出来ないが、露払いくらいは引き受けよう。どうか美咲を頼む」

 

「ここまで来たら、絶対に帰れよツカサ!」

 

 そうしている間にも、地面を撫でていた腕が、獲物を逃したことを知って、掌にある大きな瞳をギョロリと向けてきた。

 

 ついでに俺たちを追いかけていた獣までが合流してきて。行くよ。くいとイグニスが肩を引っ張ってくる。

 

「……うん。二人ともありがとう!」

 

 ボコに跨りながら、俺は感謝を告げた。リュカはこんな状況なのに、ニヘヘと笑い。髪を月光色に染めていく。人狼化。昼なのに何故と思ったけど、月はいままさに頭上に登り、太陽を覆い隠しているではないか。

 

(ふん。リュカめ、最後に勇気を見せたな)

 

「おっ、やっと名前呼んであげるんだ」

 

 狼の遠吠えと魔法の炸裂音を背に聞きながら、もうひと頑張り頼むと愛鳥を走らせる。

 馬車という重りを外したボコは、いよいよに本領を発揮。

 

 地面を蹴りつける都度に加速をし、あっという間に二人の気配を感じなくなった。それでも、空に君臨する機械の腕は、太陽に成り代わったかのように頭上に付いてくる。

 

(ねぇねぇ。なんで、ウィッキーたち置いて行っちゃうの!? 美咲って言ってたけど、もしかして私のせい?)

 

「……いや。あの人がアサギリさんが日本へ帰ることを願ってるんですよ」

 

 そういえば、彼女にはドタバタで事情を伝えられていなかったか。イグニス発案の最高にクールな作戦を説明すると、ギャル幽霊は悲しそうに目を伏せて言ってきた。

 

(ウチなら、大丈夫だよ。そりゃ、時間が経てば消えちゃうのかも知れないけど、この体なら痛みも無いしさ)

 

 どうにも俺たちの無茶に困惑をしているようだ。自分の為に争わないで、などと、まるで悲劇のヒロインじみた発言をする。

 

 そうだね。重いよね。

 勝手に命を懸けられても、怪我でもされたら心が張り裂けそうになるし、受けた恩をどう返せばいいかも分からない。でもさ。

 

「痛くない? 嘘つけよ。心は痛いだろ。自分では何も出来ずに、ただ消えるのを待つだけの日々が、辛くないはずねえよ!」

 

 だから、もう見捨てて。そんな事を言われて、俺は怒っていた。

 突然ぶつけられた感情の熱量に、ビクリと肩を震わすアサギリさん。ごめんね。その台詞は、ジグルベインを諦めろと言っているのと同じなんだよ。

 

 そう。実のところ、俺は同じ日本人という以上に、彼女とジグを重ね合わせているのだ。

 魔王の嘆きを知るからこそ、誰よりも共感し、救われて欲しいと願っている。

 

「気にしなくていいよ。俺たちは、助けたいから助けるだけだ」

 

(……でもウチ、みんなに貰ってばかりで。自分が情けなくって、ほんと嫌)

 

「簡単だよ。ちゃんと助かって、明日笑っていてくれれば、それでいい」

 

 きっとウィッキーさんも同じ気持ちのはずだから。俺は振り返ることもなく、無情に二人を引き離していく。

 

 街中であればシュトラオスの走行性能は破格だ。馬と違い二足歩行故に、小回りが利き、細道だろうと階段だろうと走破する。

 

 機神はあれからも何度とこちらを追い込もうとしたが、ボコの足とイグニスの魔法によりなんとか全てを躱しきり。そろそろ奴の腕の長さも限界か。数キロに及ぶ逃亡劇に終わりが見えてきた頃。

 

(あれ……は)

 

「――オイオイ。オイオイ、ふざけんじゃねぇぞ。だって、それは!!」

 

 これは、もう先に進むなという警告だろう。

 空の手はビュンと魔力を飛ばして、光線が山を薙ぐ。遠くに見えていた山の輪郭が、さながらに消しゴムでも当てたかのように風景から消失した。

 

 俺もイグニスも唖然としてしまうが、理由は何も、威力や破壊の規模にではない。

 何度も彼女の傍で、その勇気と偉業を見守ってきたのだから、俺たちが見間違るはずもなく。

 

 デウスエクスマキナ。勇者の象徴たる、極彩色の輝きが、そこにあったのだ。

 

 

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