ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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 機神の手より放たれるは絶望の光。皮肉にも勇者の象徴たる極彩色の魔力が、俺たち勇者一行の幕を閉じるべく降り注ぐ。

 

 デウスエクスマキナ。それは終焉の名であり、勝利を約束するご都合主義で。その眩しき輝きの威力を知るからこそ、誰もがもう駄目だと本気で諦めた。はずだった。

 

「これしきで絶望とは笑わせる」 

 

 ならば、コレはなんだ。まだ終わりではないと、極光に抗う光の柱があった。

 勇者にしか扱えぬはずの聖剣を。しかし鎧の男は、握りしめるや頭上に構える。一連の動作は淀みなく流麗で、まるで扱い慣れているかのよう。

 

 そして彼に呼応するが如く、剣は透明な刀身に太陽の如きに煌きを灯し。

 現所有者のフィーネちゃんにすら見せたことのない反応に、まるで刃が再会の喜びに打ち震えているのだと感じる。

 

デウスエクスマキナ(神々よ明日に震えろ)――ラグナロク(次はお前だ)!!」

 

「あ、貴方は……まさか……」

 

 閃光の後には、忌まわしき手眼は消し飛び、機神の肘から先が消失をしているではないか。まさに神々への反逆。絶望という暗雲に差す一筋の光明で。力なく地面へ座る金髪の少女が、目に涙を蓄えながら喉を震わせた。

 

「運が良かったな。クエント・デ・アダスの刀身は、勇者の全力にも耐えうると同時に膨大な魔力の貯蔵を可能にする。溜めた量によっては御覧の通り、時にマキナさえ凌駕するだろう」

 

 俺はその言葉を聞き、初めて聖剣を見つけた時のことを思い出す。

 ラウトゥーラの森の奥底を、太陽のように照らし続けた一本の剣。それどころか、周囲を環境汚染するほどに力を垂れ流していても、その貯蔵は尽きることが無かったのだ。

 

 フィーネちゃんは溜めるばかりで使ってこなかった。マキナを撃つ毎にチャージされていたのであれば、今の威力にも頷けるか。いや、大事なのはソコじゃない。

 

(よもや、本当にファルスだと言うのか!?)

 

 かつての宿敵を前にし、ジグルベインが顎でも脱臼したのかと思うくらいに大口を開いている。ここまでの間抜け顔を見るのは初めて。でもないが、相当な衝撃があったのは間違いないのだろう。

 

 そうだ。もはや、ここに至っては、その正体を隠しようもあるまい。

 聖剣の本来の担い手。混沌の魔王を倒したとされる男。勇者フィーネ・エントエンデが目指した背中。伝説は、彼から始まった。

 

「あの“ファルス”なんですよね。私はずっと、ずっと貴方の伝説を追いかけていたのに、なんで魔王軍なんかに!」

 

「生憎とそんな奴は知らんね。もはや私は、ただの残滓さ」

 

 見ればその手足は、すでに靄となり霧散しかけているではないか。俺たちの視線を受け、彼は蹴り飛ばされた兜に魔力の搾りかすが残っていたのだと自嘲する。

 

 その言葉にふむと頷くカラスの悪魔は。己の翼を引き千切って施しをした。魔力は悪魔にとって命そのものだ。鎧の男は身体の崩壊が止まるも、困惑を隠せない。

 

「……良いのか。これでも私は三大天。魔王軍の大幹部だぞ?」

 

「これでも私は聖職者でね。誰にでも、一度くらいは機会を与えるのだよ。この場に駆け付けたという事は、君もまだ終われぬのだろう」

 

「まさか悪魔に助けられる日が来るとはな」

 

 鎧の男は律儀にお礼を言いながら、ならばとフィーネちゃんへ視線を落とす。

 彼は金髪に少女に向かい、手を差し伸べるでもなく、ただ一言。見ろと遠くを指で示した。

 

 つられ指の先へと目を向ければ、機神の腕は失った部位から、血のように黒い染みをボタボタと町へ垂れ流している。はて、前に壊したときは血など出なかったはずだが。

 

「いや、よく見ろ。中に何か居る!」

 

「本当に眼がいいな、お前」

 

 狼少女が逆毛を立てて警戒をするもので、視力を強化して目を細めた。

 そうすれば確かに、神の血をシャワーでも浴びるように受け止めている存在が見える。

 

 アレは、フィーネちゃんから飛び出したシャボン玉だろうか。

 半透明な人型が赤黒い滝により姿を浮き彫りにしていて。眺めているとギョロリと開いた瞳と目が合ってしまう。それは有り得ないことだった。

 

「なっ……眼がある。もしかして、肉体を創っているのか!?」

 

「ああ、駄目だ。さっぱり理解が追い付かねえ。俺たちゃ、さっきから何と戦ってるんだよ」

 

 ヴァンがぼやくのも無理はない。突然現れた巨大ロボというだけでも十分なのに、その正体は大魔王で、勇者の力の源泉だったなんて、情報量で圧殺されそうだね。

 

 機神の破片は獣として暴れたけれど、まさか大魔王は生命でも司っているのか。血を浴びる人型は、まるで時でも逆戻すかのように、肉や臓器を獲得していき。そして、ついには。

 

「FAーーRCE--!!」

 

「吠え……た」

 

 勇者はその正体を視線で鎧に問う。彼の口から出た言葉はシンプルで、だからこそ、どうしようもなく残酷だった。

 

「つまり、アレが次の勇者ということだな。私も君も、アレの入れ物として、創られたに過ぎない」

 

「あの時の言葉は、私に両親が居ないというのは、そういう意味だったのですね……」

 

 碧の瞳からは、ボロボロと涙が零れ落ちていく。のだけど、ハハハと空笑う虚無の笑顔。

 その悲痛な表情には、こちらの目まで霞んでしまう。馬鹿野郎、君はいま、泣いていいんだ。

 

 力を奪われ、人生を否定され、愛無く地上に生み落ちたと知り。それでも強がる理由が何処にある。気づけばカノンさんが、ティアが。凍てつく心を少しでも温めようと、失意のどん底に居る少女を抱きしめていた。

 

「ちょっとアンタねぇ。伝説の勇者だかなんだか知らないけど、少しは言い方ってもんがあるでしょ!」

 

「優しいな。だが結果は変わらんよ。これは受け止めねばならぬ事実だ」

 

 僧侶に責められるも、鎧の男はフルフルと兜を横に揺らす。

 デウスエクスマキナの力は、大魔王がこの世界に干渉するために送り込みし手先。その力の根源は神聖どころか、対極の邪悪にあるのだと。

 

「人類が勘違いをするのも無理はない。アレの役目は秩序の維持。世界の理を塗り替える魔王に対抗すべく送り込まれているのだから」

 

(はん。特異点を破壊出来るなど、都合の良い力だとは思うとったが……)

 

 なんて言うこと。勇者に求められた役割は、奇しくも大魔王と人間で一緒だったのか。

 しかし本質はまったく違う。俺はフィーネちゃんが霊脈を焼き焦がしながらも、人々の笑顔にために剣を振るってきたと知っているんだ。気づけば血が出るほどに、拳を強く握りしめていた。

 

「だがね」

 

 男は否定形で話を区切り。俺たちに、もう一度アレを見ろと言ってくる。そして問いかけるのだ。あんなものが勇者に見えるかと。見えるはずが無い。全員の声が重なると、鎧は満足気に頷いて。その通りと宣言する。

 

「ならば勇者とはなんぞや。力か。称号か。否――勇者とは生き様だ。正義を理由に行動し、胸を張って完遂しろ。悲劇の幕を下ろすのだろう!」

 

 誰よりも勇者であれ。伝説の男は少女に向かい、聖剣を差し出した。

 先代からの正式な譲渡に、金髪の少女は目を見開くも、受け取ろうと伸ばす手は震え、躊躇いが見える。

 

「私に、その剣を握る資格があるのでしょうか……」 

 

「それは、違うよフィーネ。たぶん、君だからあるんだ。この男も、勇者ファルスもきっと、力を奪われていたはずだから」

 

 魔女の言葉に全員がハッとした。思えば聖剣の能力は、まさに失った勇者の力を補うためのようなもの。ならば彼は、この局面さえ乗り越えて、自力で勇者としての伝説を築き上げたというのか。

 

「流石はジグの認めた男だね」

 

(いいえ、儂はそんな男を認めません。死んでください)

 

 あまりの偉大さと眩しさに、なんて男と戦っていたのだと感じてしまう。

 けれどフィーネ・エントエンデは勝ってしまったから。彼の想いごと、バトンを受け取るように聖剣を握り締め。泣きながらも立ち上がる。

 

「重い……重いよぉ!」

 

 力の責任ではなく、己の胸に燃える正義の為に剣を取る少女。伝説はここに継承され、真の勇者への道を彼女は歩み征く。

 

 

 

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