ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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546 君の道を

 

 

 式典は長引くかと思ったものの、機神の騒ぎの後ではパーティーを開く元気も無いらしい。予定は省略され、日が沈む前には解散して帰路につくことが出来た。

 

 住み始めてからまだ短いけれど、この館はすっかり帰る場所になっているようだ。玄関を潜った途端に、一日の疲れが押し寄せて来る。また帰ってくる事になるとは、と感慨を覚えつつ、居間では皆が各々の定位置に腰かけた。

 

 俺は窓辺にある大きなソファーの左端がお気に入りで。隣には魔女が太々しい態度で足を組む。ちなみリュカとティアは聖騎士を連れて買い出し中である。流石に今日のご飯当番は無理との事で、料理をテイクアウトしてくるらしい。お店開いていればいいけれど。

 

「そうか……。美咲は日本へ帰れたんだね」

 

「はい。ちゃんと見届けましたよ」

 

「ありがとう」

 

 一足早く帰還していた悪魔は、顛末を聞いてクチバチから長い長い溜息を零した。どれだけアサギリさんの身を案じていたかが伝わってくるようだ。

 

 安心して全身の力が抜けたか。椅子の上で液体にでもなったかのように、だらりと垂れるウィッキーさん。その姿が微笑ましくて、思わず頬が吊り上がってしまう。

 

 彼は、俺の事を気にして中々にギャル幽霊の行方を切り出せず。「あの……その……」と告白に踏み出せない乙女のようだった。なので、こちらから彼女の無事を伝えれば、この有り様である。

 

「ところで、モア……いえ、ファルス様は?」

 

 俺の話が終われば、フィーネちゃんは待っていましたとばかりに悪魔へ問いかけた。式典の帰り道から、ずっと気持ちが浮ついていたので、再び会うのを楽しみにしていたのだろう。

 

 勇者ファルスは数知れぬ武勇伝を持つ男。彼へ憧れて冒険に出た少女にとっては、まさに絵物語から飛び出してきた英雄である。金髪の少女は返事をワクワクと待ち侘びて、傍では珍しくヴァンまでもが聞き耳を立てていた。

 

「ああ、伝言があるよ。四大精霊の加護を得たら、また会おうとのことだ」

 

「えっ……それだけ?」

 

「アホか。他にも言うことあんだろ!」

 

 しかしカラスの悪魔が発した言葉は非情。肩を落とす勇者に代わり、若竹髪の少年が声を荒げて怒る。そうだね。勇者や機神のことなど、聞きたい話はいっぱいあったな。

 

 俺たちが如何にも不満な顔を見せると、ウィッキーさんはフムと顎を撫でまわしながら思案をし。けれど、それが言葉になる前に、玄関から「ただいま!」と元気いっぱいな声が聞こえてきた。

 

 どたばたと慌ただしく廊下を駆けて居間に飛び込んでくる狼少女。両手に抱える荷物から、香ばしい匂いが届いて食欲を刺激する。

 

「あらー、いっぱい買って来たわね。結構値段張ったんじゃない?」

 

「へへへ。お祝いだって言うから奮発したぜ」

 

 扉に近かったカノンさんが料理を受け取り、包みを解いて早速に食卓へ並べていった。

 雪女は勇者御免状の発行を祝し、身内でプチパーティーを開くつもりらしい。まさかのサプライズに俺たちも大興奮だ。

 

 こんがりと焼かれた鳥の丸焼き等が皿に置かれると、飲むなら今かと、イグニスはモア討伐のお礼に頂いた高級酒を取り出す。いいね。俺もグラスや食器の用意をするか。

 

「喜んでくれたようで嬉しいのだわ。どれも出来立てだから、冷めないうちに頂いちゃいましょう」

 

 追って部屋に入ってくるティアとマルルさん。なんとスープもあるようで、鍋ごと抱えていた。もう料理人を連れてきた方が早かったのでは。イグニスが呆れながら言うと、聖騎士が自慢げにちっちと指を振る。

 

 なんでも有名店を梯子して、夢の最強オードブルを作り上げたそうだ。勇者一行の名をフル活用しているね。けれど、そんな話を聞いて蒼褪める金髪の少女。高かったでしょうと、料理の代金をティアに握らせようとして。

 

「馬鹿ね、貴女のお祝いでしょ。それに、払ってくれたのはリュカちゃんだから」

 

「おう、オレの奢りだから気にすんな!」

 

 気のいい台詞にゴチですと沸く皆。しかし、俺は馬鹿なと慄いた。奴がそんな金を持っているはずが無い。なにせ冒険者ギルドの労働で食い繋ぐ貧乏人なのだから。

 

 ならば答えは一つ。やりやがったなと灰褐色の髪の中性的な少女を睨むと。リュカはまるでどこかの性悪女のようにニタリと笑う。

 

「だって好きに使っていいって言われたもんねー」 

 

(カカカ! これはしてやられたのう)

 

 俺は金貨を含め、所持品を全てリュカに預けているのだ。そのまま返すのは悔しいとでも思ったか、手にあるうちに大盤振る舞いをしやがった。ちくしょう。実質、俺の奢りじゃん。

 

 せめていっぱい食べてやるぜ。肉を切り分ける僧侶に向かい、親鳥に餌をねだる雛のように皿を向けた。

 

 

「かーキッツイな。これなんのお酒?」

 

「石酒と言うそうだ。樽で寝かせる時に魔石を入れて、属性を抽出しているそうだよ」

 

(ほほう)

 

 魔女は「美味し」と舌鼓を打つが、竜の瓶に入った酒は、喉に炎の熱さを感じるようなゲテモノであった。あれ取れ、これ取れ。食卓ではマナーもお構いなしに料理が宙を行き交って、楽しく賑やかに食事が続く。

 

「ちょっとヴァン、アンタは野菜も食べなさいよ。こっちの煮物とか美味しいわよ」

 

「お前はたまに母ちゃんみたいなこと言うよな。こんな時くらい好きなもの食わせろ」

 

「あはは。カノンがお母さんってなんか分かるー」

 

 フィーネちゃんもお酒が入り緩んできたようだ。普段からつい頼ってしまうとこぼし、ウチは酷かったんだよと。あまり語らない幼少時代の思い出を喋りだす。

 

「昔、いつも通り山籠もりをしていた時ね。親と逸れた子犬を見つけたことがあったの」

 

「そんな日常的に山籠もりしてたんだ……」

 

 入りから重いな。そしてフィーネちゃんは、可愛そうだから飼えないかとアルスさんのもとへ連れ帰ったらしい。動物の話にへぇと興味深々なティアだが、その隣の少年は、犬など飼っていたかと眉を寄せる。

 

「そしたら、どうした思う。あの女、私の目の前で捌きやがったんだから!」

 

「…………えっ!?」

 

 飼うという発想の無い剣鬼は、フィーネちゃんが獲物を取ってきたと勘違いしたらしい。えらい、よくやったと褒められながら、昼飯に変えられたのだとか。

 

 可哀そうすぎる。あの人が嫌われる一端を垣間見て、げんなりしていると。話す本人は怒りを思い出したか、八つ当たりのように肉塊にフォークを突き立てて齧り付く。ああ、俺の食べようと思っていた肉が……。

 

「でも、旅の中だとその経験が生きているのだと気が付かされたの。剣でしか語れない不器用な人だけど、私はちゃんと愛されていたと理解した。今度会ったら、偶には食事にでも誘いたいな」

 

 勇者は、碧い瞳で俺を見て。親に会いたいという気持ちがやっと分かったと心情を吐露する。そしてお伺いを立てるように、次の目的地の話を切り出した。

 

 ランデレシア王国への帰還。勇者の力が失われた事と、それでも御免状を得た事を国王に報告しようと考えているそうだ。俺に聞くのは抜け駆けするようなバツの悪さでもあるのか。もちろん構わないと、二つ返事で首を縦に振る。

 

 ランデレシアか。色んなことがあったから、出たのが随分と昔のように思えた。

 イグニスの両親や吸血鬼、お世話になった人の顔を思い浮かべていると、いいねと魔女も賛同を示す。

 

「私も、親に報告したい事があったところだ」

 

 赤髪の少女は無意識か、酒に濡れる唇を指でなぞり。そんな様子に雪女は珍しこともあるものだと、黄色い瞳をまん丸にしていた。

 

「もしかして、もう酔っているのかしら。残念だけど、私たちはクリアム公国に向かうべきなのだわ」

 

 シュバールの勇者同盟を忘れたか。そう言われ、俺たちは間抜けに「あ」と顎を開く。

 魔王軍の侵攻に備え、勇者の旗の元に集った同盟がある。その人たちは魔大陸に接するクリアム公国に集っているわけで。

 

 なるほど。距離的にも、まず説明に行かなければならないのはそちらだね。

 

「まぁランデレシアには魔大陸に入る前に寄りたいと思っているだけだから……」

 

 しょうがないね。金髪の少女は目に見えて落胆をしていた。そんなフィーネちゃんに声を掛けるのは、今まで黙々と食事を進めていた悪魔である。

 

 普段、質素な食事をしているせいか。マルルさん共々に感激をしながら味わっていたようだ。若干に照れがあるようで、ゴホンと咳払いをしてからクチバシを開く。

 

「実は、私もモアと一緒に魔大陸へ行くことにしたんだ。アレにアイリスが関わっているのであれば、聖職者として見出せる答えもあるのではと思ってね」

 

「あー。アイリス教ってマーレ教の前身なんでしたっけ。なら、確かにウィッキー様以上に詳しい人はいないでしょうね」

 

 悪魔の決断に、青髪ポニテのお姉さんは唸った。

 俺たちとは別の切り口で、世界の真実を調べようというのだ。これほど頼もしい事は無いだろう。もう教会に戻れない彼だが、ファルスとの出会いにより、新たな使命を見つけ出したようである。

 

 思えば、金属ドクロが聖遺物として祀られているのは宗教的に深い関わりがあるからだ。その存在を調べることで、機神の手掛かりが得られるかもという意見には、目が覚める思いだった。

 

「それで、先ほどの話に戻るのだが。私は彼が多くを語らない理由が少し分かる。答えというのは、知るだけは意味が無いものだ。過程こそが大事な時もあるものだよ。あの男は冒険の果てに、君の答えを出して欲しいのではないかな」

 

「私の、答え……」

 

  フィーネちゃんは聖剣を手にし、精霊の力を借りて。まるで彼の伝説をなぞる様に行動をしてきた。しかし彼女が大魔王に挑むのであれば、追いかけるどころか、追い越さなければならないのである。

 

「そうさ。同じである必要は無い。もう想いを受け取ったのであれば、君は君の道を行けばいい」

 

 遠い旅路に祝福がありますように。そう祈る聖職者を見て思う。

 親から子へ。または先輩から後輩へ、受け継がれる意志や願い。それはまるで、血族だ。

 火竜を燃やせと400年も脈々と困った炎を燃やし続ける一族がいるように、想いは信仰となり育っていくのだろう。

 

 そして俺の目には、いつの日かフィーネ伝説を築く少女の姿が確かに見えて。

 

(ふむ。儂の意思も、お前さんが継いでくれるのじゃろうか?)

 

「……内容次第かなぁ」

 

(世界征服が夢だったんじゃあ)

 

 継ぐか、魔王この野郎。

 兎にも角にも、次の行き先はクリアム公国。いよいよに魔大陸への上陸が見えて来て。俺たちは今のささやかな平穏を楽しんだ。

 

 

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