ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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548 幕間 朝霧美咲1

 

 

「……痛った!?」

 

 起きた直後に感じたのは痛み。

 ベッドを囲む白いカーテンが照明の光を拡散して、まるでフラッシュでもたかれた様に、目へと強い刺激が訪れた。

 

 そっか。あっち(異世界)では意識があったけれど、その間、日本にある体はずっと寝たきりだったんだもんね。久しぶりに開いた瞼はとても重たくて、眼の焦点も中々にあってくれない。ぼんやりと光に包まれながら、嗚呼と大きな息を吐く。

 

「はは――マジうける」

 

 痛み。それは霊体だと感じることの無かったもの。

 だからか。体を動かすと走る、普段ならば泣いてしまいそうな感覚すらも愛おしい。

 

 果たして自分はどの様な状況にあるのだろう。口元はマスクのような人工呼吸器が覆い、左腕には点滴の針まで刺さっている。もしかしなくても、結構重症だったりする?

 

 だけど、手を握りこめば感じる体の感触と温度。胸からは弱々しくも、確かに脈動する鼓動を感じて。ウチ、生きてるんだなって。皆のおかげで日本へ帰って来れたんだなって、喜びは自然と涙になって零れ出た。

 

「朝霧さん、入りますよー。あっ。め、目が醒めたんですね! すぐに先生をお呼びしますから!」

 

 

「どこか痛むところや、意識の混濁はありませんか? ご自分のお名前や、生年月日などは言えますか?」

 

「…………」

 

 そのうち白衣を着た男性が現れて、軽い健康診断の後に現状を教えてくれた。

 通学途中の事故で車に轢かれ、意識不明のまま病院に搬送されたそうだ。体中が痛いのは当然で、擦り傷や切り傷から始まり、大腿骨など数か所の骨折もあったらしい。

 

 余談だけど、あの日は全国的に交通事故が多かったのだとか。

 日本の上空へ突如に現れた謎の発光現象は、隕石の落下など様々な憶測が飛び交うも、未だ原因は解明されていないと聞く。

 

 ただ。正直なところ、先生の話はあまり耳に入って来なかった。

 別にウチが馬鹿なだけじゃない。意識を失っていた期間は2週間ほどだと聞いて、頭の中が真っ白になっちゃったんだよね。

 

 どう考えても辻褄が合わないの。サガミン……相模司という男の子と出会ってからだって、その位の日にちは経っているし。あの世界で、ウィッキーと過ごした日々は半年以上あったはず。

 

 まるで逆浦島太郎じゃん。もしかして、全部ただの夢だったんじゃないかって思うと、震えが止まらなかった。

 

「そんなの、そんなの……嫌だよ!」

 

 取りあえずは両親を呼んでくれるという流れになり、ウチはベッドに一人取り残される。

 手は何気なく枕横にあるスマホに伸びるのだけど、電源を入れるのが恐ろしい。

 

 異世界に行っていた証拠はココにあるはずなんだ。こんな時の為に、サガミンは充電をする方法を考えてくれて。沢山の写真(思い出)をメモリに残してくれたはずだった。まさに神にも縋る気持ちで、目を瞑りながらボタンを押した。

 

「お願い、あって!」

 

 電波が繋がったからか、ウチのスマホは今まで受信出来なかったメッセージを大量に通知した。親や友達、バイト先から、鳴り止まない程の履歴が雪崩れ込んで来る。

 

 みんな、こんなに心配してくれてたんだ。胸に沸く感謝の気持ちに、再びジワリと目頭が熱くなるのが分かった。けれど、指が真っ先に求めたのは、あの世界の記憶で。

 

 まずはホッと一安心。ギャラリーにはウィッキーやサガミンを始め、勇者一行と呼ばれる少年少女たちの姿がズラリと並んでいる。良かった、嘘じゃなかったんだ。もう二度と訪れない大切な時間は、画面にキスしたくなってしまう程に愛しかった。

 

「あれ……何、これ?」

 

 けれど、その先頭には見知らぬ動画ファイルが存在していた。いつ撮ったのだろう。サムネには白いマントを付けたカラスの恩人が見えて。飛びつくように再生をしてしまう。

 

 「司くん、こんな感じの恰好でいいのかね?」なんて、少し硬いけどウチの良く知る声が流れる。

 

『うえーいアサギリさん見てるー? いまからぁ、アサギリさんの大切なウィッキーさんと~動画初体験しちゃいまーす。ねぇ本当にこれでいいの、ジグ?』

 

『なんで君まで疑問形なのだね。えっ、もう始まっているのかい……ゴホン。美咲、君がこの動画?を見る時、私は既に同じ世界には居ない事だろう。で、いいのだよね?』

 

『いいよ、いいよ~!』

 

「はは、最初からグダグダじゃんよー」

 

 何してるのさ、二人とも。いかにも動画を撮り慣れない少年は、頑張って進行を務めようとするのだけど、ぎこちなさから緊張が伝わってくるようだ。

 

 それでも、ウチの為を思って撮ってくれたんだね。形に残したいという言葉を忘れず、大事な人の声や仕草まで、記録をしてくれたんだね。泣かせるの上手かよ。画面、見えないじゃん。

 

『私としては、美咲がちゃんと帰ってくれたならば、それ以上言う事は無いのだけど。別に恩義などは感じないで欲しい。君の明るさに救われたんだ。ウィッキーと名付け、呼んでくれたからこそ、一人の人間として歩み出せたとすら思っている。むしろ感謝をしているよ』

 

「……無理だよ。絶対にこっちの感謝が上なんだから」 

 

 彼は幽霊だったウチの存在を隠す為に、町の外れまで引っ越してくれて。遠くのお城へ通うため、朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくる日々を続けていた。

 

 それなのに、どっさりと仕事を持って帰ってくる人だった。当然のように私生活は壊滅的。食事も睡眠もおざなりにする、典型的な仕事人間で。

 

「でも会話だけは忘れずにしてくれたよね」

 

 訳わからない環境に放り込まれて塞ぎ込むウチに、異国の言葉で、けれど優しく根気強く語り続けてくれた。不器用にミサキと名前を呼んでくれた日の事は、生涯忘れません。

 

 ウチと意思の疎通を図るためだけに日本語を覚えてくれて。くだらない話をいつもいつも真面目に聞いてくれて。同じ日本人の捜索や、帰る方法まで用意してくれたのに。もう感謝を伝える方法も無いなんて。

 

 ありがとう。ありがとう。ありがとう。

 悪魔だなんて関係ない。貴方は、間違いなく私のヒーローでした。

 

『願わくば、長く健康で居て欲しい。そして良く食べて、良く学びなさい。ダングス教は学問と知恵を重んじる。君の学び知ったことが、誰かの助けになるならば。それは素晴らしい事だと思うな』

 

「うん――うん。ウチ、これからは勉強も頑張るから。ウィッキーも、元気でね」

 

『それでは美咲、さようなら。陰ながら、これからの君の人生がテンアゲな事を祈ってるよ。ブイブイ!』

 

『ふふ、だめだ腹痛え。……ウィッキーさん、今だから言いますけど、実はその日本語は一般的ではありません』

 

『マジで!?』

 

 個室で良かったと思う。ウチはふへへと不細工に笑いながら、ボロボロと泣き崩れてしまう。同時に、やらなければいけない道が示された気分だった。

 

 そうだね、ウィッキー。あの世界で知った事を、教えてあげなければならない人が居る。

 今も子供を探している相模夫妻に、一刻でも早くサガミンの事を伝えなきゃね。それが彼との、もう一人の恩人との約束だもん。

 

 この体ではいつ退院出来るかも分からない。病院での通話はマナー違反と知りつつ、袖口で涙を拭い、早速に相模司くんの携帯へと電話を掛けた。

 

 お願い出て、と祈り。

 

『もしもし、田中ですけど~』

 

「あっごめんなさい。間違えましたー……あの野郎、登録した番号間違えてるじゃんよー!」

 

 自分の番号に電話をかける機会は少ないから仕方ないのだろうか。それでもなくても、サガミンは異世界で長く生活してるもんね。心で懸命にフォローを入れながら、滾る怒りを押さえつける。

 

 でなければスマホを壁に投げつけてしまいそうだった。

 こうなったら、もう自分の足で直接行くしかないか。暫くして病室に心配した様子で飛び込んでくる両親に、ウチが掛けた第一声はこうだ。

 

「お願い、早く退院させて! 今日させて!」

 

「ええっ!?」

 

 

 

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