ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
流石に意識不明から戻って即日の退院とはいかなかった。
異次元空間は時間すら捻れているようで、地球では僅かな時間しか経っていなかった訳だけど。たった二週間。されど二週間。
ずっと寝たきりで、栄養を点滴と流動食で補っていた体は、想像以上に弱っていたらしい。最初のうちはベッドの上で体を起こすだけでも辛かったんだよね。
「うんにゃ~~!!」
「1、2。1、2。毎日凄いわね美咲ちゃん。何か運動やってたの?」
「へへ。ウチ、水泳部だったんすよね。こう見えて以外と筋肉あるんっす」
まして左の太ももは手術をする程の大怪我だった。普通に歩るけるようになるまで、結構な時間がかかるらしい。水着を着たら手術痕見えちゃいそうだし。こういう時、一瞬で怪我の治る魔法が本気で羨ましい。
今は部屋をリハビリ棟に移して、食事を少しずつ固形物に慣らしていき。毎日必死に汗をかきながら体力を取り戻している最中だ。
辛くはない。と言えば嘘になるけれど。霊体での何も感じない虚無さを知っている身からすれば、疲労さえも味わいがある。
息が切れて、火照る体から噴き出す汗。窓から吹き込む風が肌を撫でいくと心地良く。梅雨明けの、初夏の入り口の匂いを感じとった。今年も暑くなりそうかな。
「うぃ~っす。美咲、元気か~?」
「はぁ? バカかよ。元気じゃないから入院してるんですけどぉ」
「そっか、ごめん。じゃあせっかく買ってきたマ●ク、食べられないね……」
「食うし。お前は帰っていいけど、マ●クは置いてけよ!」
「うわひっど。美咲は私たちよりマ●クの方が大事なんだ!?」
「当然だよね」
「「www」」
意識を取り戻してからというもの、友人や部活の先輩後輩が引っ切り無しにお見舞いへと来てくれる。おかげで、ウチのベッドは小物やお菓子で埋め尽くされているし、足のギプスにも沢山の落書きが施されていた。
繰り広げられるのは、どこか懐かしい生産性の無い会話。
ただ同じ空間で過ごすだけで、とても楽しくて。馬鹿どもからダラダラと身の回りの人間模様を聞きつつ。紙袋から宝石を扱うように取り出すのは、薄っぺらい、しなしなのハンバーガー。
コレだよコレ。実は頼み込んで買ってきて貰ったの。
異世界だとサガミン達が目の前で美味しそうに料理を食べるのを、ずっと指を加えて眺めていたんだよね。ジャンクフードに齧り付きながら、今ばかりは少年に優越感を覚えてしまう。いいだろー、マ●クだぜー。
「長かったな。やっと明日で退院か……」
これでやっと……焼肉が食べられる。いや、お寿司もいいな。違うか。
◆
さて。目が醒めてから10日以上経ってしまったけれど、退院後初めての外出である。半年ぶりに見る地元の景色に懐かしさを覚えながら歩くが、如何せんまだ松葉杖の扱いにも慣れないもので。
強い日差しに照らされながら歩くのは、はっきり言って拷問のように辛い。
目指すのはウチが事故に遭った現場。通学路だからって舐めていたものの、意外や距離があったようだ。
「はぁはぁ……暑い、痛い、辛い、しんどいぃ~」
泣き言を言いながら、何度も何度も休憩を挟みながら。不思議にそれでも一度も引き返そうとは思わなかった。それはきっと。彼の冒険譚を聞いていたからなのかも知れない。
あの少年は、ランデレシアという国からシュバールという国へ渡り、大森林を超えて、海を跨いでシェンロウ国へ来たという。なんてスケールの大きな冒険。それでも日本へ帰って来れなかったサガミンに代わり、今度はウチが進まないといけないのである。
「確か、この辺りで……」
そこは、家から電車を一駅分乗って着く場所だった。通学路の途中にある、なんの変哲も無い普通の市街地。事故の形跡は綺麗に片付けられていて、すっかり閑静な日常へと戻っているようだ。
問題はここから。誰かさんが電話番号を間違えるというミスをしでかしてくれたお陰で、相模家を足を使って探さないといけない。
聞いた話だと、事故現場の近くのはずだよね。それからウチは一軒一軒、表札を確認して練り歩く事になって。
「さがみ~。どこだ、さがみ~! ……あった~!」
ばっと顔を上げて目に入るのは、ガレージ付きの一軒家。別段大きくも小さくも無い、二階建てのお家だった。表札に書かかれる名前を何度も確認するけど、そこには間違いなく相模とある。
すでに汗でビッショリなウチは、制汗スプレーを振りまき、ささっと前髪を整え。スーハーと大きく深呼吸をした。
ぶっちゃけ、滅茶苦茶に緊張をしている。
サガミンは両親に宜しくと気軽に言ってくれたけれど、「お宅の息子さんは異世界で元気にやってます」なんて伝えたら、頭のおかしい奴と通報をされても仕方ない。というか、ウチならするね。
けれど、それが事実なのだから困ったものだ。ウィッキー、勇気を頂戴。お守り代わりに着てきた白のカーディガンを握りしめて、恐る恐るにインターホンへと指を伸ばした。
「はい、相模ですけど。……なんの御用でしょうか?」
「あっ、えっと。私、朝霧と言います。相模司くんの事でお話があるんですけど、お家間違ってないですよね?」
「貴女、司を知っているの!?」
出たのは女性の声だった。反応があまりに早くて、少しを面を食らってしまう。だって、まるで。誰かが帰ってくるのを、ずっと待機して待っていたかのようだったから。
やがて玄関から姿を現す二人の男女は、視線からも「ギャルが司とどんな関係が?」と困惑がビシビシ伝わってきた。それでも男性は松葉杖を突くウチを見ると、立ち話もなんだと言って、低い物腰で家へと招いてくれて。
思わず、ははぁと感心の声が出てしまう。
お父さんは雰囲気が、お母さんは外見が、とてもサガミンと似ていた。これが遺伝子かと血の繋がりを確かに実感する。
「それで。朝霧さんは、司とは一体どんな関係なんですか?」
「はい。実は異世界でお会いまして。お二人によろしくと……」
「ふざけないで頂戴!」
「ぴえん」
リビングでお茶とお菓子を出された時は、わりかし友好的な雰囲気だったのだけど。いざサガミンの事を告げれば、想像の2倍以上の剣幕でキレられた。
帰れと怒鳴るお母さんにヤバミを感じていると、まぁまぁと宥めてくれるのはお父さん。
「ごめんね。妻は今、その手の冗談を聞ける状況じゃなくて……」
「は、はぁ。冗談じゃ、無いんだけどな」
見れば女性は、目の下に化粧でも隠せない隈を作り、頬もこけている。何より、爪を噛む癖でもあるのか、全ての指がボロボロであった。
なんでも、お母さんは趣味で漫画を描いていて、そこそこにフォロワーが居るそうだ。
けれど仕事用のアカウントで、息子が行方不明と呟いてさぁ大変。異世界転生でもしたのだろうと、死を揶揄するような誹謗中傷が沢山来たそうな。
俗にいう、炎上。なんでそんな事をと、ネットリテラシーを疑ってしまう。
「あの日は、全国的にも交通事故が多かったそうだからね。何処かで巻き込まれていやしないかと考えると、不安だったんだろう……」
「あっ……」
まさに事故に巻き込まれた自分である。その日に行方不明になった身内を、心配していないはずがなかった。目の前でボロボロと泣き崩れる母親を見て、切り口を完全に間違えた事を知る。
この人達にとっては、まだ一か月も経たない出来事なのだ。
きっと不在を知ってから近場を探し。警察に届けを出して。今か今かと帰りを待ち続けるも知らせは無く。頭に死が過り始める、悲しみのどん底の時期で。
ならウチはまず、安心をさせてあげないといけなかったんだね。
「急に異世界とか言われても信じられないとは思うんですけど、嘘じゃないんです。これ、見てください!」
『うえーいアサギリさん見てるー?』
「……ツカ……サ? ああ見て貴方、ツカサだわ!」
「うん、うん。前髪を染めてるけど、たしかにあの子だ」
虎の子の動画ちゃんである。顔ばかりか、声も入っていれば疑いようも無いだろう。良いのか悪いのか、一緒に映るのは鳥頭をした最高に格好いい悪魔で、ファンタジー要素もバッチリでしょ。
どうせならば、ご両親へのビデオも撮ってあげてよと思うのだけど。その憤りはきっと見当違いなんだよね。予定では、一緒に日本へ帰ってくるはずだったんだから。
「朝霧さん。あの子は、あの子は、元気でやっているんですか!?」
サガミンのお母さんが顔を手で覆い隠し、泣き崩れながら言った。私がプレッシャーを与えすぎていたのかと思ったと。出て行ったのは、自分のせいなのだと思っていたと。
「わ゛だじがぁ。外に出て見ろな゛ん゛て、言ったがらぁ~~」
「ええぇ……」
どういう意味かと困惑をしていれば、相模司という少年はウチが思っていたよりもガチの引き籠りだったらしい。
他人の視線に怯えていた彼の活動範囲は家の中だけで、3年もの間、玄関から一歩も外に出る事は無かったようだ。それでも、なんとか克服して貰いたい親心か。お母さんは、天気の良い日には散歩を促していたようで。
「あの日も、朝食を食べた司に散歩へ行けと言ったらしい。そして気付いたら、あの子は本当に部屋から消えていて……」
「そんな~~!」
なんて言う間の悪さ。それで心を病んだと聞いて、ウチの目からも涙が零れ落ちる。
せめてと、撮り溜めた写真を見て貰うのだけど、ご両親は相模司を弱い子だと思っているらしく、見知らぬ土地で生きていけるのかと、心の底から心配をしていて。
サガミン、貴方はやっぱり帰ってくるべきだったよ。こんなにも子供を思うのだもの。直に会って欲しかったし、会わせてあげたかった。
「きっと大丈夫です。一緒に居た時間は短いけど、私が見た彼は――」
だから私の知るツカサ・サガミの話をする。
視線などとうに克服をし、人類未踏すら踏破した逞しい男の話を。ちょっぴり間抜けで、だけど優しい命の恩人の今を。
勇者一行として活動して、仲の良い友人達に囲まれていますよ。スマホの画面は、ちょうど皆で撮った集合写真を表示して。そこには笑顔でピースをする黒髪の少年が居た。
「良かった。良がっだぁ~~!!」