ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「姫、お客様が御出になりました」
「どうぞ、お通しになって」
「はいー」
執事が間の抜けた声で扉を開く。来たか。私は爪を磨いていたヤスリを執務机に置いて、ニコリと訪問者へ微笑みを向けた。
やぁ、と気さくな挨拶をしてくるのは、猫のようにフワフワな毛をした茶髪の青年。
こちらの文化に合わせて礼服を纏うも、腕や首にはこれ見よがしに貴金属が身に着けられていて、やや目に痛い。
これがランデレシアの人間であれば、成金めと鼻で笑うのだけど。もはや文化の違いと受け入れるしかないのだろう。
気持ちは分からないでもない。雨に追われ草原を放浪していた彼らは、財産を身につけなければ、家が流されあっという間に一文無しになりえたからだ。
そして目の前の男は、まさにシュバール国が草原の民を代表する人物。時代が変われど、歴史を背負うかのように風習を貫いている。
「ようこそ、新王様。わざわざ足を運ばずとも、御用とあればいつでもお城を訪問致しましたのに」
「ディオンでいいよ。今日ただ、いつぞやの約束を果たしに来ただけさ」
「あらあら」
私はそう言って窓際の執務机から中央の客席へと移動しつつ、笑みを深めた。
商業区の建設の話であれば、もはや立場が違う。彼が動くのであれば国主導の事業として、むしろ正式に段を踏んで進めるべきなのだ。
なのにお忍びで大使館を訪れる。その意味は、手紙にも残したくない話があるからだと邪推するしかあるまい。
どうぞと着席を薦めれば、読みは当たりだと言うように、新王は側近を入り口に待機させて、単身で部屋に入って来た。
モルドが視線を投げかけてくるもので、雑に手を払う。執事たちは茶の用意だけをして一人残らず退出していく。のだが。途中、何も無いのにすっ転ぶドジな女中が居て。筆頭執事はまたお前かと頭を抱えていた。
「これで満足かしら?」
「ああ。気を遣わせてすまないね、レオーネ王女……」
ディオンは長椅子に腰を下ろすも、何処か落ち着き無く内装に視線を泳がせていた。
別に私室ではないから構わないのだけどね。毒見を兼ねて先にお茶を頂くと、その様子をジッと見つめる彼は言う。
「君はこの先、シュバール国はどうなると思う?」
「更に大きく発展していくと思いますわよ。なにせ雨に濡れていた大地が乾けば、地下資源の豊富な土地が増えるのです。単純ながらに、これ以上の利は無いでしょう」
言葉にはしないが、人類の歴史など土地や資源の奪い合いと言ってもいい。そこにポンと豊かな地面が出てくるのであれば、国の面積が増えたと同義だ。
ドワーフの技術、エルフの知恵、人間の数。シュバールを支えてきた屋台骨がありながら、これで落ち込む政策をするならば、それは王が無能なのだと断言しよう。
私は素直に事実を並べて褒め称えるが。ディオンは、すっと眼を細め。言葉の裏を読もうとするように覗き込んできた。
「これはまだ非公認の情報だけど、エルフが大森林の制限緩和を申し出てきた」
「……それは公爵家直々の発言と受け取っても?」
「いや。父ライエンの話では、もっと上らしい」
公爵を授かるエルフの族長よりも上の存在?
興味深くはあるものの、私は大森林の一部開放という情報に目先を向ける。これは市場が荒れそうだな。時期を考えると頭を過るのは、赤髪と黒髪の問題児二人。また何かやらかしたのかお前ら。
そもそもに大森林は、実質の独立国家のような扱いである。しかし、そこから流れてくるエルフの特産品はどれも高品質。ランデレシア国内でも高値で取引が行われていた。
拡張枠はどれほどかしらね。今後を見据えるのであれば、なんとしても交渉権をねじ込みたい所である。笑顔の下ので、そんな事を視野にいれていると。
「欲しいと思っただろう?」
「……ええ。羨ましい限りだわ。シュバールとは良き付き合いを続けていきたいものね」
鋭い言葉に、見透かされたかと内心で舌打ちをする。しかしディオンは納得をしたように小さく頷くだけだった。
「まぁ、その反応が普通だと思う。僕とて幸運が降ってきたと感じたほどだ。同時に、父の懸念していた通りになってきたなと、先見の明に慄いている」
前宰相ライエン。王の右腕だった彼は、かつて勇者一行にこう言ったそうだ。
魔王の爪痕が残り、価値の無いびしょ濡れの大地だからこそ、自分たちは辛うじて生き残ったと。
私はなるほど、と話の芯を理解する。
ならば、価値のある豊潤な土地になったらどうか。ディオンは美味しい土地になりすぎて、発展に対し、国力が追い付かない事を懸念しているのである。
思えば、ベルモアや大森林を区切っていた境は、特異点によって生まれた大河。土地が乾くとは、かの国とも地続きになるという事ではないか。少なからず摩擦も増えるだろう。ただ。
「それを旗振りするのが王だわ。獣から土地も守れないのであれば、過ぎたものだったという事でしょう」
「耳が痛いね。しかし想像よりも時代の動きは速く、そしてうねっている。だから、僕なりに平和への道筋というものを考えた」
私は紅茶で喉を湿らせながら、彼の言葉の続きを待つ。投資や交渉の根回しか。ただお茶を飲みに来たのでなければ、当然に要求があるでしょうからねぇ。
大森林の話だけも十分に利があった。後は裏取りさえ確認出来れば、多少のお願いを聞くのもやぶさかでない。と、考えていれば、思わぬものを求められて咽てしまった。
「僕が欲しいのは、平和の象徴である君だ。ランデレシア王国の第一王女を、正妻として迎え入れたいと思っている」
「ゲホッゲホ。貴方、正気かしら?」
平和の象徴とはよく言ったものである。私がラメールの町に滞在しているのは、留学という名の人質に近い。三国を巻き込んだ泥沼のベルモア戦役以降、ラメールとシュバールの平和条約を保つためのものだった。
告白をすれば、ナハルが王子の頃は妃の座を狙った事もあった。けれど、このディオンが政権を勝ち取り諦めている。
何せ今まで主導であった川の民から、王の座は草原の民へと移ったのだ。当然反発はあるわけで。これを鎮める為にも、嫁は川の民より選ばれると予想するが普通だろう。
「どうかな。最近はランデレシアと軍事演習も多くこなしている。このまま平和を維持するためにも、君を王族に迎え入れて、繋がりを確かなものにしたいんだ」
ことここに至っては、笑顔を維持出来ず。足を組んで彼を見据える。
それはランデレシアの利にも繋がり、父さまがウンと言えば私では拒否出来ない話だった。
けれど明るい話かと言われれば、そうでも無い。婚約には愛が必要というほど初心では無いが、実質的に人質という立場は変わるまい。なのに妃にでも据えられてみろ。お飾りだろうと、国中から疎まれるのは目に見えているではないか。
だと言うのに、ディオンは頬を赤らめ。私の顔も見ずに、はにかんだ顔で続けた。
「この話を先に君に持って来たのはだね。政略婚にしたくないというか。僕は心から、女性としても相棒としても貴女を欲しているんだ」
「プッ」
思わず吹き出してしまう。
もしかして、今後の利を説いていたのは、私が必要と言っていたのは、全てが口説いているつもりだったのだろうか。
港で女の尻を追いかけているナハルと違い、彼は随分と女心という物を知らないらしい。
普通ならば、こんな話で首を縦には振る舞いが。そこが気に入った。助け舟は出してあげよう。
「平和の為と謳ったわね。ならば貴方は、急いで手に入れないといけない物があるわ」
「……それは?」
「
「耳が早いね。だが、そんな物を手に入れてどうしろっていうんだい」
「簡単なことよ。ドワーフの刀匠にソレで剣を打たせるの。そしてアルス・オルトリアの手に委ねる。早いうちに恩を売って、怪物には怪物をぶつけなさい」
何処から情報を得たのか、王白金の存在はアトミスから相談をされていた。しかしクリアム公国ともなれば、伝手も薄く、中々に手が届かなかったのだ。
けれども、ディオンならば。シュバール国の新王であれば、大公にも顔が利くことだろう。平和を求めるならば戦いに備えろ、それがランデレシア流なのよね。
「……確かに、時代の動きは早い。もしもっと荒れるのであれば、身分があった方が得かしら?」
例えそれが、周囲が敵だらけのお飾り妃でも。あらやだ、楽しくなって来ちゃったわ。ウフフ。