ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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551 閑話 死に損ないのブルース

 

 

 大森林を発ち、どれほどの日数が経ったか。

 既にランデレシア国内には入っていた。目的地であるラルキルド領は、かつて混沌軍の本拠地があったデルグラッド城の付近らしい。

 

 そのせいか。馬車に揺られながら、ゆっくりと西へ西へと進んでいると、どうにも昔の記憶が蘇ってきてしまう。

 

 ろくでもない事さ。

 当時の俺は魔大陸で名を売った、最凶と呼ばれる魔王軍の一員だった。

 

 馬鹿の代表【混沌】を総大将に、旗の元に集うは、いずれ劣らぬ猛者ばかり。

 【堕天】【黒妖】【千手】【影縫い】彼らはいつの間にか【四天王】などと恐れられ、恐怖と共に進軍をした。

 

 あの時も、西へ進んだ。大地の果てまで横断をしたんだ。

 まだガキだった自分は、ただの一兵として、必死に大将たちの背中を追いかけたっけ。

 

 俺たちの在り方はまさに業火だった。隊列を作り、旗を掲げ。止まらぬ勢いは、手当たり次第に通過する国を蹂躙し。この大陸の全土を飲み込み。

 

 嗚呼。最も輝かしかった青春の日々として蘇るのが、こんな記憶とはよ。

 

「カッカ。まぁ、本当に。当然の報いって奴だったんだろうな」

 

 進むのは長閑な道だった。

 万を超える軍勢は、もはや何処にもおらず。かつての熱気も、軍靴の音さえ遠い。

 

 この辺りは魔獣も少ないのか。道沿いには町の外にまで大きな畑が伸びている。

 鼻には緑の香りに混じり、肥料の匂いが届く。適度に水分を含む土は、良く耕されたお陰で、寝床にでも出来そうな程に柔らかそうだ。

 

 エルフから見ても、良い土じゃねえかい。

 畑には寒さにも負けず、大勢の人が収穫に駆り出されている。採れるのは冬が旬の野菜か。馬車一杯に葱や白菜が積まれては、何度も町を往復していた。

 

 平和の重さを知る身になっては、この光景がどれだけ尊いものかを理解出来る。

 畑を作るには時間が必要だ。良い土とあれば、なおさらで。失った左腕がズキリと痛む。俺は被害者なんかではなく、加害者として当然の報いを受けたのだと、思い知らされるようだった。

 

「ここはもう、エルツィオーネ領に入っているようですね。ルギニアという町を北上すれば目的地だそうです」

 

「ああ、そんなに近くまで来ていたのか。道理でなぁ……」

 

「シシア様?」

 

「いや、こっちの話さ。急ぐ旅じゃねえ、このままゆっくり進んでくれやセレシエ」

 

 懐かしむ訳だ。ここは俺たちの王都があった近くだったのである。どんな因果か、そこを仇敵が管理していると聞いちゃあね。なんとも複雑な心境にボリボリと頭を掻く。

 

 大体の顛末は彼らから知らされていた。ラルキルド領が、少し北上した場所にあるのは、四天王の一人【影縫い】が撤退戦をしたかららしい。

 

 陥落したデルグラッドの城下町から一般市民を何とか避難させたのだ。険しい山を登りきり、逃げ延びた先で、何十年も戦い抜いて守り切った領土。

 

 これから行くのは、そんな。魔族が正式に貴族として認められる唯一の土地だった。

 

 

 更に何日か経ち、俺たちはやっとラルキルド領へと辿り着く。

 獣避けのような大雑把な柵に、如何にも急ごしらえな間所。そこには人豚が槍を持って立っていて、退屈そうに欠伸をしていた。

 

 馬車の荷物を改められている間、暇なのかいと話しかければ。

 彼はそんな事は無いと。二日に一度は俺らのように外から人間が来ると胸を張っていやがる。

 

 それを不入りと言うのだろうに、以前は誰も来なかったと反論されちゃあ、微笑ましい気分にもなるわなぁ。

 

「懐かしい空気だ。あの頃は、種族なんて関係なくやってたっけな」

 

 従者として付いてきた若エルフに宿の手配を頼み、俺は一人で町の散策へと出た。

 なるほど。人に混じり、魔族が日常へ溶け込んでいる。400年前の空気がそのまま残っているかのような景色は、まるで故郷にでも帰ってきたと思わせて胸を打つ。

 

 暫し茫然と人の営みを眺めていると、「もし」と幼い声が背後から掛かった。

 見れば、灰色の髪を二つに結った嬢ちゃんがこちらを見上げているじゃねえか。さてはお使いの帰りか、手には一抱えの荷物を持っていて。

 

「道の真ん中でどうなされましたか。迷子であれば、私が案内をしますが?」

 

「カッカ。迷子と来たか。確かに痴呆の老人みたいな真似をしちまったな」

 

 案内は要らないが、行きたい場所はある。

 【影縫い】ことディルス・ラルキルドの墓だ。伝わるか不安だったが、賢い娘さんは神妙な顔つきで頷くと、山沿いの方角を小さな指で示してくれた。

 

 ありがとうよと感謝を告げて、足はぶらりと町の外れへと向かう。

 崖沿いにある墓地には、大小さまざまな墓石が並び。真ん中には一際に大きく立派な墓標が立っていた。

 

 丁寧に磨かれた石には、苔はおろか埃すら被っていない。

 放置されるどころか、いまだに大量の供え物が添えられていて、愛されているのが見て取れた。俺は嬉しい気持ちなりながら、墓の前にドカリと座り。持参した酒を彼に捧げる。

 

「久しぶりだねぇディルスさん。こっちは随分と老けちまったが、誰だか分かるかな?」

 

 目にはもう、涙も浮かばない。ただただ、旧友と再会した嬉しさだけが訪れる。

 混沌の大将の死後、戦渦に巻き込まれたのはこちらも同じだ。だからこそ、この領地を守り切った事が、どれだけの偉業かを理解出来た。

 

「やっぱり四天王の肩書は伊達じゃねえわな。ベルヒラハの兄貴もノーキンで大層暴れて逝ったらしいぜ」

 

 俺も大森林で戦い続けたが。当時は、こちらには大勢の戦士が居た。最初から拠点があり、物資も充足をしていた。それでも、なお勝てなかった。

 

 友を失い、家族を失い、体もこんなになっちまって。

 止まない雨による大洪水がなければ、大森林は確実に人間の手に落ちていたのだろう。たった一人で守り抜いた彼とは、大きな違いだ。

 

「俺は貴方たちとは違う。大将の死を受け入れられなくて、あの日の栄光を忘れられなくて。ただ意固地になって世界樹に縋りついていただけさ」

 

 そして世界樹を失い。いよいよ手元には何も無くなった。身軽になったからこそ、こうして墓参りも来れたわけだがよ。

 

「年を取ろうと、何も正解なんて判らねえもんだねぇ」 

 

 死に損なった身としては、華々しく散った戦友たちを羨ましく思う気持ちもある。しかし、生き残ったからこそ、我らの王に、もう一度会えた。

 

 もしも、という奴は考えたら切りがねえ。

 もし俺が、最初から世界樹を見捨てる覚悟があったならば。母さんに従っていたのであれば。後悔なんてものは先に立たず、いつだって手が届かなくなってから訪れるもんだ。

 

 それでも、やり直したいとは思わないし。思ってもいけないのだろう。

 あるのは結果だけ。魔王が死に、魔王軍は滅び。けれど少しばかり残ったものもある。

 ディルス・ラルキルドという男が残した意志が、今もこの町に根付いている事を確信し。晴れやかな気持ちで俺も杯を傾ける。

 

「……シシアか?」

 

 もの言わぬ石の前で一人黄昏ていれば、背後から名を呼ばれた。数百年ぶりだと言うのに、けして間違わぬ声色に背筋がびくりと跳ねてしまう。

 

 恐る恐るに振り向けば、想像通りの。喧嘩別れした日から、何一つ変わらない外見を維持する、かつての上司【黒妖】の姿があった。

 

 会いたかったような、怖ろしいような。ずっと罪悪感に蓋をして、目を背け続けて来た存在だけに、今更どんな顔をしていいかも分からず。

 

「なんでここが?」

 

「シャルラに聞いた。町を徘徊しているエルフの爺が居るとな」

 

「カッカ。こりゃ手厳しいや」

 

 口を開けば飛び出すのは、ぶっきらぼうな言葉。ええい違うとガリガリ頭を掻きながら立ち上がり、キチンと目線を合わせる。この一言を伝えるだけに、随分と時間が掛かっちまったな。

 

「貴女が混沌軍の後始末に走っていたのは聞いたよ。あの時はごめんなさい。そして、ありがとう」

 

「いいよ。生きていてくれれば、それで良い」

 

「その……ただいま、母さん」

 

「おかえり、馬鹿息子」

 

 

 

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