ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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553 閑話 呪術治験

 

 

「一応聞いておきますが、これはちゃんとした医療行為なのですな?」

 

「もちろんですわ」

 

 寝台へ横たわる男性の頭部に、浮遊島で手に入れた洗脳装置を取り付けると、様子を見守る老人が不安そうな声で言いますの。

 

 私はオウル様にニコリとほほ笑むと、倫理的な観点を除けばという言葉を飲み込み、ヤレと協力者へ合図を出しましたわ。

 

 薄緑の髪の女性が青紫の瞳の瞳を怪しく光らせれば、顔を赤くして「むぅ」と照れ臭そうに唸るセリュー様。薄着のせいで前部の膨らみが目立ち、私たちは、あらあらと慈しみの視線を向けます。流石は騎士様。そちらの剣もご立派ですわね。

 

「では徐々に魔力を強めていきますわ。メイル、測定値の記録をお願いね」

 

「はい、お嬢様」

 

 以前は感情を増幅する装置でしたが、人魔石は既に取り除いてあります。

 術式も私の作り出した感情の反転を促すもの。つまり、今の実験は淫魔の魔眼で発生した欲情を相殺するという旨ですわ。

 

 現地では出力を自分で調整するしかありませんでしたが、地上に降りれば話は別。可変抵抗器により、魔力を段階的に制御して効果のほどを確かめます。

 

 微量でも脳に魔力を流されるセリュー様は、不快そうに顔を歪めていました。しかし、装置の出力がある一定を超えると、スンと真顔に。そろそろ効果が出たのかしら。

 

「ああ。興奮が嘘の様に消えていく。しかし、この虚無感は……」

 

「男ってそうよね~」

 

 フェミナがからかった調子で言うと、何故か男性陣は気まずそうに俯いてしまいましたわ。とりあえず実験の成果は上々。このくらいの刺激で十分に効果は出るようですわね。逆を言うと、これ以上の出力は脳に負担が掛かり過ぎるかしら。

 

 これから行う様々な試験の基準値が作れた事に、私は満足に頷いて若い騎士の頭から装置を外しますの。

 

「軽く負荷をかけましたが、何か異常はあるかしら?」

 

「いえ、特には。けれど、こんな調子で私は本当に治るのでしょうか……」

 

「はっきりと言って、脳の内部はまだ未知数ですわ。しかし魔力で感情を増減させるという事は、一部を活性化させている証拠。呪術で半身麻痺から復帰出来る可能性は高いというのが、父の見解です」

 

 脳死からの回復という奇跡を実行した私ですが、結局のところ、この事実を学会に発表する事はしませんでした。よって父は今も御家存続の為の課題に追われ、セリュー様の治療が実績のあるこちらに回ってきたのです。

 

 呪術。魔力により、身体へ誤認識や誤作動を引き起こさせる負の魔法。特に脳へ手を出し、感情や思考まで操るこの術式は、邪悪の一言に尽きるでしょう。

 

 過去の設備や技術力で完成するまでに、一体どれほどの犠牲や非道な実験が行われたかと考えるや、身の震える思いがしますわね。

 

「私も報告書を作るときには頭を抱えたものだ。不死薬に人魔石、挙句に洗脳装置や人体実験場など、あの島は禁忌が多すぎた」

 

「でも魔法に善悪は無い。あのお方もそう仰ってましたし、陰ながら私が技術を引き継ぎ、治療に当たらせて貰いますわ」

 

 この場に居る人間は、全員が浮遊島へ行った者たち。

 治験者のセリュー様はもとより、オウル様も洗脳の経験者であり、フェミナは体質的に呪術を掛けられる魅了の魔眼の持ち主です。

 

 協力して欲しいと頭を下げれば、老騎士が代表をして、こちらこそと握手を求めて来ました。

 

「あの後、セリューをマーレ教に連れて行ったのだ。それでもやはり、麻痺が治ることは無かった。どうかヴィス嬢に頼みたい」

 

「そうですの」

 

 私は経過を聞いて、何から試すかを考える。

 マーレ教の神聖術であれば、肉体的な損傷は完全に修復されたと考えていいでしょう。するとセリュー様の後遺症は、やはり脳の機能麻痺。或いは精神的なものが影響していると見るべきね。

 

 我が家は学術派。魔法関連の資料ならば事欠きません。呪術はもとより、人体の霊脈図や活性法の図書を参考に、治療法について思案していきますわ。

 

「皆様、お茶を淹れましたので、どうぞ」

 

「あらー。とても香り豊で美味しいわー」

 

「えへへ。オウル様が手土産に持参してくれた茶葉を、早速使わせて頂きました」

 

 私がパラパラと書物を漁っていると、メイルが客人を持て成しつつ、こちらにも紅茶を運んでくれました。何気なく口に含むのですが、確かにうんめーですわねコレ。

 

 気持ちがふと解れた時、机に散らばる様々な技術書を見て。背筋にゾワリと悪寒が走るのを感じますの。

 

 技術、というのは目的の為にありますわ。

 品質の向上、速度の向上、目的に合わせ枝分かれし、時に足しては引いて混ぜ合わせ、新たな形になることも。それは、脳という分野だけでも様々な視点から書き記されている本たちが証明をしておりました。

 

「なら、あの浮遊島は。一体何を目指して感情の操作なんてものに辿り着いたのかしら?」

 

「……レルトン殿の話では、死の超越を目指していたとの事ですが。言われてみれば、この技術だけは浮いたものですな」

 

 そうなのです。

 始獣の肉を用いた強制進化は、フェミナのような人工魔族を生んだ。研究は進み、人間を人魔石へと変える不死薬が誕生し。替えの利く体として、岩兵士が作成されていますわね。

 

 問題は、洗脳装置の技術が挟まる瞬間。仮に人魔石を作り出す工程で、偶然に生まれたのだとすれば。

 

「人魔石は、魂を人形に移す事を目的にしていた。なら、もしかして……最初は記憶を他人に植え付けようとでもしていた?」

 

「……くっ心底に悍ましい奴らだ」

 

 きっと、当たらずとも遠からずなのでしょう。凄惨な現場を目にしてきただけに、皆が顔を不快そうに歪めましたわ。

 

 そして、これは人の業でもあります。呪術というものが存在する以上、我々魔法使いも綺麗ごとだけでは片づけられない事をしてきたはずですもの。

 

「医療でも死体を切り刻み、解剖することで人体の構造を学びますわ。脳という人の尊厳に手を出すなら、せめて誰かを救う標になればいいのだけど」

 

「私も思うところはあるわね。人助けしたい、なんて高尚なものじゃないけれど。この能力が役に立つというのであれば、存分に使って頂戴」

 

 レルトン教授の元へ嫁入りしたフェミナは、現在この町に住み、穏やかな日々を過ごしていました。なにせお茶友として、我が家によく訪れているのですわ。

 

 新婚なのに、肝心の夫が浮遊島の調査書類を作るのに忙しくて構ってくれないと愚痴を聞かされますの。そんな彼女は、懐かしむように目を細めて言いました。

 

「あの日からもう一週間か。イグニス達は元気かしらね~」

 

「おい、様を付けろよ。この雌豚」

 

 イグニス様を呼び捨てにされて、つい頭に来てしまいましたわ。オホホと笑いながら、開いていた本をパタリと閉じます。取り合えず、何をするにもセリュー様の治療が最優先ですわよね。

 

 ゆらりと寝台の脇に立てば、目の合った彼は口を恐怖に引き攣らせてました。

 

「あの、ヴィス様。気のせいでしょうか、瞳がまるで実験動物でも眺めるかのように楽し気なのですが」

 

「大丈夫ですわ。怖くないですわ~。あっ、そうだ。治験は合意で、何があろうと私に責任は無いと一筆お願いしますわね」

 

「オ、オウル様。お助けください!?」

 

「すまぬセリューよ。頑張れ、これもお主のためなのだ」

 

 魔力を流せす基準量は出来たので、後は色々試すだけですわよね。参考にするならば、この資料など良さそうだった。

 

 私は霊脈図と呼ばれる人体の魔力の流れを書き表した物を広げる。どうにも霊脈按摩といい、外部から魔力を加えることで、詰まりや流れを改善する技術があるらしい。メイルに記録係を申し付け、洗脳装置の魔力が流れる位置を調整していく。

 

「ん~ここかな~?」 

 

「うぐっ、ぐああ!?」

 

「あら……間違ったかしら?」

 

 

 




なんと200万文字超えてました。まだ読んでくれてる読者様にはマジ感謝です
新章は555話から始めたいと思います
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