ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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554 閑話 我が神は筋肉に在りて

 

 

 フェヌア教の教義は、健やかなる肉体が健全な精神を育むというものです。

 ここで聖書の一説を紹介しましょう。『筋肉があれば、なんでも出来る!』

 

 そうですね。即ち、筋肉こそが正義なのです。

 適度な運動は病を退け、日々逞しくなる身体と伸びる記録に自己肯定感も増し増し。異性にモテる事も間違いなし。なんて素晴らしいのでしょう。

 

 以下、信者の方から素敵なお言葉を頂いております。

 

 「身体を動かした後の飯は美味いからね、山を十周するのが朝の日課さ」

 「子供の頃はひ弱だったのですが、フェヌア教に入信したお陰で、冬の海も泳いで渡れるようになりましたな」

 

 「最初は木を突くのも痛かったものですが、今では指で岩を砕けます。筋肉のおかげで嫁も出来ました」

 「俺は別にフェヌア教じゃ……いやぁあ!」

 

 ※個人的な感想です。

 ほら、貴方も入信したくなってきたでしょ?

 

「どうだいカノン。アンタの信仰に対する答えは出たかい?」

 

「これからお見せ出来ればな、と思います」

 

「そいつは楽しみだ」

 

 私は暫く、信仰とは何だろうと考えていた。馬鹿なので、色々と人にも聞いたりした。分かったのは、やはりフェヌア教は最高ということだ。

 

 拳を握ると、スヴァル様は微笑みながら緑の羽織を脱ぎ捨てる。

 晒された見事な肉体美に、自然と唾を飲み込んでしまっていた。まるで背後のフェヌア像から御神体が飛び出したと思うほどに、この御人はフェヌア教そのものだった。

 

 どれほどの修練の果てに、あのような肉体を作り上げたのか。

 私より頭一つ高い巨躯には、一部の隙もなく鍛え上げられた筋肉が搭載されている。それも脂肪をそぎ落とし、瞬発力と持久力を兼ね備えた実戦的なもの。ため息が出るほどに美しく、その性能を考えるや背筋が凍ってしまう。

 

 スヴァル様の構えは、守の型。正中のままに大きな玉を抱えるか如く、両手を天と地に置く。ならばと私が構えるは破の型。左半身の中腰にて、必殺の右を溜め。

 

「コッ!」

 

 瞬時に体内の魔力を爆発させた。

 特殊な呼吸により肺の中の空気を全て押し出した身体は、正しく一つの肉塊と成り。地を蹴る力を十全に拳に伝え、勢いのままに前へと飛び出す。

 

 フェヌア流白兎。軸足を中心に拳を振るうのではなく、蹴り足の力で殴りつける技術である。単純ながらに凶悪な技だ。当たれば、あばらの数本は貰えると思ったのだけど。

 

「殿のフェヌア。戦乱の時代には、そう呼ばれた時もあったそうさね。我らは聖職者、故に攻め手以上に、受けて捌く技術を私は磨いた」

 

 相手は司教。三大天の剣すら凌ぎきる技量の持ち主だ。

 スヴァル様は私の拳を左手で容易く受け止めて、間髪入れずに右手が肘を叩く。

 

 メシリと関節の可動域とは逆方向に加わる力に、折られる未来が鮮明に見える。咄嗟に体を反転させて力を逃がし。同時、両足で強く地を踏みつけた。

 

 背中。人体において最大の面積を誇り、尚且つ筋肉質で硬い部分。これを凶器に変えて、自身を砲弾にしての渾身の体当たりだ。

 

「【破段】熊掌双烈(ゆうしょうそうれつ)

 

「っ!?」

 

 背を叩く二つの衝撃。張り手の威力は波となり、内臓までを駆け抜け揺らした。

 まさか一歩も動かずに相殺をされるとは。気の遠くなる思いを味わうも、防御の大切さは、先輩方にこの身へと教え込まれたものです。

 

 攻撃に抗わず逆に地面へ飛び、側転からの逆立ち蹴り。爪先が辛うじて頬を掠め、スヴァル様はやっと少しだけ後ろに退く。

 

「いいな。技が身に馴染んでいる。お前の実戦経験は豊富だったから、見違える程に伸びているよ」

 

「帯を十本集めるの、楽じゃなかったので!」

 

 練気神座に集う司祭たちは猛者ばかり。やっと破段を習い始めた私では、実力に大きな差がありすぎた。当然だ。皆、破段の技を完全に修め、急段に至るべく修行をしている方達なのだから。

 

 しかし、そんな先達を目にしたからこそ、私は疑問に思った。

 信仰が足りぬと、ここで修行に明け暮れるが。彼らは教えを守り、ひたむきに自己研磨する立派なフェヌア教徒ではないか。

 

「信仰とは、なんぞや?」

 

 スヴァル様が牙を剥いて問う。教えを司る者が、我が研鑽の答えを求める。

 さながらに猛禽類のように鋭い眼光になると、守りの型を解き、一気に攻めへ転じて来た。

 

 予備動作の無い歩法は、大地が縮まるように距離を埋め。腹へと突き刺さる鋼の拳。

 鍛えぬいた自慢の腹筋が貫かれ、ただの一撃で体が機能不全を起こすのを感じる。

 

 何処か懐かしいと思った。

 私は【赤鬼】に打ちのめされて敗走をした。思い出すだけで身震いのする、それは圧倒的な暴力であった。

 

「信仰とは、祈りそのもの……」

 

 だから二度と屈せぬと誓った。今度は私がスヴァル様の腕を掴み取り、お返しとばかりに拳を突き立てる。巨体が宙を浮き、確かな手応えが残った。

 

 けれどニイと頬を吊り上げるスヴァル様は、これしきでは倒れぬと頭部へ肘を落としてきて。脳みそが爆発したのかと勘違いをする。目から鼻から、穴という穴から血が噴き出していた。

 

 強いなぁ。憧れるなぁ。

 もしも私にこれだけの強さがあれば、皆は傷つかずに済んだのだろうか。ツカサは死の淵を彷徨わずに済んだのかしら。

 

「うらぁああああ!!」

 

 そっちが肘なら、こっちは膝だ。肩を引っ張る反動で、空中飛び膝蹴りをお見舞いする。

 スヴァル様は砕けた鼻を強引に元の位置に戻しながら、顔面を赤く染めて言った。

 

「そうとも。神はおわすが、腕二本。全てを救えぬ時もある。ならば我らが悲劇の壁となり、時を稼ぐ。フェヌア教の祈りが拳なのは、救済を求める抗いの印だ」

 

 気付きをくれたのは、やはりこの人であった。

 モアとの戦いで見せくれた、正拳突き。日々の真摯な祈りが透ける、美しい姿。

 

 そう。私たちは聖職者。鍛えてきたこの拳は、この筋肉は、神への感謝と祈りそのものなのです。ならば簡単な答え。

 

「フェヌア教の【急段】とは、神聖術! 体も技も磨くは当然、しかし強さの先に道は無く。己が信仰と信念を貫き通すのみ!」

 

 父フェヌアから御霊分けを受けた日より、ずっと私は祝福をされていたのだ。

 奇跡は手の内にあった。分不相応に強さなどを求めた為に、この愚か者はそんな事にさえ気付けなかったのである。

 

 嗚呼、我が神は筋肉にありて。この拳にて信仰を証明しよう。

 おいで。すでにフラフラな私に対し、スヴァル様は余裕綽々に拳を構え。祈りの言葉が重なった。

 

「「【急段】黒蟻!」」

 

 あの日は何をされたのかすら分からなかったけれど、今ならば分かる。突き出した腕より飛び出す魔力の塊が、巨大な拳となって放たれていた。

 

 激しく衝突する拳だけど、がっぽり魔力が抜け出た私に余力なんてものは無い。同じ技でも均衡などせずに一方的に破られて吹き飛ばされしまう。

 

「ガハハ。見様見真似で初めてやったにしちゃあ上出来さね!」

 

 腕が折れたぞ。なんて、喜々とブラブラ遊ぶ腕を見せつけてくるスヴァル様。

 長い赤銅髪の女性は、折れたのは久しぶりと、もう治した腕で風に靡く髪を撫でつけていて。

 

「おめでとう。その若さで、良くぞ至ったものだ」

 

 やるよ、と投げつけられるのは、司教のみが許される羽織であった。

 私は神聖術で必死に回復をするも、視界が赤く、内臓が破裂したか呼吸困難。

 とてもありがたいのだけど、ここまで無様を晒して、どうして教えを司る立場を名乗れよう。

 

「いづれ自信を持ち名乗れる日が来たら、改めて受け取りに参ります。短い間でしたが、ご指導ありがとうございました」

 

「……応そうか。勇者一行は近々、魔大陸に殴り込みをかけるんだろう。私は国がこんな有様じゃ離れる訳にはいかねえが」

 

 代わりに魔王軍をぶん殴って来い。

 スヴァル様は、ピッと綺麗な正拳突きを披露するや、その拳を私に向けてくる。コツンと拳を合わせ、確かにその意志を受け取った。

 

 

 

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