ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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魔大陸 上陸編
555 魔大陸の国境


 

 

 草原にゴロリと寝そべる若竹髪の少年。寒空の下でも額には大粒の汗を浮かべていて、息も絶え絶えにこう言った。降参だ。俺はそんな彼を横目で見下し、まぁよく持ったほうだろうと心の中で健闘を称える。

 

「ツカサくん、余所見は駄目だよ!」

 

「げっ……」

 

 ちょっとした優越感に浸っていれば、いつの間にやら眼前に迫るフィーネちゃん。

 咄嗟に黒剣を横に払うのだが。金髪の少女は自らの剣を上空へ放り投げて、まさかの白刃取りを披露した。

 

 彼女の両手が斬撃をパンと宙で捉えるや、同時に脳内で爆発が巻き起った様に感じる。

 股間から脊髄を駆け上るビックバン級の衝撃には覚えがあり。犬さながらの荒い呼吸を繰り返しながら、絶望に視線を落とせば、やはり大事な所にメキョリと膝がめり込んでいるではないか。

 

「玉が~!!」

 

(カカカ。それ、鍵屋ー!)

 

 なにわろてんねん。手は自然に下へと伸びて、服の上から急所の無事を確かめていた。良かった、ちゃんと二つあるわね。

 

 なんて、無様を晒したが最後だ。無防備になった隙をつかれて地面に押し倒される。

 俺の胸に跨った少女は、上に投げていた剣を掴むや、止めとばかりに首元へ刃を突き立てた。

 

「ごめんね。あんまりに隙だらけだったから、つい」

 

「ま、参りました」

 

「…………」

 

「フィーネちゃん?」  

 

 なお、いかにマウントポジションを取られても、身体強化の力があれば、女の子の体重程度は重石にもならない。

 

 しかし、そこは戦い慣れた勇者である。俺を転ばせた瞬間には両脚を使って挟み込み、腕を無効化してきていた。

 

 無駄な抵抗はせず、素直に白旗を振る。すると生殺与奪権を握ったフィーネちゃんが、どこか恍惚とした表情で呟くのが耳に届く。

 

「こ、この姿勢は……ちょっと大胆だったかな」

 

 言われてみれば、股座に男の顔を挟み込むのは少し危ない絵面かも。

 けれど、まな板の鯉から見れば恐怖しか覚えない。戦闘の余韻あってか、はぁはぁと息の乱れる少女が、鬱屈した笑顔で刃物を握っているのだ。もし寝覚めにこの光景を見れば、俺は絶叫をする自信があった。

 

「ははっ寄りによってソコを狙うとか、やっぱりちんこ大好きかよ」

 

「殺すぞ。いや、死ね」

 

「うおっ、刃物を投げんな!?」

 

 顔の横に剣が刺さり、大慌てで逃げ出すヴァン。そんなバカの背中を睨めつけながら、金髪の少女はオホンと咳払いをして、やっと胸の上から退いてくれる。俺はしばし動けず、股間を揉み揉みし続けるのだが。これなら大丈夫そうだなと思った。

 

(タマタマの事か?)

 

「フィーネちゃんのことだよ!」

 

 俺たちは、既にシェンロウ聖国を発ってクリアム公国へと戻ってきている。

 現在の目的地は、魔大陸の入り口と呼ばれるノーキンという場所。そこでナハル王子が率いる勇者同盟と合流をする予定なのだが。

 

 やはり不安は戦力だろう。

 三柱教から正式に勇者認定されようとも、デウスエクスマキナの力を失った事に変わりは無い。

 

 来るべき魔王達の戦いで、旗頭になる彼女は、魔大陸に近づく毎にピリピリと気が張り詰めているようだった。

 

「ツカサとヴァンの二人掛かりでも相手にならないのは流石だな。けど、肝心の聖剣の方はどうなんだ?」

 

 金髪の少女に、お疲れとタオルを投げつけるのはイグニス。彼女もティアと訓練していたはずだが、余裕で一蹴してきたらしい。

 

 チロリと赤い瞳がこちらを向く。俺は自分の股間を揉みしだくだけに、汚物を見るような視線を浴びせられるかと思いきや。魔女は慈しみの目で大丈夫かいと回復魔法まで使ってくれた。何その反応、怖い。

 

「今度は何を企んでいるんだ!?」

 

「心配してあげたのに酷い言い草だな」

 

 頬を膨らます赤髪の少女とは対照的に、勇者は真面目な顔で手に握る剣を見た。

 聖剣クエント・デ・アダスは魔力のチャージ機構を備える、俺たちの。いや、人類の切り札と言える。その扱いに今後の戦局が左右されるのは間違いないだろう。

 

「毎日頑張って溜めてるけど、マキナの代用として使うなら一週間……最低でも5日は籠めないとキツイかな」

 

「勇者の力がどれほど高威力だったか伺える話だね」

 

 話を聞いて、うへぇと舌を巻く。

 つまりフィーネちゃんは、それだけの魔力を瞬間的に放出していたという事。過負荷で身を焼き焦がす訳である。

 

「うーむ。今まで以上に使いどころを考える必要があるな。蓄積が空の時に三大天級と遭遇するのは笑えん」

 

「そうだよね……」

 

 しかし、そこはイグニス。成長促進の魔法陣を使い、地脈から魔力を集める方法。大人数で魔力を一気に注ぎ込む力技などを提案した。興味津々に食いつくフィーネちゃんであるが、ふと何かに気付いて空を見上げ。

 

「雨かな?」

 

「いや……これは」

 

 曇天にフワリと舞う白い物体。最近どうも冷えるわけだ。

 シェンロウ聖国はあれで海を跨ぐせいか、雨降れど雪を見る事は無かった。浮遊島以来の冬景色に、戻ってきたという思いと、近づいているという実感が湧いてくる。

 

 食後の運動を終わりにして皆が急いで馬車へと戻る中、むしろテンションを上げるのは狼少女。僧侶から直々に筋トレを受けているとは思ぬ元気さだった。

 

「なぁなぁツカサ。積もったらアレやろうぜ!」

 

「……アレか!」

 

 二台の馬車で、のそりのそり進み始めると、次第に強まる雪足が道や草原をあっという間に白く染め上げていき。ギャっと犠牲者第一号の声が上がる。

 

 犯人は言わずと知れたリュカ。雪玉を片手に薄ら笑い。ボコの手綱を握る魔女は顔面を白く化粧してフルフルと怒りに震え。そして勇者一行を巻き込む大戦争が始まった。

 

 

「そういえばリュカちゃんが魔族なのには驚いたのだわ。耳と尻尾が生えるなんて、可愛い種族なのね。うふふ」

 

「本当だよ。そういう大事な事は先に言えよな」

 

「すっかり忘れてたわ……」

 

 ヴァンが胡乱な目を向けてくる中、今度触らせてねと雪女が狼少女の頭へ手を伸ばす。 すると、触るなと跳ね除けられてショックを受けるティア。

 

 ダメダメ。コツがあるのさ。これから撫でるよと掌を見せれば、むこうから頭を差し出すのである。実践して見せようとしたら、手はパクリとリュカの口に収まり、指には牙が食い込んできた。

 

「痛い痛い!」

 

「オレは猫じゃねえ!」

 

「なにやってんのよ、アンタたちは……」

 

 カードで遊んでいれば、汗で濡れるカノンさんが呆れながら覗き込んでくる。

 彼女は「すっかり三馬鹿ね」などと言いながら荷台へ上がった。どれだけ走ったのか、溜め込んだ熱で、一気に温度と湿度が高まった気がした。

 

 水を飲みながら、ふぅと一息付く僧侶は言う。見えて来たわよと。何が、とは聞くまい。目的地のノーキンしか有り得ないからだ。

 

「とうとう、魔大陸との国境か。どんな場所だろうなぁ」

 

「戦争を始める訳じゃないけど、緊張はするわよね」

 

 揃って御者台の隙間から顔を出す。

 あれから何日経ったか。先日に降った雪こそ大したものでは無かったけれど、進むに連れて降り積もる雪が残り。今や周囲はすっかり銀世界だった。

 

 慣れた地元の人たちは、もうソリで移動をしているレベルである。幸いに魔獣の馬力は凄まじく、多少の雪道なら影響は少ないけどね。

 

「……え?」

 

 宣言通りに、少しすると見えて来るのは、山一つを丸ごと陣取る巨大な砦。

 しかし、その歪な形に唖然としてしまう。混沌四天王の生き残り【黒妖】は俺へノーキンへ迎えと伝え、理由は行けば分かると言ったものだが。

 

(お前なのか、ベルヒラハ)

 

 山の形状は、さながら大地から巨人の上半身が生えているかのようだった。それも両の腕は幾重に分岐し、千にも及ぶ手が作る壁は山脈の如しで。

 

 何故、あそこが魔大陸との境目であるのか。どうして地続きに関わらず、魔族はこの大陸に攻め入らなかったのか。実に簡単な話、一人の忠臣により、物理的に封鎖をされていたとは。

 

「……ここは、彼の墓標でもあるんだね」

 

 シエルさんが、ジグルベインに見せたいわけだ。

 今にも動き出しそうな岩石の巨人には頭部が無い。数百年の年月により、経年劣化をしたか。既にあちこちが朽ち果てていて。

 

 不自然な樹木が、そんな彼を支えるように、そっと添えられ森を作る。

 まさか人間の国が結果として魔王軍幹部に守られていたとは。なんとも皮肉で圧巻の光景に、俺たちは皆で言葉を失った。

 

 

 




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