ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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556 ノーキン

 

 

「これが……」

 

 目の前に広がる光景に、ただただ圧倒される。

 混沌四天王【千手】は山と見間違う体躯と千の手を用い、その身を文字通りに壁として果てていた。

 

 遺体が今なお国境として残るとは。なんてデッカイスケールなのだろう。ピラミッドよりも立派な墓標に、さしもの魔王も見上げて呆れ笑う。

 

(カカカ。まったく、暴れん坊め。そうか。お前は最後まで派手に戦って逝ったかよ)

 

「……そうだね」

 

 しかして、彼の成し遂げた魔大陸の防波堤という偉業。その遺志は、時代わり、国代わり、それでも確かに受け継がれていた。

 

 過去にも、戦の匂いのする場所はあったものだ。

 魔獣に備える城郭都市は普通だし、フラウアやシュルバと言った古の都は、どこも要塞としての役割を担っている。

 

 だがノーキンと他で違いがあるとするならば。それは今も、ここが現役で機能しているということだろう。

 

 国境に当たる砦の麓には、まるで祭りでも開かれているかのように、多くの馬車と出店が並んでいた。隊商(キャラバン)とでも言おうか。常駐兵への補給に物資を運ぶ商人たちが、ついでに嗜好品も販売しているようなのだ。

 

 賑わいは影市場の比にならず。この基地に、どれだけの人間が収容されているかが伺える。思い返せば付近に町は無く。最後に寄れたのは、もう5日も前だった。その割には道に轍が残っていて迷わなかったものだ。戦線を維持する為に、こんな大規模な輸送部隊が存在していたとは。

 

「……いや、どうだろうな。重要拠点なのは間違いないが、勇者連合が合流したから足りなくなったという可能性もあるだろ」

 

「そっか。私たち、シェイロンにひと月近く滞在しちゃったもんね。大人数で居座れば、それだけお金も物資も掛かるか」

 

 俺が露店に目を輝かせていれば、隣でイグニスが冷静に告げた。その呟きを拾って青褪めるのはフィーネちゃん。

 

 とんだ長期休暇であったが、それはそれ。勇者一行の都合で、大勢が足止めを食らっていた事に違いは無いのだった。まぁ、むしろ俺個人の都合なんだけどね。責められたら全力で土下座をしなければ。

 

 

 なんて思っていたのだけど。結論から言おう。勇者連合はノーキンに滞在をしていなかった。今この地へ訪れているのは、代表のナハル宰相と一部の側近だけらしい。

 

 そして勇者一行を迎えた人間の中には、もう一人、顔見知りの男が居て。彼は砦の中心たる指令室で、ぬぅんと自らの衣服を破り裂き、鍛えられた裸体を晒していた。

 

「ポイチョフ将軍よ! 主役も来たのだ、今日こそは我らの話を聞いて貰うぞ!」

 

 話をするのに何故脱いだ。声を張り上げるロノラック大公子にそう思ったのは、俺だけではないはずである。女子たちが顔を赤くして目を伏せる中。執務机で腕を組む髭面の男は、眼光を鋭く言い放つ。

 

「話すのは構わんが、なぜ脱いだ?」

 

(うむ。それな)

 

 至極真っ当な疑問だね。

 なお、砦の中はドワーフの洞窟住居を思い出させるものだった。廊下から部屋までが石で囲まれ補強をされている無骨さは、まさに軍の設備という趣。砦を預かる将軍の部屋でさえ色気は無い。

 

 かなり底冷えをする上に、窓も無く薄暗いものだから、独房のような雰囲気すらある。

 こんな場所で全裸だと、やはり寒いのか。大公子は、どことは言わないけれど縮ませていて。それでも態度だけは大きく口を開く。

 

「無論、裸の言葉を交わす為だ。今の我は従兄弟でも大公子でもなく、一人の男と知れい!」

 

「フフッ。あのロノ坊がここまで入れ込むとはツカサ・サガミ。面白い男よ。しかし我らにもノーキン騎士の意地がある!」

 

 退けぬ。顎髭のオッサンは、気持ちでは負けぬと己も上着を脱いで、自慢の上腕二頭筋をアピールした。褒められて悪いがなんだコイツら。露出狂かフェヌア教かよ。

 

 尻王子ことナハル宰相が、「俺も脱いだほうがいいかな?」と本気で迷っているから全員で止めろと首を横に振った。

 

「意地というならば、立場を自覚なされよ。ここはノーキン、人類の防波堤ぞ。勇者連合はこの地の存在を重く見ているからこそ集結してくれたのであろう!」

 

 勇者連合とは言うが、言い換えればそれは、武装した多国籍軍。

 許可の無い上陸は、もはや侵略であり戦争だろう。ナハルさんは、クリアム公国に集う前には当然のように大公から許可を貰っていて。だから油断をする。

 

 まさかに現場で受け入れを拒否されたのだ。

 せっかく集まった戦士たちであるが、そのまま留まっても火種の元。交渉をしている最中は、公都で待機をして貰っているらしい。

 

「それが舐めていると言うのだろうが! 我らハウネーヴェ帝国は、400年もの間この地を守護してきた。魔獣なぞ言うに及ばず、魔族とすら戦い続けてきたわ!」

 

 問題はそう。彼らのプライドという事になるのだろうか。

 援軍と言えば聞こえは良いけれど、逆に言うならば戦力が足りないと告げられるようなものだ。

 

 例え事実だとして、まだ戦いは始まっておらず、まだ彼らは負けてもいない。平和を守ってきた者の自負として、最初から決めつけられるのは納得が出来ぬと。

 

「まぁ一理あるわな」

 

 ヴァンは裸の男たちから目を逸らして同意する。そして軍事的にも説得材料に欠けるのが現状なのである。

 

 勇者同盟の発端は【赤鬼】のキト。魔王軍は単身でさえ多くの被害をもたらす脅威だ。それは各国で出くわした強敵たちが証明をしているだろう。

 

 でも敵の規模も見えない。攻めてくるタイミングも見えない。そもそも来るかも分からない。しかし、戦士を留めるにはコストが掛かるわけで。その隙を突かれると、外交上手な尻王子でさえ、将軍の首を縦に振らす事は叶っていなかった。

 

「そもそもにして、ハウネーヴェの成り立ちはお前も知っていよう。初代皇帝は、魔王軍と戦う為に周辺諸国を纏め上げ、帝国を作り上げたのだ」

 

「むぅ」

 

 勇者連合など400年遅い。そう言い切るのは、魔大陸と接する国に生まれた危機感か。

 ノーキンという砦は、元々が大陸を守護すべく集まった多国籍軍だと言う。それにはロノさんも黙り込む。

 

 クリアム公国は大公の治める王の居ない国。それは皇帝から領土を預かっているからに過ぎないのである。大公子が権力で圧を掛けられないはずだね。

 

「それに……」

 

 チラリとフィーネちゃんへ目線を向けるポイチョフ将軍。彼は強くも、どこか優しい眼差しを持って全裸男に告げる。

 

「俺は今日、彼女を見て一層に退く気を無くした。まだ恋も知らぬような少女じゃないか。もう勇者の力も持たぬのであれば、これ以上は祭り上げてやるなよ」 

 

「……っ! お言葉ですが、私は自分の意志で!」

 

 勇者は祭り上げるという言葉は看過出来なかったようだ。舐めるなとでも言いたげに、不満と書いてある表情で二人の会話に割り込もうとして。

 

 今は話させてくれ。やっと腹の内を明かした髭面に、若菜のような黄緑髪をした男は笑顔で返す。

 

「兄者よ、それは勇者一行を侮り過ぎているというもの。ナハル宰相然り、この者たちならば世界を変えてくれると確信したからこそ、我らは運命を預けたのだ」

 

 ならば勇者一行が魔大陸に入っている間、心置きなく戦えるように砦を守る。それがノーキンの役目だろうと突きつければ、今度は将軍が黙り込む番であった。

 

 だが両者が睨み合い、冷え込む空気の中。ふと照明が消えて部屋の中が真っ暗になってしまう。そこは百戦錬磨の勇者一行。静かに戦闘姿勢を整えて、フィーネちゃんの凛とした声が闇に響く。

 

「ツカサくん、光球を。皆は周囲を警戒して」

 

「了解」

 

 俺は命令通りに、すぐさまに明かりを作り出そうとした。しかし、手に光が一向に灯らない。まるで魔法という概念が消え失せたかのようだ。やがてイグニスが痺れを切らしたか。何やってるんだと代役を務めようとするのだが。

 

「……馬鹿な。魔法が出ない!?」

 

「イ、イグニスでも駄目なのか」

 

「おいおい、なんの冗談だよ。身体強化は出来てるぞ!?」

 

 すかさずに勇者は、カノン」と僧侶の名を呼ぶ。以心伝心。どっせいと部屋の扉が蹴破られて、廊下の薄暗い明かりが入ってきた。視界は辛うじて確保出来たものの、疑問は増えるばかり。

 

 どうやら基地中の照明が落ちて、外でも混乱が起きているらしい。いや、正確には魔道具だけが使えないのか。木を物理的に燃やしている松明は、変わらずに火を灯したままだった。

 

「これは、つまり?」

 

(……法則が書き換えられたな。そんな事が出来るのは、世界中でもただ六人)

 

 魔王が近づいていると、ジグルベインの呟きが聞こえる。

 まさか魔大陸にも入っていないのに遭遇するとはね。ラスボスがウロチョロするんじゃねえよ。

 

 同時、接敵を知らせる警鐘が喧しく鳴り響いた。

 

 

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