ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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557 魔王襲来!

 

 

 俺たちは異常を把握するや、一目散に駆け出していた。

 先導をするのは半裸の髭面、ポイチョフ将軍。手にはスライムの体液が染み込んだ松明を持ち、暗い廊下を通って魔大陸の境界へと急ぐ。

 

 そして日の下に飛び出れば、見えてくるノーキンと言う基地の全貌。

 通常の関所ならば門があるのだろうけれど、ここにそんな物は存在しない。谷間を埋めるのは防壁で、ただただ魔族の進行を阻む為だけに存在をしていた。

 

 雪積もる広大な草原に、突如としてそびえる高き壁。

 辿り着くまでには幾重の塹壕と障害(バリケード)が備えられ、更には両翼から魔法を仕掛ける射線まで周到だ。

 

「見事だな。400年に渡り魔族から守り通してきたいう話も頷ける完成度だよ」

 

 イグニスさえ、これぞ最高の要塞と認める防御形。受けの美学を体現したかのような理想の布陣は、難攻不落に偽り無し。勇者連合など要らぬというだけの自信と根拠が垣間見える。

 

 だが。いまばかりは、その最強の守りも機能不全を起こしていた。

 魔法封じ。魔力が主なエネルギーのこの世界では、あまりに無慈悲と言えるデタラメな能力。

 

 本来ならば、とっくに迎撃の魔法が放れているだろうに、前線はシンと静まり返り。

 あろうことか侵入者へ、草原のど真ん中を我が物顔で歩かせる暴挙を許してしまう。

 

「……あいつか!?」

 

(そのようだな。感じるぞ、強力な圧だわい。しかしこれは?)

 

 相変わらずにカカカと余裕を見せるジグだが、魔法封じはコイツにも効いている。この空間では霊体を維持出来ず、強制的に俺の身体へと押し込められたらしい。

 

 魔力で世界の法則を支配する者を、人は畏怖を込めて魔王と呼ぶ。

 そんな人類最大の敵とも言える存在が目の前に居ることに、さしも脚が震えてしまった。

 

 なんて言ったって、俺が最強と疑わないジグルベインと同格なのだ。

 突然にやって来るから災害なのだろうが、この邂逅はあまりにも早すぎるだろう。お願いだから、もう少し順序や段取りというものを考えてくれよ。

 

「大きい。巨人族かな。けど、何をしているんだろう……」

 

 隣には、同じように防壁から身を乗り出す金髪の少女。

 相手は遠目でも分かる巨体だった。これだけ離れていても姿を確認出来るのだ、背丈はゆうに5メートルを超えるか。

 

 いかにも偉いと訴えるような深紅のド派手なマントを風に揺らし、敵陣でありながら、腕を組んで仁王立っている。じつに堂々とした振る舞いだ。くたばってしまえ。

 

 顔のほとんどを占める単眼の瞳は、頭上を向き、ウンウンと満足そうに頷いていて。相手の意図を汲み取ろうとする雪女が、顎に手を当てて呟いた。

 

「……あれは、千手の亡骸を眺めているのかしら?」

 

「観光客かよ!」

 

 ツッコミながら憤りを見せるヴァン。

 まぁ気持ちは分かる。俺たちは明確に舐められてるのだ。これだけの防衛陣を前にしても、景色を眺める余裕がその証拠。

 

 しかし、それこそが覆らぬ戦力差の現れに他ならない。あれは明確な人類の敵である。そう判断したポイチョフ将軍は、手を挙げて総攻撃の合図を出す。

 

「うぉ、すげ」

 

 まさに天を塞ぐような攻撃。

 彼は砦の頭脳であり秩序そのもの。ここに来るまでも、混乱へ陥る部下へ、口早に号令を飛ばしていて。非戦闘員の避難、迎え撃つ戦力の収集、魔力に頼らぬ道具の準備。突然のことに関わらず指示は的確だった。

 

 おかげで規律を取り戻した兵士は、軍隊としてまるで一つの生物のように動き出す。山の斜面の至る場所で弓が射られ、草原に展開した部隊からも槍や爆弾が一斉に投擲された。

 

 これが今の精一杯。されど、この規模とこの数であれば、大抵の敵は一溜まりも無いだろう。そして、相手が並大抵であるはずもなく。

 

「ボハハハ! ぬるいわー!」

 

 咆哮。単眼の巨人はあろう事か、叫んだ衝撃波だけで、幾千の飛来物を全て叩き落してしまう。なんなんだよ、あの生物は。

 

 唖然とするのも束の間。まるで、お返しと言わんばかりに奴が輝き出した。

 そこで俺は、初めて敵が二人居る事に気が付く。巨人の存在感が大きすぎたが、肩にはお人形のように少女が乗っていたのだ。

 

「魔力が圧縮されている! 何故だ。あの女、この空間で魔力を扱えるのか!?」

 

「何を呑気な。ちょっとヤバイわよこれ!?」

 

 目を見張るイグニスが、僧侶に引き倒される。かく言う俺も、少女が放つ攻撃には度肝を抜かれた。

 

 極大の魔力を一点へ圧縮し、方向性を付けて解放する。それは以前にジグが見せた魔法そのもので。とある最強種の奥の手を再現したものだと聞く。

 

 名を竜の吐息(ドラゴンブレス)。世界を震撼させた、竜の技だった。

 チカリと輝く閃光が、俺たちの真下にある防壁を真正面から穿つ。襲い来る凄まじい衝撃と爆風。光に飲まれながら、足元が瓦解をしていくのを感じ。

 

「みんな、無事!?」

 

「痛てて、一応平気……」

 

 大公子やナハル宰相は避難をさせておいて良かった。足場が崩れ、俺たちは高い防壁の上から落下をした。積み重なる瓦礫がクッションとなり、なんとか剛活性で耐える事が出来たようだ。

 

 草原から仰ぎ見る景色は、ただの一撃で凄惨たる有様である。

 一体何人が犠牲になったか。地を深々と抉る痕跡。塹壕やバリケードは纏めてひっくり返されて、もはや役目を果たすまい。

 

 守備の要たる防壁は無惨に半壊し。更には崩落の振動で燃料に引火をしたのだろう。基地の至る所で火の手と黒煙が昇る。なんてこと。不落の神話が、こうも容易く破られるだなんて。

 

「あら、ぶち抜くつもりだったのに。案外人間もやるじゃない」

 

 燃え上がる牙城を茫然と眺める将軍に、キャハハと笑いながら、嘲りとも受け取れる拍手がパチパチと送られた。

 

 今度は俺たちが相手を見上げる番だった。草原を悠々と歩くは天を衝く単眼の巨人。その肩には翡翠色の髪をした少女が座り、さも愉快とばかりに手を打っている。

 

竜人族(ドラゴニュート)か。これは最悪の中の最悪の展開かも知ぬな……)

 

 竜人。確かに、少女は額から鬼のように角を生やすも、肌に蜥蜴のような鱗が見える。名前の通りに竜が擬人化したような姿だった。

 

 だが、その実力は見かけほど可愛らしくはないのだろう。腕の中ではリュカが怯え、あの気丈な魔女ですら顔を蒼褪めているのだ。

 

「我が名はポイチョフ・チョリンパー、この砦を預かる者なり。これより先はクリアム公国の領土である。汝の目的や如何に!」

 

 将軍は軍帽を深く被り、屈辱を声量に変えるように吠え立てる。炎に照らされる巨躯と、角の生えた少女は、待ってましたとばかりに、負けぬ気迫で答えた。

 

「ボハハハ! 名乗られては、返さねば不作法というもの。人よ刻め。吾こそは【闇君(あんくん)】。南の島の大魔王。その名偉大なオポンチキなり!」 

 

「同じく、ワテは【竜巣(りゅうそう)】の魔王ランガ。雷止まぬ嵐の国より参上しましたわぁ!」

 

(やはり二人居たか)

 

「……はぁ?」

 

 思わず間抜けな声が出てしまったが、思考が飛びかけたのは俺だけではないはず。

 一人でもヤバイ魔王が、何を思ったか仲良しこよしで登場をしたのだ。ここが地獄でなければ何だと言う。

 

「この度はランたんと婚約をしたので、祝いに世界を一周でもしようと思ってな! 混沌は過去に大陸を支配したらしいが、吾はその上を行く。世界全土にこのオポンチキの名を知らしめてやろう」

 

「こらこら、いかんよオポちゃん。勇者を見つけること忘れてますえ?」

 

「ボハハハ! そうだった。魔大陸に来たならば遊んでやろうと思っていたが、あの三大天を二角も落としたならば相手にとって不足は無し。噂名高きマキナを堪能しようぞ!」

 

 ああ、そういう事か。

 キャッキャと楽しそうにはしゃぐ魔王たちを見ながら、奴らが動き出した理由を知る。

 

 つまり、俺たちはパワーバランスの天秤を傾けてしまったのだ。

 三大天は【軍勢】の魔王が誇る最大戦力。キトにモア、この両者を退けた意味を、もっと重く受け止めるべきであった。

 

 軍勢落としは加速し、魔大陸での抗争は一層に激しくなる。そして何より、勇者の武勇が高まることで、彼女の首には価値が出来てしまったと。

 

 勇者フィーネ・エントエンデは、もはや魔王に狙われる立場になっていたようだ。

 

 

 

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