ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
俺たちは異常を把握するや、一目散に駆け出していた。
先導をするのは半裸の髭面、ポイチョフ将軍。手にはスライムの体液が染み込んだ松明を持ち、暗い廊下を通って魔大陸の境界へと急ぐ。
そして日の下に飛び出れば、見えてくるノーキンと言う基地の全貌。
通常の関所ならば門があるのだろうけれど、ここにそんな物は存在しない。谷間を埋めるのは防壁で、ただただ魔族の進行を阻む為だけに存在をしていた。
雪積もる広大な草原に、突如としてそびえる高き壁。
辿り着くまでには幾重の塹壕と
「見事だな。400年に渡り魔族から守り通してきたいう話も頷ける完成度だよ」
イグニスさえ、これぞ最高の要塞と認める防御形。受けの美学を体現したかのような理想の布陣は、難攻不落に偽り無し。勇者連合など要らぬというだけの自信と根拠が垣間見える。
だが。いまばかりは、その最強の守りも機能不全を起こしていた。
魔法封じ。魔力が主なエネルギーのこの世界では、あまりに無慈悲と言えるデタラメな能力。
本来ならば、とっくに迎撃の魔法が放れているだろうに、前線はシンと静まり返り。
あろうことか侵入者へ、草原のど真ん中を我が物顔で歩かせる暴挙を許してしまう。
「……あいつか!?」
(そのようだな。感じるぞ、強力な圧だわい。しかしこれは?)
相変わらずにカカカと余裕を見せるジグだが、魔法封じはコイツにも効いている。この空間では霊体を維持出来ず、強制的に俺の身体へと押し込められたらしい。
魔力で世界の法則を支配する者を、人は畏怖を込めて魔王と呼ぶ。
そんな人類最大の敵とも言える存在が目の前に居ることに、さしも脚が震えてしまった。
なんて言ったって、俺が最強と疑わないジグルベインと同格なのだ。
突然にやって来るから災害なのだろうが、この邂逅はあまりにも早すぎるだろう。お願いだから、もう少し順序や段取りというものを考えてくれよ。
「大きい。巨人族かな。けど、何をしているんだろう……」
隣には、同じように防壁から身を乗り出す金髪の少女。
相手は遠目でも分かる巨体だった。これだけ離れていても姿を確認出来るのだ、背丈はゆうに5メートルを超えるか。
いかにも偉いと訴えるような深紅のド派手なマントを風に揺らし、敵陣でありながら、腕を組んで仁王立っている。じつに堂々とした振る舞いだ。くたばってしまえ。
顔のほとんどを占める単眼の瞳は、頭上を向き、ウンウンと満足そうに頷いていて。相手の意図を汲み取ろうとする雪女が、顎に手を当てて呟いた。
「……あれは、千手の亡骸を眺めているのかしら?」
「観光客かよ!」
ツッコミながら憤りを見せるヴァン。
まぁ気持ちは分かる。俺たちは明確に舐められてるのだ。これだけの防衛陣を前にしても、景色を眺める余裕がその証拠。
しかし、それこそが覆らぬ戦力差の現れに他ならない。あれは明確な人類の敵である。そう判断したポイチョフ将軍は、手を挙げて総攻撃の合図を出す。
「うぉ、すげ」
まさに天を塞ぐような攻撃。
彼は砦の頭脳であり秩序そのもの。ここに来るまでも、混乱へ陥る部下へ、口早に号令を飛ばしていて。非戦闘員の避難、迎え撃つ戦力の収集、魔力に頼らぬ道具の準備。突然のことに関わらず指示は的確だった。
おかげで規律を取り戻した兵士は、軍隊としてまるで一つの生物のように動き出す。山の斜面の至る場所で弓が射られ、草原に展開した部隊からも槍や爆弾が一斉に投擲された。
これが今の精一杯。されど、この規模とこの数であれば、大抵の敵は一溜まりも無いだろう。そして、相手が並大抵であるはずもなく。
「ボハハハ! ぬるいわー!」
咆哮。単眼の巨人はあろう事か、叫んだ衝撃波だけで、幾千の飛来物を全て叩き落してしまう。なんなんだよ、あの生物は。
唖然とするのも束の間。まるで、お返しと言わんばかりに奴が輝き出した。
そこで俺は、初めて敵が二人居る事に気が付く。巨人の存在感が大きすぎたが、肩にはお人形のように少女が乗っていたのだ。
「魔力が圧縮されている! 何故だ。あの女、この空間で魔力を扱えるのか!?」
「何を呑気な。ちょっとヤバイわよこれ!?」
目を見張るイグニスが、僧侶に引き倒される。かく言う俺も、少女が放つ攻撃には度肝を抜かれた。
極大の魔力を一点へ圧縮し、方向性を付けて解放する。それは以前にジグが見せた魔法そのもので。とある最強種の奥の手を再現したものだと聞く。
名を
チカリと輝く閃光が、俺たちの真下にある防壁を真正面から穿つ。襲い来る凄まじい衝撃と爆風。光に飲まれながら、足元が瓦解をしていくのを感じ。
「みんな、無事!?」
「痛てて、一応平気……」
大公子やナハル宰相は避難をさせておいて良かった。足場が崩れ、俺たちは高い防壁の上から落下をした。積み重なる瓦礫がクッションとなり、なんとか剛活性で耐える事が出来たようだ。
草原から仰ぎ見る景色は、ただの一撃で凄惨たる有様である。
一体何人が犠牲になったか。地を深々と抉る痕跡。塹壕やバリケードは纏めてひっくり返されて、もはや役目を果たすまい。
守備の要たる防壁は無惨に半壊し。更には崩落の振動で燃料に引火をしたのだろう。基地の至る所で火の手と黒煙が昇る。なんてこと。不落の神話が、こうも容易く破られるだなんて。
「あら、ぶち抜くつもりだったのに。案外人間もやるじゃない」
燃え上がる牙城を茫然と眺める将軍に、キャハハと笑いながら、嘲りとも受け取れる拍手がパチパチと送られた。
今度は俺たちが相手を見上げる番だった。草原を悠々と歩くは天を衝く単眼の巨人。その肩には翡翠色の髪をした少女が座り、さも愉快とばかりに手を打っている。
(
竜人。確かに、少女は額から鬼のように角を生やすも、肌に蜥蜴のような鱗が見える。名前の通りに竜が擬人化したような姿だった。
だが、その実力は見かけほど可愛らしくはないのだろう。腕の中ではリュカが怯え、あの気丈な魔女ですら顔を蒼褪めているのだ。
「我が名はポイチョフ・チョリンパー、この砦を預かる者なり。これより先はクリアム公国の領土である。汝の目的や如何に!」
将軍は軍帽を深く被り、屈辱を声量に変えるように吠え立てる。炎に照らされる巨躯と、角の生えた少女は、待ってましたとばかりに、負けぬ気迫で答えた。
「ボハハハ! 名乗られては、返さねば不作法というもの。人よ刻め。吾こそは【
「同じく、ワテは【
(やはり二人居たか)
「……はぁ?」
思わず間抜けな声が出てしまったが、思考が飛びかけたのは俺だけではないはず。
一人でもヤバイ魔王が、何を思ったか仲良しこよしで登場をしたのだ。ここが地獄でなければ何だと言う。
「この度はランたんと婚約をしたので、祝いに世界を一周でもしようと思ってな! 混沌は過去に大陸を支配したらしいが、吾はその上を行く。世界全土にこのオポンチキの名を知らしめてやろう」
「こらこら、いかんよオポちゃん。勇者を見つけること忘れてますえ?」
「ボハハハ! そうだった。魔大陸に来たならば遊んでやろうと思っていたが、あの三大天を二角も落としたならば相手にとって不足は無し。噂名高きマキナを堪能しようぞ!」
ああ、そういう事か。
キャッキャと楽しそうにはしゃぐ魔王たちを見ながら、奴らが動き出した理由を知る。
つまり、俺たちはパワーバランスの天秤を傾けてしまったのだ。
三大天は【軍勢】の魔王が誇る最大戦力。キトにモア、この両者を退けた意味を、もっと重く受け止めるべきであった。
軍勢落としは加速し、魔大陸での抗争は一層に激しくなる。そして何より、勇者の武勇が高まることで、彼女の首には価値が出来てしまったと。
勇者フィーネ・エントエンデは、もはや魔王に狙われる立場になっていたようだ。