ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
よもやよもやに、襲来するは二人の魔王であった。
世界広しど六人だけが持つ最悪の称号。まるで法を敷くように、自然の摂理すらも捻じ曲げる力を持つことから、彼らは畏怖のもとに王と呼ばれ。
単眼の巨人は、魔法を封じるという凶悪な法則で世界を塗り替えた。
なんだかんだと魔力で回るこの世界だ。攻撃や防御はおろか、日用品の魔道具までがガラクタに成り果て。堅牢な砦が機能不全に陥って。
不自由な俺たちを嘲笑うように放たれる、竜の吐息。
竜人なる翡翠の髪の女の、その暴威。ただの一撃で、難攻不落を誇る防壁を半壊にまで追い込んでしまう。
神話がいとも容易く瓦解する。人類の防壁とでも言うべきノーキンが炎と黒煙に飲まれていく様は、まるで悪い夢でも見ているかのような気分であった。
「いやぁ、俺たちは実に運が良いぜ……」
だが、とても同じ光景を見るとは思えない台詞が半裸の髭面から飛び出す。言葉にはしないが、俺はショックで頭が壊れたのかと思ったほどだ。
面を食らう勇者一行を他所に。ポイチョフ将軍が、なぁと周囲へ呼びかければ、どうして掲げる剣と共に賛同の声が巻き上がる。
「な、なんで?」
「そりゃそうだろう。本来は崩れりゃ終わりのノーキン砦。しかし、偶然にも背後には勇者連合が居る。希望が繋がるんなら、俺達も安心して戦えるってもんだぜ」
魔王を前に微塵も衰えぬ闘志。行けと号令が下れば、上司に習い、全員が鎧を脱ぎ捨てて上半身裸で突貫をしていった。そんな戦士たちの背中を、バカ共が吐き捨てるポイチョフ将軍はニヤリと頬を釣り上げ。
「勝てぬまでも、時を稼ごう。砦が落ちたから何だってんだ。俺たちがノーキンだ!」
裸にされようと逃げはせぬ。敵の巨人よろしく仁王立つ姿からは、彼の不退転の決意を感じ取る。なるほど。物理的にも脱いでいると説得力のあるものだ。
そう、今の俺たちは丸裸。
魔導士団の魔法はもとより、騎士だって魔剣技を封じられては戦力も半減。身体強化だけが辛うじて使えるが、だからどうしたと言うほどの戦力差ある。
それでも退けぬ意地。
背後に国があり。友が居て、家族が居るから。国境にして現役の砦、ノーキンとは。即ち絶対に退けぬ死地なのだった。
「……アパムゥだな」
戦士の生き様に目を張る狼少女。気配に敏感なリュカは、すでにガクガクと脚を揺らすけれど、彼らに勇気を貰ったようで、オレもやると槍を握りめている。
まぁ時には撤退も大事なのだが、逃げるにも順番があるだろう。
誰かが敵を食い止めねばならぬなら、それが戦士の仕事に他ならない。俺はゾルゾルと黒剣を引き抜いて、いつでも行けると勇者の合図を待った。
皆の視線を受け取りコクリと頷く金髪の少女。聖剣に手を掛け、いざ勇者一行も戦いに身を投じようとするのだが。
ポイチョフ将軍が勇者の手を引き止める。正体がバレる前に逃げ出せと。フィーネちゃんは「その意見も分かります」と力強く彼を肯定し。その上で言い放つ。
「私は、守られる為に勇者になったんじゃない。守る為に勇者になったんだ!」
(なんか勇者風情が魔王に勝てると思われると腹立つわぁ)
「お前、どっち目線なの?」
気っ風の良い啖呵と共に、オポンチキを倒せと先陣を切る様は、さながらに戦女神か。
金の長髪を靡かせ、雷の如くに戦場を疾駆する姿に。俺とヴァンは負けていられぬと地獄に加わる。
◆
「ボハハハ!」
「でも実際、どうするんだこれ……」
(お前さんたちも大概考えなしよな。カカカ!)
さしずめ、それはレイド戦。全プレイヤーが協力して倒す大型ボスが、唐突に出現をして来た気分であった。
敵はオポンチキなる、ふざけた名前の単眼巨人で、挑むは大陸の守護者ノーキン軍+居合わせてしまった勇者一行。
なのだが。これがゲームであるのならば明らかな調整ミス。というか、開発者に倒す想定をしているのか問い詰めたくなるね。或いは立場が逆で、奴が無双する為のステージだと考えた方が、まだしっくりくるというものだ。
「オポンチキは逃げぬ。オポンチキは退かぬ。吾の首はここだ。誰ぞ打ち取って見せろ!」
魔王は、まるで電柱のように長い棍を振り回し、多勢に無勢の状況をものともせぬ暴れぶりを披露する。
囲おうにも、一振りでどれだけの人間が弾け飛ぶだろう。俺も何度か挑戦をしているが、いずれも攻撃に巻き込まれて近づけもしていない。その勢いや、もはや台風でも相手にしている気になった。
「そういうのは、この卑怯な空間を無くしてから言えやボケが!」
ノーキン軍に混じるヴァンが口汚く罵った。
二刀流の剣士は普段ならば空さえも蹴りつけるが、今ばかりは他と同様に地を駆けていた。それを、強いられているのである。
相手は身長5メートルを超える巨人。少年は頭部を斬りつけるべく、疾風じみた速さで跳躍をして。なるほど、狙いは目か。単眼で人の頭部ほどもある眼球は如何にも弱点だった。
しかし、鈍重そうに見えてオポンチキのなんて俊敏なこと。
ヴァンが剣を振るう瞬間には既に大きく後退をし、手に持つ棍で迎撃を行う。逃げ場の無い空中で、若竹髪の少年は、まるで交通事故にでもあったかのように回転して吹き飛んでしまう。
「ヴァンが死んだ! この人でなし!」
「勝手に殺さないで欲しいのだわ!」
「……なんとか生きてるぜ」
雪女に受け止めたれた若竹髪の少年。奴はなんと衝突の刹那に、相手の目へ向けて剣を投擲していたらしい。
予想外の反撃で僅かに手元が狂ったか。お陰で、ギリギリに直撃は避けたそうだ。ヴァンは額の汗を袖で拭いながら吐き捨てる。
「信じられるか、眼球が剣を弾いたぞ」と。わぁ魔王は目まで頑丈なんだね。誰だ弱点なんて言った奴は。
「魔力拒絶領域【暗黒武闘】は自らの戒めなり。ただの殲滅などもう飽きたのだ。さあ、我に挑む英傑達よ、矛を交わそう、血を昂らせよう。貴様ら一人一人を手ずから叩き潰してくれるわい! ボハハハ!」
魔法の縛りプレイ。それが己に課した自分ルールらしい。
だがふざけた事に世界法則にも適応され、お陰で砦の一帯は魔力の放出が不可能になっている現実。
やはりこれがキツイ。俺に至っては闘気を奪われて実力の半分も出せやしなかった。
素ではノーキン軍の方がよほど強く、改めて精鋭部隊なのだと思い知らされる。半裸の変態集団に負けて悔しいよ。
「早速機会が来たようね。味わいなさいよ魔王、これがスヴァル様直伝の黒蟻だ~!!」
「……カノン、それ急段だよね?」
「おお、オポンチキの棍を砕くとは見事なり! なんという豪傑か、吾は嬉しいぞ!」
いや、変わらない人も居るのか。衝突音が響き渡り、その成果に兵士が勢いづく。
見れば青髪ポニテのお姉さんは、魔法ってなんですかとばかりに巨人と筋肉で争っていた。
フィーネちゃんも絶界という体内で属性変化を起こす特殊技量の使い手。二人は強豪ノーキン軍に混じろうと、筆頭戦力としての活躍を見せる。
魔法封じは、確実にオポンチキの戦力も縛っているようだ。これは案外いけるのか。
ボーリングのピンのように吹き飛ぶ戦士たちを遠巻きに眺めていると、まるで俺の心を読んだかのように、「それはどうかな」とハスキーな声が答えた。
「ヴァン。実際に戦ってみて、相手の戦力をどう見る?」
「あ~。言い難いが、ありゃちょっと格が違うぜ。キトの肉体に、モアの技量を持っているつうかよ」
「なんだよ、その無敵生物」
俺があんまりな例えに呆れて居ると、魔女は満足のいく答えに、そうだねと頷く。
赤髪の少女は自らに機動力が無いせいか、リュカの背におんぶされていて。偉そうに言われても、どうにも威厳が足りていない。
「幸いにランガという魔王は戦いに参加していないが。それはつまり、この状況でも一人で余裕と見られているんだろう」
優位などは無いと言い切られ、俺は押し黙ることしか出来なかった。けれどイグニスは、油断はあるとニチャリと粘つく暗黒微笑を披露する。
オポンチキは、まだ勇者を相手にしている事を知らないのだ。
ならば俺たちで何とか隙を作り出せれば、フィーネちゃんはラグナロクを叩き込めるのではないかと。
「そういや突然戦いになっちまったが、聖剣に魔力の蓄積は足りてんのか?」
「日数を考えれば、ギリギリ一回くらいはいけそうね。むしろ、この領域で放てるかのほうが疑問なのだわ……」
「バカか、駄目でもやるんだよ。ちまちま戦ってて勝てる相手じゃない。最大火力を叩き込むぞ」
相変わらず無茶を言ってくれるね。俺は立ち上がり、ヴァンに気張れよと発破を掛けた。
テメェもな。目つきの悪い剣士が答える。
勇者のためなら仕方がない。死に物狂いで一発ぶちかましてやるか。