ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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560 その名は混沌

 

 

 儂はツカサの頭を撫でくり回す。黒いサラサラの髪は指通りも良く、いつまでも触れていたい気持ちにさせた。しかし、そういう訳にもいかぬのよな。 

 

 まったく死人とは不便なものだ。闘気法の秘奥を使い、魔力で仮初の身体を作り上げるも、その出力に耐えられずに魂が崩れていきおる。

 

 本当は最後まで使いたくなかったのだが、ここが潮時だろう。

 敵は魔王が二人。聖剣の魔力が尽きては、もはや勇者達に勝ち目があろうはずも無い。

 ツカサを守るには、今だ。この魂を燃やし尽くすならば、今なのだ。……だと言うのによ。

 

「やだ! お別れなんて、嫌だよ!」

 

 これだ。ツカサは儂に抱きにつくと、黒曜石のような瞳を涙で潤す。その口調と表情は、まさにお別れを告げた日の、赤子の姿そのものだった。

 

 まるであの日の続き。しかし違う所があれば、今は仮初といえど体があり。ついぞ叶わなかった抱擁が出来ることか。

 

 こちらも背に手を回し、すっかり逞しくなった男の子の鼓動を味わった。

 嗚呼、子供を抱くのは、こんな感じであったかよ。耳元に掛かる吐息。伝わる体温。力強い腕。彼から伝わる全てが愛おしく――これで思い残しは無くなったわい。

 

「楽しかったぞ、ツカサ。息災でな」

 

「お別れみたいな言い方してんじゃねぇよぉ……」

 

「泣くな、男前が台無しじゃ。もっと胸を張れい、お前さんは魔王に一撃かました男なのだぞ。カカカ」

 

 どれほど抱き合ったか。いけないとは思いつつ、手を放すには余りに名残惜しかったもので、ついつい時間を浪費してしまった。これで死ねば、本当にただの馬鹿者であろう。もう行かねばと、ツカサの腕を優しく解く。

 

「ジグルベイン~!」

 

 待って。再びに伸ばされる手は、もう儂の影さえ握ることは無い。既に勇者を押し退け、オポンチキなる単眼の巨人の前に立っているのだから。

 

「選手交代じゃい。代打、儂!」

 

「貴女は獣殿……」

 

「お前っ……」

 

 驚く勇者の声に交じり、もはや聞き飽きた声も届く。目をやれば、白藍髪の女に止血をされるイグニスが、赤い瞳を見開いていた。さながら、やってしまったと言わんばかりの顔だ。

 

 良いよ。ツカサを本気で日本へ帰そうとしてくれた礼じゃ。一度くらいは勇者一行(ツカサの友達)を守ってやるさ。その代わり、後は頼んだぞ。マジ頼んだぞ。

 

 

「むっ……ここは、何処だ。なぜ【深淵】の天魔もどきがおる。オポンチキは勇者と戦っていたはずだが?」

 

「違うよオポちゃん。コイツ、あの人形なんかじゃない。なんなんだよ、この領域の密度は。こんなの法則の上書きどころか、もう世界の創造に等しいだろうがよぉ!?」

 

「カカカ。ようこそ、我が混沌世界へ。外は邪魔が多かったので、貴様らを特別に招待してやったわ」

 

 荒れ狂う魔力は、法則を蹴飛ばし、現実を犯し、魔界とも言える架空の世界を作り出す。

 儂は王座に座りながら手を広げ、見せつける様に来訪者を歓迎した。

 

 そこは光もなければ闇も無い空間。星屑を足場に、広がるは限りなき宙。光を飲み込む太陽が漆黒に輝き。巡る世界に新星が生まれては朽ち果てる。

 

 ここには全てがあり、そして何も無い。原初にして終焉。虚無ゆえに万能。そんな、総て終わりし始まりの場所である。

 

 困惑をする単眼巨人と竜人娘を見るのも楽しいが、時間が無いので押して行くか。

 少しばかりツカサを抱きしめすぎたわい。この調子では持って3分。まるでウルトラ●ンにでもなった気分よのう。

 

「挨拶が遅れたな魔王諸君。初めまして、我が名は【混沌】。お前らの終わりだ」

 

「混沌? その名は竜族全ての敵。出したからには真偽は問わぬ。疾く死にや!」

 

 儂の領域と反発しながら、竜娘の周囲へ嵐が吹き荒れた。

 ゴロゴロと唸る暗雲は稲光を生み、次第に雷は竜を象っていく。その大群は空を埋め尽くし、万雷となり降り注いだ。

 

「ほう天候操作。雷どころか、雨も風も雪も。大空の全てを支配するか。空は我の物、となど、竜が考えそうなことよな」

 

「そうだ。偉大なる竜魔王の無念を継ぎ、今度こそワテの一族が空を支配する!」

 

「くだらぬ。それは一度墜ちた幻想だ。もはや汝らが翼をはためかす空は無い」

 

 指を鳴らせば、無数の雷は瞬時に掻き消えていく。それはまるで空から竜が消えた、あの日のようで。込み上げる笑いに耐え切れず、カカカと声が漏れた。

 

 儂は、組んでいた脚を解いて立ち上がり。

 虚無から引き抜くヴァニタスの切っ先をカンと床に付ければ、宙に再現されるは、かつて屠りし竜魔王の顎。唖然とする竜人の顔を堪能しながら、言ってやる。

 

「そ、それは。そのお方は……まさか!?」

 

「応とも儂が滅ぼしたのよ。ちょっと剣を研ぎたかったのでな」

 

 我が混沌世界【崩壊の(プロローグ)序章(カタストロフ)】は、この能力で壊した物が空間に蓄積され、ある程度創造出来る。しかして、その本質は破壊すれば、するほどに強くなり、いずれは世界さえ飲み込む、ブラックホールのようなところであった。

 

 貴様らも飲み込まれろ。天空に座す竜の屍より、かつてこの身を襲った竜王の吐息が吐き出され。はて。如何に魔王と言えど、無傷で済むとは思えぬのだが。震える竜人を庇うように単眼の巨人が立ち塞がりおる。

 

「なるほど、これはかの混沌というのも、あながち嘘では無いか。まぁどちらでも良い。今の吾は、戦士たちの熱に当てられて滾っておるのだ」

 

「オポちゃん。コイツ、強いよ。それでも戦るんだね……?」

 

「ボハハハ! この魔力を味わえば分かるわい。しかし、王として一度吐いた言葉は飲み込めぬ。即ち、オポンチキは逃げぬ。オポンチキは退かぬ! 強き者に敗れるは本望なり!」

 

 彼もまた王であり、己の道を征く強者であったようだ。

 魔力拒絶領域【暗黒武闘】。なるほど、使い方を変えれば、魔力の攻撃は全て防げるかよ。

 

 単眼の巨人は大地を引き抜くように、土魔法で作り出した根を構え。いざいざと、研ぎ澄まされた武を披露する。

 

 竜人の娘も、開き直ったか。半ば絶叫するように【竜巣】の領域を押し広げ、混沌世界の天気はもはや予測不能。暗雲の下には稲妻と竜巻が荒れ狂い、鋼の豪雨に凍てつく吹雪が吹き付けた。

 

「カカカ。魔王と言えば、こうでなくてはのう! では本物の暴力と言うものを見せてやろうぞ!」

 

 振り返れば、壊してばかりの人生でした。

 それは、いつかツカサに言われたように、この手には何も無かったからなのかも知れぬ。

 恐れる物が無かった。故郷も家族も居ない儂は、有り余る力で暴れ回り。やがて魔王とまで呼ばれた。

 

「そんな儂の最後が、よもや人間の子供を守る為に戦うとはな。お前らも、こんな気持ちであったか?」

 

 あの少年と回った世界には。何処にもかしこにも、混沌配下の名前が聞こえた。領や、国だと、皆が何かを守って果てたらしい。

 

 見ておるか、ベルヒラハ。お主の作ったノーキンの、不落の神話は汚させんよ。

 お前たちの王は。壊すしか能のなかった女は。ちゃんと守り、繋ぐ事を覚えたぞ。この唇はもう吐息をせぬが、最後に責務くらいは果たせたかのう。

 

「あっあっ……そんな。オポンチキは、あの【暗君】だぞ。地上最強の男なんだぞ!?」

 

「うむ。思いがけぬ強敵であったな。お陰で、一度目は呪いながら死んだものだが、二度目は晴れ晴れと逝けそうじゃ」

 

 巨人に魔法は通じなかった。その格闘技術はほぼ極まり、身体能力も中々のものだった。されど連戦だ。勇者の与えたダメージを負いながらでは、我が闘気法には匹敵しない。濃厚な3分を過ごし、暴力に屈した奴は満足そうに笑いながら死んだ。

 

 オポンチキなどとふざけた名であったが、言い訳一つしない清々しい死に様だった。首を跳ねる折に天晴と声を掛けたほどである。

 

 さて。ランガとか言う女は、もはや愛人の死で心が折れたようだ。さくりと殺して、儂も笑いながら行くかね。

 

「我が生涯に一片の悔いなし。カカカ。カカカのカー!」

 

「グ~~!!」

 

 崩壊していく混沌世界を眺めながら勝鬨を上げる。

 時間切れで消えていく間際にジグと呼ぶ幻聴が聞こえた気がした。それは、まごうことなきツカサの声で。

 

 良き旅であったな。思い出綺麗に目を瞑ろうとするのだが。遠くに、手を伸ばしながらこちらへ駆けて来る黒髪の少年を見つけてしまう。

 

 ……何故居る。

 いや、そうか。奴は魔力が似すぎていて、この世界にも入れてしまうのだ。つまり、最初から迷い込んでいたのかよ。

 

「ま、まずい。儂はもう体を維持出来ん。このままではアヤツ、崩壊に巻き込まれて弾き出されるぞ!?」

 

 もーなんで、お前さんはそうなんじゃ。しっかり手を握っとかんかい、イグニース!

 

 

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