ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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563 今はただ祝福したい

 

 

 絶景かな絶景かな。まぁ絶望的な景色という意味でだが。

 そこは炎に包まれた町だった。木造の家々が激しく燃え盛り、至る所で火柱と黒煙が立ち昇っている。

 

 視界を埋め尽くす灼熱の壁に鈍色の空は、息の詰まりそうな閉塞感。

 あれだけ冷えていた体も、熱に照られて汗を吹き出し。焦げ付く臭いが鼻を衝く。

 

 まるで焼かれた鉄板の上にでも放り込まれたかのような気分になり、少しだけ、たい焼き君に同情をした。こんな毎日ならば、そりゃうんざりもするだろう。

 

 しかし、そんな大火災も、彼らにはちょっとしたキャンプファイヤーか。

 家の屋根より高い位置から、ゆらりと煙を揺らす巨体があった。炎の奥に踊る影法師の数は、おおよそ20ほど。

 

 武装をした巨人たちは、縄張りに紛れたネズミの存在に気づき。単眼の大きな瞳をギョロリと見開いて地上を捜査する。その様、まさに見敵必殺。大きな金槌を箒のようにして、建物を軒並みに薙ぎ倒して侵入者を探るのだ。

 

「別に逃げやしねえんだけどな」 

 

 目の前ではゴルフのような豪快なスイング。家が火の粉を撒き散らして弾けると、遮る障害物が消えて単眼の巨人と目が合った。

 

 頭上から「あっ」と間抜けな声が聞こえるも大振りの直後だ。体が慣性によって捻じれていて、どうしようもなく隙だらけである。俺はニコリと微笑みかけて、その顔面に拳をお見舞いする。

 

「おおっ、目玉にコンタクトレンズのような膜がある。眼球が丈夫なのは仕様だったんだ」

 

 もっとも、剣さえ弾いたオポンチキとは違い、兵士の網膜はパリンと割れた。巨人はもはや武器も手放し、顔を抑えて地面を転げ回っている。

 

「居たぞ、ソコか!」

 

 ちょっとした発見に感動する俺へ、四方八方からモグラ叩きのように振り落とされるハンマー。巨人の足元を駆け抜けて躱すと、衝撃で土が陥没し、大地すらも震えた気がした。

 

 人間の町は彼らには狭い。小回りが利かないのをいいことに、数人をヒット&アウェイで仕留めたが、それもそろそろ潮時か。

 

「……おっ、やっと出てきたな。観念したのか人間?」

 

「ああ。広い所でやろう。テメエらは泣いても許さねえ」

 

 状況を作ったのは俺である。時計回りに逃げることで、町は円形に崩れていた。動きを誘導して消化活動に勤しんで貰ったわけだ。

 

 お陰で丁度いい広さの舞台が出来上がる。さぁ久しぶりの大立ち回りと行こうじゃないか。炭と化した木を踏みつけながら、俺は戦場を駆け出す。

 

「クソっ。ちょこまかと、このチビ人間が!」

 

「チビじゃねえ。俺は170ある! 170あるぞ!」 

 

 ゆうに5メートルを超えるお前らがデカいんだよ。

 巨人共は俺を囲もうとするが、股の下も潜り抜けられるので意外や包囲はガバガバだった。通りすがりに脚を斬りつけていくだけで、簡単に無力化をする事が出来る。

 

 これは楽勝か。そう思った矢先に、膝をついた巨人が投手のように腕を振りかぶっていた。瞬間、飛来するのは瓦礫に木材。投げるという単純な行為も、大きな手と腕のリーチにより、攻城兵器のような威力を発揮して。

 

「効かねえよ、こんなもん」

 

「……嘘だろ」

 

 あまりに広範囲すぎて避けることは出来なかった。けれど剛活性の魔力防御に力を注ぎ込めば、投擲の勢い相まって、触れる物すべてが粉になっていく。

 

 これなら、オポンチキの攻撃が生み出す余波の方が威力があったな。今更ながらに魔王というのは、とんでもない生物だったと再認識をする。

 

 そう。このくらいの芸当は、勇者一行は勿論のこと、上級騎士ならば誰でも出来るだろう。そんな猛者たちが束になっても蚊トンボの様に落とされる、三大天や魔王たちの戦力が異常なのだ。何せ彼らは、文字通りに世界の頂点を競うレベルなのだから。

 

「お返しだ、吹き飛べ!」

 

「ぶげっ!?」

 

 散魔銃を腹に打ち込み、また一人昏倒させた。

 投擲が効かないと分かった奴らは、金槌を握りしめて直接ぶっ叩こうとするのだけど。それこそ悪手だろう。いかに巨体で怪力を誇ろうと、身体能力で勝る俺からすれば、もはや大きな的でしかない。

 

 見せてやるよ闘気混式。

 巨人の集団は、自分の三分の一に満たぬチビに、暴力を振るわれる。

 

 真下から体を駆け上るように走る斬撃。血飛沫を上げながら倒れる巨人を宙で眺めれば、体がガシリと握られる。捕まえた、なんて呑気な声が聞こえるのも束の間。兵士は俺の思わぬ重さにつんのめり。

 

「人間一人持ち上げられないのか。案外非力なんだな」

 

 重さは力さ。体を掴む腕を捻りあげ、逆にこちらがぶん投げる。建物を潰し、大の字に倒れる大男。流石に仲間が振り回される姿は、異様だったか。見下ろす目に怖れが混じり始めるが、もう遅い。

 

 もう、遅いんだよ。

 絶叫のもと、怖れを払うように乱舞する複数の凶器。家を薙ぎ、地を抉り、それでもたった一人の人間を潰せなくて。

 

「どうした、こんなもんかよ巨人共」

 

「こ、こいつ英雄級だー!?」

 

「なんでそんな人間が、こんな場所にいるんだよ!?」

 

 あっという間に半数以下にまで減る暗君軍の残党。散々斬って殴って蹴飛ばした後だ。少し凄めば、蜘蛛の子が散るように逃げ出していった。

 

 戦いには勝ったが、当然ながらいい気分になどなれない。

 彼らが去った跡に残ったのは、風が吹けば崩れそうな、痛ましい廃墟だけだったから。

 

「ごめんね。俺がもう少し早く来ていれば……」

 

 何が変わったという訳でもないのだろう。 

 けれど、もう終わってしまった景色を眺めていると、遅かったという感想しか沸いてこない。

 

 しかし、やるせなさに黄昏ていると、町中へ急に光の柱が立ち昇る。まさか、あれは。虹色に輝く魔力の奔流に、しばし唖然と見上げてしまった。

 

「今のはデウスエクスマキナだ。間違いない!」

 

 何故ここに。俺は一息つく間もなく、煙の燻る路地を進んだ。光が見えたのは一瞬なので、記憶を頼りに周囲を探索し。辿り着いたのは町の片隅で。

 

 そこは崩落した建物の屋根が、不自然に消し飛んでいた。恐らくは下敷きになり出られず、無意識にマキナを放ったのだろうか。床下の狭い収納に押し込められる、二人の子供の姿があった。

 

 まだ5~6歳ていどの金髪の少女はビエンビエンと泣き喚き、10歳くらいの男の子が必死に抱きしめて、不安を紛らわせようとしていて。

 

「……もう、大丈夫だよ」

 

「……っ!」 

 

 俺が声を掛けると、少年の肩がビクリと跳ねる。けれど大人の顔を見て、緊張が解れたか。鼻水を垂らしながら、大きな瞳に涙を貯めていた。

 

 辛かったね。我慢したね。偉いぞお兄ちゃん。二人を穴倉から引き上げて、思う存分に泣かせてあげることにする。

 

「君たちは、兄妹なのかな?」

 

「ぐすっ……ちが、ちがう。でもマリーは僕の妹みたいなもので」

 

 やがて、少し落ち着いた時。たどたどしい口調で語られる二人の関係。

 この子達には親はおらず、一人の女性を母の代わりに育ったのだと言う。その人は、町が襲撃された折に、子供たちを隠して捕まったのだとか。

 

 俺はうんうん、と相槌を打ちながら、崩れた建物は教会だったのだろうと推察する。少女の首元には、木彫りだが、マーレ教の象徴であるリーフが描かれているからだ。

 

「参ったな。こういう場合、どうするのが正解なんだろう」

 

 ならば、この子が次の勇者というのは、ほぼ確実である。あの大魔王の刺客で、マキナの入れ物。厄災のネタだと言うのは分かっているのだけど、俺にこんな子供を手にかける勇気があるはずもなく。

 

「頑張ったね。よく生き残ってくれた!」

 

 燃え尽きた滅んだ町で、それでもか細く咲き誇る生命を、今はただ祝福したい。 

 

 

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