ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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564 エルマとマリー

 

 

「はぁ~~」

 

 どうしたものだろうね。俺は焚火に当たりながら、長い溜息を吐き出す。

 あれだけ激しい火に包まれていた町も、夜には燃え尽きて、もうすっかり夕闇に飲み込まれていた。

 

 けれど、夜くんには照らしてくれる月さんが居るだけいいものだ。こちらは、先の見えぬ明日に頭を抱えることしか出来ない。

 

 そんな俺の気持ちを露知らず、膝元には二人の子供が毛布に包まり寝息を立てている。泣き疲れたのだろう。事情を聴いている最中には、コクリコクリと舟を漕いでしまったのだ。

 

「まぁ関わったからには見捨てられないよな。きっとジグだってそう言う……言わねぇな」

 

 子供の説明だけに要領を得ない点は多かったが、とりあえず分かった事もある。

 焦げ茶の髪の男の子の名前はエルマ、8歳で。山吹色の髪の女の子の名前はマリー、5ちゃい。手を広げて教えてくれたよ、ウフフ。

 

 そして二人に両親は居ないけれど、育ての親たるママが居て。

 ここは町でも片隅だ。魔王軍の侵略に気付き、なんとか隠す時間があったのだと思う。子供たちの入っていた床下の収納には、毛布に僅かながらの食べ物と、物資(愛情)も一緒に詰め込まれていた。

 

「あの巨人たち、奴隷用の馬車って言っていたよなぁ……」

 

 魔大陸の土地勘など無いし、救助を考えると、あまり遭難地点から離れたくもないものだ。しかし、まずはこの子達を安全な場所へ連れて行かないだろう。問題は「何処へ」で。

 

 思い返せば、街中にはあまり戦闘の形跡が見当たらなかった。町門を破られた時点で、早めに降伏していたのであれば、案外ママはまだ生きている可能性が高いのではないか。

 

「……よし。朝になったら足取りを追うか」

 

 お母さんに会えればいいね。すやすやと眠る子供たちの頭をそっと撫でる。

 魔獣の存在を考えると火番を欠かすわけにはいかなくて。夜は長そうだなと、あふと欠伸を噛み殺した。

 

 ジグも、こんな気持ちで眠る俺を見守っていてくれたのだろうか。早く、貴女に会いたいよ。

 

 

「よーし、じゃあお母さんを探しに行くぞー!」

 

「「おー!!」」

 

 リュカのおかげで子供の扱いには覚えがある。ママに会いに行こうねと囁けば、簡単にその気になってくれた。ちょろいぜ、と思う反面。会えなかったらどうしようと心に重石がのしかかった気分だ。

 

 エルマとマリーの二人と手を繋ぎ、引率の先生にでもなった心地で廃墟になってしまった町を進む。他の生き残りが居ないか確認したかったのだけど、少し酷であったか。

 

 二人は変り果てた無人の故郷を茫然と眺めていて。泣き出しこそしないが、手をぎゅっと強く握りしめられるのが伝わる。

 

「ほら、マリーちゃん。もう少し頑張ろうね」

 

「……うん」

 

 倒壊した建物も多く、足場も悪いのだが、それ以上に驚くのは幼女の体力の無さである。短い歩幅で懸命に歩るいているのは分かるけれど、こんな小さい体で旅に出て大丈夫だろうかと不安しか覚えない。

 

 途中からマリーを肩車すると、幼女は高い視線にご機嫌だ。それに比べ、少年は面白くなさそうに頬を膨らませている。今度やってあげるから、嫉妬するなよお兄ちゃん。

 

「せめて馬車があればなぁ」

 

 と自分で言って閃いた。そうだ、大人数を馬車で移動させたならば轍が残るはずだよな。

 その勘は当たり。門の付近には、巨人たちの大きな足跡と、何かの生物、そして車輪の痕跡がクッキリと存在した。

 

 幸いに、町の外には薄っすらと雪も積もる。これならば、狼少女でなくとも奴らを追跡出来そうじゃないか。

 

「にしても、なんだろうこの生き物。馬でも鳥でもないな」

 

「チェパロだよ。ツカサ兄ちゃんは知らないの?」

 

「へー、エルマは物知りだなぁ」

 

 聞けば、地竜とも呼ばれる巨大なトカゲらしい。家畜ではなく、主に脅威として知られているそうだ。

 

 思えば暗君軍は竜人と同盟を結んでいるのだから、巨人が移動手段として竜を使役していても変ではないのか。いつか俺も乗りたいな。そして玉乗り仕込んでやるぜ。

 

「なんにせよ方向が分かったのは幸先がいいや。後は目的地が近くならいいんだけど……」

 

 一体何日掛かるかやら。

 焼け残った家財道具を漁らせて貰い、鍋や包丁ていどは手に入った。手ぶらだった事を考えれば、随分と頼もしい重みではあるのだが。やはり不安は子供たちだろう。

 

「僕、町から出るの初めて……」

 

「だろうなぁ」

 

 目を離さないようにしようと使命感を抱き、俺は魔大陸の冒険の一歩めを踏み出す。

 

 

 それから、はや二日ほど経った。最初はどうなるかと思った旅であるが、魔王軍のせいか魔獣にも遭遇せず。ペースを考えなければ順調と言えるだろう。

 

「さて、そろそろ休憩しよう。エルマ、鍋に雪入れてこい」

 

「……ねぇ、アレやんないと本当に駄目?」 

 

「駄目よ、だめだめ」

 

 そして時間が過ぎる事で、幾つか分かったことがある。

 例えば子供たちの性格。エルマは男子らしく、やんちゃだが、根は素直で妹想い。ママの手伝いもよくしていたようで、口では反発しながらも良く働いてくれる。

 

 なので鍋で溶かした雪を、嫌そうな顔をしながらも、ちゃんと濾過装置にかけてくれていた。雪は貴重な水分ながらも不純物が多い。こんな環境では些細な病気も命取りになってしまうので、念には念を入れ、溶かした後は煮沸して濾過をかけているのだ。

 

「でもさー、靴下で本当に綺麗になるのぉ?」

 

「なるさ。カノンさんの靴下だぞ」

 

「誰ぇ……」

 

 なお濾過には靴下を使っている。中に砂利と小石と炭を詰めて、コーヒーをドリップするようにカノン汁を抽出するのだ。ガキはうげぇと舌を出すが、仕方ないんだ。これも生き残るためなんだよ。

 

 まぁヴァンの靴下だったら俺は死を選ぶけどね。偶然にもポケットに入っていたのが、僧侶の物で本当に良かった。

 

「お兄ちゃん、わたちも枝拾ってきた!」

 

「ありがとー。偉いねマリーは」

 

 幼い少女が、フンスと成果物を見せてくる。俺はデレデレになりながら、細い木の棒を受け取った。お兄ちゃん。実にいい響きだね。

 

 マリーちゃん5ちゃいは、物静かで人見知りをするタイプらしい。そんな話を聞いて、先入観から距離に悩んだものだが、接すればどうして健気な良い子である。初見で俺に懐き、エルマは結構本気で驚いていたものだ。

 

 ……たぶんだけど、彼女も嘘や悪意を見抜けるのではないか。時折、じぃと人の顔色を伺う仕草が、フィーネちゃんと被る瞬間があった。願わくば、この子は剣を持たず、勇者の力とは無縁で過ごして欲しいな。

 

「ぼう、やって! ぼうっ!」

 

「よーし、いくぞ。ファイア!」

 

 魔法陣からライター程度の火が噴き出すと、少年と幼女は目を輝かせて喜ぶ。凄いと持て囃されれば、自尊心が刺激されて鼻高々だ。

 

 そう。火の問題も解決をした。

 切っ掛けは、マリーが俺の首飾りに混じる指輪に興味を示したことである。こんな年でもやはり女の子。キラキラした宝石は好きなのだろうか。

 

 そして思い出したのは、誰かさんが指輪を爆弾にして吹き飛ばしたと言うエピソードだった。つまり宝石も純度によっては、魔石のように属性を帯びるという事で。

 

 この指輪はエルツィオーネ家の代紋。あの放火魔の一族からの預かり品である。試してみたら出来ちゃった。

 

「イグニスから魔法の基礎を習っていて本当に良かった!」

 

 いや、魔女から貰ったのは魔法だけでは無い。

 話半分に聞き流していた彼女の蘊蓄だが、そういえばと、ふと蘇る記憶。一緒に旅をしていたお陰で、自然に動植物の無駄知識も身についていたらしい。

 

 まさか、コレを作ることになるとは。薬草を煮詰めたイグニス汁を、3人で苦い苦いと味わった。ありがとう。俺は皆の力で、なんとか一人でもやっていけているよ。

 

「さぁ、二人はご飯食べな。俺は少し目を瞑るから、何かあったら起こしてね」

 

「……僕のあげるから、兄ちゃんも食べなよ。もうずっと食べてないじゃん」

 

「俺はお前らが寝てる時に食べてるから大丈夫だよ」

 

 唯一の問題は食料。季節は冬で、人にも魔獣とも出くわさないものだから食べる物が本当に無い。水と木の根を齧ってはいるが、最近はずっと腹がぐうぐうと鳴っていた。

 

 二人に残された食べ物は僅かだ。それは君らの分だよと、優しい少年の頭を撫でる。武士は食わねど爪楊枝。子供が遠慮をすることなど何もない。しかし。

 

「うそ、だーめ!」

 

「……はい」

 

 まさか幼女に叱られてしまうとは。

 二人から差し出される、一欠けらの、石のように固いパン。ボソボソとした味気の無い豆。こんなものでも、彼らの貴重な財産なわけで。

 

「美味しいね」

 

 とても満ちぬ腹だが、心だけは満腹である。

 

 

 

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