ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「「うぉらああ!!」」
俺たちは四足獣が如く、前のめりになり地を掴み。やがて咆哮を上げて同時に飛びした。その動きはまるで鏡合わせ。拳を振るう時間さえ惜しみ、突き出す頭部をぶつけ合う。
踏み込みの勢いそのままに額と額が重なり。襲い来る衝撃には、眩暈どころか世界が傾いたように感じる。
この野郎、頭まで超合金で出来ているのかよ。全負荷の掛かった首は、へし折れそうな程に軋み、脳みそが揺さぶられて平衡感覚を失った。それでも意識が飛ばないのは、より激しい痛みのせい。額はもとより肉の薄い箇所だ。一撃で皮膚が裂けて、鮮血が噴き出す。
「どうした! まさか、それで終わりじゃねえだろうな!」
「当たり前だ。俺はな、まだお前のしたことを許してねえんだよ!」
後になり聞けば、シュバールの襲撃は魔王軍の脅威を伝えるデモンストレーションだったそうだが。その余興で一体何人の騎士が死んだ。町が壊され、どれだけの人間が住処を失った。
町の人は生き残ったと前向きに考えていたけれど。災害には慣れていると笑顔を見せてくれたけどさ。見えぬ所で零れた涙を、無かった事になんか出来るかよ。
仰け反る背を起こす反動で、赤鬼の左頬を思いきりに叩きつける。これでも全力の一撃だと言うのに、キトは僅かに首を動かしただけだった。
「人間ってのは面倒臭えなぁ。立場で敵も味方も変わらぁな。なら大事なのは戦う理由の方じゃねえのかい!?」
「ごぼぉ!」
お返しとばかりに胸へ張り手が繰り出され、後方へと弾き飛ばされた。
巨人でも持ち上げきれぬ混式の自重なのに、俺が足を引き摺った跡は10メートルを超える。流石に強えな。早くも足が震えて、立っている事さえ困難になってしまう。
「兄ちゃん、大丈夫!?」
ちらりと目をやれば、出血に心配をする幼い兄妹の姿。
キトの言うこともあながち間違いではない。俺はあの子たちを親に合わせて、その後はどうする。
少なくとも巨人と竜の魔王連合を追い返さない事には、彼らに日常は戻らないのだろう。戦力が必要だ。その目的の為には、鬼の手を取るのが一番早いのかも知れない。
「それでも、さぁ!」
あの時の事は、今でも夢に見た。
剣を握る力さえ失い倒れたヴァン。そんな少年を庇い、顔の砕けたカノンさん。
勇者はまるでトロフィーのように掲げられ、痛みに漏らした悲鳴がいつまでも鼓膜に焼き付いている。
「俺にもケジメがあるんだよ。これを清算しない限り、はいそうですかとお前の手を取れるもんか!」
「応。こちとら逃げも隠れもしやしねえぜ。その思い、ドンと胸にぶつけてきやがれ!」
強くて怖い赤鬼が、四股踏み、俺を待ち受ける。
かつては勇者一行の全員掛かりで敗北した相手。単独でなど敵うはずもなく、それでも退けぬ因縁があった。
魔王は怖い。キトはもっと怖い。
足が震えるのはダメージだけではないはずだ。次に殴られたが最後、二度と起きれぬかもと死の予感さえ脳裏に過り。
「だから、どうしたー!」
熊のように両手を広げる鬼へ向かい、俺は奥歯を噛み締めてその胸元へ一直線に飛び込んだ。がつりと四つに組み会って、力と力の比べ合い。腕を通して感じるその馬力は、もはや生物を超えて重機にでも抱き着いているかのようだった。
別に謝って欲しい訳じゃない。本当に、ケジメをつけたいだけなのである。
勇者一行にとって、【赤鬼】のキトは明確に特別な相手といえる。この男に力が通じず、なぜより強大な魔王に喧嘩を売れようか。
「そうさ。忘れるもんか、あの日の敗北を。みんな悔しくて、いっぱい泣いて。その想いを糧に牙を研いで。俺たちは、お前を倒すために強くなったんだぁ~!」
「……っテメェ。この力は!?」
折角の胸を借りる機会。皆を代表して一発かまさなければ嘘だろう。
だから俺はジグルベインに習った、闘気法の次段階に手を付ける。どんなに力んでも山のように不動だった赤鬼が、ほんの僅かであるが後退し、予想外の抵抗に驚きの声を上げていた。
「へへっ……」
しかし闘気の反動により体中の血管が破裂をして、筋繊維がブチブチと裂けていく。
まったく、じゃじゃ馬め。出血は目にまで至ったか、視界がジワリと赤に塗りつぶされて。これでは本気を出せるのは、せいぜい30秒が限界かな。
けれど相撲を取るには十分だろう。
思い切りに押せば、キトはむきになり、一層に強い力を腕に込める。
ここだ。フェヌア流、泥鰐。相手の押すタイミングに合わせて体を引き、掴んだ腰を捻るように投げ飛ばしてやった。
「なんだよこれ。兄貴が投げられるなんて、もう事件じゃねえかよ!?」
「ガタガタ騒ぐんじゃねえ!」
一瞬ではあるが、キトの足裏が確かに地を離れた。その異常事態に妹鬼が叫ぶ。
だがそこは百戦錬磨の赤鬼だ。ブリッジのような姿勢を取りながらも、なんとか背に土が付くのを防いでいた。
どころか。ヘソが持っていかれるようなこの感覚。野郎、まさかそんな不安定な姿勢で俺を投げ返そうとしていやがるのか。
予想は当たり、奴の足指がギュッと大地を捉えるや、たったそれだけを支点に反った身体を起こしてしまう。
「ぎゃー!?」
腰を掴まれ、縦に豪快振るわれた俺。視界には凄い勢いで地面が近づいている。
失格以前にこんなの死ぬわ。なんとかトンボを切って足から着地をするも、その姿勢は先ほどのキト以上に不安定なもの。
さながらリンボーダンスでもするかの如く、ひょこひょこと前に飛んでバランスを取り。残った残った。
「「おっっらあああ!!」」
そして振り返り、再びに激しく組み合う俺たち。キトの表情からは余裕が消えう失せ、額に血管を浮かび上がらせながら言う。
「驚いたぜ。まさか超活性の領域に踏み込んで来やがるとはなぁ」
「これが闘気法の本領。カカカ流は、魂で肉体を凌駕するんだ!」
そもそもに、英雄さえ寄せ付けない超人とは何者か。
その秘密を魔王に聞いて、俺は唖然としたものだ。その秘密は心臓にある。本来は魔力の流れる経路ではない血流にまで魔力を宿す事で、エンジンを二機搭載している状態が彼らなのだった。
そりゃ強いわけだよ。
だが、闘気も霊脈の外から魔力を加算する技能。原理さえ把握してしまえば、壊滅的な負荷と引き合えに、超活性にすら並ぶ圧倒的な暴力を得る。
「俺の親父は、混沌軍の勧誘を蹴り続けた。奴らはどうしようもなく、侵略を繰り返す炎見てえな連中だったからだそうだ」
「……っ」
けれど力は拮抗したわけではない。キトは口を開くが、俺は緩めれば押し潰されそうな腕力に奥歯を噛み締めて耐えることしか出来なかった。押し込まれ押し込まれ、なんとか倒されないように食い下がるので精一杯だ。
「だが。昔は山中にあった鬼族の里も、いまや残るは此処が最後でい。軍勢の親分に借りた看板のお陰で、俺たちゃ群雄割拠の魔大陸を何とか生き残る事が出来たのよ!」
何の話だと思えば、コイツが戦う理由か。
つまり鬼族は魔王軍に所属することで恩を得た。だから子分として、親の顔に塗られた泥を。裏切った三大天が許せないのだと。
「テメェもそうじゃぁねえのか。聞けば、【竜巣】は天魔の姐さんの仇なんだろう。やられっぱなしで許せんのかい!?」
気迫と共にキトの言葉が胸に刺さる。そりゃあ悔しいよ。奴らに出会わなければ、ジグはいまも隣でカカカと笑ってくれていたはずなんだ。
ああ。だから俺に声を掛けたのか。
立場は違う、所属も違う。されど竜を落とすという目的だけは一致するはずだから。
キトの誘い文句は極めてシンプルで。俺が、竜を、殴りたいのかどうか。単純化された問題、イエスかノーで突き付けられる回答に。
「許せるわけが、ねぇだろうがぁ!」
気付けば叫んでいた。
ああ、俺にもこんな熱い気持ちがあったのだなと驚くほどだった。そして何処か、曇っていた心に、言ってやったと、清々しい思いがやってくる。
そうか。ああだこうだ言っても、俺は結局、あの魔王が憎かったのか。
腹の内はすっかり決まり、晴れた心で勝負に集中をすることにした。
「ありがとうキト。俺は言い訳ばかりだったね。だからラメールの件は、これでチャラにしてやるよ」
勝ちは頂くがね。
ヴァンには不発で終わった魔閃口。魔銃を口から吐き出し、狙うのは俺たちが組み合う足場であった。
四股を踏み、散々に蹴りつけた地面は、もはやヒビが走り脆くなっていて。そこにダメ押しでぶつかる魔力の塊。足元は陥没し、ベキベキと細かい破片になって砕け散る。
こうなっては、いくらキトの力が強かろうと関係ない。ほんの僅かに訪れる対空時間。残りの体力全部持ってけよ。混式で増した自重で、最後のぶちかましに臨み。
「ドスコーイ!!」
「なぁにいい!?」
モクモクと視界を覆うほどに立つ砂埃。
下には大の字になって空を仰ぎ見る赤鬼が居て。そんな彼の胸元に倒れる俺。
どちらに土が付いたかは瞭然で、勝ち誇りながらも意識が飛びそうな俺にキトが言う。
「べらぼうめ。ドスクゥで魔闘技は反則だってんだ……」
「そんなぁ~先に言えよ」
しかし発気揚揚。力を絞り言葉を交わし、気は合った。
いっちょ一緒に、魔王と戦るか。