ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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571 母を訪ねて

 

 

 俺達はカランカランと鳴り響くハンドベルの音に誘われて、広場へとやって来た。

 どうやら、そこでは白昼堂々と奴隷の競売が行われるらしい。木で組まれた舞台の上には、種族を問わず見世物のように老若男女が並ばされている。

 

 大陸でも犯罪者は強制労働を課せられるそうだが、いま縄に繋がれている人達は違う。

 エルマとマリーのように魔王軍の侵略によって住処を奪われた人。子供がカブト虫を虫篭に入れる程度の感覚で捕らわれた被害者だ。

 

「……お兄ちゃん、いたい」

 

「おっと、ごめんよ」

 

 手には無意識に力が籠ったらしい。幼女が泣きべそをかきながら、上目遣いに見上げてきていた。俺は謝りながら、そんなマリーちゃんを肩へと担いで聞く。あの中にお母さんは居るのかいと。

 

「ううん。いないの」

 

 少し落胆した声で答えられて、そっかと返事をするも。俺にはそれが幸か不幸か分からなく。ただ茫然と成り行きを見守ることしか出来ない。

 

 そんな間にもドンドンと進行をしていく人間オークション。早速に一人目の奴隷が前に連れ出されるのだけど、他の人間の何もかもを諦めたような暗い目とは違い、彼女は懸命に牙を剥き運命に抗う姿勢を見せているではないか。

 

「やめろ。オレに触るんじゃねえ。てめえら全員ぶち殺してやるからな!」

 

「あれは……」

 

「はは。見てください、この元気の良い少年。なんと今は珍しき人狼の血族で、捕らえるには兵士も苦労したと聞いております! ではいつも通りに10万ゴルトから始めましょう!」

 

 普段は括っている髪が解けていて印象が違うけれど、あの声と態度は間違いなく狼少女であった。なんでリュカが魔大陸に居るんだよ。一瞬思考が飛びかけるものの、周囲の白熱した声に慌てて現実を見る。

 

「まぁ、中々整った顔ね。可愛いわ~おじさん興奮しちゃう」

 

「ならばあれでも魔族か。いいぞ、魔力使いは建築業界で大歓迎だ!」

 

 これはオークションなのである。うかうかしていたら、彼女は知らぬ誰かに落札されてしまうだろう。どうする。一応キトから50万ほどは預かっているから、まだ手の届く範囲なのだけど。

 

「13万!」

 

「15万!」

 

 リュカは一人なのか。他の勇者一行の仲間はどうなっている。ここでお金を使い果たしていいものか。

 

 しかし悩む間にも吊り上がっていく値段。俺は友達が買われる姿など見たくない一心で、崖から飛び降りる気分になりながら声を張り上げた。

 

「ご、50万だー!」

 

 そもそも人間の相場はいくらなのだろう。いきなりの3倍額には広場も静まり返る。

 司会を務める燕尾服を着た紳士蜥蜴も決着を察したか、おやおやと肩を竦めて拡声の魔道具を手に取って言うのだが。

 

「出ました50。これ以上は居ませんね。ではこの少年は、お子様連れの彼に……」

 

「待て、私は100出そう!」

 

「なっ!?」

 

「これはマルグリット卿。貴女も酔狂ですねぇ」

 

 勝ったと確信した矢先だ。横から響く声が更に倍を乗せてくるではないか。

 思わず、その方向を睨みつければ、遠くには馬車から降りもせずに顔だけを見せる女の姿がある。

 

 一見はただの人間に見えるが、卿と呼ばれるだけあり身分は良さそうだ。筋肉を纏うゴツイ上半身は、似合わぬピンク色のヒラヒラドレスを着ていて。目が合うやソイツは冷たい目で薄ら笑いやがった。

 

 紳士蜥蜴は無言にこちらを一瞥してくる。まだやるかいと、戦意の有無を問うのだろう。無理だよ。下唇を噛みながら首を横に振る。

 

「ツカサ! 良かった、お前生きてたんだな!」

 

 一方でリュカは、俺に気付いて今にも駆け出そうとしていた。己を縛る手枷と縄を鬱陶しそう身を捩り、再会に声を弾ませるのだが。

 

 魔王軍にとって彼女は大切な商品だ。見せつける意味もあるのだろう。逃げようとすれば、こうなるぞとばかりに護衛の兵士に袋叩きにされてしまい。ブチリと噛み千切った唇から、口の中にじわりと鉄の味が広がった。

 

「ツカ……」

 

「ごめんなリュカ。待ってろ、必ず助けるから」

 

 ズルズルと力無く引き摺られていく灰褐色の髪の少女。それと引き換えに、舞台には女の部下が金を持って登ってくる。

 

 数えられた硬貨は、どうだ。内の何割かが、舞台の上から巨大なガラスのケースに収納されていくではないか。今更に気付くけれど、そのガラスの箱はこの広場に設置されている物らしい。

 

「……あんなので盗まれないのか?」

 

 透明なだけに、既に大量の金が入っているのが見て取れた。そんなに治安の良い場所とは思えないので、不思議に思い呟くと。不意に隣のオークから肩を殴られてしまう。

 

「馬鹿野郎、人間。軽口でも奴らに聞こえる場所で、そんな恐ろしい事を言うんじゃねえ!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 曰く、アレは竜人王への貢物。手を出せば、反乱の意思ありと町ごと滅ぼされるそうな。

 ははん。敢えて金を見せつけて、絶対の力を誇示しているのか。そこに金があるのに、どんなに飢えていても手が出せないとは。悪趣味極まるね。

 

 しかし、仕組みの前には何も出来ないのも事実。

 あの成金女が正当な対価を払いリュカを購入した以上、それを暴力で奪うのは違うと俺は考える。

 

 早くも二人目のオッサンが壇上に登るのを眺めながら、どうしたものかねと頭を抱えていると。肩に乗る幼女が頭頂をペシペシと叩きながら必死に訴えてきて。

 

「お兄ちゃん、おかあさん居た! あっち、あっち!」

 

「ええっ、本当かいマリーちゃん!?」

 

 思わぬ朗報が飛び込んできた。俺は幼女の指示す方へエルマの手を引き走りだすが、肝心の兄は、周囲の人垣のせいで何が起こっているかまるで把握していないようだ。

 

 良かったね、お母さん生きてたってよ。広場はオークションの熱に浮かされていて、子供連れでは移動も一苦労。日本人の必殺技「ちょっとそこ通りますよ」でペコペコと人波を掻き分けて。その人を見つけたのは、馬車の通れる大通り。

 

「おかあさ~ん!」

 

「嘘。マ、マリー。それにエルマまで。貴方たち、よく無事で……!」

 

 彼女は幼女特有の高い声に反応して、人混みの中からも子供たちを見つけ出し。思わぬ遭遇に涙ぐみながら、駆け出そうとした。

 

 ジャラリ。しかし張る鎖が、親子の距離を埋める事を拒ぶ。やはり、誰かに買われて奴隷へと身を落としていたのである。

 

「そうか、またお前か……」

 

 馬車の主は、先ほどリュカを購入したマルグリット卿なる人物だった。

 マリー達のお母さんは、やはり聖職者なのだろう。どうやら傷だらけの狼少女に癒しを施してくれたらしい。

 

 或いは、その回復能力こそ貴族に目を付けられた原因か。

 気絶するリュカを抱えた女性は、逃げ出そうとしたことで、無理矢理に馬車へ連れ戻されていく。

 

「お願い、待って。あの子達は私の家族なのよ!」

 

「うるさい。マルグリット様がお待ちだ、早く乗れ」

 

「そんな、お母さ~ん!」

 

 念願の再開は、抱擁すら叶うことなく引き裂かれてしまう。

 子供たちは、走り出す馬車の背にいつまでも手を伸ばして、大声を上げて泣き叫ぶ。

 大丈夫、気持ちは俺も同じだよ。二人を胸に抱えて、湧き出す悔しさと悲しさを、目から吐き出し。

 

 けれど、そう。

 中々に凄いお胸の持ち主であった。年は意外や若く、二十代の前半くらいなのだろうが。

 少し垂れ目の優しそうな眼差し。なんでも包み込んでくれそうな、ふくよかな体格。醸し出す雰囲気は包容力に満ちていて。

 

 有り体に言えば、バブみあった。俺ですら、思わずママと呼びたくなったほどだ。いや、あれはもう俺のママだろ。

 

「必ず助けるよ。二人のお母さんって事は、俺のお母さんでもあるからな!」

 

「えっ、どうしてそうなるの?」

 

「おかあさんは、マリーたちのおかあさんなの!」

 

 子供には少しばかり難しかったか、理解はして貰えなかった。けれどリュカの件もある。

 俺のママは返して貰うぜ、マルグリット卿。

 

 

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