ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「おお、まさか本当にマリー達なのか?」
リュカとママを乗せた馬車が去り。路上に取り残された俺は、泣きじゃくる二人を抱き抱えていた。
すると不意に背後から声を掛けられる。誰だと警戒を強めながら振り向けば、そこにあったのは、やはり知らない顔。背の低い兎の獣人が、目を真ん丸にして立ち呆けている。
低く渋い声がしたので、どんな野郎かと思えば、随分と愛くるしい姿ではないか。
黒兎が直立する姿は、まるでシルバニ●ファミリーの一員に出会ったかのようだった。ボロイ農民服を着ていなければ、だけど。
「……貴方は、この子達の知り合いかにゃ?」
頭が可愛いで埋め尽くされそうになるも、努めて冷静に返す。動物好きなティアならば危なかったのだろうが、残念だったね、生憎と俺は猫派なのさ。
ウサギさんが答える前に、「あっ~!」と驚きの声を上げるのはエルマだった。
連れ去られたママがこの町に居るのだ。他の住民が居ても不思議ではないが、少年の明るい顔を見るに、それなりに近しい関係だったのが伺える。
「ツカサ兄ちゃん、この人は町長さんだよ!」
「……へぇ。じゃあ色々と事情も知ってそうか」
「まぁ、今はただの農奴だ。まずは二人を助けてくれて感謝をしたいのだが……ここで長話も良くないな。私の部屋にでも来てほしい」
君は先ほどの競売で目立ちすぎたと言われて、俺は周囲の視線を自覚する。
どうにも注目を集めているとは思っていたけれど、さては子供が泣いているからではなく、金を持っていると知られたからか。
しかし、その悪目立ちがこの出会いを生んだらしい。
ウサギさんは肩に乗る幼女に気付いたからこそ、接触をしてくれたのだから、分からないものだ。
「こちらこそ、耳を触らせてください」
「む、なぜ耳なのだ?」
「間違えた。ぜひ話を聞かせて欲しいです」
懐疑的な目で見られながらも、まぁいいとピョコピョコと路地を跳ねていく黒兎。可愛い。そんな彼の後ろを大人しく付いていく俺たち。
見知らぬ街の見知らぬ通り。そこを案内するのがウサギと来た。不思議の国にでも誘われやしないかと考えるのだが。俺が居るのは、もうとっくに異世界だったね。
◆
「着いたぞ。ここだ」
「……うわぁ。おうちよりボロっちい」
「マリー、しっーしっー!」
妹の失言に、兄が慌てて口を塞いでいた。そうだね。たとえ今にも朽ち果てそうなボロアパートでも、言葉に出すのは良くないね。俺は黙って虚ろな目で見上げているよ。
それに外見がどうあれ、住めば都と言う。実際にシェンロウで暮らしたシェアハウスも古ぼけてはいたが、楽しい日々を過ごしたものだ。
勇者一行の皆は元気かな。少しばかり懐かしい気分に浸りながら部屋にお邪魔をすると、「まぁまぁ」と迎えてくれるのは白兎で。奥さんなんだ。へぇ可愛いね。
「ごめんねー。今は碌なおもてなしも出来ないけどねー」
「ハハハ。お構いなく……」
これをどう判断したものだろう。出された皿には、一本の人参が生で乗っていた。
まさか、これがオヤツだとでも言うのか。俺はウサギじゃねーぞ。手を出すのを躊躇っていると、けれど隣のエルマは「わーい」と喜んで齧りだす。
少年が草食動物のようにカリコリと人参を咥える珍妙な絵面。ねぇそれ美味しいの。こっちはもう、その堅そうな咀嚼音だけで食べる気も失せていくよ。
「お兄ちゃん、あげる!」
「好き嫌いは良くないよ、マリーちゃん」
しかも幼女はこんな時ばかり媚びた声を出してくるではないか。いらないと断れば、舌打ちが聞こえてきそうほどに不機嫌になっていた。
子供を窘めた手前、自分が口にしないわけにもいかず。無心になり先端から食べてみる。少しばかりファンタジー食材を期待したのだけど、無常にもただの人参だ。それは固く、泥臭く、そしてほろ苦い。
「さすが奥さん。これは良いカロトですね」
「やだねえ。エルマは口が上手なんだから~」
「!?」
このガキ、人参の違いが判るというのか。別に褒めてはいないのだけど、少年はいやーと照れ臭そうに鼻頭を擦っていやがる。
俺が無表情で人参をかみ砕いていると、折を見て町長さんが口を開いた。最初の一声は、こうするしかなかったのだと、言い訳じみた謝罪だった。
「すまんな。私の力が足りず、皆を奴隷に落としてしまった。けれど抵抗する者は殺されている。生きる為には最善だったのだよ……」
「まさか【軍勢】の領土にも平気で攻撃を仕掛けてくるんなんてねぇ……」
困っちゃうわと、おっとり頬に手を当てる白兎に癒されながら思う。敵は内部犯。キトが居ないと知っていれば、恐れる必要も無かったのだろうなと。
「でも、軍勢も魔王軍ですよね。奴らには町を荒らされたりしなかったんですか?」
「まさか。彼らは縄張りと言いつつ、何も要求して来ないよ。むしろ我らの方こそ、庇護が欲しくて勝手に貢物をしていたくらいだ」
自分たちは弱い種族だからねと自嘲気味に言う町長。
人間界でも雷鳴轟く、古の魔王【軍勢】。その配下の、天にも等しき者たち【三大天】。
なぜ勇者ファルスともあろう男がその軍門に下ったのかと思えば、必要だったのか。
争いの絶えぬ魔大陸では、最強という看板が何よりも頼もしい存在だったのかも知れない。
「そうですか。キトが守れなくて申し訳ないと、落とし前は必ずつけると言っていましたよ」
「まさか、あのお方に会ったのか。……ああ、なんてこと。私がもう少し勇気を出して戦っていたならば、こんな事にはならず済んだのだろうか」
やはり奴隷の生活は辛いのか、よよよと泣き崩れる黒兎。
思わず同情しそうになるものの、「給料は少ないし、休みが週に1度しかないんだ」という発言を聞いて、おやと真顔になった。
そうだ。彼は奴隷という割に普通に外を出歩き、いまもこうしてお茶をしている。
住居を与えられ、賃金も貰えて、休みもあるなんて、冒険者ギルドより余程ホワイトな仕事だ。
まさか奴隷以下の扱いだったとはね。真に倒すべき敵は、じつは奴らなのでないか。ウゴゴゴゴ。おっといけない。うっかり暗黒面に染まりそうな思考を払い、俺は敬意をもって言う。
「いえ。門を破られ、街中に入られた時点で長くは無かったと思います。町長さんの早期の決断が、多くの命を救ったのではないかと」
「……ありがとう。その言葉だけで、救われた気分だよ」
「それで、実は相談したい事がありまして」
仲間が奴隷として買われてしまった事を告げると、オークション会場に居たウサギは彼かと唸る。そういばリュカは外見のせいで男と間違われていた。面倒だし訂正しなくていいか。
「助けたいんですけど、何か手段はありませんか?」
「うーむ。買い戻すのが一番簡単なのだろうが、相手が交渉の席に立つとは限らんからなぁ」
なにせ、と言い淀むウサギ。聞かせてくれと迫れば、マルグリット卿という名は、町に来て日が浅くても良く耳にする悪名なのだという。
「見せた方が早いか」
町長は椅子から跳ね降ると、部屋の窓をバンと開く。
見えるのはただの路地なのだけど。耳に届く激しい鋼の打音と盛り上がる歓声。そこでは血だらけの二人が戦わせられていた。どこか覚えのある内容に、以前咬み千切られた右腹が疼くようだ。
「仲間同士では表立って戦えないがね、代わりに剣奴を戦わせるのが今の魔王軍の流行らしい」
「奴隷でポケ○ンバトルとか正気かよ……」
そしてマルグリット卿は元剣闘士。その圧倒的な強さで成り上がり、いまでは竜巣軍の幹部を務めるそうだ。故に、奴の二つ名は【
「最強の剣闘士も今や賭けの元締め。彼女が求めるのは優秀な戦士で、こんな町の喧嘩なんかじゃなく、闘技場で殺し合わされるのさ」
「……リュカ!」