ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「言っとくけど、あーしは手伝わないからな」
「いいよ。案内してくれるだけで十分さ」
フードで顔を隠す鬼娘は、これ以上目立てるかと、ブツくさ文句を言いながら前を歩き。やがて、ここだと足を止めて建物を見上げる。
兵士の詰め所だ。かつてはこの町の規律を守るべく存在していた場所も、今や魔王軍の手に落ちているという訳か。いや、元から魔王軍の領地だっけ。
相手の欲するものは分かりやすく金であり、俺がオークションで支払おうとした50万ゴルドを子供たちの身代金として要求してきていた。お腰に付けたきびだんご、ならぬ金袋をじゃらりと外して、ふと思う。
「なんか大金をくれたみたいだけど、キトは随分と太っ腹だったんだね」
「気にするな、金は必要だろ。鬼族が軍勢に所属する前は盗賊団でね。無断で谷を通る奴らの身ぐるみを剥いでいたから、財宝だけはたんまりとあるんだよ」
竜も泣いて逃げる竜哭谷だぜ、キキはそう言ってカラカラと笑う。恨まれても仕方のない所業だけに、「そう……」と遠い目をすることしか出来なかった。
それもよりも驚くのは、金の本来の使い道だ。
滞在費にしては多いと思ったけれど、情報を買ったり人を雇ったりするのが主な用途らしい。そんな発想がまるで無かったので、なるほどと唸るばかりである。
「……ちょっと待て。お前、何に使う金だと思ってたんだ?」
「行ってくるね!」
こいつ大丈夫かと言わんばかりに胡乱な瞳が向けられた。鬼族はかなり長い目で戦いを見据えているようだ。
思えばそう。キトが突っ込めば、大概の敵は制圧出来るだろう。
それをしない、いや出来ないのは人的摩耗を嫌がっているから。奴とて人の子、腕は二本。隙を見て町を奪われたように、どんなに強くても守り切れる範囲には限りがあった。
「三大天ともなれば、ただの脳筋じゃなかったか」
軍同士での争いとなれば、単位は町、或いは領の規模になる。
局所的な勝利だけでは駄目なのだ。もしや俺の想像を遥かに超える大戦に巻き込まれたのかも知れない。
いまこそジグルベインやイグニスの知恵が欲しいところなのだが。まぁ居ないものはしょうがない。俺に出来る精一杯をこなそうではないか。
「ごめんくださーい!」
せっかくこちらから足を運んだというのに、兵舎の前には見張り一人居なかった。
なので訪問が分かりやすいように扉を蹴り飛ばす。震えろ。これがフェヌア教の由緒正しき所作である。
意味はてめぇ等全員ぶっ飛ばす、だがね。
扉は激し音を立てて部屋の片隅まで吹き飛んだ。詰め所というだけあり、中には多くのトカゲが控えているのだが。
襲撃などまるで想定していなかったか。酒盛りや札遊びに興じる連中は、目を真ん丸にして間抜けに来訪者を見ていた。
「言われた通りに金を持ってきたぞ。子供たちは無事なんだろうな」
何をするにもまずはそこから。俺が袋を投げつけて金貨を床にぶちまければ、1秒2秒と間を置き、室内に盛大な笑い声が響き渡る。
「ギャハハ! 嘘だろ、本当に来たよ!?」
「うわーまじかー。絶対に勝てる賭けだと思ってたんだけどなー」
こいつらには誘拐さえ賭け事の対象か。目の前では嘆きの声と共に、賭けの元締めへと小銭が移動する。
来なかったらどうしたのだろうと思うけど、人身売買が普通に行われているのだ。明日には子供が売り払われていたかと考えるとゾッとする話だった。
そして小銭を数えてニンマリとほくそ笑む大柄なワニこそ、エルマたちを浚った犯人か。
偉そうに椅子にふんぞり返るソイツが、おいと顎をしゃくれば、トカゲが部屋の奥へと消えていき。
「うるさくてかなわなかったんだ。何度殺してやろうかと思ったか」
「……ツカサ兄ちゃん!!」
悪意に敏感なマリーは泣き崩れ。エルマは目に涙を貯めながらも、妹を抱きしめて懸命に守ろうとしていた。その温かい兄妹愛に俺は心を打たれるのだけど、外道には何も響かないらしい。
「金は受け取ったからガキを返してもいいんだがよぉ。頭の良いは俺は閃いたぜ、お前も売っちまえば、更にお得だよなぁ!?」
「おお。そういばコイツ、奴隷の首輪をしてないっすね!」
ガハハと笑うワニを手下が褒め称え、俺を捕えようとぞろぞろと入り口に集まりだす。
所詮は爬虫類。なんてお粗末な頭だろう。抵抗をするなという意味で人質を連れてきたのだろうが、脅すならせめて凶器を突きつけろよ。
「【闇の輝き光を照らす】【白に眩み、黒に潰れろ】」
「ブゲッ!?」
そう、奴らは魔法の想定もしていなかった。
銃の形を作った右手から黒い光が射出され、子供たちを連れてきた兵士が悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
なに事だと後方で起きる異常に思わず振り返るトカゲたち。
次はお前らだよ。俺は魔銃を拡散型に切り替えて拳を振るう。広範囲を照らす重光は、さながら壁のように迫って包囲網を食い破る。
「お待たせ。ちょっと迎えが遅くなっちゃったな」
「おにぃ、お兄ちゃん。僕は……!」
一瞬で半数が倒れ、魔王軍の兵士たちは言葉も忘れて立ち尽くした。俺はその中を悠々に歩き、頑張ったねとエルマに優しく微笑んだ。
いよいよに決壊する少年の涙腺。よく見れば口元を腫らしていて、暴力を振るわれたのだと容易に分かる。うんうん、マリーの為にちゃんと戦ったんだね。偉いぞお兄ちゃん。
「テメェ等、俺の身内に手を出したんだ。覚悟は出来てるんだろうなぁ!?」
「何を言うかと思えば。お前こそ誰に手を出したか分かっているのか。俺達は竜巣軍だぞ!」
この町の住人や奴隷扱いされる者たちまで反抗出来ない理由がそれ。彼らは軍隊で、背後には恐ろしい魔王が付いているのだった。脅し文句を言って調子づいたか、ワニは続けざまにこう吠え立てて。
「やはり俺の奴隷にしてやろう。これはいいぞ。【抱天】の買った人狼よりも強そうな人間じゃないか」
「お前に飼い馴らせると思ってんのか。なら、この怒りを受け止めてみろよ」
竜巣軍? だからどうした。俺はもとから、竜を落とす為にこの町に来たのである。
これが決定的な火種になると分かりつつ、子供に手を出されて拳は固く握られるばかり。思い切り振りかぶって、まさか抵抗するなど思っていない横面をぶん殴った。
闘気までは使ってないとはいえ、威力は魔銃と桁違い。
大柄なワニは建物の壁を突き破って、大通りへとその身を晒し。残る部下は、上司がやられて慌てふためき逃げ出していく。なんて三下ぶりだ。
「や、やりやがったな人間風情が。俺たちに手を出す事の意味を教えてやる!」
「げっ、まだ意識があんのかよ。意外と頑丈だな」
ワニは起き上がれぬまでも最後の足掻きを見せる。腰に下げていた角笛を口にあてがい、大きく鳴らしたのだ。
その音は初めて耳にするものだった。ギャオンとさながら獣の咆哮のような甲高い響きが町中に轟き。通行人たちは審判のラッパが鳴ったかのように絶望に慌てふためく。
「……えっなに。もしかして増援でも来る感じ?」
俺また何かやっちゃいました? 知っているかいと少年たちを見るのだけど、二人ともぶんぶんと首を横に振るばかり。事の次第を教えてくれたのは、裏通りから騒ぎを聞いて駆け付けてくれた鬼娘であった。
「不味い、竜笛を使われたぞ!」
兵士の質を見れば圧倒的に強いはずの暗君軍。なのに巨人族が反乱をせずに大人しく配下になったのには理由があると。
竜。かつての大空の支配者は撃墜され幻想となったが。その血族は地上で変わらぬ強者として君臨していた。今の笛は竜人族の作る、竜の叫び声に似せたもので。同種に出す危険信号のようなものらしい。
「ギャオーン!」
「あー。あれね、なんて言ったっけ……」
「チェパロだよー!?」
近くには厩舎でもあったか。巨人族の乗る馬車さえ牽ける大きなトカゲが、建物の屋根を突き破って顔を見せる。
興奮状態にある地竜は、身を捩るだけで街並みを崩壊させた。それでも体には傷一つ付けないのだから、凄まじい筋力と堅牢な鱗だ。これはちょっと、玉の乗り仕込むとか言ってる余裕はない……かな。