ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
俺は
酒場のマスターとハードボイルドなやりとりを交わして、渡された鍵。いざ二階に上がり、期待と共に部屋へ入ってみれば。そこは何とも、ありふれたワンルームではないか。
なんだ、つまらん。
飾り気が無い、というか。単純に物が少ない。目を惹くのは真ん中にあるデカいベッドくらいだった。拠点に使えという話であったけど、寝るくらいの用途しかなさそうだな。
そして、そのベッドの上には、我が物顔で寝転がる鬼娘と、借りてきた猫のように肩身を小さくしている子供が二人居て。開く扉の音に三人の視線が一挙に集まる。
「あ~テメェ!」
「ツカサ兄ちゃん! 良かった、無事だったんだね」
「やぁお待たせ」
人目に付かぬ場所だけに、キキは暑苦しいローブを脱ぎ捨てて素顔を晒していた。
真っ赤な肌に二本角の生えた、鈍色髪の少女であるが。俺へ詰め寄るや、頭を抱えて悶絶をするではないか。
「着いて早々に、どうしてこんなに問題を起こせるんだ。この馬鹿人間、想像以上に脳みそが小せえよ。頭に糞でも詰め込んでるんじゃねえのか!?」
「ウフフ。あの青銅男といい、魔族は罵倒が上手なフレンズなんだね」
言葉は立派な凶器になるんだぞ。正面から無能さを嘆かれると、多少は心にくるものがあった。さんざん魔女になじられて来た俺でなければ挫けていたかも知れない。
しかし、言い分に理があるのが困りもの。反論出来ずに文句を受け入れる。
もとより鬼だと目立つからという理由で、エルマたちのママを探す俺が潜入する事になったのだ。
まさか、いきなり魔王軍の幹部たちと因縁が生まれるとはね。少しばかり動き辛くなったと反省である。
「それで。あの地竜はどうしたんだよ?」
念のため、というやつか。答えは分かりきっているだろうに、キキは返り血で染まる俺へと問いかけてきた。
「町の被害が大きかったから倒したよ」
「ええ~!? ツカサ兄ちゃん、チェパロに勝っちゃったの!?」
これでも無駄な殺生は好まぬ身。竜殺しを誇る気にもなれず、ただ事実だけを伝えれば、驚きの声が鬼娘の背後から上がる。
エルマが凄いと目をキラキラさせて褒め称えてきた。実物を見たばかりだからか、あんなに大きいのをどう倒したのかと興奮も一入のようだ。まぁゴジ〇みたいな怪獣だったもんね。
けれど、俺が気になるのは、そんな少年の隣で如何にも不機嫌そうに頬を膨らませる幼女の姿だ。口数の少ない子であるが、おかえりの一言すら貰えないとは。お兄ちゃん泣いちゃいそうだよ。
「マリーちゃん?」
「……」
何があったと考えて、はっと思い当たる。
見れば子供たちの服は先ほどの物と違うではないか。まさかと恐る恐るに鬼娘へ視線を向けると、キキは眉をしかめるだけで何も語らない。ただ、彼女の髪から石鹸の匂いがしたとだけ言っておこう。
「なんか、迷惑かけたみたいだね」
「本当だよ。なんで、あーしがガキの面倒なんか見ないといけないんだ」
哀愁を帯びた顔で遠い目をするキキ。そうか、結局トイレは間に合わなかったのね。
まぁ監禁に竜と怖いことの連続だっただろう。俺は幼女を慰めるべく、ベッドに腰掛けようとして。
「……待て。先にお前も風呂に入れ」
「確かにこの格好じゃ寝具を汚しちゃうか」
キキは、ほらよと俺の荷物を投げてくれる。
いまの持ち物はエルマたちの故郷で拾ったガラクタが大半だけど、鬼の里で貰った着替えもあるので有難い。
なにより、コレがあるということはウサギさんの家に寄ってくれたという事。俺には余裕が無かったので、子供たちの無事が伝わったなら良かった。
「じゃあお言葉に甘えて……」
◆
ふう。血と汗を洗い流せて、身も心も綺麗サッパリである。
期待はしていなかったのだけど、風呂は中々に広くて快適だった。味気ない滞在になるかと思いきや、日々の楽しみが増えた心地だ。
「なんか、酒場とは思えない無駄に立派なお風呂だったね」
湯上がりに冷たい果実水を飲みながら、先に入ったというエルマたちに同意を求めた。
これには幼女も異論はないようで、「おおきかった!」と両手を広げて印象を伝えようとしてくる。
可愛いからジュースを分けて上げよう。
くぴくぴと喉を鳴らすマリーを見ながら、鬼娘が「そんなに飲むと、またおしっこが近くなるぞ」なんて皮肉とも取れる小言を呟き。
「鬼哭街は、鬼たちが良く飲んでいた通りなんだ。兄貴も常連でね。羽振り良く金をばら撒いて、朝まで大騒ぎしては、顔を蒼褪め二日酔いに泣いていた」
「それで鬼が哭くか。嫌な名前の由来だなー」
竜巣の魔王のせいで、冬だと言うのに真夏のように蒸し暑い部屋。
窓を開けて夜風を取り入れれば、キキはすっかり変わった暗い通りを眺めながら、懐かしそうに教えてくれる。
それだけ地元の人達と仲良くしていたのなら協力者が居ても不思議ではない。同時に鬼族の口惜しさも伝わってくるようだった。
「だからキトにしては穏便に事を運ぼうとしてるんだね」
「壊すだけなら簡単なのさ。全てを燃やし尽くす炎に成ればいい。それが出来ねえから困ってるんだろう」
流石に普段は壊す側の魔王軍。戦いのことをよく分かっているようだ。
その点、オポンチキこと【暗君】は上手くやった。戦士が居なければ武力蜂起も出来ないし、市民の多少の不満は好景気で黙らせられるだろう。見事な乗っ取りである。
そして軍が町に滞在している現状。町や住民に被害を出さずに取り戻すのは、至難の業と言わざるを得ないか。
「そういえば、これは勘なんだけど。戦士たちがどうなったか分かったかも」
「……聞かせろ」
気付きは傷だらけの竜だった。
侵攻の折に付いた傷とも考えられるけれど、兵士が居ながら、貴重な移動手段を最前線に出すとも思えない。
ならば、狙いは進化だ。竜巣軍は、戦士を餌にして成長させることで、これだけの数の竜を揃えたのではないかと先ほど閃いた推察を語る。
何かと突っかかってくる鬼娘。また馬鹿人間と鼻で笑われるかと思いきや、彼女は腕を組みながら思慮にふけた。
「この辺りには生息しない魔獣だから、他所から連れて来たくらいにしか考えていなかったけど。そうか、養殖して竜へ進化させているのか」
「うん。この暑さも、竜が活動しやすい為のものだろうしね」
難しい話だけに首を捻る子供二人。けれどキキはあり得ると頷き、俺の考えを押してくれる。
「魔王同盟は【深淵】が中心だが。あんなに我の強い魔王共が肩を並べるのには、当然目的があるんだ」
始獣。【軍勢】の魔王が手元に置く、不滅にして究極の獣を狙っているらしい。またその名を聞いたかと、今度は俺が目を細める番だった。
蛇馬魚鬼くんと戦ってからというもの、何かと縁続きだ。
浮遊島では、進化実験に不死薬という厄介な物が残り。シェンロウに現れた機神も、恐らく無関係ではあるまい。
「アイツは一体なんなの?」
「さてな。進化を続ける不死の怪物。それ以上の事を知っているのは、うちらの親分くらいじゃないのかね……」
鬼娘は会ったこともないけどなと、興味もなさそうに肩を竦める。
しかし、少し間を置き。或いはキトであれば、謁見も叶うだろうとボソリと教えてくれた。
【軍勢】。千年王国を築きあげ、古より最強の名を欲しいままにする魔王である。
その牙城はジグルベインでも落とせなかった程だと聞く。けれど仲介が居るなら、竜王の首でも手土産にすれば、会うくらいは出来そうかな。
そんな大物と顔を合わせられる可能性が出来るとは、思わぬ巡り合わせがあったものだ。始獣の正体ともなれば、俺でも多少は興味があるのだが。
「とりあえず、今はリュカやママの件が優先だな。マルグリット卿、まずはあの女と交渉しないと」
「それ、なんだがなぁ。奴が強い戦士を求めているのは知っているだろ。なら竜殺しの実績は使えるぜ。相手の興味くらいは惹けると思う」
「ふむ……」
町で暴れた犯人は俺だと自供するようなものだが、虎穴に入らずんば狼を得ず。交渉の席くらいには立てそうか。