ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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58 税金なにそれ美味しいの?

 

 

 夜を通しシトシトと屋根を叩き続けた雨も、どうやら朝方には滴を落とし終えたようだ。

 しかし青空はまだ見えず、広がる鈍色の雲が天に蓋をし陽は遠い。

 気温こそ下がり少し肌寒さを覚えるが、湿度が重く、爽やかな朝とは行かなかった。

 

 シャルラさんの話では、今日は予定の通りに土の入れ替えをするそうだ。

 何も雨が降った後にと思わなくもないが、いち早く安全な作物を育てたいのだろう。

 町の男衆は日の出と共に鍬と円匙を担いで元気に畑に向かったという。

 

 そんな話を聞いてイグニスは責任重大だねと、眠そうな目を擦りながら言った。

 どうやら魔法陣には下準備が必要らしく、イグニスはその準備をやってしまうと、小さな領主と会話をした後に書斎に入っていき……。

 

「なんじゃこりゃああ!!」

 

 と。魔女の叫び声が洋館に響き渡るのだった。

 

 思わずお茶を吹き出しそうになった。いや、シャルラさんは驚きの余り吹き出した。

 床を雑巾で掃除してから二人で何事なのかと駆け付けると、扉の向こうには紙束を片手に瞳を絶望の色に染める少女の姿。

 

 資料に問題があったのは明白だ。

 灰色のツインテ少女が、何か不備が?とわなわなと声を震わせイグニスに尋ねた。

 

 瞬間、ギロリと赤い瞳が吸血鬼を捉える。

 その形相にひぃとシャルラさんは一歩退いた。だが、その間合いを埋めるべくギシリと床を踏み鳴らす赤髪の魔女。

 

 イグニスは努めて淑女だったと言っておこう。

 湧き出す怒りを何とか表に出すまいと、ゆっくりとした動作で、限りなく笑顔で立ち振る舞った。だが、そのぎこちない様子が逆に怖い。

 

 ゆらりゆらりと幽鬼の様に近づく魔女に壁際まで追い込まれるシャルラさんには悪いが、その様子を俺は自分じゃなくて良かったと思い眺めていた。

 

「シャルラ殿。この領は、まさか税を取っていないのですか?」

 

 その言葉にポカンとした。税金を取っていない?

 そう言われて見れば、他の町では入門料が取られるが、この町では払っていない事を思い出す。

 

「い、いえ。税金は払ってますよ? 毎年一回国の者が作物を取りに来てます」

 

「ちっがーーう!!」

 

 ああ、とうとうタメ語になってしまった赤い少女。

 シャルラさんは壁ドンの態勢で追い込まれ、逃げ場が無いからか紫色の瞳を少しウルウルとさせている。

 

 相手が子供ならば完全に虐めなのだが、ツインテ少女は見かけが子供でも中身は300歳以上だ。これはどうなのだろうと少し悩んだが、魔女の圧は慣れないと本当に怖いので、せめて落ち着いて話をしようと間に入る。

 

「どうどうイグニス。始めから説明してくれないと分からないよ」

 

「……はぁ。そうだね。お茶を淹れてくるから少し待ってなさい」

 

 うんうん。頭を冷やしてくるといい。

 のそりのそりと部屋を出ていく魔女の背を見送って、残された灰色の少女を適当な席へと案内した。

 

「ツカサ殿。私は何かイグニス殿を怒らせる事をしてしまったでしょうか?」

 

「そうみたいですね。怒り方からするとかなり怒ってます」

 

 その言葉で眉を下げて、どうしようと悲しみに暮れるツインテ少女。

 差し出される様に向けられる後頭部を思わず撫でたくなるが、さすがに失礼だと思い自重する。

 

「少しは落ち着いて来ると思うので、まずは話を聞いて見ましょう。大丈夫ですよ、アイツは理不尽な事を言うしするけど、怒る時は人の為です」

 

「……ありがとうございます。せっかくエルツィオーネと仲良くなれたと思ったので少し悲しくて」

 

 何でもエルツィオーネと出会ったら即逃げろと先代から教わったらしい。

 この一族、迷惑すぎる!

 

(カカカ! カカカのカ!)

 

 

 お茶を淹れるというには少しばかり時間が掛かり、しかしその甲斐あってか落ち着きを取り戻した魔女が戻ってきた。

 

 開口一番で口にしたのは領主と言う役職についてだ。

 他の貴族には役職手当、所謂給料という物が国から出るらしいが、領主にはそれが無いと言う。代わりに土地を貰っているからだ。

 

 その領に人を住まわせ、税金を取る。色々と説明を省いているが、領の賑わいがそのまま領主の給料になるのだと言う。

 なるほどと思う。国から高い給料が出るよりは、その方が領主は領を発展させようとするだろう。

 

「この帳簿を見てください。貴女の収入は畑の作物だけとなっています」

 

 畑も領の土地なので取れた作物はシャルラさんの収入になるらしく、今まで納めていた分はこの収穫量を基準にした物らしい。

 

 しかしそこで疑問に思う。収入が作物だけ。そしてその作物から税金を納めている。

 話の流れ的には何ら問題がないと思うのだが。

 

「いや、これだけでも問題は大有り」

 

 まず畑の面積が計算されていない。大体これくらいという数字であり、実際の畑の面積よりも大分大きいとの事。

 恐らく好き勝手に作った結果、形が歪だったり、飛び飛びだったりで正確な測量が出来なかったのだろうと。

 

 そもそもイグニスは魔法陣を施すに当たり、畑の面積と育てている作物の種類を知りたかったのだそうな。

 

「作物は畑の面積から見込みで計算されます。ちゃんと整地すればそれだけでも払う税は減るでしょう」

 

「ははあ」

 

「しかし、そんな事はどうでもいいのです。私が許せないのは住民税が取られていないという事だ」

 

 住民税。住んでる人達を管理する事で発生する税金。

 言い方を変えるならば市民権か。

 それは町に住んでいるという証拠であり、他の町ならば働くにも必要な物のはずだ。

 

「えっそれはマズくない?」

 

「そうだよ。書類上はラルキルド領の住人は1人という扱いなんだ。笑うしかない」

 

 驚愕の事実である。

 あるいは、この町ではギルドなども存在しない為にただ住んでる分には浮彫にならない問題なのかも知れない。

 

 しかし、王都の裏町を思い出す。

 そこには町と言っても通用する程の住人がいて、けれども王都の名簿には記録されていない人達が暮らしている。

 

 住人ではないから手に職が持てなくて、非常時には守るべき者にも含まれない、国の管理から漏れた人達だ。

  

「さて、シャルラ殿。一体なぜこんな事になっているのか」

 

「な、何故と言われても。住人の事ならちゃんと把握しています。それをわざわざ書類に纏める必要が?」

 

 ここでイグニスは頭を抱え、大きく深呼吸をする。

 なんとなく分かってしまった。シャルラさんは吸血鬼であり長寿な為に、引継ぎという事を考えていないのだろう。加えて。

 

(いきなり貴族だのなんだのと人間のルールを押し付けてもな。そりゃこうなるわ)

 

 そう。多分教えてくれる人も居なかったのだ。

 他領と関わらない治外法権みたいな場所だからこそ、昔ながらに昔のままに生きているのだ。

 

「シャルラ殿。私は貴女達魔族が町を出れないという事実を恥じています。この領が国から認められている以上、私達は同じ国民であり、仲間なのです」

 

 告げる告白の音色は固く、だからこその真実だった。

 イグニスはシャルラさんに礼を尽くすと言い、貴族として、領主として扱う。

 そこには侮蔑もなく差別もなく、ただただ民を導く者への尊敬があった。

 

「だからこそ言わせて欲しい。この町を愛するならば、国の制度を利用しましょう。税を取り、町の為に使うのです。国民には税を払う義務も、保証を受ける権利もあるのです」

 

 それこそは、ノブレスオブリージュという概念。確か、力あるものの義務とか、そんな意味の言葉だ。

 領主としての権力がある以上、民の為に使えと赤い瞳が訴える。

 

「……私は領主として、足りていませんか?」

 

「はっきりと言いましょう。足りていません」

 

「やはり、そうですか」

 

 ははは、と空笑いをするも、紫の瞳は哀しげで。強く噛み締める唇からは、牙に当たったのか一筋の鮮血。

 

 イグニスとて、虐めたい訳ではない。むしろ逆だ。なにせ俺たちは、この領の歴史を紐解いていたのだ。

 

 この土地を勝ち取るまでの奮迅を知っている。流民の異種族達が、集落を作りあげるまでの努力を知っている。

 その小さな集落が国に町として認められるのを、知っているのである。

 

「俺は変わるだけが選択じゃないと思います。シャルラさんが今の町が好きで、今のままで居たいというならば、それも立派な選択です」

 

「おい」

 

 吠えるイグニスを片手で制す。

 今思えばあのゴウトと言う獣人も、やり方こそ糞だが、町を変えたかった一人なのではないか。

 

「纏めるのも、維持するのも大変だったでしょう」

 

 元引き籠りから言わせて貰えば、変化とは、必ずしも良い物とは限らない。

 先が見えない不安というのは必ず付き纏うだろう。今が安定しているならば、猶更の話である。

 

 だからこそ、ドンドン進めるジグルベインや、壁を壊すのを恐れない魔女を俺は尊敬しよう。そして、出来るならば俺もそう在りたい。

 

 極力声を優しく、そして腰を落とし、シャルラさんと目を合わせて言う。

 

「シャルラさん、一度、俺達と外の町を見に行きませんか?」

 

 この町で生まれて、この町で育った彼女には基準がないのである。他領に足を運び、その様子を見てからでも選択は遅くないだろう。

 

 意図を酌んでくれたのか、しばし目を閉じ考えて。吸血鬼は強く首を縦に振る。

 

「連れて行ってください。私とて、この町を良く出来るのならばもっともっと良くしたいのです」

 

 ぴょこりと揺れるツインテールが可愛らしかった。

 

 

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