ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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581 あの性悪女ならば

 

 

「なんだよ、マルグリット。もう次の試合か?」

 

「いや。君に客が来ていてね」 

 

「オレに客だぁ~?」

 

 無理も承知でお願いしてみるものだ。なんと面会の希望はあっさりと通ってしまった。

 案内をされた部屋は、お世辞にも広いとは言えないけれど、俺の時のように牢で鎖に繋がれているわけではないらしい。

 

 死闘を制したばかりのリュカは、ソファーの上で姿勢を崩していて。頬杖を突きながら、果実を齧っているところだった。

 

 そんな灰褐色の髪の少女に向けて、マルグリット卿の背後から、やぁと手を挙げる。

 リュカはパチクリと目を瞬かせると、ボールを咥えた犬のように、俺の胸元へと飛び込んできた。

 

「来てたのかツカサ。道理で騒がしいと思ったぜ!」

 

「どういう意味だよ……」

 

「そのまんまの意味だ。どうせ町で大暴れしてるのもお前なんだろ」

 

 まるで俺の居る場所にトラブルがあるようではないか。

 文句の一つも言ってやりたかったけれど、この気安い距離感のなんとも心地が良いこと。ニシシと笑顔を見せられては、悪口などどうでも良くなってしまう。

 

 思えば、子供たちの前では気を張って。周りはどこもかしこも敵だらけ。

 友人の顔を見たら、なんだか肩の力が抜けた思いだ。助けに来た気でいたけれど、助けられたのは、こちらなのかも知れない。

 

「ごめんね。すぐには解放してあげられないんだ。けど、絶対に何とかするから」

 

「なんだよ、そんな事か。心配すんなって、オレは自力で奴隷から抜け出すよ」

 

 剣闘で100勝をすること。それがマルグリット卿から出された解放の条件らしい。

 ベルモアでの俺は死刑囚だったので温情など無かったが、そりゃあ報酬も無ければ誰も命を懸けて戦いはしないか。

 

 リュカはもう7勝してるんだぜと、無い胸を張ってみせて。俺はなんとも歯痒い思いをする。戦うペースが早いのだ。とても昨日の今日とは思えない数字だった。

 

 経験者だからこそ分かるけれど、体には疲労もダメージも蓄積をしていくもので。こんな無理なスケジュールでは、早々に潰されてしまうだろう。

 

「だからか」

 

 俺を狼少女と引き合わせたのは、何もお願いを聞いてくれたわけではない。

 戦うモチベーションを上げるために、ご褒美として利用されたのである。マルグリット卿。随分と、したたかな女だ。

 

 不満はあるけれど、こうして対面出来たのは貴重なチャンス。

 彼女の気が変わらないうちに、「凄いぞ」とリュカの頭を撫でながら、あの後の事を聞く。

 

「もしかして、イグニスやフィーネちゃん達もこっちに?」

 

「いいや、オレだけだ。突然黒い世界に包まれてさ、気付けば海に放り出されていたんだよ」

 

「……そっかぁ」

 

「あからさまにガッカリした顔すんじゃん!?」

 

「ソンナコトナイヨ」

 

 そりゃあ魔女が居てくれたら心強いのだけど、一人ぼっちではないだけで十分だった。

 つまりはリュカも巻き込まれた口。俺とは流れ着いた場所が違っただけらしい。

 

「魔王軍もノーキン軍も、ごちゃ混ぜになって波に打ち上げられていてよ。酷え状況だった。そこで捕まって、運ばれて来たのがこの町ってわけ。だから広場でツカサを見た時は驚いたな」

 

 生きていてくれて良かったよ。狼少女は、そう言って頭に置いていた俺の手を握り締める。威勢良く振舞っているけれど、心細かったのは同じのようだ。

 

 そうだよね。見知らぬ街で、人に買われての奴隷生活。辛くないはずが無い。

 リュカの指は小さくて細くて、少し冷たくて。そんな手が力一杯に絡まってくると、こちらも離すのが、とても名残惜しく感じる。

 

 もういっそ、力尽くで奪ってしまおうか。

 敵が魔王軍の幹部でも、今の俺ならばリュカを連れて逃げ出すくらいは出来るだろう。

 そんな邪念を抱きもしたものだが、はたと正気に戻したのは灰褐色の髪の少女の、次の言葉だった。

 

「もしかして、オレがまた足を引っ張っているのか? ツカサだって、早くあいつらと合流したいよな……」

 

 勇者一行。遠く離れていても大事な仲間であり、その一員である印は、今も首元で輝いていて。そういえば、前も一度みんなと逸れた事があったな。

 

 あれはタルグルント湖での出来事である。ティアは船まで戻るべきと主張したけれど、俺が待つのを止めて足を進めたのは、こう考えたからだ。

 

「こんな時、あの性悪女ならば、どうする?」

 

 それはね。

 

 脳裏で、赤髪の魔女がヘドロのようにニチャつく笑みを浮かべて囁いてきた。

 このアイデアは流石に人として最悪だ。そんな自覚があるからこそ、俺は責任転嫁をするように、マルグリット卿を責めてしまう。

 

「アンタ、元騎士なんだろう。リュカみたいな少女を戦わせて、良心は痛まないのかよ」

 

「……私が騎士? 何処の誰に聞いたのかは知らないがね、舞台で殺し合いをさせられるまで、剣なんて握った事もなかったよ」

 

 しょせん酒場の噂など、あてにはならないらしい。

 呆れるように肩を竦める女は、続けてこう言う。幾らで買ったと思っているのか、たった100戦での解放など温いにもほどがあると。

 

「普通の奴隷なら、つまらん肉体労働で己を買い戻すには数年掛かりだぞ。こちらは、その10倍の値を出している。これが優しさではなくなんだ」

 

「明日死ぬかも知れないのに、ふざけるな」

 

「急に噛みつくじゃないか。リュカが恋しくなったかい。憎しみの籠った良い目をしている」

 

「要求は部屋を満たす程の金だったな。殺しても、盗んでもいいって? そんなに金が大事かよ」

 

「大事だね。金は力で、人と違って裏切らない。私はこれで伸し上ったのさ!」

 

 そこまで言い切られては、反論の言葉は出なかった。

 金で買えないものある。なんて言うのは、安い台詞だ。ろくでもない事ではあるが、奴隷から魔王軍の幹部にまで成り上がるには、想像も出来ないような試練があったのだろう。

 

 何がそこまで彼女を駆り立てるのか。

 義眼の剣闘士が醸し出す、狂気じみた雰囲気に、これ以上の交渉は不可能だと判断する。

 

「いいさ。そこまで拘るなら、持ってきてやるよ」

 

「アハハハ! 面白いじゃないか。本当に出来たなら、リュカともう一人も、すぐに返してやろう」

 

「おいおいツカサ。お前、金のあてなんてあるのか?」

 

 俺の捨て台詞に、不安そうな顔を見せる狼少女。大丈夫。これが、あるんだな。

 

 

「という訳で、約束通りリュカとママは返して貰うぜ」

 

「……な、な、な!?」

 

 次の日。なんて言わずに、俺は一時間ほどで闘技場に戻って来ていた。

 顔には無数の暴行の後があるけれど気にしないで欲しい。キキから止めろと散々に殴られた中で強硬したのだ。

 

 その甲斐あって、部屋にばら撒かれるのは、数えるのも馬鹿らしくなる程の大量の硬貨。

 流石に部屋は満ちぬが、床が見えないくらいにあるので十分だろう。

 

「き、貴様。自分が一体何をしたのか分かっているのか!?」

 

「だって、盗んで来てもいいって言われたし」

 

「だからって竜人王への貢物に手を出す馬鹿がいるかー!!」

 

 先ほどまでの冷静で冷酷な貴族令嬢から打って変わり、マルグリット卿は頭を抱えながら絶叫する。

 

 竜人王への貢ぎ物。オークション会場に設置されていた、巨大な貯金箱だ。

 どうやら町から絞りとった税金をそこに貯めているらしく、透明なガラスケースには、この通りにウンザリする量の金が入っていた。

 

 けっして治安が良いとは言えないこの町で、そんな代物が放置されるのには理由がある。

 これは竜人王の財で、顔だ。手を出したが最後、反逆の意思ありと、町ごと焼き尽くされるのだとか。

 

「でもさ、その金がここにあると不味いのは誰だろうね?」

 

 外様のマルグリット卿に何処まで信用があるだろう。事情を知らぬ者が見れば、まるで彼女が盗ませたように見えるのではないか。

 

 義眼の女戦士は大好きなお金を前にしても、ヒューヒューと過呼吸のように息を荒くする。魔女曰く、交渉とは対等な立場だからこそ成立するわけで。

 

「これで共犯だね。さぁ、一緒に問題の解決方法を考えよう」

 

 じゃないと、町が滅んじゃうぞ。

 

 

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