ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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584 邪道対決

 

 

「うぁあああーー!!」

 

 死に物狂い、という言葉があるが。ビキニアーマーを装備した半裸の女戦士は、絶叫の声を上げながら戦斧を振り乱す。自分で剣士では無いというだけあって、斧を操る姿もどうして様になるものだ。

 

 耳元には凄まじい風切り音が届き。巨大で大質量の刃が、目前を高速で行き交う光景はド迫力であった。そんな極悪なミキサーに巻き込まれ、ちぃと内心で吐き捨てる。

 

 片目をやられて距離感が狂った状態だと、乱打を躱すのはかなり辛い。避けたつもりでも、刃は少なからず俺の肉を抉っていく。何よりも脅威なのは、得物の頑丈さだろう。

 

 相手は力任せに振るっているだけだ。黒剣で受けるたびに、斧の刃先は欠けていくのだけど、尖った鉄塊というだけで殺傷能力は十分で。多少の欠損などお構いなしに、ただひたすらに鈍器を叩きつけてくるのである。

 

「私は死ねん! 貴様を殺して生き延びる!」

 

 その理由が、生き別れた弟と会うためなのだから、これではどっちが悪役か分かったものではない。

 

 家族に会いたい。魔王軍に故郷を滅ぼされ、何もかもを失った女の悲痛な叫びは、刃物で切り付けられるよりも、よほど心を抉るのだが。

 

「一体、何年前の話だよ。その弟はまだ生きているのか?」

 

 聞いた話では、この女戦士は剣奴になって初めて武器を握ったという。そんな彼女が、ここまで傷つき壊れるまでに何年の歳月が経ったのやら。

 

 弟の居場所はおろか、生存すら分からないからこそ、魔王軍に所属して奴隷集めなどしているわけで。もはや約束という名の幻想に縋っているのと何が違うのだろう。

 

「そんな事を貴様が決めるな! 何年経とうとも、弟が待っている可能性が僅かにでもあるならば、私は会いに行かねばならんのだ!」

 

「……っ」

 

 猛活性は脳のリミッターを外すことにより出力を向上させる、一種の限界突破。

 その名に違わず、心が猛るほどに力もまた増していく。荒ぶる斧の一閃は、もはや混式を持ってしても抑え込むのが困難になっていた。

 

 だが、同時に俺の心にも火が灯るのを感じる。

 そうだね。他人になんて言われようと、諦めることなんて出来ないよね。

 異世界の親に会いたい。死んだ魔王に会いたい。俺だって、誰に無理と言われようと諦める気なんて無いけどさ。

 

「自分が良ければそれでいいのか? 魔王軍のせいで、エルマもマリーも親と別れるはめになったんだぞ!」

 

 彼女が家族を求める一方で、生き別れる者を作り出している事実を突きつける。すると女戦士は、控室で見せた様な高笑いをしながら宣った。

 

「弱い方が悪いんだろう。全てを救ってくれる英雄なんて居やしない。奪われたくなければ、自分が強くなるしかないのだ」

 

 きっと彼女に救いなんてものはなくて。血と悪意の中で戦い続ける事でしか、明日を迎える方法も無くて。だから縋るものが必要だったのだ。

 

 約束を果たすまでは死ねないと己に言い聞かせることで、なんとか気持ちに薪をくべ続けてきたのだろう。まるで鏡を見ているようで、吐き気すら覚えるようだった。

 

「うぉおお!」

 

 斧の乱舞に耐えながら、今度は俺が吠える。

 するとどうだ。さながら勢力を増していく台風の如きであったマルグリット卿は、僅かに速度を鈍らせて、チラリと視線を下に落としていた。

 

 やはり気になるか。何せ俺の股間が、布越しに輝いているんだもんね。

 意識の隙を突くのが奇襲であるのならば、意識の隙を作るのも、また奇襲。股間発光の妙技、自主規制を応用してみたのである。

 

「名付けてセクシー股間道さ!」

 

「くっ、こんなアホな手に引っ掛かるとは」

 

 そして俺は斧の軌道に剣を被せて振るう。受けにも様々な型があり、これは切り落としと呼ばれる技。刃を止めるのではなく、背を叩くことによって、あえて加速をさせて敵のバランスを崩すのだ。

 

 生きるために必死に戦ってきたのは、お前だけじゃない。泥臭く行こうぜ。黒剣で斧を抑えつつ、オリャと僧侶仕込みの回し蹴りを放つ。

 

「別れる辛さを知るアンタが、それを言っちまうのかよ」

 

 浅かったかマルグリット卿は、何事も無かったかのようにユラリと立ち上がるのだが。今の衝撃で義眼が外れたようで、足元に目玉が転がっていた。まるでゾンビのようだ。

 

「勇者は助けてくれなかった。他に道など無かった。ならば例えそれが悪であろうと、魔王に頭を下げるしかないだろうがよぉ!」

 

「……ああ、自分でも生き様に納得してないのか。分かるよ、こう考えるんだろう。こんな自分を、弟は受け入れてくれるのかってさ」

 

「だぁぁまれぇええ!!」

 

 対面した時の彼女の態度に妙に得心がいく。

 部屋を満たすほどの金などと無理難題を吹っ掛けてきたのも、盗んででも殺してでも手に入れろと悪の道に引き込もうとしたのも、理不尽な現実に屈服する人間を見て、自分を慰めたかったのである。

 

「俺もアンタも、結局は同じエゴイストなんだろうけどよ。俺は両親に、そしてジグルベインに、頑張ったって胸を張って会いに行くぜ!」

 

 本当に、彼女の気持ちは痛いほどに分かるのだ。

 血の繋がり。他者とを区別する唯一の方法。同じ血が流れるからこそ嫌悪する場合もあるのだろうが、何も持たなかった俺のような人間には、その繋がりだけが全ての時もあって。

 

 だからこそ家族の大切さを知る人間が、家族を引き裂くのが許せない。

 炎の立ち昇る街での、少年と幼女の慟哭が耳に蘇り、俺は前にと足を踏み出していた。

 

「貴様なんぞに何が分かる。私の味わった苦痛の、十分の一でも経験してから言え!」

 

「知るか! それは、お前が人を傷つけていい理由にはなんねえよ!」

 

「正義はそちらにあるとでも言いたいのか?」

 

「いいや、俺のはただの暴力だ」

 

 待ち構えるように斧を振りかぶるマルグリット卿。

 てっきり剣に合わせて来るのかと思いきや、彼女が放ったのはローキックであった。

 地面に突き刺さっていた槍が、クルクルと回りながら浮き上がり。器用なことに足で投擲をしてくる。

 

「ぬぉ!?」

 

 もはや攻撃のモーションに入っていた俺は、魔力を込めた左腕で弾き飛ばすのだが。相手の目的はまさにそれ。拍子をズラして、強引に先手を取りに来た。

 

 させるか。ならばこちらは目暗ましだ。振るった左でフラッシュを焚いて、女戦士の行動に遅延を掛ける。

 

 気付けば両者で攻撃出来ぬままに、武器の間合いを通り越してしまい。

 もう仕方なくという奴だ。女戦士の蹴りが顔面を捉えると同時、俺は剣の柄を彼女の腹に叩きつけた。

 

「どうやら、貴様も真っ当な剣士では無いな!」

 

「よく獣と言われたもんさ」

 

 距離を取って仕切り直し、などと俺たちの戦いが綺麗に行くはずもなく。

 もつれるならば肉弾戦だろう。見せてやるぜフェヌア流と、組技に移ろうとした瞬間。

 

「獣か、それはいいな」

 

「っ!?」

 

 頭突きのように迫って来た彼女の顔は、接触の瞬間に、頬を食い千切っていった。噛みつきなんて獣闘士でもしなかったぞと思うと同時、イグニスと口付けを済ませておいて良かったと安堵する。最悪のファーストキスになるところであった。

 

「そこまでするか」 

 

「するさ!」

 

 ならば、こちらもなりふり構うまい。

 近距離における最大の死角といえば、そう真下。女戦士の足元には、先ほど投擲してきた槍が落ちていて。その矛先は、手鏡のように尻を真下から映し出している。

 

「俺はアンタの弱点を知っているぞ」

 

「なに?」

 

「気の強い女はア●ルが弱ーい!」

 

 喰らえ、必殺の魔銃肛殺法。

 輝く重光は、地面を照らすや反射して、マルグリット卿の股へとズムリと突き刺さった。

 その衝撃や彼女の身体を浮かし、まさに必殺の手応えを覚えるのだが。

 

「何をするかと思えば。やれやれ、この程度では気持ちよくなってしまうだけだな」

 

「ばっ、ばかな。耐えただと!?」

 

 隻眼はギョロリと少しも戦意を失わずに睨みつけてきた。

 これが魔王軍幹部の実力だと言うのか。恐るべき結果には、むしろ俺が慄く事となり、今度はこちらの番だ。

 

 そう言って使えぬはずの左腕を持ち上げた女。手より放った水槍は、腹をぶち破った。

 

 

 

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