ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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585 嘘って言ってよ

 

 

 数々の強敵を撃破してきた、あの魔銃肛殺法に耐える者が現れるとは。まさに驚天動地の出来事である。

 

 これが魔王軍幹部の実力だと言うのか。ア●ルの強い女戦士だなんて、そんなのもう無敵の存在じゃないかよぉ。

 

 一体どうやって倒せばいいんだ。

 とっておきの切り札が敗れた俺は、自信と誇りが粉々に砕け散り、茫然自失にガクリと地へ膝をつき。

 

「……いや、言うほどショックでもないな。思えば仕留めたのは痔持ちのヴァンくらいだったわ」

 

 はたと気が付いてしまった。

 恐らくはマルグリット卿の尻穴がどうこうより、ネタ装備だと思われたビキニアーマーの存在が大きいのだろう。高い露出度で守備力など無いかと思いきや、急所だけはガッチリと守っていたわけだ。

 

 蹲り、激痛に耐えながら反省をする。腹部を通り抜けたのは水槍の冷たい矛先。怪我を抑えて止血しようにも、背後から生暖かい液体が、とめどなく流れていくのを感じた。

 

「そしてこれが……そっちの隠し玉ってわけか」

 

 先ほどからの彼女の卑劣な戦いぶりを見ていれば、何かしらの牙を隠しているだろうとは思っていたけれど。まさか散々に見せつけられて警戒度を下げさせらていたとはね。

 

 水鉄砲のように飛ばしていた技に必殺の威力があることも。左腕が怪我で使えぬ振りをしていたことも。全ては隙を誘い、この一瞬を狙っていたらしい。

 

 誤認識。手を読み、隠し、騙しあう。対人戦の妙がここにあり。マルグリット卿はそれに特化することで生き残ったプロ。取り敢えずは流石と言っておこう。

 

「そういう事だ。どうやら勝負はあったようだな、死ね!」

 

 腹を抑えてしゃがみ込む俺は、さながらに処刑人へ首を差し出す罪人の様な恰好で。

女戦士は勝利を確信したか、得意気な顔で斧を振り落とした。

 

 だが、俺の意見は違う。彼女は致命的なミスを犯している。

 

「寂しいことを言うなよ。楽しいのはこれからだろ」

 

 拳を振り上げて放つ散魔銃。魔力の衝撃波はマルグリット卿を押し退けて、強引に距離を稼ぎ出す。

 

 よもやの反撃に目を見開く女戦士。揺れる脚で立ち上がる俺へ、余裕を見せるように、斧を担ぎながら言う。

 

「腹に穴を開けてまだ足掻くか。普通ならば激痛で動けんだろうに、貴様の生き意地の汚さも大したものだな」

 

 口元からは血反吐と共に、ヘヘヘと薄ら笑いが漏れ出した。

 これしきで勝負ありとは笑わせてくれる。こちとら文字通りに手足がもげた事もあるんだぜ。それでも、諦めた事は一度もねえよ。

 

「そして、追い込まれているのはどっちかな。周到に狙ってた隙で腹を狙うはずがない。本当は、首か頭にでも当てたかったんじゃないのか」

 

 でも、出来なかった。左腕の怪我は想像通りに重傷だったのだ。

 もう奴の言葉や行動に惑わされるな。今の彼女は仕留めらなかった事に内心で舌打ちをしているはずなのである。

 

 互いに必殺の策が外れた以上、手札はほぼ費え。ならば残るは、実力がものを言うわけで。

 

「気に食わんな。真っ向なら自分が上だとでも?」

 

「さてね。嫌でもこれから分かるさ!」

 

 俺はぬかるむ地面を蹴りつけて前に出る。

 すぐさまに迎撃に動くマルグリット卿であるが、この期に及んでも、やはり両手では斧を構えない。

 

 とは言え、片手でも恐るべき豪力。腰に捻りが生み出す回転によって振られる凶器は、空気を焼き尽くす雷のように轟と迸った。

 

 迎撃に唸るは、バリバリと魔力を纏う黒い剣で。相手の得物と比べれば、杭のように華奢な細身の刃だが、接触をすれば巨大な戦斧が弾け飛ぶ。

 

「んなっ!?」

 

 蟻が象をひっくり返すような光景に、驚愕の声を上げる女戦士。

 当然だ。確かに猛活性の力は脅威であるが、俺はそんな、英雄と呼ばれるレベルの男たちと鎬を削ってきたのである。

 

 そして彼らは、胸に信念という一本の槍を通すからこそ、眩しくて怖かった。どんなに強かろうと、卑劣な手段にだけ頼ってきた相手に負ける気などするか。

 

「死に損ないの何処にこんな力が。貴様、痛みを感じないのか?」

 

 攻撃を正面から突破したわけだが。力めば腹にも相当の負荷が掛かる。筋肉の内圧により傷からはドバドバと血液が漏れ出していた。

 

 さながら、今の俺はガソリンタンクに穴の開いた車である。この調子であと何キロ走れるのやら。そう思うも、だからどうしたとアクセルをベタ踏みにして。

 

「痛いよ、怖いよ。でも俺もアンタと同じさ。会いたい家族が居るんでね」

 

 長い斧。まして片手で振るった獲物だ。彼女が再びに攻撃へ移るよりも、剣を握る俺の方が圧倒的に速かった。

 

 ともあれば決着かと思いきや、そこは剣闘士の武器捌き。柄を盾のように利用して、上手く剣戟から逃れていく。

 

「訳が分からない! その目は死を恐れているものではない。家族を求めてるというのに、どうして前へ進める。逃げ出さない!?」

 

「それが冒険っていうもんだろう。お前を超えて、俺は行く」

 

 彼女は死なない為に戦うが、俺もいつだって生きる為に戦ってきた。結果は同じなのだろうけども、本質は微妙に違う。

 

 マルグリット卿は剣闘士として戦わされ。腕を買われて魔王軍に所属し。仕方が無いと悪を許容した。魔王に壊された人生には同情の余地があるけれども、俺から言わせれば、全て受け身で、流されてきただけではないのか。

 

「なにが【抱天】だよ。成り上がって天を取るって意味なんだろうけど、アンタが抱きしめたいのは、弟だけだったんだろう……」

 

「……そう……だよ」

 

 ならば悪の女幹部などやっていないで、家族を探す旅にでも出れば良かったのだ。

 俺は血で片目見えず、距離感の曖昧な雑な連撃を繰り出していた。しかし凌ぐほうも片腕一本。受けに回れば刃を裁くので手一杯。

 

 白熱するのは舌戦の方であったが。ここだ。最後はあっけなく、斧はキンと軽快な音を立てて彼女の手より離れていった。

 

 目の前には無防備な半裸の女。その表情は、もう疲れたと言わんばかりに、消え入りそうな微笑を浮かべ。さぁ斬れとばかりに、武器の無くなった手を広げて見せる。

 

「ふっ冒険か。私の人生には不要なものだ。小さい国だったけど、王女として幸せに生きてきたのにな……」

 

「……!?」

 

 生まれはお姫様ときたか。そりゃあ剣も握ったこと無いはずである。

 けれど、考えてみれば腑に落ちる。国が亡びるなかで、曲がりなりにも生かされたのは出自が特別だったからか。

 

「考えたな、バカめ」

 

 止めの剣が僅かに鈍り、マルグリット卿は、儚い笑みを猛禽類のものに変えた。

 もう言葉に耳を傾けないと言っておきながら、俺は何をしているのだ。情報の爆弾により、遅くなる脳の処理速度。それは身体の動作にも確かに影響を及ぼす。

 

 狙いは再びの水槍だ。

 武器が離れたという心理の隙。そして発射口である手を、俺の片目の死角に隠す巧妙な手口だった。

 

「な……何故避けられた?」

 

「そういう事、すると思ったんだよ!」

 

 鼻先を掠める高水圧に、背筋が凍る思いをする。危うく脳天をぶち抜かれるところであった。悪く思うなよ、俺は黒剣を振り落とし、今度こそ致命の一撃を叩き込む。

 

 皮肉にも闘技場の土を最後の(しとね)とする、元剣闘士の王者。

 災害じみた存在である【三大天】にこそ及ばぬも立派に強敵で。これが魔王軍の幹部クラスかと、改めてその実力に慄き。

 

 マルグリット卿は倒れこみながらも、擦れた声で、誰かの手を取るように、懸命に右腕を伸ばしていた。もしかして、それが弟の名前なのだろうか。

 

「……エっ、エル……マー……ノ」

 

「いま、エルマーノって言った?」

 

 おや。どうにも聞き覚えのある響きに眉を寄せる。

 そういえばエルマ少年も捨て子らしいのだが。嘘だよね。嘘って言ってよジグ。

 

 

 

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