ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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587 竜の吐息

 

 

 大きな影が町の上空をゆっくりと回遊する。さながらに己の姿を見せつけて、人々に威光を示しているようだ。

 

 今頃、町中は大パニックなのではないだろうか。なにせ、魔王への貢物に手を出したバカが居るのは周知の事実。竜の出現は、これから町を滅ぼすと宣告をしているようなものだった。

 

「はへぇー。あの図体で本当に空を飛べるのか」

 

 かく言う俺は、危機感を覚えながらも興奮を隠せない。

 ドラゴン。ファンタジーの代表格にして大空の支配者。そんな存在が、翼をはためかせて頭上を飛んでいるのだから。

 

 大きな羽が空気を叩けば、地上にまで風が襲い、砂埃が舞った。バサバサと響く音色は、ヘリコプターのような強烈な存在感で。

 

 堂々たる巨躯。頑丈そうな鱗。獲物を逃さない鋭い視線に大きな顎。なるほど、眺めているだけで生物としての格が伝わってくるようだった。

 

「もう駄目だ……。また奴らに滅ぼされるんだ……」

 

 一方で、気が気でないのは女戦士ことマルグリット卿。

 【竜巣】の魔王率いる竜の軍団に国を滅ぼされたという彼女は、当時の光景を思い出すのか。両手で頭を抱えて震えている。

 

 先ほどの勇ましい姿は何処に行ったと思うのだけど、回復薬でも治らないのが心的外傷だ。今はそっとしておいてあげよう。

 

「くそぉ、こんな時にジグが。せめてイグニスが居てくれればなぁ」

 

 奴らであれば、所詮は空飛ぶトカゲと宣って、嬉々と撃墜をしてくれたはず。

 俺の魔銃じゃあ、ちょっと届かないかな。せめてもの反抗心だ。無理を承知で、こんにゃろうと黒剣を投げつけた。

 

 これでも英雄級に並ぶ腕力である。高さで言えば、結構な距離まで飛翔したと思う。

 どうかな。額に手をかざして上空を睨み。暫くして駄目でしたとばかりに、落ちてきた愛剣がザンと深く地に刺さる。

 

「ムッキー。空を飛ぶなんて卑怯だぞ、降りてきて勝負しろー!」

 

「どこまでお花畑な頭をしている。聞こえるわけがないだろう……」

 

「じゃあ、そういやって目を塞いでいれば解決するっていうのかよ」

 

 嫌味に嫌味で返せば、ギョロリと隻眼がこちらを向く。ただし、視線に力強さなど微塵もない。今にも再び泣き出しそうなものだった。

 

 女戦士は鼻声で捨てるように言い放つ。お前は竜の脅威を知らぬのだと。

 【地吹雪】は魔王軍幹部。その気になれば、こんな小さな町は一瞬で消し飛び。なによりも。

 

「あんな上空に居ては、もはや止める手段すらない。逃げ場の無い我々は、指を咥えて眺めていることしか出来ないんだよ!」

 

 むしろなぜ絶望をしない。マルグリット卿は状況を理解出来ないのだなと、心底憐れむ視線を向けてくる。やめて、やめて。俺をバカな子みたいに扱わないで。

 

「これでも勇者一行だぞ。この程度で諦めていたら、魔王を倒すなんて口にしないさ」

 

「……っ。この程度だと!」

 

 憤りを見せる女戦士であるが、言葉を撤回するつもりは無い。

 こちらも数多くの修羅場を潜って来ている。町どころか、島を打ち抜く天罰術式があった。機神の天塞ぐ巨腕より放たれるデウスエキスマキナも味わった。

 

 よく全滅しなかったな俺たち……。

 ともかくだ。あんな規格外と比べれば、竜といえど絶望には値しない。あれはただ一匹の魔獣なのだから。

 

「ならば、貴様にこの局面を乗り切る手段があると言うのか?」

 

 空を陣取る天の覇者を捕まえて、この程度と言い切った俺に、縋るような視線が向けられた。つい先程まで命を奪い合った仲なのだが、町ごと消滅の危機にあっては敵も味方も無いか。

 

「……あるよ」 

 

「本当なのか!」

 

 俺は静かに頷いた。

 浮遊島にて、赤髪の魔女は絶望の古代魔法を前に嘯いたものだ。人類の歴史を舐めるなよと。

 

 過去にこそ、ドラゴンブレスを持つ竜種は、大空を支配出来たのだろう。

 しかし時代は進み、人類も成長を遂げる。現在の魔法の方が、威力も効率も桁違いなのは、他でもないイグニスが証明しているのだった。

 

 ならばこそハッキリと明言をしよう。竜の吐息、恐るに足らず。もはや時代遅れの産物なのだと。

 

「問題なのは、俺に出来るかどうかかな」

 

「一番大事な所だろうがクソ野郎め! 机上の空論など誰も求めてないわ!」

 

 命の恩人に酷い言い草である。もっとも、この状況を作ったのも俺なのだけどね。なんて言い合っている間にも、上空ではいよいよ竜の顎に巨大な魔力が収束していく。

 

 マルグリット卿は手段があるならば早くやれと、肩を揺すってきって。

 迷っている時間は無いか。力を貸してくれよジグ。俺はフゥと息を吐きだし、かつて魔王が見せた破壊の呪文を口にする。

 

「【栄華を崩す破壊の音色に酔いしれろ】【さらばさらばだ婆娑羅世よ】」

 

 闇の魔力を両手に纏い、さながら竜の口を模すように上下に番える。ジグルベインはカメカメ波と言ったが、確かに構えはそっくりであった。

 

 しかし、玉を掴むようなポーズでありながら、いまこの手の内に収まるのはブラックホールのようなもの。放出した魔力が囚われて、逃げ場無く押し潰されていく。

 

 腕には途轍もない反発力が襲い、荒れ狂う魔力が摩擦により、稲光さえ放ち。そしてようやくビー玉程度の黒い球体が生まれる。

 

「嘘だろ、こんなに魔力を注いでこれっぽっち!? なんて燃費の悪い魔法だ」

 

「それはまさか……竜の吐息を再現しているのか」

 

「そうだよ。竜を墜とす方法なんて大昔からあったのさ。今を生きる俺たちが出来ないなんて諦めたら、情けないと尻を蹴飛ばされるぞ」

 

 とは言え、竜墜蒐束砲は魔王の編み出した非効率の極みのような技で。魔力量には自信のある俺だが、必死に振り絞ろうと球は微々たる成長しかしていかない。

 

 そして、フンガーと力んでいれば。ふと全身から力が抜けて、膝がガクリと地についてしまう。

 

「あ?」

 

 身体強化と魔法の相性は悪く。体内での魔力の循環が滞るや、維持していた剛活性が解除されたらしい。血を失い過ぎた肉体はもはや限界で。闘気なしでは動けない程にガタが来ていたようだ。

 

 せっかく作った魔力球だと言うのに、圧縮の反発力を抑える事が出来きなくて、弾け飛んでしまった。

 

「畜生、もう一度か……」

 

「なんで、そこまで諦めないんだ?」

 

「同じだって言ったろ。俺は生きて、家族にただいまを言うんだよ」

 

 アンタは違うのか。怯えた子犬のようになっているマルグリット卿を見た。

 彼女も俺と同じで、弟に会いたいが為に、卑劣な手段を躊躇ずに行使してきたというのに。

 

「私は、言い訳に使っていただけなのかも知れない。心の何処かで、もう諦めていたのかも知れない……」

 

「生きているかもよ、弟。詳しくはママに聞かないとだけど、エルマと呼ばれている男の子は、畑で捨てられていたそうなんだ」

 

 それだけでは、か細い線。それでも俺は、回復薬を彼女に使う程度に分があると考える。

 チェパロだ。町から出た事が無いという少年は、何故か地竜について詳しかった。

 

 あれは竜巣軍の飼い竜で。巨人が襲って来た日は、教会の地下に隠されて見る機会など無かったはずなのに、その姿を知るように言い当てている。まるで、遠い日に関わった事があるようではないか。

 

「果たしてコレは偶然なのか。まだ生きて、確かめたいと思うなら、ちょっと手を貸せよお姉ちゃん」

 

「そんな……奇跡のような事が……本当にあるのか?」 

 

 俺の手をガシリと強く支える手があった。

 身体強化はもう要らない。術の反発は、女戦士が抑えることで、魔法に集中する事が出来るようになる。

 

【法布き自由を駆逐する】【翼をはためかす空は既に無し】」

 

 既に頭上から吐き出される竜の吐息。氷竜の魔力特性か、青白く輝く極大の光の柱は、冷気を伴って地上へと降りて来た。

 

 竜種は大気からも魔力を集めることで、あの超絶威力のブレスを生み出すらしいが。

 それはこの魔法も同じなのだ。手当たり次第に圧縮をしていくので、他者の魔力だろうとおかまなしに使用する事が出来て。

 

 俺の手を挟み、祈るように捧げられるマルグリット卿の力。

 黒球の生成は倍速になり。一人では成し得なかった完成へと至る。

 

「【ここに幻想は失墜する】」

 

 最強を迎え撃つべく奔る、黒い暴力。宙で激突する二つの特大魔力。

 青銅男の驚く声が聞こえるようだ。竜の咆哮が天を劈き、無駄な抵抗をするなとばかりに腕に掛かる圧が強まった。

 

 拮抗。いや、押されている。一度目の失敗のせいで、込めた魔力量に差が出来たか。

 特異点の熱気と降り注ぐ寒気。それを竜墜蒐束砲が混ぜ返すもので、町全体が嵐のような強風に包まれて。まるで空がどっちに付くか迷っているようだ。

 

 勝ち馬はこっちだぜ。

 闘気を心臓に流し込み真化させる。本来はまだ辿り着けぬ超人の領域であるが、血管を巡る魔力は激痛と共に、身体を一つの霊脈と化し。

 

「うぉおおらあああ!!!」 

 

 背より噴き出す黒翼。手より放たれる魔力のが、一層に輝き膨れ上がった。

 感覚的にはあれだ。小便を出し切った時に似ていた。腕に掛かっていた負荷が消えて、終わったのだなと思う。

 

「ま、まさか……本当に竜を」

 

 直前で身を捩ったか、直撃は躱されたらしい。

 しかし半身と翼を失った竜は、もはや空に留まる事は出来ず。ここに最強という名の幻想は失墜する。

 

 

 

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