ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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588 やっと取り戻せた

 

 

 うつらうつらと覚醒をしていく意識。俺が寝ていたのは、酒場の二階にある部屋だった。

 窓は閉じられていて、どれ程の時間が経ったのかは分からない。殺風景な部屋の真ん中にあるキングサイズのベッドの上で布団も掛けずに転がされていた。

 

 寝起き故か、血が足りないのか。

 ぼうとする頭で、隣に居る灰褐色の髪の少女の寝顔を見つめながら、竜を墜とした後はどうなったのかと記憶を探る。 

 

「あれで力尽きたよな。どうやってアジトに戻ったんだっけ……」

 

 マルグリット卿は魔王軍幹部の名に相応しい強敵であった。彼女を倒した時点で、既に疲労困憊。重ねて、青銅男との連戦と来たものだ。仕方なく闘気の真化を使ったけれど、自分でもだいぶ無茶をしたと思う。

 

 無理矢理に魔力の流れ道として代用した血管は、相応の反動を負い。今でも心臓が暴れるような動悸を感じる。

 

「その割には、身体が痛まないというか」

 

 既に治療をして貰えたようだ。お腹の傷もすっかりと消えていた。

 神聖術による癒しだろう。エルマのママが聖職者のはずなので、リュカはちゃんと頼みを聞いてくれたらしい。

 

 これでやっと、奪われたものは取り戻せたな。俺はリュカに抱きつく腕へ、少しだけ力を籠める。

 

「おかえり」

 

「……う~ん」

 

 抱き枕にされる狼少女は、大蛇に巻き付かれでもするように、身動きも出来ずにうなされた。痛がるほどに力は込めていないので、単純に暑いのだろう。俺も暑い。

 

 なにせ、この町の気温は真夏並み。密着をしていると、肌の触れ合う部分が汗でべたつき不快でしかない。もう、お前は用済みだ。ベッドの端へ転がそうと、リュカの腰に手を回して、指先に触れたものにふと気付く。

 

「あれ? なにこの感触。もしかして尻尾?」

 

 なんと、その尻にはぴょこんと10センチ程度の短い突起物があったのである。思わず指で弄り感触を味わう。柔らかな毛並みが揃い、撫でればとても手触りが良かった。

 

 けれど作り物ではなく、芯にはコリコリとした骨まであって。しっかりと神経も通うのか、腕の中の少女は、くすぐったそうに身を捩る。

 

「んふ……にゃは……」

 

「こんな面白いこと隠しやがって。いつから生えてたんだろうなぁ」

 

 一番怪しいのは浮遊島の時か。宝を巡り冒険家と争った時に、リュカは進化をしたという。外見は変わらないので、何処がと思っていたけれど。まさか、こんな所が。

 

 気安い接触をしてくる性格ではあるが、流石に少女の尻を撫でまわす機会は無かったからなぁ。

 

「いや、でもそれなら着替えの時に誰か気付くよな」

 

「……ん……あっ……」

 

 動物好きなティアならば、絶対に話題へ出すと思うのだ。ならば、もしかして、剣闘での相次ぐ連戦により進化をしかかっていた?

 

 そんな事を考えながら尻尾の付け根を撫でていると、妙に熱い吐息が耳にかかる。

 見れば、灰褐色の髪の少女は、悩ましげに眉を歪ませ、俺の胸板へと爪を突き立てていた。

 

「まあ起きたら聞けばいいか」

 

 犬も尻尾の付け根を撫でられるのが好きと聞く。

 頑張ったねと日頃の慰労を込めて。あと反応が面白かったので。俺は爪先を使い、トントンカリカリと責め立てた。ええんやろ。ほら、ここがええんやろ。

 

「あっっ……んにゅぅ~~!?」

 

 感覚的には足裏をくすぐられる様なものか。

 リュカは込み上げる感覚に、たまらず逃げ出そうとするが、させるものかよ大活性。

 やがて息が切れたようで。一度ピンと硬直した後は、腕の中で力なく伸び。はぁはぁと荒い呼吸が耳に届く。

 

 勝った。謎の優越感に浸りながら、ニンマリと整った中性的な顔を眺めていれば。流石に目が覚めたようだ。潤んだ瞳が睨み付けてきていた。

 

「てめぇは、人の尻を触って何してやがんだよ!」

 

「謝るから噛み付くのはやめろ。そこは頸動脈だー!」

 

 頬を赤らめる灰褐色の髪の少女は、首元に狙いを定めて襲い掛かってくる。無駄に鋭い犬歯が皮膚を甘噛みした。攻守はすっかり入れ替わり、ベッドの上でくんずほぐれつもつれあい。

 

「うるせー! いま何時だと思っていやがる。静かって言葉を知らねえのか、バカ人間がっ!」

 

 バンと開け放たれる扉。奥には赤い肌をした鬼娘が、目を吊り上げて、まさに鬼の形相で立っていた。その顔を見て思い出す、剣闘場で気を失う直後の記憶。「すげえ。コイツ、本当に竜を撃ち落としやがった……」。

 

 そうか。誰もが逃げ惑う中、キキだけは俺の勝利を確信して、最後まで近くで勝負を見守ってくれていたのである。

 

「キキにも世話かけたね」

 

「なんだ、その気持ち悪い笑顔は。あーしに喧嘩売ってんのか」

 

 ピシャリ飛んできた布は、冷たい水で濡れていた。ありがたく顔を拭き、ついでに唾液だらけになった首を拭う。

 

「……調子はどうだよ、飯は食えるのか?」

 

「あーそういえば腹減ったな。肉が食いたい」

 

「肉良いな。オレも食う!」

 

 ぶっちゃけ血が足りないのである。そう溢すと、キキはだろうなと呆れた顔をして言い。下でマスターが用意をしてくれているから来いよと顎で示す。

 

 はて、今が夜ならば酒場は営業中のはず。首を捻ると、疑問に答えてくれたのは、早くもベッドを飛び降りるリュカだった。

 

「店なんてやってる余裕無いだろ。あれから町は大変だったんだぞ」

 

 他人事のように笑い飛ばす狼少女に、鬼娘が不快そうに眉をしかめた。キキは階段をタタンと軽快に降りて、先導しながら口を開く。

 

「ああ、竜巣軍の幹部がやられたんだ。そりゃ騒ぎにもなる。兵士の奴らは、ネズミを探す勢いで町を捜索しているぜ」

 

「これで暫く、俺もお尋ね者か」

 

「……そうだが、それだけじゃない。町じゃあお前を英雄視する声も上がっている。ここがバレて居ないのも、市民のささやかな抵抗だろうさ」

 

 考えてみろと言われる。

 魔王の貢ぎ物に手を出すという明確な反逆。そして裁きを下そうと空を舞う竜。町を巻き込む大ごとだからこそ、誰もがその姿を目撃し。同時に失墜する様を目に焼き付けたのだと。

 

 酒場へ降りると、マスターがこちらを一瞥し。すぐにカウンター席にグラスが置かれた。

 

「久しぶりに胸がすいたよ。今日は俺に、奢らせてくれ」

 

 高そうな瓶からドプンドプンと黄金色の液体が注がれ一言。なんて渋いカエルだ。

 気分的にはステーキに齧りつきたかったのだけど、俺のことを考えて温めやすい煮込み料理にしてくれたらしい。

 

「んはぁ、うめえ。奴隷はろくな飯出なかったから生き返るぜ」

 

「やっぱそっちも大変だったんだな」 

 

 料理に舌鼓を打っていると、鬼娘は机に頬杖をつきながら、喉に小骨が刺さったような表情を見せる。どうしたん、話聞こか。俺がグラスに注ぐつもりで酒瓶を向けると、瓶ごと奪われてラッパ飲みされてしまう。

 

「お前、イカレてるよ。無事に【地吹雪】を撃退出来たからいいけど、町が消滅する危機だったんだぞ」

 

 守るべきエルマとマリーも背後に居るのにだ。正気ではないと言われて、反論も出来ずに肉を飲み込む。

 

 そこはイグニスを真似て交渉に出たはいいけれど、読みを完全に間違えていた。まさか魔王に伺うまでもなく、その場で幹部に滅ぼす権限が与えられているとはね。

 

 貢ぎ物に手を付ける前に、キキはやめろと声を大きくして忠告してくれたので、罪悪感が胸に湧いてくる。結果オーライと言えば聞こえは良いが、魔女が居れば反省会間違いなしの愚行でもあった。

 

「おいおい、相手はツカサだぞ。こいつは敵が魔王だろうと躊躇無く喧嘩を売る、最高にアパムゥな男だ」

 

「あるよー、躊躇あるよー?」

 

 リュカは俺のことを褒めるのやら貶すのやら。

 そこに敵が居れば、理不尽があるならば立ち向かうのがツカサ・サガミだと胸を張り。トラブルがあるのは当然だと強く頷く。

 

 殴ってやろうかなと思ったのだけど、キキは大きなため息を吐き出しながら、そうだなと同意してきやがった。助けてくれジグ、俺に味方が居ないんだ。

 

「どうして、たった二日でここまで状況を混沌に出来るのやら。敵でも味方でも恐ろしくて仕方ねえが、困った事に成果はあると来やがる」

 

 マルグリット卿を捕らえた。ちゅぽんと酒瓶から離れる、艶ある唇が言う。

 そうか。一緒に居た女戦士の事を忘れていた。彼女はもう竜巣軍に見捨てられたも同然で。

 

 フォークを置いて、会わせてくれと言えば。やはり鬼娘も魔王軍。いいね、尋問の時間だと、喜々と声を弾ませる。

 

 

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