ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「この町の【軍勢】軍を何処に連れて行ったか吐け! その中には兄貴の婚約者も居るんだ!」
鬼娘は表情を引き締めてマルグリット卿へ詰め寄った。
分かったとばかりに深く頷いて見せる女戦士だが。まぁ落ち着けと焦らすのは、報酬が後回しになった意趣返しか。
捕虜ではなく対等な関係であるならば、相応の礼儀があるだろうと、肌に残る鉄糸の食い込んだ跡を撫でるのである。
「こっちはずっと拘束され、飲まず食わずで放置されていたのだぞ。これが鬼族の客を持て成す作法なのか、ええ?」
「ぐぬぬ。調子に乗りやがって、このアマがぁ~」
つまり食べ物を持ってこいと。キキは歯噛みをしながらも素直に要求に従い、ちょっと待っていろと言って不満を隠さない歩調でノシノシと部屋を出ていく。
最初に暴を見せたのが効いたようだ。実際のところ、どこまで回復しているのかは怪しいけれど、あると思わせれば勝ち。これが戦闘でも見せたマルグリット卿の強かさだった。
「そんな目をするなよ、反抗をするつもりは無い。さて、私も料理が用意される前に小用を済ませてしまうかな」
「……ああ、出てすぐ右だよ」
「……助かる」
ベッドを立ち上がった女戦士は、やや内股になりながら速足に扉へと向かう。その姿を見て察した。本音はトイレに行きたかったのか。
慌ただしくバタンと扉が閉められて、部屋の中には俺と狼少女だけが残された。
紆余曲折あったが、まさか本当にマルグリット卿を味方に引き込めるとはね。先ほどまで彼女の奴隷をしていたリュカへ、肩をすくめて笑って見せれば、キョトンとした顔でこう言うのだ。
「軍勢がどうとか、何がどうなってるんだ? そもそもあの赤い生意気なのは誰だよ」
「あー、もしかしてキキから何も聞いていない感じ?」
「うん。ツカサから離れたくなかったからな。ガキたちも遅くまでずっと傍に居たんだぜ」
俺が瀕死の重傷で担ぎ込まれた為に、意識が戻るまで目を離したくなかったらしい。夜食を一緒に食べていたのを思い出して、それは迷惑を掛けたなとポロポリ頬を掻く。
なので事情を簡単に説明した。今の俺はキトという鬼と手を組み、魔王軍の親玉である【竜巣】のランガを打ち取ろうとしていると。
「なんだよ、それ。じゃあ皆の所に帰らねえの?」
灰褐色の髪の少女が感情に任せてグイと胸倉を掴んでくる。そして、何ともやるせない表情で、きっとイグニスは心配しているぞと呟いた。
怒鳴られるよりもガツンと来たというか。自分の向かおうとしている方向が不安になって。俺はそうだねと、弱弱しい返事しか出来ない。
近々の目的であったリュカとママを取り戻した以上は、ここで引き返す選択肢もあるのだろう。でも、胸の中で進めと囁く魔女の声もあり。
「イグニスなら、こうするんじゃないかと思うんだよね」
勇者一行は、魔王を討つべく必ず魔大陸へ訪れる。ならば先に着いてしまった俺は、ただ首を長くして彼女たちを待つだけでいいのだろうか。
いいや。そんな事をすれば、あの赤髪の少女は今まで何をしていたと蔑む視線を向けてくるだろう。
「いま出来ることをやるんだ。未知の魔大陸で、勇者一行が活動出来る下地を作っておくのは大きい」
「……そうか。ツカサも、待っているのか」
スタンスの違いを理解してくれたリュカ。ふと寂しげに床へ目を向けるけれど、次にはしょうがねーなと苦笑いを見せて言ってくれた。
「まぁ、お前がこんな状況を知って大人しく出来る訳がねーよな。どうせなら勇者が来る前に、魔王を倒して驚かせてやろうぜ」
一目で空元気と分かる声である。でも、無理をしてでも言ってくれたのだから、俺はそうだねと。同じ言葉で、けれど力強く肯定をして。
やがて、何食わぬ顔で部屋に戻ってくる女戦士。これで文句無いだろと料理と酒の載ったお盆を運んでくる鬼娘。役者が揃い、いざ話し合いが始まる。
◆
「さて【軍勢】の処遇だったか?」
「そうだよ。何処に連れて行きやがった」
俺たちも食べた煮込み料理を、ピンと背筋の伸びた綺麗な所作で口に運ぶマルグリット卿。答えを急くキキに対し、返された言葉は予想の範疇を出ないものだった。
「この町には居ない。鬼族を含め戦士は明確な反乱分子になると分かっているしな」
「当たりは付いてるぜ。テメェら捕虜を魔獣と戦わせて、竜の育成をしてやがるんだろう」
ほうと感心したように隻眼を見開く女戦士。ドヤ顔のキキではあるが、それ俺が推理した奴だよね。答えは合っているようで、そもそもと竜巣軍の内情が語られる。
「ランガやオポンチキのような魔王が深淵と同盟を結んだのは、軍勢の管理する始獣の存在が大きい。そして三大天の一人、【無間】のオッパーニは、始獣の肉を手土産にこちら側へ付いたのさ」
巨人族は食べてもすぐに復活する永遠の食材として。竜人族は竜へ至る進化の起爆剤として、目的が一致したらしい。
つまり、この町の戦士は竜種を生み出す実験として連れ去られた一面もあるのだろう。
マルグリット卿はフムフムと納得するように頷きながら、料理の締めに酒を飲みほした。
「しかし浚った戦士の中に、まさか赤鬼の婚約者が居たとはな。キトが不在の時期の情報といい、オッパーニめ、さては人質として目を付けていたか?」
「オイ、まさか奴に渡したんじゃねぇだろうな?」
「安心しろ。そういう話もあったのだが、【地吹雪】は裏切り者など信用する男ではない。北の湿原を中心に魔獣の群れを放って檻としている。成果は上々と言ったところか、この町の地竜は、大抵がそこで育ったものだよ」
明確な居場所を聞いて、やったと歓喜に拳を震わせるキキ。
なるほど、まさに竜の巣だ。戦士を環境に閉じ込めるとは頭が良い。けれど、俺が不思議に思ったのは、件のオッパーニとやらのことである。
「婚約者が居るなんて情報まで握っておきながら、なんで妹を狙わなかったんだろう?」
「そりゃあ、あーしと兄貴は血が繋がってないからじゃねーの……」
「ほへ」
間抜けな声が出るも、赤肌の少女は良く考えろと言って来た。
キトの両親が亡くなったのは何百年も前。自分が生まれるはずが無いのだと。それは逆に年齢が気になってくるな。アイツ一体何歳なんだ。
「兄貴はさ、統領が死んで跡を継いで。そこから里を守る為に軍勢に入ったんだがよ。身内は狙われるってんで、ずっと結婚はして来なかった」
そんな中で親戚であるキキは両親を失い、妹として受け入れられる。
ずっと家族になる事を憧れる女性が居たと知ってるからこその負い目であり。いち早く助けたい気持ちで、この町に押し掛けて来たのだとか。
「三大天を降りたら里で静かに暮らすから、やっと籍を入れようって間だったんだよ。なのに兄貴の野郎、花嫁を奪われても冷静じゃねえか。姉御が可哀そうだよ」
「それはキトが正しいだろう。その情報を知っていたら、もっと有効利用した。私たちも三大天を舐めていないからこそ、こんな僻地に幹部を置いているのだ」
マルグリット卿は戦場でモアを見かけた事があるらしい。深淵軍の悪魔と天使を、蚊を落とす勢いで殺していたそうだ。思い出すだけでげんなりするのか、空いたコップに苦い顔で酒を注いでいる。
「オレは魔王軍が婚約者だとか言い始めても、まったく同情は湧かねえんだが。ツカサはどう思う?」
「次の目標が決まっていいじゃん。誰にもでも大切な人くらいは居るもんだよ。なら、助けないとね」
「……嗚呼、そうか。君はそういう考え方をするのか」
女戦士が、やっと理解を出来たと表情を緩めた。
どうして斬った相手を助けたのかが分からず、ベッドの上で縛られながら、ずっと悶々としていたそうだ。
「どうせ拾った命。最後に竜へ一矢報いるならば、それも悪くないな」
目隠しをされていた布を眼帯として巻き、菖蒲色の髪をした女性は言う。
そんな様子を見ながら、随分と変わったものだと思った。死にたくない一心で剣を握り続け、剣闘の王者にまでのし上がった人物だと言うのに。
「弟に会うまで、死ねないんじゃなかったの?」
「ふっ、誰のせいだと。竜を墜とす現場を見せられては、足掻かなかった自分が愚かに思えてね」
「良くわかんねーけど、戦いなんだな。オレもやるぜ」
「っ……。い、いいのかよ。相手は巨人族も居る【竜巣】軍だぞ?」
手伝うと声を揃えて意思表明する戦士たち。
無論、俺もだ。オッパーニだか何だか知らないが、愛を奪われたというのなら取り戻そうじゃないか。
人数は少ないけれど頼れる仲間が増えて。気丈なキキには珍しく湿った声を出していた。
そして、震える唇でありがとうと感謝が捻り出された時。大気を震わせる咆哮によって言葉の響きは塗りつぶされる。
「なんだよ、この音!?」
聴覚も鋭い狼少女は、耳に手をあて音を塞ぐ。そうか、知らないよね。
代わりに素早く窓の戸板をこじ開ける女戦士。空はまだ暗く、山の彼方にやっと薄っすら日が見え始める時刻。
町を揺るがす大音量は、獣の鳴き声に似ながらも、俺たちはソレが笛によるものだと知っている。
「間違いない、この音色は竜笛だ。ディネーヴェめ、まだ裁きを諦めていなかったか!」
なんて迷惑な目覚ましがあったものだ。ニワトリではなく竜が朝を告げ、それは同時に破滅をもたらす暴走の合図でもあった。
今週は出張で書けないので、次回の更新は来週の日曜日くらいになると思います