ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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592 ウンコしてくる

 

 

 夜明けと共に行われた襲撃は、誰に取っても寝耳に水の出来事だった。

 地竜は民家など草を倒す程度に薙ぎ払う怪物。住人は襲われる前に建物から飛び出すのだけど、彼らに逃げ場は何処にも無いのである。

 

 もとより此処には他の町から大勢の奴隷が集められているわけで。都市としてのキャパシティーを人口が遥かに超えているだけに、通りや広場はあっという間に人で埋まってしまうのだ。

 

 そして列は動かない。溜まるばかりで流れが生まれる気配は一向に無かった。

 出口が無いからだ。門を外側からトカゲ兵士と単眼巨人により封鎖されている。いまこの町は、猛獣の放り込まれた檻となっているのだった。

 

「ディネーヴェ様より裁定が下った。予定通りにお前らは廃棄だ。我らが王に逆らった愚か者を恨むのだな」

 

「ふざけるな! 出せ! 俺たちは何も関係が無いだろう!」

 

 町壁の上から拡声の魔道具を用いて、竜巣軍よりご高説が垂れ流される。

 事ここに至っては住民たちも大人しくなどしていられるはずが無く。人々は巨人も潜れるくらいの大きな門へ、必死に拳を叩きつけていた。

 

 まるで絶望の坩堝。遠くで響く竜の活動音が恐怖を煽り、どうして自分がこんな目にと嘆きと涙が入り混じる。今まで溜め込まれてきた鬱憤がマグマのようにドロドロとした感情を噴出させるのだろう。

 

「まぁ予想通りだな」

 

「そりゃそうだろ。お前のせいで昨日も似たようなもんだったしな」

 

 アジトを出た俺たちは、竜退治ではなく真っ先に町門へと足を運んでいた。

 鬼娘の言葉通りに町のピンチはすでに2回目である。出入口が封鎖されれば、此処に人が集まることなんて簡単に想像がつくよね。

 

 人命は最優先。十頭を超える竜をいちいち巡って相手にしてたら、その間に住人はみんな胃袋の中に入ってしまう。なので、まずは逃走経路の確保に来たというわけである。

 

 混乱の元は俺だ、責任くらい取るさ。人垣を無理やりに掻き分けて、なんとか門の真下にまで辿り着き。

 

「おい。上から眺めてねえで、テメェらも降りて来いよ!」

 

「……なんだ、揺れた? 地竜の暴れる衝撃がここまで響いているのか?」

 

 町壁の上で安全地帯に居るトカゲ兵士が驚きの声を漏らした。しかし、正解は俺が相撲でもとるように門へとぶつかったのだ。

 

 門に埋め込まれるのは鋼鉄の大扉。その開閉方法は、シャッターのように持ち上げる方式で。いくら押しても開くはずなどは無いが。だからどうした。

 

「うおぉおおおおお!!!」

 

 押す反発力で足が地面に埋まっていく。昨日体を酷使したせいか、腕の血管が内部で切れて赤が滲む。だが咆哮と共に、霊脈は唸りをあげて。

 

 ズルズルと滑り続けていた爪先は、僅かに新しい大地を掴んだ。やがて鋼が軋み、支柱が歪む。ギシリミシリと崩壊を予期させる破壊音に、気づけば周囲は静まり返っていた。

 

「や、やめろ! いや、やめさせろー!」

 

 壁が傾き、上に居る兵士たちはやっと異常に気付いたらしい。弓か、はたまた魔法か。兵士共は遠距離攻撃を仕掛けようとするけれど、もう遅いよね。

 

 弾け飛ぶ大扉は外に向かってドシンと倒れ、濛々と土煙を舞わせる。

 壁に埋まっていた物が強引に押し出されたのだ。崩壊した衝撃で一部が傾くと、周囲の壁ごとドミノ倒しに崩れていくではないか。

 

 高みの見物をしていた魔王軍は足場が消え失せて、ドングリのようにボトボトと地面に落ちてくる。そして俺たちの目の前には風に揺れる草原が広がり、緑の匂いがふわりと鼻に届いた。

 

「バカ人間にしては考えたな。確かにこの人数がちまちま門から逃げていたら時間が掛かる。なら壁を破った方が効率的だ」

 

「いや、オレはただの偶然だと思うんだよな。ツカサは絶対にそこまで考えねえよ」

 

「二人とも後でちょっと話し合おうね。まぁ偶然なんだけどさ」

 

 やはり体力が落ちているか膝を突く俺。これしきの事で息が切れてしまったか。

 けれど外が見えたというのに、住人たちが喜ぶことはない。壁を破った先には武装をした兵士たちが待ち受けていたのである。

 

「動くなよ貴様ら! 町から出る者は反逆者とみなし、即刻死刑だ!」

 

 散っているのか敵の人数で言えば多くはない。けれど町人は刃を向けられる事に慣れていないうえに、トカゲたちの背後には巨人の軍団まで控えていて。

 

 前門の魔王軍、後門の竜。先ほどの威勢はどこへやら。人々は互いに顔を見合わせて、なかなか一歩を踏み出すことが出来ないのであった。

 

「なにやってんだよ、竜に食われてえのか!?」

 

 そんな中、キキが声を張り上げながら一番槍を務める。

 徒手空拳ながらに、その戦闘力は武装したトカゲ兵士を寄せ付けず。疾風が吹き抜けるように、兵士を薙いで道を切り拓いていく。

 

 すでに鬼娘はフードを外していて。彼女の目立つ赤い肌を見た誰かが言う。鬼だ、軍勢軍が助けに来てくれたのだと。

 

「で、でもさ。軍勢が負けたから、俺たちはこんな目に会っているじゃ……」

 

「そうだよ。今更助けに来られても、もう帰る町さえ無いってのに……」

 

 人々の動揺が耳に届く。そうか。ここには帰る場所の無い人が大勢居るのだ。

 家も、立場も、財産も失った人達。仮に今を生き延びようと、魔王軍を敵に回しては明日が無い。

 

 だからこう考えるのだろう。たとえ奴隷でも、居場所のある方がマシなのでは、なんて。

 冒険者ギルドよりは扱いが良いらしいもんね。俺でも悩むかも知れないとボリボリ頭を掻いた。 

 

「コイツら、なんで動かねえんだ? この人数差なら、余裕で切り抜けられるだろ」

 

「何処に向かえばいいのか、分からないんじゃないかな」

 

 狼少女が苛立ち気味に吐き捨てるもので、しょうがないよと宥める。

 町を捨てる覚悟。魔王軍を敵に回す覚悟。両方とも、寝起きに取り合えず逃げてきた人達が選ぶには重すぎるのだ。

 

 恐らくは尻に火が付いて、竜にでも追われない限りは、町壁を超える踏ん切りはつくまい。そして過酷な選択を突きつけられる中で、ボソリとこんな声が聞こえてきた。

 

「アイツ、見たことあるぞ。竜王の貢ぎ物に手を出した奴だ……」

 

「じゃ、じゃあ、あの人間が悪いんじゃねえか! 俺たちは大人しく法を守っていたのによ!」

 

「そうだな、その件は疑いようもなくツカサが悪い」

 

「リュカちゃん!?」

 

 酷い、まるで背後から刺された気分である。

 だけど市民の怒りの矛先が俺に向かいかかった所で、それは違うと声を張り上げて真っ向から否定してくる人が居た。

 

「誰が悪いか、だと。そんなもの魔王連合に決まっておろうが! 私は檻の中で見た、故郷が火に包まれていく光景を生涯忘れんぞ!」

 

 エルマの居た町の長だったウサギさんだ。

 彼は小さい体ながら、足を止める市民たちに向かい、声帯が張り裂けんばかりの大声で問う。

 

「目を覚ませ、竜巣軍は何の躊躇いもなくこの町を滅ぼそうとしているのだぞ! そんな連中に生殺与奪の権利を握らせていて本当にいいのか!?」

 

 気紛れで町を滅ぼされる恐怖を抱きながら、顔色を伺いながら生きていく。それはもはや、飼われているのと何が違う。流石は纏め役だったという所か、町長の演説は人々の心を揺さぶり。

 

「クソっ。そりゃあ、俺の故郷だって奴らに……」

 

「ここに立っていても、竜に食われるか槍で突かれるかの違いか……」

 

「ど、どうせ殺されるなら、最後に恨みを晴らしてやる!」

 

 一人が崩れた町壁を越えて外に踏み出せば、一人また一人と後に続き。

 溜まりに溜まっていた恨みは、津波のように溢れ出して魔王軍を飲み込んでいった。

 

 たとえ相手が武装をしていようと多勢に無勢。

 そもそもに住人は魔族がほとんどなので、戦えばけして弱くはないのである。悲鳴さえも掻き消える怒涛の勢いに、これはもう俺が加勢をする必要もないなと呆れるばかりだ。

 

「最初から勇気を出していりゃ良かったのにな」

 

「そう言うなって。ウサギさんは町人を守るために奴隷落ちしたんだ。立派で勇気ある決断だと思うよ」

 

 そして彼の言葉は、俺の心も燃え上がらせてくれた。

 巨人に壊され、燃え上がる街並みを思い出す。あの幼い兄妹は、せっかくママと再会出来たと言うのに、帰る場所が無いのだったね。

 

「なぁリュカ。竜を倒せとは言わないから、キキを手伝って住民の避難を進めてくれないか?」

 

「……別にいいけど、お前はどうするんだよ?」

 

「なんか腹痛くてさ。ちょっとウンコしてくる」

 

 【地吹雪】を仕留めそこなったのは俺だ。自分の尻くらい自分で拭こう。

 きっとあの青銅男は、まだ町の中に居るはずだった。上位竜として、地竜の群れを恐れる必要もないからだ。

 

 決着つけようぜ。俺は外に逃げ出す人の流れに逆らい、フラフラと町の奥へと歩いていく。

 

 

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