ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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593 閑話 追う背中

 

 

「こんな時に、あのバカ人間は何処へ行ったんだ!?」

 

「ツカサならウンコしてくるって言ってたぞ」

 

「マジ死ねよアイツ!」

 

 町壁から波のように溢れ出る市民たち。その勢いは竜巣軍の兵を一瞬にして飲み込んでいくが、最後まで抵抗を見せたのはオポンチキ軍の巨人共だった。

 

 巨人は数で押される戦いに慣れているのだろう。円陣を組んで互いに死角を補っている。対して、こちらは素人の集まり。連携をされて長い丸太を振るわれると、いくら数で勝っていようとも、ただ蹴散らされていくだけだ。

 

 角が生えた赤い女も、被害が大きくなる前に何とか倒そうとするけれど、予想外に粘られて苛立ちを感じているらしい。

 

「ちっ。せめてコイツ等くらい倒していけっつーの」

 

「……へぇ」 

 

 文句を言いつつも、ツカサならば瞬殺をしてくれるという信頼がみえた。

 けれどもオレはこう考えるのだ。あの過保護な男が、オレたちだけで十分だと判断したと。へへと鼻頭を擦る。これで燃えないはずがねえよな。

 

「よっしゃ、倒して褒めてもらうか!」

 

 巨人の相手は初めてではない。しかもソイツは魔王と呼ばれる存在で、対面するだけで小便を漏らしそうになるほど恐ろしかった。それに比べれば、雑兵が何人集まろうと怖くはねえな。

 

 オレは姿勢を低くして土を蹴る。するとちょうど、野太い木材がブンと頭上を通過して。悲鳴と共に、何人かが吹き飛んでいく。

 

 危ねえ。敵の懐に潜るべく一気に駆け抜けようとすると、味方の隙を補うべく左右からも追撃が放たれてしまい。

 

「何か考えはあるんだろうな!?」

 

「ある。オレは巨人の弱点を知ってるんだ!」

 

 角女が援護に入り、丸太を受け止めてくれた。そうか、こちらも一人じゃない。お陰で巨人の股下を通り、円陣の中へと入る事が出来て。

 

 ここまで来れば話は簡単だ。あの日、勇者一行が実践してみてた巨人殺しを行うだけである。丁度オレの頭くらいの位置にある、下半身の要を狙い打った。

 

「んにゃー!」

 

「ヒュー。なるほど、そういう事ね」

 

 トカゲ兵士から奪った槍を、巨人の膝裏へと突き刺したのだ。激痛に悶える大男は、もはや立つ事もままならず、脚を抑えて地へと寝転ぶ。

 

 倒れた先は殺気立った住民に満ちていて。高さという利を失えば、まるで蟻が果物に集るように、千の拳が敵を迎えいれる。

 

 加減を知らないというか、なんと言うか。原型を残さない程にぐちゃぐちゃにされていく同胞を見て、残る巨人は武器を捨てて投降するのだけど。

 

「分かった、降参する!」

 

「なに都合の良いこと言ってやがるんだ。俺たちの事は皆殺しにしようとしやがった癖に!」

 

 それでも怒りは収まらない。虐げられてきたのは分かるが、自分たちが殴る番になったらこれかと呆れるばかりだった。

 

 武器を捨てた奴を嬲るのはオレの美学に反する。親分からも仁義だけは忘れちゃならねえと言い聞かされているのだ。

 

「止めろ。無抵抗な奴をまだ殴ろうってんなら、次はオレが相手をすんぜ」

 

「「……っ」」

 

 一人や二人はのさないと静まらないかと思いきや、気持ちが悪いほどにオレの言葉は聞き受けられた。どうなっているんだと首を捻っていれば、慣れ慣れしく肩に手を置いてくる角女が言う。

 

「お前は剣闘で時の人だったからな、知名度があんのさ。噂じゃ竜を堕としたのもお前なんじゃないかって囁かれてるらしいぜ」

 

「そんな事になってんのかよ!?」

 

 ツカサがマルグリットを撃破して竜災をも止めた事実は、誰も目撃者が居ないのだった。

 いつになっても間の悪い男だな。けれどアイツは暴力を振るったことを偉ぶろうとはしない。真相はこのまま闇の中だろう。

 

 ツカサの凄さをオレだけが知っているのは、妙に優越感がある。本人が平穏を望むならばと口を噤む事にした。

 

「しかし、妙だな。町の中が随分と静かだ」

 

「そういやそうだな。竜も追ってくる様子がねえ」

 

 門の付近に溜まっていた住人は、もうとっくに外へと出て避難済み。

 人の流れで察したか、まだぞろぞろと壊れた壁から逃げ出しては来るのだけど、そこに焦る様子はあまりない。

 

 オレたちは顔を見合わせて町の中に戻っていく。

 そこで遭遇したものに、思わず目を見開いて立ち尽くしてしまった。

 

「……おいおい、随分とデカいクソじゃねえかよ」

 

 気持ちは角女も同じか。震える声で、なんとか強がりを捻りだす。

 地竜の死体。それも三体が、事も無く切り伏せられていた。民家に沈む巨体は、とめどなく血を流して道路に泥濘を作っている。

 

 こっちが巨人に手こずっていた僅かな時間で、ツカサはコレをやってのけたのか。

 物言わぬ身になっても放たれる竜の圧倒的存在感。現実味の無い光景に身震いが背を襲い、ハハと空笑いになって声に出た。

 

 早く追いつきたいと思うけど、まだ遠いなぁ。

 

「南門から逃げられるぞ。竜に食われる前に、とっとと逃げろー!」

 

 それでも町にはまだ10頭の地竜が居る。オレと角女は声掛けをしながら練り歩いた。

 被害は酷いものだ。竜の通った跡は軒並みに破壊されて、所々に赤い飛沫が付着している。

 

 もしツカサがこれを見たならば。自分のせいだと思い込むならば、きっと辛い思いをしているだろう。アイツは変な所で繊細なんだ。だからオレは、少しでも犠牲者が減るように声を張り上げて。

 

「リュカちゃん!」

 

「イグレシアじゃねえか!?」

 

 小道の奥から一緒に奴隷をやっていた女が駆けてきた。腕に少女を抱え、片手では少年を引いている。息を切らせているので必死に走ってきたのだろう。もう大丈夫だぜとガキを受け取ると、ほうと安心の溜息が漏れていた。

 

 オレとした事が匂いで気づかないとは。この町は濃い血の匂いばかりで鼻がおかしくなっているようだ。

 

「さ、酒場が竜に襲われてちゃってね。マルグリット様が子供たちを連れて逃げろって」

 

「……ふーん。御霊分けは無事に終わったのか?」

 

 しゃがみ込みこんで、茶髪のガキと目を合わせる。するとエルマという少年は、浮ついた顔で自分の手を見つめ。よく分かんないと呟いた。

 

「なんか時間が掛かるものみたいでね。温かいものが入ってくるのは分かったけど、僕にまだ魔力っていうやつの感覚が分からないんだ。ちゃんと使えたら、ツカサ兄ちゃんみたいに成れるのかな?」

 

 魔力の譲渡は終わらずとも、無事に血の繋がりくらいは判明したらしい。

 本当はオレも、あの人から貰うはずだった力。血の祝福。家族の証明。かつて狂わしいほどに欲した愛を、能天気に受け入れるガキにほんの少しばかり苛立ちが湧いて。

 

「ああ。アパムゥがありゃ、きっと成れるさ」

 

 頑張れと、目を細めてエルマの頭に手を置く。ツカサなら、きっとこうしたと思ったからだ。あの野郎、知らない間に随分と人を誑し込んでいやがるなぁ。

 

「しかし妙だな。酒場は裏通りだぜ。竜が暴れるなら人の多い場所に向かうだろ。これじゃあまるで……」

 

 何かから逃げているみたいだ。角女が顎に手を当てながら呟くと、近くでズズンと建物が崩れる音がした。まさかな。オレたちは目を丸くして、音の鳴る方へ顔を向ける。

 

 昇り立つ土埃の中には、ゆらりと揺れる影があって。やっべ、目が合っちゃったよ。そこには死体では無い地竜が、巨大な牙を剥いて威嚇をしていた。

 

「マルグリットめ、仕留め損ねたのか!?」 

 

「い、いいえ。私が見たときは、あの人はもう倒しかけていたわ」

 

「パッと見に傷は無ねえな。じゃあ別の個体かよ……」

 

 ツカサ抜きでは勝てる想像もつかない。逃げたいところだが、後には避難したばかりの人達も大勢いて。やるしかねえか。オレは震える脚で槍を構えて、子供たちを背に庇う。

 

「ギャー!」

 

「「ギャー!?」」

 

 だが、どうしたことだろう。地竜が吠えて襲い掛かってきても、その牙がオレ達に届くことはなかった。

 

 目の前で止まる顎。ガチンと咬合する音と生臭い吐息だけが身に浴びせられ。むしろ、何かに引っ張られるようにズルズルと後退をしていきやがる。

 

「おう、探したぜキキ。こんな所に居やがったか、この跳ね返り娘め」

 

 なんだよ、あの生物は。

 竜の尾を握る巨漢が居た。そいつがフンと力むや、ふと竜の四つ足が地を離れ、あろうことか建物よりデカい怪獣が背より落とされる。

 

 直感をした。コイツだ。最強種であるはずの地竜は、この男の気配を感じ取り、我先にと逃げ出していたのだ。

 

「あ、兄貴~!!」

 

 

 

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