ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
決闘を了承し、俺は口から大きく息を吸い込んだ。青銅男のせいで、辺り一面は氷漬けの鏡面仕上げ。肺に冷たい空気が溜まっていく。
正面からは爬虫類のような瞳が睨み。氷よりもなお凍える殺気が当てられていた。
今の俺が全力を出せるのは、せいぜいが10秒か20秒。勝負はどう転んでも短期決戦になるだろう。
もってくれよ体。勇気を貰うように黒剣を握りしめながら魂を燃やし。心臓より流し込む魔力で血管を第二の霊脈へと変えていく。
ポチャリと垂れる鼻血に反応して、弾き出されるように動き出す俺と竜人。
踏み込みの衝撃により銀世界へ罅が走り、影をも置き去りにして疾駆する。ハラリと舞う氷屑が地面へと落ちる前に、広場の中央で再会をして。
「――おおっ!!」
「――なにっ!?」
速度はほぼ互角か。奴に近づくと纏う冷気により一層に引き下がる気温。肌を襲う感覚は冷たいを通り超して、もはや熱く。けれど接触時間は、霜焼けをするほど長くは無い。
初手から首を切り落とすつもりで黒剣を振り切った。相手は身を退き、辛うじて避けるも、反応をするのがやっとで。やはり撃墜のダメージが残るのだろう。ならばと返す刃で追撃。胴を狙う一撃に剣が合わされ、刃と刃が衝突する。
「ぐぬっ……なんだ、その力は。私が押されているというのか!?」
「みさらせ、これがカカカ流だ!」
竜にドラゴンハートとやらがあろうとも、俺には魔王直伝の闘気法があるのだ。
闘気を真化させれば、体内の魔力量は一気に2倍以上に跳ね上がる。剛活性の出力が増せば、闘気で引き出せる力も天井知らずさ。
しかし、そこは意地か。力では負けんと言わんばかりに剣が弾かれ、斬撃の軌道を逸らされてしまう。流石に竜巣軍の幹部だけあり強いものだ。キト以外に真化で押し切れない相手が居るとはね。
敵は誇りを賭けると宣言した通りに、正面から俺をねじ伏せる気らしい。やや腰を下ろして斬り合う姿勢を見せてくる。冷静沈着に見えて、熱い精神も持ち合わせているじゃないの。
良いぜ。俺も足を止めて、全てを込めるように剣を放ち。震える空気に鋼の音色が乗って、宙を刃が乱れ舞う。
「「ぬぁあああ!!」」
チカリと迸る閃光は、消え入るまえに新たな輝きを生み。もはや花火のような大輪の花を咲かせた。
砕け散る氷に乱反射する剣劇。刃の軌跡がダイヤモンドダストとなり視界を埋め尽くす。やがて渾身と渾身の一撃がぶつかり合えば、互いに弾かれて大きく後退をし。
スケートリンクのような地面を足が滑って行くもので、剣を突き立てて勢いを削いだ。敵の間合いから離れたことで、はぁと白い吐息が漏れ出した。
時間にすれば3秒に満たぬ斬り合い。けれど振るった刃は50を超えるか。肌はやっと傷を認知したようで、刃の掠めた箇所が今になり鮮血を吹き出してくる。
「何か……言いたそうだな?」
「こうも容易くに我が氷鱗を貫くとは。確信をした、貴様は危険だ。我が魔王の元へは、何としても行かせぬ!」
こちらに振り向く青銅男も、同じように鱗を赤く染めていた。
互角。それはつまり、羽虫を叩き潰す殺戮ではなく、生死を競う殺し合い。自分から決闘を申し出ておいて、竜はやっと自分の死を感じたらしい。
その言い分に、ああと深く得心がいく。
奴は上澄みしにても、これだけ強いのである。竜種は、間違いなく食物連鎖の頂点に君臨するのだろう。
ならばこそ知らない。弱者とて、巣の危機とあれば立ち上がり。窮鼠も猫を噛む。獣は、この激情を
「行くぞ、羽虫。いや――ツカサ・サガミ!」
「来いよ竜。もう一度叩き落としてやる」
俺は体の熱を冷ますべく、もう一度大きく呼吸をした。
ほんの数秒の稼働で、全身が張り裂けそうな激痛が襲ってくる。あとどれくらい持つのやら。この唇は、もう決着の時まで吐息をしないだろう。
そして一歩を踏み出し、大地が軋む。
爆発的な推進力で間合いが埋まっていく最中、気づけば鼻先には氷柱が迫っていた。
氷竜はとうとう魔剣技も解禁したらしい。俺を対等と認め、なりふり構わずに全力で殺しにくる。
そうさ。人も獣も、必死の奴が一番怖い。
そのまま頭突きをして障害物を粉砕すると、氷の奥にはドン引く青銅男の顔が見えた。
慌てるように左右の手が振られ。今度は挟むように氷壁が迫るけれど、キトであればこう言うのだろう。
しゃらくせえ。
黒剣の一閃は悉くを両断。次は命を貰うと首元を狙う。上手く間に剣をねじ込まれたが、刃は僅かに首へと食い込み。
「……この力は、人間には過ぎたものだぞ」
鍔迫り合いになり竜人はあらん限りの力を籠めるも、黒剣はゆっくりと鱗に沈み込んでいく。男の首筋から噴き出す赤い液体は、しかし即座に凍りつき、ルビーのようにコロリと転がった。
至近距離では、寒すぎて握力も無くなりそうだ。一息に切り落とそうと力んだ矢先。ドンと脇腹を叩く衝撃がある。
アバラがへし折れて、内臓も少し破裂をしただろうか。俺は吐血をしながら弾き飛ばされていて、何をされたと目を細めた。
「ああ、これだからトカゲは嫌いなんだよ」
青銅男の尻には、軍服を破って尻尾がニョロリと揺れていたのだ。
もはや痛みも感じないけれど、体には確実にダメージが蓄積される。意識が飛びかけるのか、もう動くなと言わんばかりに視界が白黒に点滅をした。
失う平衡感覚に、あわや地に膝を付きそうになるけれど。休ませてくれる訳ないよね。
勝機と見て飛び込んでくる竜人。剣を水平に持つ突きの構えは、突進力をそのまま破壊力へと変える。
「死ね!」
気迫と共に繰り出される剣は、キトの投げ捨てた地竜を容易く貫いた。
危ない。あんなのを食らったら死んでしまう。体はなんとか反応してくれて、今度は俺が奴の肩口に黒剣を振り落とすのだが。
「…………っ」
そうか、もう力が入らないか。
オリハルコンさえ両断した重斬撃は見る影もなく、纏う薄氷をパキリと砕いただけであった。
もとより戦える時間は短いと思っていたけれど、極寒の環境は想像以上に体力を奪っていたらしい。情けないやら悔しいやらで、ハハと空笑いをすれば、青銅男もニンマリと、端正な顔には似合わぬ下品な笑いを浮かべせて見せる。
「驚かせおって。なるほど、長くは続かぬようだな。まぁあれだけの出力を捻り出すのだ、普通の人間で持つはずもないか」
ならば終わりだ。
そう言われて俺は地面に転がされる。背は氷の上を滑り、敵との距離はドンドンと開き。もはや剣も届かぬ位置で、唖然とする景色を目にする事となった。
大きく開いた顎の中に、極大の魔力が収斂していく。
俺は剣を振るうどころか、もうまともに立ち上がれない。大技など使うまでもなく首を落とせばいいのだ。或いはリベンジでもしたかったのかな。
「フハハ。今度は受け止められるか?」
「いつまでもグチグチと。しつこい男は嫌われるんだぞ」
竜が上空からブレスを吐く理由は、主に魔力を溜める時間だろう。
しかし相手が空になど居なくても今の俺には反撃も回避もする余裕が無い。バチバチと成長していく魔力砲を眺めるのは、まるで死刑執行までのカウンダウンをされているようだった。
さて、どうしたものか。朝日の昇る高い空を見上げながら、やや途方に暮れて。
「バッキャロウ! ただの下っ端に何をしていやがる。テメェは魔王に喧嘩を売るんだろうが!」
赤鬼が吠える。その大声に、はっと彼へ目を向ければ、なんて堂々たる仁王立ち。この劣勢において、微塵たりとも俺の敗北を疑わぬ、かつての強大な壁が居た。
そうだね。こんなトカゲより、お前の方が余程に怖かったよ。原型が無くなるまでぐちゃぐちゃにしてくれやがって。あの時を思えば五体満足なだけ、まだマシか。
「うぉおおおお!」
「遅い。今更何をしようと、もう手遅れだ!」
青銅男の口から閃光が迸る。
輝きに視界が白み、巻き起こる暴風が、冷気と氷の礫をビタビタと肌に叩きつけてきた。
先日の竜形態の時よりは幾分と威力は低そうだけど、それでもこの破壊をもたらすのかと、町一つを貫く痕には息を呑むことしか出来ない。
「やった……か?」
その台詞はフラグと言うのだよ、お兄さん。
俺が最後の力を振り絞って行ったのは跳躍だ。何処に逃げるかと考えた時、身体は自然と空へと向かっていた。
お陰で、町の様子が良く見えるのだが。何よりも位置が良い。
剣を振るう体力は無いけれど、握っているくらいは出来るぜ。地上に置いてきたヴァニタスを虚無を通して回収し、下へ向けて構え。
「これで駄目ならお前の勝ちだ」
高所からの位置エネルギーに加え、混式での自重の増加。いや、足りない。もっと加速をしろ。濃く絞りだす闇の魔力は、背に黒翼を展開させ。羽ばたくように空を叩けば、衝撃波が背を押し。
ここに一筋の流れ星を生み出す。
「ああ――」
青銅男は、俺の存在を影で気づいたか。ふとこちらを見上げ、眩しそうに目を細める。
大技の直後。何よりも勝利の余韻に浸り、回避行動すらも取れなかった。彼の敗因を上げるのであれば、竜の誇りと慢心か。
軍人として任務の全うを最優先する冷徹な男であれば。心臓を穿たれていたのは逆だったのかも知れない。
「自由に翼を広げられる、楽園に行ってみたかった」
「俺に願い事を言われても困るね」